music by 光闇世界
何も変わらない
誰の下にいようと
誰の側にいようと
私は私だから―――…
舞い降りた烏
九郎の総大将解任が取り消された時、誰もが
『が成功したんだ』
そう確信した。
だけれど、同時に…彼女の安否が心配になった。
でも、その時オレ達は屋島に向かっている最中で。
頼朝からの伝言を伝えに来た奴は、の事を問いかけても
『知らない』
『分からない』
の一点張りで、オレ達は唯一の確認手段を絶たれた。
そして、心配する暇も与えないとばかりに始まった戦い。
オレ達は誰かの心配をする余裕なんてなくて、自分の事で精一杯になっていた。
「駄目です!九郎殿、前衛が圧されています…!」
「怯むな!今は総門を突破する事だけを考えろ!」
屋島の総門を守っている平家の数、力ともに相当なもの。
地上の戦上手である源氏も、苦戦を強いられていた。
勢いを削がれている兵士に、九郎が後押しをするように声を上げる。
だけれど…この人数じゃちょっと厳しいかもね…
「くそ…っ、このままでは…」
九郎が一人、また一人と斬りながら悔しそうな表情をした。
屋島へ向かう際、オレ達は鎌倉へ援軍を要請していた。
今のままの兵力では、平家に太刀打ちできるか分からないからだ。
当然、援軍がくるものだと思っていた。
だけれど、期待を裏切るかのようにいつまでたっても、援軍が来る気配はなかった。
「このままでは、まずいですね…」
「源氏が圧倒的におされちゃってるしね〜」
弁慶も景時もその表情は曇っている。
何とか耐えてはいるものの、このままだと本当に源氏の負けとなる。
「向こうの将は平忠度殿。やはり一筋縄ではいきませんか…」
「俺が突破口をつくる」
圧されている様子を悔しそうに見ていた九郎が、とうとうとんでもない事を言い出した。
一度は解任された九郎は、この戦で何とか信頼を取り戻そうと必死だった。
結構思いつめてたからね…
いつか言うんじゃないかとは思ってたけど…
「九郎さん!?駄目ですよ!一人で突破口を開くなんて無理です!」
「そうですよ、九郎。落ち着きなさい」
「だが、このままでは源氏の敗戦になる!」
望美と弁慶が反対をするが、九郎は一向に聞こうとはしない。
そういうところは、悪いところだとは思わないけどね。
だからって良いことではない。
「あのさ、九郎。自分の立場、少しは考えたほうがいいんじゃないか?」
冷たいようだけど、オレはハッキリと九郎に言う。
オレの言葉に、九郎が驚いたように目を見開き、そしてすぐに眉間に皺を寄せた。
だけれど、睨まれようともオレは全く気にしない。
「アンタ、源氏の総大将だろ。大将自ら突っ込んで、万が一死んでみろ。それこそ、その時点で源氏の負けの決定だぜ?たとえ、総門を突破できてもね」
「だが…っ」
「言い分は聞きませんよ。ヒノエの言う通りです。きみは源氏の要なんですから、そう易々と命を危険に晒してもらっては困ります」
周りの誰もが頷いて。
兵士でさえも、強い視線を九郎へと向けていた。
「しかし…っ」
九郎がまだ何か言おうと口を開いた時だった。
突然、辺りが湧き上がり、源氏が平家を圧し始めた。
「な…なんだ?どうしたんだ?」
その様子に、誰もが驚くしかなくて。
目を配ると、明らかに源氏の兵の数が増えていた。
「まさか…」
「そ。そのまさかですよ」
声とともに、ピタリと何かが背に当てられる感覚がした。
押し当てられたものが刀だと直感し、動く事はしなかったが…声は間違いなく彼女のもの。
横に目線だけを送れば、どうやら九郎も同じように刀を押し付けられているらしい。
冷や汗を一筋流して、苦笑している。
「駄目じゃないですか?言いましたよね?背後には気をつけて下さいね、って」
悪戯でもしているかのように楽しそうな声が、直ぐ後ろから聞こえる。
直ぐに刀は収められたけれど、それはオレの方だけだった。
