music by remair






始まった戦はいつかは終わる。
この戦も同じ…
だけど戦だけじゃない…
本当に『全て』の終わりが近づいている―――





終焉へ向けて





「勝負あり…ですね」
「そう…じゃな…」

ポタリ、ポタリと腕を伝った血が、赤く地を染めていく。
腕だけじゃない、お互いに全身が傷だらけだった。
かすり傷から、一歩間違えば致命傷のものまで様々だったけど…。

「私の勝ち、ですね…」

勝利を掴んだのは、私だった…。
元々、年齢の差もあるかもしれないけれど…戦いが長引けば、それだけで忠度さんの体力が失われていくのが分かった。
両の腕が酷く傷ついて、使い物にならなくなった忠度さんと…右腕が無事の私では、勝敗は明らかで。
それどころか、刀を握る事もやっとの忠度さんでは、これ以上の戦闘は無理だった。

「早く討ち取るがよい」

その場に覚悟を決めて座り込んだ忠度さん。
これが…武士というものなんだ…。

「本当にいいんですか…?」

思わず、そう問いかけていた。
誰かを守るために…自分の誇りを守るために…、自分の信じた道を進んで。
そして、進んだ先で死んでいく…。

後悔はしないの…?

それが例え、本懐を遂げてからだったとしても。
戦の中で死ぬのならば、本望であっても。
そして、守りたいものを守れたなら…やるべきことはやったと、そう言えたとしても…。

「私は…悔いが残るのに…

ポツリと呟いた言葉。
きっと誰にも聞こえてはいないだろうけれど…。
でも、忠度さんは何となく分かったようだった。
私の様子から…何を言ったのか。

「お主…」
「あ、いえ…。何でもありません…」

心に決めたはずだ。
自分の何を捨ててでも、仲間を守ってみせると。
捨てたものよりも、守り通して得る物の方が大きくて…大切だから。

「悔いが無いと言えば嘘になる」
「…え?」

少しだけ微笑んで、忠度さんは私を見上げた。
忠度さんほどの誇りを持つ人なら、悔いはないって言うかと思っていたから。
それが嘘だったとしても、人には言わないって思ってた。

「わしは武士としての誇り、そして自分の一族と家族を守りたい」

私はただ、黙って聞いていた。
…私も一緒ですよ…。
自分の誇りと、仲間を守るために戦ってる…。

「それらを成し遂げられたとしても…、悔いが残る…」
「…どうして…です…?」
「それらは、武士としてのわしが望んでいる事だからじゃよ」

『結局、自分の誇りは守れても、一族と家族が生き延びるところを見れなかった』
と、忠度さんは苦笑ともとれる笑みを浮かべて。
『それでも、わしは皆が生き延びる手伝いは出来た…』
とも続けた。

「それが…皆が生き延びるところが確認できなかったのが、後悔…ですか?」
「いや、そうではない。一族と家族のことは、還内府殿が必ずや、よい方向へ導いてくれるだろう」

将臣くんが…?
でも、確かにそうかもしれない。
彼は…戦での決着を望んでなんていなかったから。
ただひたすらに、平家が無事に生き残ることを望んでいただけだから。

「わしの守りたかった者達は、どこかで必ず生きていってくれると信じておる。だが…わしは一緒には生きてゆけない」

いつか畳の上で死ぬくらいなら、戦場で散りたい。
それが…武士というものだと…それが武士の誇りなんだと、忠度さんは微笑んで。

「だが…武士としてではないわしは、皆と共に生きることを望んでおるのじゃよ」

『その両方を成し遂げる事は無理であろう?』
と少し寂しそうな顔をした。

武士として、皆を守って戦場で散っていきたい。
だけれど、一族の中で…家族と共にずっと生きていきたい。

そのどちらも叶えることは不可能で。

「お主も…同じであろう?」
「あ…」
「無理に聞き出そうとはせぬ。安心するがよい」

私も同じ…。
何も話してはいないというのに、当てられた。
その事に動揺を隠せなくて。

「ただ…お主も、いつか側に居たいと思う者達から、離れなければいけないことを悲しんでいるように思えたのでな」
「…そ、そんなことは…」
「違っているのならよい。だが、もしそうなら…側にいる事と離れる事、どちらを選んだ時に後悔が小さいか、よく考えた方がよい」
「はい…」

忠度さんと同じで…私のやろうとしていることは、望んでいることは…両立することは不可能で。
いつかは、どちらかをとらなくてはいけない。
だけれど…もう私は選んでしまった。
だから…引き返せない。

