music by Shinjyou's Music Room





『御台様。鎌倉より書状が届きました』

その知らせは、私達の勝利を知らせるもので。
運命が…未来が変わった瞬間だった―――






最後の敵






「鎌倉より書状にございます」

福原に設けられた和議の場。
そこで、私は静かに時がくるのを待っていた。
そこへ飛び込んできた言葉。

「ありがとう」

私はその書状を受け取ると、直ぐに目を通す。
そこには、待ち焦がれた内容だった。

今回の作戦を破棄する事。
日を改めて、今度は法皇の立会いの下、正式に和議が結ばれる事。
この二点が書かれていた。

私はその内容を見て、安堵のため息をつく。
そして…経正さんの下へも、同様に清盛からの書状が届いた。

「清盛は何て…?」
「和議を結ぶそうです」

そう言った経正さんは、本当に嬉しそうに微笑んでいた。

「ご存知でしょうが、今回こちらは和議と見せかけて奇襲をかけることになっていたんです」
「ええ、私がここにいるのは、万が一の時のため」

『あなたと戦うことになるかもしれないと思っていた』
と経正さんは苦笑した。
私も失敗した時は、ここにいる全員を相手にしなきゃいけないかと、ひやひやしてましたよ!

「だけど奇襲が無くなり…和議が成される事になったのは、皆と経正さん達のおかげです」
「私達の?」
「はい。経正さんや平家の皆さんが協力してくれたからですよ」

将臣くんを…そして、私達を信じて動かないで待っていてくれたからこそ…
…今回、私達が勝てた。

「平家が源氏を攻撃していたのなら、成功しなかったかもしれない」

だから…

「ありがとうございます」
「本当に貴方は不思議な方ですね。還内府殿が言われた通り…」
「不思議?私が?」

って…還内府の言う通りって。
将臣くん!
あなた、どんなこと人に言ってくれてるのよ!?

「あ、あの…。将臣くんって、私の事どんな風に言ってるんですか?」
「お聞きになりますか?」

いや、知りたいと言えば知りたいけど。
知りたくないと言えば、知りたくないような…?

「そうですね…」
「いえ!やっぱりいいです!むしろお願いですから、私の事に関して聞いたことは全て忘れてください…っ!」

どうせ、将臣くんのことだからまともな事言ってないに決まってる!
…後で本人に問いただしてやる(怒)

とか何とか思っておいて。
結局次に将臣くんに会った時には忘れていた、という始末だったんだけど。





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とうとう和議当日。
私は皆とは少し離れて、木の陰から神泉苑の様子を見ていた。

理由は簡単。
私は死んだ事になってるから、ってことなんだけど。

もう絶対にバレてるし、出てっても問題ないと思うけどね。
うん、まぁでも…話をややこしくしかねない確率も、無きにしも非ずってことで。
ちょっと離れたところから様子見ってわけ。

「まさか、こんな形で戦の終わりが来るなんてな」
「あぁ。まだ半信半疑だが…」

ざわつく神泉苑のあちらこちらで呟かれる言葉。
それを耳にしながら、しかしそれを気にする事はなくて。
少し離れたところへ、ただ真っ直ぐに視線を向けていた。

私だって未だに実感が湧かないわよ…。

視線の先には、皆の他に重要人物が三人。
平家棟梁・平清盛、源氏棟梁・源頼朝とその奥方政子様。
この三人が顔を合わせてるってだけでも、不思議な感じがするのに。
それどころか、これから仲良く手を取り合おうっていうんだから。
変な感じがするにも程があるってば!

でも…
だけど…

「よかった…」

和議を成す。
それは誰もが願ったこと。
私達だけじゃない、兵士も一般の人も…誰もが願った平和の訪れ。

まぁ、数人を除いてだけどね。

清盛や頼朝は不満に思ってるだろうし。
だろう、というか…絶対不満があると思う。
あの表情と雰囲気を見てれば、一目瞭然!