「…、どうして俺の方の刀は収めないんだ?」
「九郎さんが馬鹿なことはしないって、約束してくれるなら収めますよ?」
九郎ににっこりと笑って、だけれどその笑顔が逆に恐ろしく思えた。
「ヒノエくんと弁慶さんの言ったことは、ごもっともですよ?分かりますよね?」
「ああ…」
「分かればいいんですよ」
スッと刀を収めたは、前方を指差して。
見れば源氏と平家の立場が、さっきと完全に逆転していた。
「援軍の到着、遅れて申し訳ありませんでした。この総門は私達が引き受けます。突破口を開きますので、どうぞ行宮へ先にお進みください」
いつものとは違う言葉遣い。
九郎に膝をついたその姿。
「え、は?」
望美の言葉に、はただ微笑んで。
その微笑みが意味する事を、誰もが悟った。
は…源氏として戻ってきたんだ…
と…。
「行ってください。そう長くは道を切り開いてはおけません」
総門の兵士が分けられて、道が開かれる。
今なら、行宮へ抜けることが出来る。
「早く!」
スラッと鞘から刀を抜いて、はオレたちに飛び掛ってきた平家の兵を一人斬った。
次から次へと刀を避け、時には交えて倒していく。
「九郎、今が好機です。行きましょう」
「だが、俺たちも…」
「援軍に来た兵士の数だけでも、ここは何とかなりますから!」
なるべくオレたちに平家を近づけないように戦いながら、が叫んだ。
九郎は、自分が兵士を連れて行宮へ向かうことを渋っていた。
行宮の守りも堅いだろうから、行宮へ向かうにも兵士を半数は連れて行かなければならない。
兵力を半々に分けて、万が一どちらも失敗に終わったとなれば、一大事だからね。
「早く行ってくれないと、いつまでも背中守ってられませんからね!」
ガキィッと金属のぶつかる音がした。
それも九郎のすぐ後ろで。
恐らく背後を狙って斬りかかって来たのだろう兵士と、が競り合いになっていた。
平家も九郎が大将なのは知っている。
当然隙あらば狙っているのだけれど…。
「その首もらった!源九郎義経!!」
そう言って飛び掛ってきた兵士は、景時に撃たれて。
誰もが自分が手一杯の中、九郎を守ろうとしていた。
「九郎、ここは姫君の言う通りに進んだ方がいいと思うけどね。ぐずぐずしてる暇はないだろ?」
行宮にいる奴らに、逃げる時間を与えることになるしね。
道が開けたのなら、行く方が賢いだろう。
「…分かった。、ここは頼むぞ!」
「了解!」
九郎を初め、兵士達が動き出した。
行宮へ向かう兵士を守るように、残り半数の兵士が平家を抑える。
「…後で行くから…」
オレたちの背後を守るように殿を務めながら、がオレにポツリと呟いた。
「ちゃんと、仕事しに行くから…。待っててね?」
「ああ、安心しろよ。オレはちゃんと待ってるからさ」
「そっか…」
駆け抜けるオレたちに、後ろを振り返る余裕などないから。
の表情は分からなかったけれど、何となく微笑んだような気がした。
「じゃあ、また後でね!」
平家を突破して直ぐに、は再び戦場へと駆け出した。
その姿は、すぐに兵の中に紛れ込んで、見えなくなった…。
『後で行くから…』
その言葉は、彼女がまだオレの烏だということで。
源氏として戻ろうと、誰の下に戻ろうとも…
オレは、その言葉が嬉しかったし…ホッとした。
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「…後で行くから…」
駆け抜ける皆の背後を守りながら、ヒノエくんに呟いた。
援軍も間に合って、皆が無事だと確認して。
何より、彼の顔を見れて…安心したはずなのに。
どこか不安だった。
「ちゃんと、仕事しに行くから…。待っててね?」
言葉の所々に、その不安が見え隠れする。
私は…源氏に戻った。
政子様の人形に戻ってしまった。
そんな私でも、まだヒノエくんは烏だと言ってくれるだろうか?
烏でいていいのだろうか?