「わしは武士としての望みを選んだのだ。それに対して、悔いはない」

私を真っ直ぐと見上げる目は、討ち取れと言っていて。
私はゆっくりと刀を高く振りかざした。

選ばなかった方には悔いがある。
選んだ方には、悔いはない。

私も…同じだ。
もう選んだ道に後悔はない。
選ばなかった道に、悔いが残るのは…当然で仕方がないことで。
だけれど、それを引きずるような真似はしない…それが大切だから。
私の刀が、ゆっくりと…でも確実に孤を描いた―――…。





+++++++++++++++++++++++++++++++++++





「お前達は下がっていろ!!」

九郎の叫び声と、兵士の悲鳴が交じり合う。
先へ歩を進めた俺たちの前に現れたのは、もぬけの殻になった行宮だった。
そして、そこでどうやら平家は、隠してあった舟での逃走を図っているらしいと情報が入った。

焦り、急いで向かった先の海岸には、巨大な怨霊の姿。
飛び掛る兵士をものともせず、辺りを火の海と化すほどの力を持っていた。

「こいつを倒さないと、先には進ませてくれないみたいだね」

至極、面倒そうにため息をつく。
恐らくこの怨霊は時間稼ぎのための囮だろう。

ま、いくら強力でもオレ達の敵じゃないけどね。

強力な怨霊は、今までにも相手にしてきたし。
オレたちの力も上がってる。
戦は何が起こるか分からない、とは言っても、この程度の怨霊に負ける気はしない。

「大分弱ってきたね」
「そうね…。そろそろ封印できるんじゃないかしら?」

少し時間はかかったものの、怨霊を大分弱らせる事はさほど難しくはなかった。
確かに姫君たちの言う通り、今なら封印できるだろう。

近づく望美を、誰も止める事はしない。
が居ない今、封印が行えるのは望美だけだしね。
だけど、最後の悪あがきとばかりに、怨霊がその蛇のような尾を振り上げた。

「チ…ッ…」

一番近くにいたオレは、咄嗟に望美の前に出る。
相手は火属性。
オレとの相性は、最悪だ。
術を使えば、相手に力を吸収されてしまうし、だからといってこの太い尾を、武器で受けることなど出来るはずも無く。
攻撃をくらうのを覚悟して、どれだけ怪我を減らせるかに努めるしかなさそうだ。

そう覚悟して、カタールを構えて。
それでも、衝撃に対して身構えた。
だけれどオレに当たる寸前で、ズンッという大きな音と共に、尾が砂浜へと叩きつけられていた。

「ちょっと、人の主に何してくれてるの?」

砂浜に尾を縫い付けるかのように、刀を突き刺して。
その尾の上で、余裕そうに颯爽と立っている姿。

!?」

誰もがその登場の仕方に驚く。
どうやら、振り上げられた尾の上に飛び乗って、自分の体重と飛び乗った勢いで叩き落したらしい。

「はい、そうですけど?」

まるで、驚かれている理由を分かっていないかのような返事。
誰もがその返事に、大きなため息をついた。

全く、この姫君は…予想外の行動をしてくれるね。

苦笑はするものの、実はオレは嬉しかった。
それは約束通りに、戻ってきてくれたことに対してと。
そして、何より以前より余裕を持っている彼女に対して。
今のの様子を見ていると、気持ちに余裕が出来てきているんじゃないかってそう思う。
もしかしたら、そう見せてるだけかも知れないけどね…。

「うわっ、と…」

尾が使えなくなって、暴れる怨霊は動く腕を使ってを振り落とそうとする。
それを何とも器用に避けて。

パァン

辺りに一つの銃声が響いた。
的確に肩の辺りであろう場所を打ち抜かれて。
怨霊は抵抗する術を全て失った。

「景時まで!」

行宮がもぬけの殻だと分かった時、景時だけは総門へと引き返した。
急ぐからと言って、理由は言わなかったけれど。

「間に合ったみたいだね〜」
「景時さん、遅いですよ?」
「いや、ちゃんが早過ぎるだけだって…」

馬を使ってきたらしい景時に、どうやら馬は使わなかった
普通に考えれば、到着する順も、会話も逆のような気がするんだけどね?
後々に聞いてみれば
『馬が通れないところも、人なら通れるんだよ?』
と言われたけど。
それはつまり…かなり危険なところを通ってきたってことじゃないかい?姫君?

