music by Dream'an
一緒に…。
それは、私にはもう…。
遠い、遠い…。
手の届かない夢だった―――…。
守れない約束は
壇ノ浦も、もう目の前に迫って。
源氏も平家も準備万端といった感じだった。
夜明けと同時に、戦いの火蓋が切って落とされることは明白で。
だんだんと、緊張が場を支配していくのが分かった。
「さすがに、兵士も緊張してるみたいね」
だけど、そんな中。
緊張は自分とは無縁、といった顔をした人物が一人いた。
「へぇ、どうやら我が姫君は余裕みたいだね」
「そう?私よりヒノエくんの方が余裕そうに見えるけど?」
「オレはこの戦、勝てるって思ってるからね」
自信たっぷりに言い切ったオレに、は
『ヒノエくんらしいね』
と、くすくす笑って。
「でも、その根拠は?」
ちょっと、挑発するような視線をオレに向けた。
大体、オレの言うことを予想しているといった感じだろう。
至極楽しそうだった。
「は何でもお見通し…だろ?」
「そんなことないよ。千里眼があるわけでもないし?それに私が考えてる事と、ヒノエくんが考えたことは違うかもしれないでしょ?」
『ホントに何でもお見通しになれたら、いいのになとは思うけどね』
とは笑った。
「オレからしたら、十分お見通しだと思うけどね」
「ん〜…まぁ、ヒノエくんに限らず、普通の人からしたらそうかもね」
「あの力が、にはあるからね」
あの力。
それは、には人の記憶や土地の記憶が見れるということ。
心は読めないにしても、人が見たものや考えた事が見れるということは、十分『お見通し』と言えるだろう。
「そういうこと。おかげで、ヒノエくんにも怖がられたし」
「それは、もう言わない約束だろ?ホントに悪かったって…」
オレは、一つため息をついて。
参ったな…。
確かにこの春再会したときには、を避けていたし。
それが、彼女の力に関係していたのも事実。
そして、そのせいでに嫌な思いをさせたのも、十分反省している。
「ごめん、ごめん。分かってるよ」
困っているオレの様子に、がくすくすと笑って。
にこりとオレに笑顔を向けた。
「何度も、気にしないとか許すとか言ってるけど…あんまり可愛いから、どうしてもからかいたくなるのよね」
「可愛いって…、姫君。オレは男だし、そんな風に思われるほどに子供じゃないんだけど?」
可愛いと言われて、喜ぶ男がいたらお目にかかりたい。
それが好きな相手からなら、なおさらだ。
どんな男だって、想ってる相手にはカッコよく見て欲しいと思うんだけどね。
「えー?ヒノエくんまだ、十七歳でしょ?まだまだ子供だって」
だけれどオレのそんな心中に、は全くお構い無しの様子。
まだまだ子供だと、自信たっぷりに言い放った。
「十七歳っていうと、私達の世界だとまだ高校生だし」
「こうこうせい…って何だい?」
「えっと、学校っていう皆で勉強するところがあるんだけど。その内の一つが高校なの。そこに通ってる人を高校生っていうんだよ」
「へぇ、幼い子供も通ってるのか?」
「ううん。高校は大体、十六歳〜十八歳くらいの人が通ってるんだよ。十五歳以下の人は、小学校とか中学校って呼ばれる学校に行ってるの」
あまり、たちの世界について話を聞く機会が無かったオレには、すごく興味深い。
同じくらいの年代の奴らが集まって、一緒に勉学を学ぶ。
そんなこと、この世界には無いからね。
「望美と譲くん、将臣くんも高校生だよ。詳しく聞いたら、教えてくれるんじゃないかな」
「は?」
「私?私は駄目。だって小学校も中学校も、高校も行ってないもの」
「そっか、は七つの時にこっちに来たんだったね」
「そうなのよね。家庭教師もいなかったし、勉強ってほとんどしてないの」
『勉強したって言えば、戦術とかそんなのばっかり』
と、眉間に軽く皺をよせて。