ずっとそれが不安だった。
「ああ、安心しろよ。オレはちゃんと待ってるからさ」
「そっか…」
我侭なことを言ってると、自覚している。
でも、彼は優しくそう言ってくれて。
安堵とともに、笑みがこぼれた。
「じゃあ、また後でね!」
絶対に行くから。
皆のところに追いついてみせるから。
そう気持ちを込めて、私は駆け抜けてきた戦場へと戻った。
一瞬だけ皆を振り向いて。
でも、すぐに皆の姿は見えなくなった。
「行宮へと行かせてしまったか!おのれ…っ」
一人、とても強い人がいた。
普通の兵士なんて刃がたたなくて。
次々に殺されていった。
「悪いけど、あなたには私の相手をしてもらうわ」
皆を先に行かせたのは、九郎さんを守りたかったっていうのもあるし…
三種の神器を逃さないためというのも、もちろんある。
でも、きっと…一番の理由は…
ヒノエくんに彼を…この人を会わせないため…。
「お主は…」
「お久しぶりですね。忠度殿」
まるでそこだけ、戦場と隔離されたかのようだった。
私達の放つ殺気に、兵士達が近づけずにいる。
「もう勝敗は明らかなのはお分かりでしょう?大人しく退いてはもらえませんか?」
「世迷いごとを。お主なら分かるであろう?どんなことがあっても、退けぬことをな」
「そうですね…」
戦場では、誰もが命をかけて戦っている。
死んでいった仲間、自分が殺した敵。
その命を背負って、戦っている。
いつか自分が殺されるときがきても、彼らに恥ずかしくないように…。
恥じず、顔向けができるように…。
「あなたの命を背負うのは、私か…」
「それとも、わしがお主の命を背負うのか…」
敵になったのは、個々に恨みがあるからというわけではない。
誰もがそう。
望んで、敵になったわけじゃない。
でも、戦場で会ったからには…戦わずにはいられない。
「一つ問おう」
忠度さんの真剣な瞳が、私を見つめた。
「なぜ、彼らを先に行かせた?」
「大将を殺させないためと、三種の神器を逃がさないため。そして…」
一旦ここで言葉を区切った。
今から私の言う事は、間違いなく甘いことだろう。
私の自己満足でしかないことで…。
思わず目を伏せた。
「そして…?」
先を促す言葉。
その言葉に一つ息を吸うと、ゆっくりと目を向けて。
「彼にあなたを会わせたくなかったから」
「彼?」
「あなたの甥ですよ…」
血は繋がってはいないけれど…、それでも彼にとっては大切な叔父さんだから。
熊野に関わる人と戦う事に…きっと抵抗があるだろうから…。
私が忠度さんを殺めてしまうかもしれない。
私が忠度さんに殺されるかもしれない。
戦に参加している以上、ヒノエくんにも覚悟ができている事だと思う。
どんな結果になっても、必ず耳に入ることだろう。
それでも、せめて直接関わらないように…苦しみが少しでも減るように…
遠ざけたいと思ったの…。
「そうか…。お主には、戦は似合わぬな…」
「私もそう思います…。こんな考えでは、甘すぎると。でも…」
「実力は甘くはないのだろう…?」
「よく、お分かりになりましたね」
少しだけ微笑んで、お互いに切先を相手に向けた。
周りはほとんど勝敗がついていた。
平家で立って戦っているものは、もうごく少数で。
それらの兵士もほとんどが、負傷していて、これ以上の抵抗は無理であろう。
今の彼らは…勝敗じゃなくて、自分のプライドを…武士としての誇りをかけて戦っているんだ。
忠度さんもそうで…戦の勝敗はすでに関係ない。
…戦に立った者として、私に剣を向けている。
私は…それを踏みにじっていいわけがない。
だから…私も精一杯応えるだけ。
「「覚悟!」」
同時に地を蹴って。
肉を裁つ感触と裁たれる感触が入り混じる。
地面に血が赤い染みを作っていく。
間髪いれずに飛び退り、お互いに距離をとった。
「首…か。さすがだの」
忠度さんが、首から流れる血を手で軽く拭った。
そして、少しだけ微笑む。
「そっちこそ、心臓狙ってきましたね」
私は左脇、心臓の直ぐ横の傷を押さえる。
お互い咄嗟に身を捻らなかったら、今頃相打ちだっただろう。
やっぱり…この人強い。
知盛と同じくらいか…、もしかしたらそれ以上か…。
実践経験は、下手をすれば私や知盛の比じゃないかもしれない。
「本気で来なければ、死ぬ事になるぞ」
「それは、あなたも同じです。実力の出し惜しみは感心しませんね?」
まだまだ、真の力はこんなもんじゃない。
私も…忠度さんも。
にやりと笑みを浮かべて、
「本気でいきます」
『ちゃんと、仕事しに行くから…。待っててね?』
『ああ、安心しろよ。オレはちゃんと待ってるからさ』
彼が待ってるから…約束したから。
だから…何があっても、負けられない―――…。
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あとがき
結構色々難しくて、苦労しました…(汗)
忠度さん!あーた、難しすぎるよ!!
そして、戦闘のシーンは今回はほぼカット。夢なのに戦闘シーンが多いのもどうかと思いまして(苦笑)
これから書きたいときがありますんで、今回は控えめです。
にしても、そんなに話しこんでたら、皆さん殺されちゃいますよ〜って感じですが、話しながらも一応戦ってたってことで。
援軍がきてから、勝敗がつくまで早!!