「望美、今の内に封印してあげて?」
「うん」

その言葉に、オレは一瞬目を細める。
その時は何も言わなかったけどね。

「一件落着、とは行かなかったみたいね。どうやら逃げられちゃったか…」

怨霊を封印し終わって、だけれど平家はすでにかなり沖まで逃走していた。
オレたちは、まんまと思惑に引っかかったわけだ。

「最後の決戦は、壇ノ浦まで持ち越しですね」
「そうですね。本当に最後…。全てが終わりになる…」
「?どうしました、さん?」
「あ、いいえ。何でもありませんよ。どちらが勝つにしても、戦の終わりが本当に近づいてるんだなって思って」

の様子に、不思議そうな顔をする弁慶。
それには慌てて、両手を顔の前で振った。

、ちょっといいかい?」
「んー?いいよ?」
「アンタにも来て欲しいんだけど」
「おや、珍しいですね。きみが僕をお呼びとは」
「アンタだけなら、呼ばねぇよ…」

ったく、本当に一言余分に言わないと気がすまない奴だよな、アンタ。





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「それで、ヒノエ。こんな奥まで来て、何の用です?」

ヒノエくんに呼び出された私達は、仮に張ってある源氏の陣の、一番奥に連れてこられた。
私達以外に、人気なんて本当に無いくらいに奥なんだけど。


「え?」
「着物、脱いでくれるかい?」
「は?」

突然の言葉に、私だけじゃなくて弁慶さんも固まる。
いや、ヒノエくんは真剣なんだけど。

「ひ…ひの…えくん?何を言い出してるのかな〜?」

脱げですって!?
ちょっと、ちょっと!一体どういうつもりよ…!?

「ヒノエ、きみがそんな子だとは思いませんでしたよ…」
「やっぱり、弁慶さんもそう思います?っていうか、ヒノエくん…もしかして頭打ったとか?」

さっきの戦闘で、頭打ったとしか考えられないんですけど?
これは、今すぐに弁慶さんに診て貰わなきゃ!

「ヒノエ、脳…いえ、頭は僕の専門外ですよ?」
「あのな…」

弁慶さん、ものすごいヒノエくんを馬鹿にしてません?
っていうか、あまりにも呆然しすぎて、言葉を選んでられないって感じなんですけど。

「何考えてるか知らないけどな、姫君を襲うつもりなら、アンタも連れてくるわけ無いだろ?」

おや〜、さすがのヒノエくんもご立腹のご様子ですね?
いやいや、ちょっと問題ありの発言はこの際、スルーして。

「じゃあ…」
、お前怪我してるだろ?それもかなり酷く」
「え?まぁ、確かに怪我はしてるけど。そんなに酷くないよ?」

戦いに怪我はつきものでしょうに。
慣れっこよ慣れっこ。

「ちょっと、失礼しますよ」
「って、ええ!?」

思いっきり着物の中覗かれてますけど!?
っていうか、殴り飛ばしてもいいですか?(怒)

「これのどこが、酷くないんです?」
「さっきの怨霊を自分で封印しなかったのも、抑えてるのが精一杯だったからなんだろ?」

こ、怖いんですけど。
いくら怒ってても、いつもは笑顔を絶やさないお二人が、笑みなんてこれっぽっちも浮かべてないんですが?
っていうか、怒りたいのはこっちなんですけど!
いや、マジメにサラシ巻いててよかった…。
巻いてなかったら、今頃お嫁に行けなくなってるわ(泣)
って、行くつもりなんて全くないんだけど。

「治療しますから」

そう言って、弁慶さんは薬を取り出す。
思っていたより傷は深いみたいで、特に一撃目の左胸の横の傷が一番酷かった。
血は止まってないしね。
でも、全身痛くて逆に感覚が麻痺してるんだけど。