で。
もう一人。

「知盛も不満だろうなぁ」

面白がっているのか、それとも苦笑なのか分からない笑みを浮かべて、視線を銀色へと移す。
戦が全て、というわけではないけれど。
戦いの中で、生きてる事を実感している節がある人だから…間違いなく不服に思ってる部分はあると思う。

「ね、そう思うでしょ?ヒノエくん」

視線はそのままに声だけ投げかける。
すると後ろから、くすくすと笑い声が聞こえた。

「気付いてたのか。さすがオレの姫君だね」
「ふふ、まだナメてもらっちゃ困りますよ?」

そりゃ最近ちょっと気が緩んでた事もあったし。
気配に気付かないなんてこと、ざらにあったけど!

「それにしても、が知盛にご執心とはね…」

ちょっと妬けるかな、とヒノエくんは笑って。
ご、ご執心って…。
何でそういう表現が出てくるかな!?

「周りに聞かれたら誤解されそうな言い方、しないでくれるかなー…」

まるで私が知盛を好きみたいじゃないの!
いや、好きじゃないわけじゃないんだけど…
そういう好きとは違うんだから…っ。

「へぇ、誤解されたら困る奴でもいるのかい?」
「は?」

何でそんなことになるのか。
というか、誰もそんなこと一言も言ってないって。

「誤解されて困る人なんていない…ってちょっと待って」

相変わらず面白がってるヒノエくんに、ため息をつきつつ軽く流そうとしたんだけど。
あ、と一人の人物を思い出した。
誤解されたら困る相手って、いるじゃない。

「一人だけいるよ?聞かれて困る相手」

ピッと人差し指を立てて笑みを浮かべる。
困るっていうか、厄介よね。
後々。

「知盛だよ」
「知盛?アイツに聞かれたら何かマズイのかい?」
「ヒノエくん、面白くないって顔してるよー?」

今度は私が面白がる番。
仮にも年上をからかおうなんて事するから悪いんだからね!
まだまだ甘い甘い。

「困るでしょ。どう考えても。私の本当の気持ち知られちゃうんだから」

ご執心ってことは、イコール好意があるってことだから。
隠してきた気持ちを知られたら困る、ってこと。

って、冗談だけどね。

知盛に聞かれたら困るって言ったのは、もっと別の意味。
だから、冗談だよって言おうと思ったんだけど…。
ヒノエくんの顔を見て、思わず固まってしまった。

背中に流れる大量の冷や汗。
思わず後ずさりしてしまう足。

いや、あのねヒノエくんは笑顔なんですよ?
周りから見れば、そりゃもうこれでもかってくらい、綺麗な微笑みを湛えていっらっしゃるんです。
だ・け・ど!
い、威圧感が!黒いオーラが!!

どっかの誰かが被って見える。
って、だから似てるって言われるのよ…っ(泣)

「ご、ごめんね…っ。冗談だから!」

だから、その笑みのまま距離つめて来ないで…っ。

「…冗談、ね」
「うん、ホントに冗談だから…!」

ヒノエくんが一歩踏み出せば、私は一歩後ずさりして。
彼をからかおう何て無謀な事、しなければ良かった!なんて今更後悔。

「ただ単に『それなら戦え』って言われそうだから、聞かれたくないって意味のつもりで言ったんだって!」

ほら、だって知盛なら言いそうじゃない?
一般論のご執心と、知盛のご執心はちょーっと意味が違うと思う。

「へぇ?」

へぇ、って…話聞いてますか!?
突然ドンッと背中に何かが当たって、見れば木に背後を塞がれていた。

なんていうか、もうここは逃げるしか道はない!
で…どうやって逃げる?
逃げれない事もないと思うけど…。
後が怖そうだしなぁ…。

「こんなところにいたのね、

誰か!何て心の中で助けを求めていたところに、ナイスなタイミングで天の助け。
声の主は朔で。
『何をしているの?』って私を不思議そうに見た後、ヒノエくんの存在に気付いた。

「お邪魔だったかしら?」

不安そうに微笑みながら、控えめに聞いてくる朔に、私は思いっきり首を横に振る。
ヒノエくんも

「そんなことないよ」

と小さくため息をつきつつも、朔に笑みを向けて。
って…さっきと全然違う笑みだし…。
姫君には優しい、と自他共に認めるだけあって、朔には何も言えない様子。
来たのが朔でよかった。
弁慶さんとかだったら、火に油…っていうか私が辛い。

