music by Dream'an








絶対に…
絶対に逃がさない―――






けじめ






荼吉尼天の出現で、事態は一変してしまった。
黒龍の逆鱗だけでも厄介だったっていうのに…。
渦巻く陰の気は、荼吉尼天と黒龍の逆鱗の両者が交じり合い、とてつもなく強く巨大なものになっていた。

「これでは、伯父上に近づくことも…っ」

敦盛さんの顔に焦りが濃く浮かんでいる。
私達が近づくことを阻む気は、まるで小さな竜巻が発生しているかのようだった。
でも、この場に留まっていられるだけ、さすがは神子と八葉といったところだろう。

「く…」
「い、一体…何、が…っ」

周りに視線をすばやく走らせれば、多くの兵士がその場に膝をついてしまっていて。
もうすでに、意識の無い者もいるようだった。

「兵を影響を受けないところまで、と言いたいところですが…」
「そんな事するよりも、あっちを止めた方が早いだろうね」
「ええ。兵を避難させているうちに、どんどん状況が悪化してしまうでしょうから…」

そう言っている、弁慶さんとヒノエくんも少し辛そうだった。
二人だけじゃない。
他の皆だって、呼吸を多少だけれども乱していて。
見て取れるのは、いく筋もの汗。
二つの強大な陰の気は、龍神の加護を受けた八葉にすら、ここまで影響を与えてしまっていた。

。大丈夫?」

だけれどそんな中、ほとんど影響を受けた様子がない人物がいた。
それは望美。
さすがは、白龍の神子だといったところだろうか。
でも、まぁそれは私も一緒なんだけれど。

「うん。大丈夫だよ。特に何も影響ないみたい」

嫌な感じはするんだけどね。
苦しいとか、そんな感じは全くと言っていいほど無くて。
ならば

「私達が何とかするしかないね」

私の言葉に望美が強く頷いた。
渦巻く風に掻き消され、私達の声は周りにいる誰にも聞こえてはいない。
だから

「行こう!」

その望美の言葉と共に、駆け出した私達に背後からいくつもの驚きの声が投げかけられる。

やめろ。
無茶だ。

そんな言葉も聞こえてきたけれど。
私達だって危険は承知。
無茶だって、無謀だってことだって知ってる。
でも、迷ってる時間が無い。
戸惑う時間さえ、与えられてない。
でもね?
二人だけでどうにか出来る何て思ってないよ…?