「全く…。…、一ついいかい?」
「イタタ…。え?何?」
「平忠度は…どうなったんだい?」

きた…。
いつかは聞かれると思ったけど…。
弁慶さんはただ黙って、私とヒノエくんの会話を聞いていた。

「生きてるよ…。今は、ね」

ヒノエくんが拳をギリッと握り締めたのが分かった。
掌に血が滲むくらいに。

「鎌倉に、送られた…。だから、この後生かされるのかは分からないの…」

私が忠度さんに刀を振り下ろした時、止めに入った人物がいた。
それは景時さんだったんだけど。
捕まえた敵の将は、殺さずに鎌倉へ送る…それが頼朝の命令だからって。

そんなこと、知ってたよ…。

でも、忠度さんの望みを叶えてあげたかった。
命令違反になっても、戦場では何が起こるか分からないからって、そう誤魔化せると思ったから。

『よい。正々堂々、最後にお主と戦えた事…武士としてはそれで十分じゃ』

そう言って、謝る私に微笑んでくれて。
鎌倉へと向かう船に、凛とした姿で乗り込んでいった。

「そうか…」
「何もできなくて…ごめんね…」
「何でが謝るんだよ?お前は十分やっただろ。あの人も、そう思ってるさ」

ポンっと頭を撫ぜられて。
自分の方が辛いはずなのに…本当に私って、まだまだだなって思い知らされる。

「忠度殿のことは、きみ達が気に病むことではありませんよ…」
「はい…」

知ってるけど、戦とはそういうものなんだって、嫌ってくらい思い知らされてきたけれど。
それでも慣れることじゃない。

「それに、僕としてはまず…ヒノエには違う事を気に病んで欲しいですね」
「は?何言ってんだよ、アンタ。オレが気に病むことなんて…」
「おや、心当たりがありませんか?」
「無いね」

あーあ、また何やらケンカが始まってますけど。
懲りないって言うか、飽きない人たちよねぇ。

「目には目を、と言いますが…今回はそうではなかったみたいですね」
「まさか…」
「そのまさかですよ。気がつきましたか?」
「え?何のことです?」

にっこりと笑う弁慶さんに、ヒノエくんはものすごく嫌そうな顔をして。
って、一体何の話だろう?
ヒノエくんも心当たりがあるみたいだし。

「目には目を、火には火をという話ですよ。さん」
「もしかして…それって」

火属性の怨霊に、ヒノエくんが『や』で始まって『ず』で終わるものだってことで。
いや、土属性の相手なら弁慶さんも同じだろうに、と思いつつ。
本当に性格悪いわ…。

「あ、いた!ヒノエくん!」
「何だい?」

遠くから望美が、ヒノエくんの姿を見つけて走ってきた。
どうやら、壇ノ浦では海上の決戦になるので、ヒノエくんの知識が必要なようだ。
というわけで、九郎さんが呼んでるらしい。

「オレは行くけど、あんまり無茶はしないでくれよ。姫君」
「はーい…」

何とも気の無い返事をして、ヒノエくんの後姿を見送る。
そして見えなくなったところで、弁慶さんが口を開いた。

「怪我…治ってきてますね…」
「はい…。やっぱり気づいちゃいましたか?」

私の怪我は、かすり傷ならほとんど分からなくなるくらいに塞がりかけていて。
大きい怪我はまだ時間がかかるだろうけど、それは仕方が無い。

「応龍の宝珠の力、ですか…?」
「多分…。小さい怪我とかなら、前々から治せたんですけどね」

『望美の怪我を治したこともありますし』と笑ったら、弁慶さんは複雑そうな顔をした。
どうやら、力が強まった事で怪我を治したり、というか怪我をする前の時間に戻す、っていう力が意思とは関係なく発現してるみたい。
今考えると、今までも傷の治りが異様に早かったのも、宝珠の力だったのかもしれない。
ほら、福原の時もそうだけど、今まで負った傷って完治にあんまり時間かからなかったし。

人の記憶を見る。
土地の記憶を見ることもできる。
それどころか、怨霊や怪我の時間を戻すこともできる。

だんだん、人間離れしていってるような…(汗)
怪我の時間は、本当に少しずつだから…そこまで使える力じゃないけど。
でも…ちょっとこれは、考えものかも。
便利だし、助かるんだけど…まだ人間でいたいんですが…っ。

さん、壇ノ浦の決戦の前にお話したい事があります。今すぐには言えませんが…」

弁慶さんの瞳は真剣だった。
ちょうどいい…。
私も、あなたに話したいことがあるんです。
いえ…頼みたい事が…。

「分かりました。ちゃんと伺います。でも…その時は私の話も聞いてくれますか?」
「ええ、もちろんです」

弁慶さんの話したいこと…それはきっと、宝珠についてだろう。
龍神に詳しい彼なら、もう気づいているはずだから。

弁慶さんの言いたいことを分かってるのに。
その事を、彼が気にかけてるって理解してるのに…。
それでも、知ってるって言わない私の方が…
よっぽど性格悪いよね―――…。









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あとがき
何がなんだか分からないですね(汗)
まぁ、さんが何を考えてるのかはもう少し後に解明です。
カンの良い人は、薄々感づいてらっしゃると思いますが(笑)
にしても、ヒノエ夢なのに、ヒノエの扱いがずいぶんと悪いですね(苦笑)
弁慶さんは、どんどん性格悪くなってますし。
キャラが壊れていきます…。というか、初めからヒノエも他のキャラも、偽者にもほどがあるんですけど。
あはは…(遠い目)