「それで、どうかしたの?朔」
「ええ。もうすぐ、和議が始まるわ」

朔の言葉に、私達はお互いに視線を交わして。
小さく、だけれど力強く頷いた。










本当に順調だった。
清盛も頼朝も、拍子抜けするくらいにあっさりと和議を承諾して。
あとは、三種の神器の返還が成されれば…というところまで何事も無く事は進んでいた。

和議は成功した。

そう誰もが信じてやまなかったのに。
問題が起きた。

「八尺瓊勾玉はどうしたのだ?清盛」

法皇が清盛へと鋭い視線を向けた。
今回の和議には、三種の神器の返還が条件の一つとされていた。
だけれど…
八咫鏡と草薙剣、この二つだけが法皇へと手渡されたのだ。

「八尺瓊勾玉はもう無い」

砕けてしまったのだと、清盛は法皇を睨み返した。
恐れていた事態が起こってしまった。

このままじゃ…和議が壊れかねない…。
一気に私達の間に緊張が走った。

「だが…」

勝ち誇ったような…自信に満ち溢れた清盛の声に、その場の視線が全て向けられる。
声に反さずに、表情もまた勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

「八尺瓊勾玉は無くとも、我にはこれがある」

取り出されたのは、黒い鱗。
黒龍の逆鱗だった。
清盛が何をしようとしているかなんて、考える必要なんてなかった。

「和議はいいだろう。だが、頼朝!貴様だけは葬り去ってくれる!」

刹那、渦巻き始めた巨大な陰の気。
一度…あの壇ノ浦で感じたものと全く同じその気は、とても禍々しかった。

「やっぱり、簡単には済まないってことね」
!?何で出てきた!?」

皆の元に突然現れた私に『隠れていろと言っただろう』と、九郎さんは怒ったけれど。

「どうせバレてるんだから、どっちだって一緒だって。それに…そんなこと言ってる場合じゃないでしょう」
「それは、そうだが…」

九郎さんは何かを言いかけたけれど。
もういい、と大きくため息を一つついた。

「黒龍の逆鱗か…。この力を相手にするのは二度目だね」
「今回は前のようにはいかないでしょうね。どうしますか?九郎」

ヒノエくんも弁慶さんも、口調は落ち着いていて。
だけれど、内心は落ち着いてなんていないことが、表情に少し表れていた。

前のようにはいかない。
確かにそれは弁慶さんの言う通りで。
…私達が清盛に武器を向けるわけにはいかない。
それこそ、私達の手で和議を潰すことになる。
だからと言って…

「何もしないわけにもいかねぇだろ」

後ろから私達に近づいてきたのは、将臣くんだった。
視線は真っ直ぐと清盛へと向けたまま…。
その目は酷く真剣で。
怒りさえも感じられた。

「当然だろう!止めるぞ!!」

黒龍の逆鱗の力が最高潮に達し、今にも頼朝へと襲いかかろうという時だった。

ドクン…っ

突然その場を支配した気。
それに身動きが一瞬取れなくなる。

黒龍の逆鱗とは違う、冷たい…だけれど酷く禍々しい気。
私は…この感じを知っている…。
あの時、彼女から感じたものと同じ気だ…。

キタ…。

私の中で、誰かがそう告げる。

「この方に手出しはさせませんわ」

頼朝を庇うかのように、歩み出た人物。
それは紛れも無く、政子様だった。

だけれど…

違う。
あれは、政子様じゃない。
あれは…

「な、何だ!?」
「御台様から、何かが…!?」

周囲が一気に恐怖へと染まっていく。
そして…その場を支配した強大な気の原因を、私達は始めて目にした。
白い狐へと跨った神の姿を。

「あれが…荼吉尼天…」

この世界で初めて出来た大切な人を…
初めての幸せを…
私から奪ったもの―――…。













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あとがき
今回、お邪魔しに参上したのは朔で(笑)
いつも九郎とかだと可哀想かな〜なんて思いまして。
久々に書いたら、文も構成もやばい事に!!
分かり辛かったら申し訳ありません…っ。