music by Happy day
『生きたい』
それは紛れもない真実の思い
だけれど…
『生きられない』
それもまた真の事実―――…
言えぬ真実
壇ノ浦へと向かう船の上で、私は空を見上げながらあることを思い出していた。
それは、この世界の言い伝え。
『私ね、将臣くんと夢の中で会った事があるんだよ』
以前、望美からこんな話を聞いていた。
将臣くんも熊野で、
『お前が生きてるのは、望美から聞いてたからな』
『それも夢の中で?』
『物分りが早くて助かるぜ』
って、言ってたっけ。
この世界では、自分に会いたいと願ってくれる人に、夢の中で会うことができるって…そういう言い伝えがある。
私は実際に経験はしたことないんだけどね。
それでも、白龍の神子と星の一族の末裔…その二人なら、実際に起こったって不思議じゃない。
「いい…な…」
夢の中で、会えるなら…会いたい。
どうしても伝えたい事がある。
将臣くんに…言いたい事があるから。
「なんだ、やっぱりここでお別れなのね」
「まぁな。俺にもやらなきゃならないことがあるって知ってるだろ?」
「存じ上げておりますよ。当然じゃございませんか」
「おい、お前なぁ…」
京で惟盛を封印した後、やっぱり将臣くんは私達と別行動になって。
彼は還内府だから、仕方がないし、分かってた事だった。
「それより、一つ聞いていいか?」
「ん?何?」
「お前だけじゃなくて…もしかして他の奴らも…」
言いにくそうにしていた将臣くん。
言いたいことは何となく分かった、というよりそれしかないだろう。
「考えてる事は当たりだと思うけど。もしそうならどうするの?」
「ま、今分かったところでもう遅いしな。何かするつもりはねぇよ」
惟盛との会話を聞いた将臣くんは、ずっと不審そうな顔をしていた。
そして…私の思っていたとおり、彼は私以外の皆も、源氏だって気がついていたってことで。
「そ。なら良かった。手間が省けてね〜」
「、お前って…ホント怖い女だな」
「失礼ね!第一、将臣くんが手を出さないなら、何もするつもりは無いってことなんだから。逆にこんな優しい女はいないでしょ?」
「あー…ま、そいうことにしといてやるよ」
なんか、最後に『後が怖そうだからな…』って聞こえた気がするんですけど〜?
ふふ…戦場で会ったら、生きては帰さん!
「あ、ちょっと待って?『もう遅い』ってどういうこと?」
ふと、気になったことを質問してみる。
これからまだ戦は続くっていうのに、遅いってどういうことだろう?
「今は言うわけにはいかねぇな。ま、次に会う機会があれば教えてやるよ」
「ふーん。つまり、今バレて手を打たれたら困るようなことなのね」
「鋭いっていうよりは…ある意味、嫌味だよな」
「そんなことないよ?その様子からすると、別に皆に危害を加えるようなことじゃなさそうだし」
後からなら、言えるっていうなら、皆が危険になるようなことじゃないんだろう。
だって、皆が危なくなるようなら、私は聞いた時点で黙ってないし。
それも将臣くんは分かってるはずだからね。
「お前、俺を信用しすぎ」
「いいじゃない。嬉しいでしょ?」
「まぁ、な…」
一瞬、呆れたような表情をして。
でも、どこか照れたような仕草をした将臣くんは、失礼だけど可愛いって思ってしまった。
「じゃあ約束ね?今度会えたときには、ちゃんと教えてよ?」
「ああ、約束するよ」
すっと、私は小指を差し出して。
将臣くんもその意味が分かったのか、多少苦笑はしながらも、自分の小指を差し出した。
約束破ったら、針千本だからね〜?(本気)
「…さてと、俺そろそろ行かねぇと」
影から人の気配がかすかにする。
どうやら、平家の人が将臣くんを迎えに来ちゃったみたい。
「そっか…。それじゃあ、またね」
「ああ、お前も元気でやれよ」
そのときに何となくだけど…『もう会えない』そんな気がした。
元気でやれ、って言った将臣くんの目は…そう感じさせたから。
もしかしたら、私も同じような目をしていたかもしれないね。
これからの成り行きによっては…本当にもう会えなくなるかもしれない。
そう思っていたから。
そして…もう会えなくなる、その運命に…事は進んでしまったんだ…。
『またね』
その言葉通りに、もう一度会うことは…ない。
せめて…その言葉が
『さようなら』
だったなら、きっとこんなに悔やむ事はなかったのかもしれないね。
「お待たせしました、さん」
「いえ、そんなに待ってませんよ。それに、今がちょうど約束の時刻でしょう?」