もっと普通の女の子みたいな生活がしてみたかった、とも漏らした。
「あ、家庭教師って言うのは、家で勉強を教えてくれる人のことね」
思いついたように、ピッと人差し指を一本立てて。
は、オレの分からない単語を先に説明してくれた。
「そうだなぁ。ヒノエくんも色んな人に色々教えてもらったでしょ?多分、感じはそれと大差ないと思うよ」
『自信ないけど。うん、多分それで間違いないと思う』
と、軽く頷いて。
でも、オレを見つめた瞳が真剣になった。
「どうかしたの?体調悪い?」
急に黙ったオレを、不審に思ったようだった。
ついさっきまで、何事も無く話していたというのに。
体調が悪い、と聞いてくるのだから…どこまでも、優しくてお人よしだと思った。
「いや、違うよ」
「え?じゃあ、何?」
「そうだな…、。一つ言っておくよ」
「変な事なら聞かないよ。お説教も勘弁ね?」
怒られるのは九郎や弁慶にだけで十分といった感じだ。
少し渋い顔をしたに、思わず笑みが漏れる。
「違うよ。、オレは良かったって思ってる」
「良かったって…何を?」
「お前に会えた事を。それに、こんな風に言ったら怒るかもしれないけどね。オレはお前が普通の姫君じゃなくて良かったと思ってる」
「普通じゃなくてよかったって…。普通は普通の方がいいと思うんだけど…」
「もし、が普通の姫君だったら、オレ達が出会うこともなかっただろ?」
がこの世界に一人、飛ばされて…。
北条政子の下にいたから…あの時、十年前のあの日に出会うことが出来た。
そして、彼女が応龍の神子だったから。
だから、再び再会する事ができた。
それはが、この世界に住む普通の姫君だったなら…無かったことだろう。
「それはそうだけど…。あ〜…でも、うん。確かに良かったかも」
一人で何やら納得して。
は、可笑しそうに笑った。
「だって、ヒノエくんの言う普通の姫君だったら…もし出会ったとしても、他の女の子たちと一緒の扱いだっただろうし」
だから良かった、と微笑んだ。
普通じゃないから、オレがを特別だと言っている、ってことだろうけど。
「オレは、が普通の姫君でも…好きになる自信はあるけどね」
「絶対にありえないから。それに…あのさ…、私を好きだって…いうのも本当なの?」
言いにくそうに聞いたに、思わずきょとんとしてしまう。
今更何を言っているんだ。
オレは、の事を好きだと以前にもハッキリ言った事があるはずだけど?
「嘘も偽りもないさ。オレは…、お前が好きだよ」
「…あ…ありがと…」
彼女は頬を染めて、顔を背けてしまった。
オレに可愛いと言った彼女。
だけど…オレからしたら、お前の方が比べ物にならないほど可愛いと思うんだけどね。
「、普通の姫君になりたかったって言っただろ?」
「え?うん、憧れてはいるかな。今更無理だって分かってるけどね」
「そんなことないさ」
スッと、の頬に手を伸ばして。
驚いたと、視線が合った。
「この戦が終わったら、オレと一緒に熊野に来いよ」
熊野でなら。
オレと一緒に…普通の姫君として暮らせる。
「オレと、熊野でずっと一緒に暮らせばいい」
源氏との縁切りの問題もあるけど。
そんなの、オレからしたらさほど難しいことじゃない。
お前のためなら、どんなことも可能にしてみせる。
「お前は、オレがまだ子供だって言ったけど…そんなことないぜ?」
オレの言葉、一つ一つに驚いて。
だけれど、の瞳は少しずつ悲しそうな色を濃くしていった。
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「絶対にありえないから。それに…あのさ…、私を好きだって…いうのも本当なの?」
普通の女の子だったら、ヒノエくんとこうやっていることもできなかったんだろう、と言った私に。