「やめて!」
「どけ!源氏の神子!!」

「そこまでよ、荼吉尼天!」
「邪魔をする気なの?応龍の神子」

私達に今出来ること。
それは…










「邪魔をするな!!」
「う、ぁ…っ」

一際大きく、黒龍の逆鱗が啼いた。
その力に、望美の体が吹き飛ばされる。

「望美!」
「そうね…邪魔をするなら、まずあなた達の魂から頂こうかしら」

私の注意が望美へと逸れる。
それは、荼吉尼天も同じだった。
魂を貰う。
そう言って、驚くべき速さで望美へと迫る。
望美の瞳が、驚きに見開かれた。

まずい…!
ほぼ反射的に、私は強く地面を蹴った。

「させない…」

望美へと伸ばされた荼吉尼天の手。
それを、私はギリギリのところで掴んでいた。
ググ…ッと掴んだ手を思いっきり握り締める。

「……」

やられると、一瞬瞑った目を望美はゆっくりと開けて。
その瞳が、再び驚きの色を浮かべた。

「の、望美…。今の内に!!」
「う、うん!分かった!!」

ちょっと急いで欲しいかな…。
あんまり、もちそうに無いんだよね。
だって…
この人(神様だけど。一応)あり得ないくらい、力強いんだもの…っ。

「人間がこの私に逆らうつもりなの?」

刹那、荼吉尼天が武器を振り上げるのが目に映った。
反射的に、左手で刀を弾くように鞘から抜く。

ガキィッ

辺りに、金属のぶつかり合う音が響いた。

「ふふ、やっぱりあの器をずっと守ってきただけはあるわね」
「知らずとはいえ…ついでに貴女も守ってたんだから、感謝して欲しいくらいよ」

一杯一杯なのを悟られないように、何とか笑みを浮かべる。
もちろん、悪態をついたくらいで誤魔化されてくれるとは思えないけど。

「そうね。あなたには感謝しているわよ?」
「そう?そうは見えないんだけどね」
「あら、だって…美味しそうな魂を、たくさん連れてきてくれたでしょう?」

ふふっと、荼吉尼天は微笑んで。
そう言えば、聞いたことがある。
荼吉尼天は他の者の魂を好み、喰らい尽くすと。
だから、美味しそうな魂。
それはきっと…

「それは、オレたちのことかい?」

ザンッ
何かを切り裂いたような音と共に、荼吉尼天の悲鳴が木霊した。
同時に私の両手にかかっていた力が、一気に無くなる。

私の目の前には、緋色の髪をなびかせたヒノエくんが立っていて。
地面へと視線を向ければ、彼に斬りおとされた荼吉尼天の腕が、光の粉となって消えていった。

!大丈夫!?」

駆け寄ってきた望美の手には、黒く光る物が握られていた。
それは、朔が持っている黒龍の逆鱗とは違う、もう一つの黒龍の逆鱗。
さっきまで、清盛が持っていたものだった。

「大丈夫。望美のおかげだよ」
「大丈夫はいいけどな。お前等、少しは考えるってことしろよ」
「将臣の言う通りだ!俺達があのまま近づけなかったら、どうするつもりだったんだ!」

将臣くんと九郎さんの言葉に、私と望美は顔を見合わせて。
心外だと言わんばかりの表情を、二人へと向けた。

「将臣くん!私もも、ちゃんと考えて行動したんだからね!」
「そうだよ。元々、私達二人だけで止められるなんて思ってなかったんだから!」
「な…」

私達の剣幕に、九郎さんは驚いた顔をして。
将臣くんは、俺は関係ないと言わんばかりに苦笑していた。

「ちゃんと黒龍の逆鱗を奪って、皆が近づけるようにしたでしょ」

ねー?と再び望美と顔を見合わせて。
最初から、私達の狙いは清盛の持つ逆鱗だった。
皆が近づけないのは、辺りに渦巻いていた陰の気のせい。
だったら、それを弱めてやればいい。

でも、二人だけではきっと荼吉尼天には敵わない。
だったら、まだ成功率の高い清盛を狙うまで。
黒龍の逆鱗を奪うだけなら、なんとかなるかもしれないと思ったから。

「そういう問題じゃな―――…」
「はいはい、九郎。そこまでにして下さいね」
「どうやら、そんな言い合いしてる場合じゃないみたいだぜ?」

二人揃ってため息をついた、朱雀組。
ヒノエくんの視線の先には、腕を切り落とされて怒りを露にしている荼吉尼天。
…ちょっと忘れかけてた。
何て、言えるはずもなく。

「私の腕をよくも…」
「へぇ…神様でも負傷する事があるのか」

煽るようなヒノエくんの物言いに、一瞬弁慶さんが被ったような気がした。
まぁ、弁慶さんの場合、同じ内容でももっと違った言い方しそうだけど。

って…
お前が傷を負わせたんだろ。
多分、その場にいた全員がそう思ったんじゃないかって思う。

「私に傷をつけた罪、その魂で償ってもらうわ…」

突然、荼吉尼天が私達へと迫った。
その攻撃を、私達は何とか回避する。

「あの景時さん…一つ聞いてもいいですか?」
「え、な、何?ちゃん」
「えーっと、もしかして…魂を喰らえば傷が回復するとか無いですよね?」
「…多分、有りだと思うな〜…」
「うゎ…」

まさかと思って聞いてみたら、ビンゴですか!?
神様にとって、お食事は傷回復にもなるんですか!?
そんなの有り!?

「まずは貴方の魂を頂こうかしら」
「おっと、それはゴメンだね」

荼吉尼天はヒノエくんへ狙いを定めて。
だけれど、その攻撃をヒノエくんは後ろへと跳び退って回避した。

「ヒノエの魂なんか喰らっても、お腹を壊すだけですよ?」

他の誰かならともかく。
と、弁慶さんは笑顔で荼吉尼天言った。
さらには

「生憎と、神様に効く薬はさすがの僕にも作れませんし」

と、続けるのだから。
冷静なのか、根性が座ってるのか、それともただ性格が悪いのか。

「聞き捨てならないね。それはアンタの方だろ」

そこで言い返す辺り、ヒノエくんも子供だと思うけど。
まぁ、要は…また始まったってことで。

「おや。僕の魂はきっと美味しいと思いますよ?」
「そんなに真っ黒な魂、食べたら腹壊すどころじゃないだろ」
「自分が綺麗な魂だとは思いませんが、ヒノエの方が汚れているでしょう?」
「悪いけど、俺のは少しも汚れてないんでね」
「おや?よくそんなことが言えますね」