「ふふ、それでも女性をお待たせした事には変わりませんから」
ほとんど物音をさせずに現れたのは、弁慶さん。
壇ノ浦での決戦の前に話したいことがある。
そう言っていた彼に、今日この時間に呼び出されていた。
「行き成りですが…本題に入りましょうか」
弁慶さんは私の横に腰を下ろして、一つため息をついた。
どこかその表情が悲しそうな…寂しそうなそんな感じがして、とても申し訳ない気持ちになる。
彼がそんな表情をする理由は…きっと私が考えてる通りのことだから…。
「さんは、応龍の宝珠のことを…どこまで知っていますか?」
「弁慶さんって、龍神に詳しかったですよね。…やっぱり、気づいてたんですね」
投げかけられた質問に、少しだけ微笑んで。
質問の答えではない言葉を紡いだ。
「気づいているというと…?」
「隠さなくてもいいですよ。そうですね、宝珠についてはある程度のことは知ってると思いますよ」
少し考えるような仕草をしながら、微笑みだけは絶やさない。
だけれど、弁慶さんはますます複雑そうな顔をしていた。
「知ってるんでしょう?宝珠と私との関係を…。宝珠は私の魂と同化していて…私の魂そのものだってこと」
ふっ、と少し笑って、すぐに真剣な表情を弁慶さんに向けた。
暫くの間、ほんの少しの間だったけれど、二人の間に沈黙が流れる。
「…応龍の復活には、この宝珠が必要不可欠だってことも分かってますよ」
私の言葉を聞いて、弁慶さんは苦しそうな表情を浮かべた。
何となく気づいていた。
宝珠の話をした母が…『隠し場所』その言葉を使ったときに。
私が、応龍が復活するまでの宝珠の『隠し場所』なら…。
応龍が復活する時、その役目は終わる。
宝珠は応龍の物…応龍が持つべき物。
だから…
返さなくちゃいけない。
「きみは、分かっているんですか?それがどういう意味を持つのか」
「…分かってます。応龍が復活するときが…私が消えるとき。そうですよね?」
「そう…なります…」
真っ直ぐ見つめる私から、弁慶さんは目を逸らして。
少しだけ目を伏せた。
「この数日、探していたんです」
「何をですか?」
視線を合わせることなく、弁慶さんは言葉を紡いで。
そして…私の手をそっと取った。
「さん…きみが生きる道を」
「…弁慶さん…」
私の手を握った彼の手は、微かに震えていて。
本当に…私って最低の女だな…。
こんなにも、弁慶さんに…皆に迷惑かけて、辛い思いをさせて…。
「すみません…。僕は、また何もできなかった…」
「そんなことないですよ?私は、いつも弁慶さんに助けられてますし…」
「以前、きみは言いましたよね?『止めてくれますか』と」
『止めてくれますか』
ヒノエくんの暗殺を命じられて、薄々そのことに気づいていた弁慶さんに…私が言った言葉。
「そのとき、僕は『止める』と言ったのに…何も出来なかった…」
「…え…?」
「きみを止めることも、他の方法を考える事も…本当に何も出来なかったんです」
まさか…弁慶さんがそんな風に思っていたなんて思わなかった。
でも…だけど…
「私を止めてくれたのは、弁慶さん…あなたなんですよ?」
弁慶さん、それは違ってるんです。
何も出来なかったなんてことない。
「本当は…あの時、私はヒノエくんを殺す事を決心していたんです」
視線をあげて、私を見つめる弁慶さんの瞳は、真剣で…驚きの色を含んでいた。
そんな弁慶さんに、笑みを向ける。
「『信頼してますよ』…あなたのその言葉があったから、私は間違った道を選ばなくて済んだんです」
「その言葉が…?」
「はい。私を信頼してくれているのは…政子様じゃない、弁慶さんや皆だから…裏切りたくないって…そう思ったんです」
政子様は私を『信用』していたと思うけど…『信頼』はしてくれてはいなかった。
にこっと笑って、さらに続ける。
「弁慶さんたちは、私を『信じて利用する』じゃなくて、『信じて頼り』にしてくれてたんでしょう?」
「さん…」
「そんな仲間を、誰が裏切れます?無理ですって。だから…弁慶さんは約束通り、私を止めてくれたんです。本当に…ありがとうございます」
「きみは…本当に不思議な人ですね…」
「え?そうですか?不思議っていうよりは、変わってるっていう方が正しい気もしますけど。でも、至って普通ですよ?」
私からすれば、弁慶さんの方がよっぽど不思議な人ですよ。
誰よりも優しくて、仲間思いなのに、わざわざ隠すし。
甥が可愛くてしょうがないのに、わざわざ気に入らない事を言って反応を楽しんでたり。
ね?