ヒノエくんは、普通の女の子でも私を好きになる自信はあるって言ってくれて。
ちょっと…というか、かなり聞きにくかったけど、思い切って聞いてみた。
「嘘も偽りもないさ。オレは…、お前が好きだよ」
「…あ…ありがと…」
真っ直ぐな、彼の言葉が…本当に嬉しかった。
私をそんな風に好きだと言ってくれる人なんて…一生できないって思っていたから。
だから…本当に、涙がでそうなくらいに…嬉しくて堪らなかった…。
だけど、同時に罪悪感でいっぱいになった。
私は…いなくなってしまうのに。
彼を残して…いなくなるのに。
彼を…私は悲しませてしまう。
「、普通の姫君になりたかったって言っただろ?」
「え?うん、憧れてはいるかな。今更無理だって分かってるけどね」
「そんなことないさ」
ヒノエくんの手が、スッと頬に触れて。
思わず、ビクッと反応してしまう。
「この戦が終わったら、オレと一緒に熊野に来いよ」
言われた言葉は…とても優しくて。
嬉しいもののはずなのに…。
今の私には、残酷で悲しいものだった…。
「オレと、熊野でずっと一緒に暮らせばいい」
できれば、そうしたい。
刀を持たずに…、ただヒノエくんの側で生きていけるなら…。
そんな幸せは、他にない…。
「お前は、オレがまだ子供だって言ったけど…そんなことないぜ?」
「な、何言ってるのよ。十七歳はまだまだ子供!ずっと一緒に暮らせばいいなんて…早まっちゃ駄目だって」
辛い、悲しい。
そんな気持ちを悟られたくなくて。
これからやろうとしてることを、勘付かれたくなくて。
軽く誤魔化そうとした。
「…オレは本気だぜ?お前以外の女なんて、考えられない」
「え…ちょ、ちょっと…」
突然、身動きが出来ないくらいに強い力で抱きすくめられて。
軽く頭がパニックになる。
ここで、ヒノエくんを突き放す事は…簡単だ。
突き放してしまえば、彼にもこれ以上辛い思いはさせなくて済むかもしれない。
彼のためには…ううん、私と彼のために、そうしなくちゃいけないのに…。
嫌だ…。
そう思ってしまう自分がいる。
我侭で、身勝手で…どうしようもないくらい愚かな自分。
『一緒に熊野に来いよ』
『ずっと一緒に暮らせばいい』
私の中で、何度も響く彼の台詞。
それは、とても甘くて。
私の決意を…鈍らせてしまうほどに…。
「ヒノエくん…あの、ね…?」
だけど…駄目だ。
どんなことがあっても、決意を変えては駄目…。
ヒノエくんを…九郎さんを…皆を守るために。
そして…自分自身のために…。
「ヒノエ、。どこだ?」
突然、私達を探す声が聞こえた。
どうやら、声の主は九郎さんのご様子。
私達のいる船に小船を寄せる音がして、上がってきたのは間違いなく声の主。
「あ、九郎さん」
ラッキーとばかりに、スルッとヒノエくんの腕の中から離れて。
ヒノエくんに背を向ける。
しかし、すぐに今度は背後から抱きすくめられてしまった。
「何だい、九郎。人の逢瀬を邪魔するなんて無粋だね」
「え、いや…そんなつもりは…っ」
突然、挑発的な笑みを向けられて、九郎さんが焦った。
だけれど、すぐにハッとして。
「ヒノエ!そんなこと言ってる場合じゃないだろう」
「はいはい。相変わらず、九郎は冗談が通じないね」
「仲がいいのはいいけど。その前にヒノエくん、悪いけど離してくれないかな〜?」
「何で?」
「何でって…」
「二人とも、いいかげんにしろ!」
「って、私も!?」
私の抗議に、九郎さんは当然だ、という顔をして。
今までで、一番大きいんじゃないかってくらいのため息をついた。
「いいから、二人とも来い。最後の軍議をするぞ」
「ったく、仕方ないね」
九郎さんはついてくる様に私達に言うと、再び小船に歩き出した。
そんな九郎さんに、やれやれといった様子のヒノエくん。
それでもやっと私を解放してくれて。