弁慶さんは、にこにこと笑みを浮かべて。
『熊野での火遊びの数々、忘れたとは言わせませんよ?』
と、ヒノエくんに言った。
そんな弁慶さんに
『アンタにだけは言われたくないね』
とヒノエくんは嫌そうに返したけれど。

二人以外の全員が、
どっちもどっちだろ、って突っ込みたかったのは言うまでもなし。

「隙だらけだ!」

荼吉尼天の背後をついて、将臣くんの刀が振り下ろされた。
目の前のヒノエくんに気をとられていた荼吉尼天に、将臣くんの攻撃は直撃して。
再び、大きな悲鳴が辺りに響いた。

「わ、私が…人間なんかに…っ。力、もっと力を…」

傷を庇うように、ジリジリと後ずさる荼吉尼天。
その視線が、彼女の直ぐ横へと向けられた。

「これで終わりにしてくれる!」

そこには、飛び掛る清盛の姿。

「ば…っ、清盛!!」
「伯父上!」

将臣くんと敦盛さんの声が響く。
逆鱗を失った今、清盛に敵う相手じゃない。
それなのに…

「駄目!清盛!!」

荼吉尼天と清盛、二人を止めようと間に飛び込んだのは、望美だった。
二人に一番近い場所に居た、っていうのもあるだろうけれど…。
望美以外、私達はとっさの事に一歩も反応出来なかった。

望美が飛び込んだ。
その事実に気付いた時にはもう遅い。
荼吉尼天の放った光に、望美も清盛も包まれてしまった。

そして…
次の瞬間、一つの存在が消えた気がした。
さっきまで感じられた気配も何もかも、感じられない。
清盛の存在…、それが…消えてしまった。
きっと、存在を…魂を荼吉尼天に喰われてしまったんだ…。

「望美…っ」

このままじゃ、すぐに望美も消されてしまう。
同じように、魂を喰い尽されてしまう。

!?」

私は次の瞬間、危険なんて考えずに光の中へと飛び込んでいた。
皆の制止の声なんて、聞こえてなんていなかった。

私は…また奪われてしまうの?
貴女はまた、私から大切なものを奪うの?

そんなこと…させない…っ!
二度と奪わせない。

「望美を放して…!」

二人の姿を見つけた瞬間、荼吉尼天の腕を望美から引き剥がして。
望美を抱えるようにして、後ろへと跳び退って距離をとった。

「そう…これが、あなたの世界なのね」

何…?
一体何のことを言ってるの?

「だ、め…」
「望美、どういうこと?何が駄目なの!?」

力なく、望美の腕が荼吉尼天へと伸ばされる。
何だか、とても嫌な予感がした。

「あなた、お別れの時が来たようですわ」
「そうか…。行くのだな」
「はい」

いつの間にいたのか、頼朝に荼吉尼天は微笑んで。

あなたの世界。
お別れの時。
そして…望美の言った『駄目』という言葉。

「まさか…っ」

私が思い当たった一つの答え。
私達の世界…現代。
それしか、考えられない。

「ふふ、残念だけどお別れね。龍神の神子達」

お別れ?
逃げるつもりなの…?

一際強く光が溢れて、荼吉尼天の姿がだんだんと消えていく。
その様子と共に私の瞳に映ったのは、気を失い、頼朝に支えられる政子様の姿。
そして、私の腕の中には傷ついた望美がいて。
同時に込み上げてきたのは、言い知れないほどの怒りだった。

許さない。
このまま、逃がしはしない…。

「望美…。けじめ、つけてくるね…」

そっと望美をその場に横たえて。
目を閉じた彼女に、その言葉は届いただろうか―――…。












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あとがき
思ったより話が進まない…。
荼吉尼天の口調は、迷宮を参考にしたんですが、如何せん難しい(汗)
模った形で、口調が違うだとは思うんですけど。
政子さんの姿を借りたままだと、書きにくいので…
この際、政子さんの姿をやめて、荼吉尼天本来の姿で書いてしまいました(ォィ)