「今回の事は、気にしないでください。弁慶さんのせいじゃないんですから。私のために生き残る方法を探してくれた…それだけで十分です」
「ですが…、このままではきみは…」
「生きれる術があるなら…生きたい。生きれる可能性を諦めたくはないです」
心配無用とばかりに微笑んで。
私も生きたいと思う。
弁慶さんや皆…そして、誰よりヒノエくんの側で…。
「大丈夫ですよ。いくらなんでも、白龍や黒龍だって無理やり宝珠を奪おうとはしないでしょうし」
人の魂を無理やり奪うなんて、そんなことしたら神様じゃなくて、死神になっちゃうでしょ?
いくらなんでも、それはないでしょう。
「だから、我侭を言っちゃいますけど…方法を探す時間をもらおうと思うんです。もしかしたら、見つかるかもしれないでしょう?」
だけどね…本当は知ってるの…。
白龍に聞いてしまったから…。
『白龍、宝珠と私の魂を分離させる事はできない?』
『……ごめんなさい…。それは、無理…』
ほんの少しの可能性に賭けて、鎌倉へ行く前に白龍に会いにいった。
そして…問いかけた私に、そう言ったときの白龍は、とても悲しそうで。
その言葉が真実だと語っていた。
生きる事を諦めたくなかった。
方法があるなら、生きたかった。
それでも…その道は、無かった…。
「その時は、弁慶さんも協力して下さいね」
「ええ、もちろんです。僕はさんに生きていてほしいですから…」
それでも、そんなことは弁慶さんにも…誰にも言えない。
わざわざ不安にさせる必要はない。
私の言葉に弁慶さんは、微笑んでくれて。
『生きていてほしい』
その言葉に、思わず謝ってしまうところだった。
「弁慶さん…一つ、お願いしてもいいですか?」
「そうですね、僕も話を聞くと約束しましたから」
弁慶さんは優しく微笑んだ。
私が頼むのは、他の人じゃ駄目なこと。
弁慶さんや、皆じゃないと意味がないこと。
頼むことが…どんなに酷いことか分かってるけど、それでも…他に方法がない。
「もしもの時は…私を… 」
「え…?すみません、聞き取れなくて」
「あ、いえ。大したことじゃないです!宝珠のこと、皆には内緒にしてほしいなって思って。今は戦に集中しなきゃいけないですから」
聞き返されて、思わず慌てて違う事を言う。
そんな私に、弁慶さんは『そうですね』って頷いてくれて。
「もう少し、調べてみますね。あまり疲れさせてもいけないですし、さんもそろそろ眠った方がいいですね」
「まだまだ、元気ですけど。でも、折角ですからそうしますね」
「ええ、きみが倒れたら皆も心配しますし。僕は看病の役得で嬉しい限りですが」
「体調が悪い時の私って、すごく機嫌が悪いですから気をつけて下さいね?」
にーっこりと笑って、立ち上がった弁慶さんを見上げる。
そんな私に弁慶さんは、ふふっと笑って。
「おやすみなさい」
そう言って、立ち去った。
もう少し調べてみるという彼に、一言後ろからお礼を言って。
姿が見えなくなって、小船の音がするまでジッと、その方向を見ていた。
さっきの言葉は、今は無理に言わなくていいことだよ…ね?
いつか必ず伝えなきゃいけないことだけど…。
弁慶さんが聞き取れなかった事に…本当にホッとしてしまって。
弁慶さんは…そのときになったら、必ず気づくから。
私が何を考えているのか、自分が何をすればいいのか。
だから…出来るなら、最後まで言いたくないって…甘くて無責任で、最低な事を考えてしまう…。
…これしか方法がない。
私が生きる方法…それが無いとしたら…
いつか近いうちに、必ず消えるのだとしたら…
その前に、できる限りのことをしていきたい。
皆を助けてから…守ってから…死んでいきたい。
だから、そのためには…あなたが私を…。
ううん、違う。
弁慶さんだけじゃない、皆が私を…。
『弁慶さん、一つお願いしてもいいですか?』
『もしもの時は、私を…殺してください―――…』
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あとがき
本気でシリアスしかない状態ですね(汗)
甘い話が好きな方には、マジメに辛い状態です…っ。
すみません〜!!
何やら難しく、というよりややこしくなってますけど…実は書いてるこっちが頭が痛くなってマス…。
日本語可笑しかったらすみません(泣)
読んでくださって、ありがとうございました!