自由に動けるようになった私は、また捕まる前にと九郎さんの横に走っていく。
「、さっき言いかけたことって…」
「あぁ…。あのね、の後?」
皆がすでに集まってるっていう船につくまでの間、突然ヒノエくんにそう声をかけられた。
九郎さんが小船を漕いでる兵士と話している隙に、といったタイミング。
それは、聞かれていいことじゃないと…そう思ってるのか。
それとも、私が言いにくいことかもしれない、と思って…気を遣ってくれたのか。
言いかけたこと。
そうくれば決まってる。
『ヒノエくん…あの、ね…?』
のことだろう。
「あのね…私、守れないかもしれない約束はできない」
私の言葉に、ヒノエくんが驚いた。
一瞬目を見張って。
直ぐに真剣な目に変わる。
「守れないかもしれない約束…?」
「そう。戦が終わったら、一緒に熊野に行く。それを約束しても、守れないかもしれないでしょう?」
『かもしれない』
なんて、便利な言葉なんだろう。
真実を…こんなにも簡単に隠してくれる。
「戦では何が起こるか分からないから。今はまだ、約束はできない」
海に吹く風が、私達の間を吹き抜けて。
二人の髪を揺らしている。
戦で何が起こるか分からないから。
生き残る保証はないから。
だから約束は出来ない…。
でもそれは…建前でしかない。
本当は、『守れない約束』と言えば…。
私が、確実にいなくなると…死ぬ気なんだと言っているようなものだから。
だから、『かもしれない』と言っただけ。
気づかれないように、いくらでも誤魔化して…最後まで知られないように。
「…それなら、生き残ったときに一緒に来る気はあるんだろ?」
「うん…、そうだね…」
この戦が終わって。
生き残っていられたなら…、一緒に行きたい。
でも…戦が終わった時、私は…。
「ほら、行くぞ」
九郎さんが立ち上がると同時に、船が軽く揺れる。
見れば、いつの間にか目的の船に到着したご様子。
「全く、本当に九郎は良い時に邪魔してくれるね」
「何だ、それは」
「これなら、九郎が誰かと逢瀬の時には、オレが邪魔しに行こうかな」
「ヒノエ…っ」
「二人とも、先に行くからね!それと、気をつけないと小船ひっくり返るよ」
さっさと一人だけ、船の上に上がって。
自分は関係なし、と言わんばかりに声をかける。
「じゃーね。待ってるから、早く来てよ〜」
そう声をかけて、さっさと皆のところへ行く。
だって、向こうで
「!待ってたよ」
って望美が呼んでるし。
皆も待ってくれてるみたいで、特に景時さんなんて手招きしてるから。
これ以上お待たせしたら、失礼じゃない。
ね?
「まったく、あいつは…」
「九郎も、には敵わないみたいだね」
「それは、ヒノエ。お前だってそうだろう」
「まぁね。そういえば…九郎って、との付き合いは弁慶より長かったよな?」
「ああ、それがどうかしたか?」
「から、今回の戦のことで何か聞いてないか?」
「今回の戦のことで?俺はが、望美たちの側で戦うことしか聞いてないが?」
「いや、それならいいんだ」
先に皆のところに行ってしまった私は…気付かなかった。
ヒノエくんが九郎さんに、そんな質問をしていたことも。
そして…そのときのヒノエくんが、妙に何か引っかかったような表情をしていたことも―――…。
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あとがき
やっとこさ、次から平家と戦が始まります。
やっとです。ホントにやっとです。
って、最近話の展開が遅いような気がしてなりません。
前からだろ、っていう突っ込みは無しで(苦笑)
前回ヒノエが出てこなかったので、今回はヒノエに出てもらいました(ヒノエ夢だから当然。汗)
さて、次回は…ってまだ虚でしか決まってないデス…っ。