music by Dream'an
帰って来て欲しい…
戻ってきて欲しい…
でも…
それはオレの我侭―――…
互いの心
福原で、これからをどうしようか考えていたオレ達のもとに、とある情報が舞い込んだ。
『平家に不穏な動きが見られます』
と…。
どうやら怨霊を使って、京を襲おうというのだ。
この戦、平家は負けたとはいえ…兵力の温存には成功している。
再び京を手中に収めれば、戦況は平家有利となるだろう。
今、やっとの思いで源氏に追い風が吹こうとしていても…京を失えば、その風はすぐに止んでしまう。
『京へ戻りましょう…』
弁慶の判断から、オレ達は京へと戻ってきた。
の戻らぬまま…。
「今はまだ、何も変わったことは起こっては無いみたいですね」
平家がすでに怨霊を放っているかもしれない。
そうなれば、どこかで怨霊が目撃されているか…それか少なくとも怪異など起きているはずだ。
だから、オレ達はすぐに京一帯に聞き込みをしたのだけれど。
「確かに、誰もが今までと変わったことは無いって言ってたからね〜」
「だが…知られていないだけ、ということはないのか?」
「確かに、その可能性もありますね。先輩…白龍の神子がいるのは相手も知ってますし」
「わざわざ姿を見せて、封印される危険を冒すことも考えにくいですね」
オレの横で、どんどん会話が進んでいく。
だけれどオレはその会話に加わることは無くて。
部屋の入り口辺りの柱に背を預けて座り、一人外を眺めていた。
平家の動きが気にならないわけじゃない。
でも…オレの思考は全く別の方を向いていた…。
「ヒノエ…のことが心配なのか?」
唐突に投げかけられた質問。
ゆっくりと視線を上へと上げれば、九郎が真剣な瞳でオレを見下ろしていた。
「心配じゃあ…ないかな」
すぐに視線を外して、再び外へと視線を向ける。
自嘲気味なのか何なのか…何ともつかない笑みを浮かべて。
「なら、何だって言うんだ?お前が話に加わらないなど…。他に何かあるとは思えん」
「ヒノエ、さんが心配なのは皆一緒です」
「言っただろう?心配じゃないって。少なくとも、が無事なのは確かみたいだからね」
オレの宝珠は未だに少し熱を持っていて。
それはの持っている、応龍の宝珠と共鳴しているのだから…まだ彼女は無事なんだろう。
「それに、望美。お前達の世界ってのは安全なんだろ?」
「うん…。この世界に比べたらずっと安全だよ…」
「そうですね。戦もありませんし…。武器を持ち歩いている人なんていないですから」
この世界より安全な世界…。
そこへ行ったのなら、何も心配する事なんてない。
それでも唯一の心配と言えば、知盛が一緒だということだけれど…。
奴のことだ、戦場以外で剣を交えようなどとしないだろう。
アイツには、アイツなりに美学があるからね…。
「それなら…一体何が気がかりなんだ?」
気がかりか…。
まぁ、それは無いとは言わないよ。
何の反応も見せないオレに、弁慶がため息をついて。
「さんは無事ですし…白龍の言う通りなら、彼女はこの世界に戻ってくる事も出来ます」
オレは弁慶の言葉に、再び視線を部屋の中へと戻して。
確かに白龍は言ったさ…。
『応龍の宝珠は、時空の狭間を開くことが出来るよ。だから、は戻ってこれる』
ってね…。
龍脈に力が戻りつつあるから、自身の応龍の神子の力も強まってきていて。
だから、自力で宝珠の力を引き出し…戻ってこれると。
神様のお墨付きってわけだ…。
だけど…
「が戻って来ると思うのかい?」
オレの言葉に、全員が驚きの色を見せた。
一体何を言ってるんだといった表情。
誰もが、が戻ってくると信じていたってことだ。
「ヒノエ…お前は戻って来ないと思ってるのか?」
九郎が眉間に皺を寄せた。
その声は、完全に怒りを含んでいた。
「ああ…。わざわざ危険な世界に戻ってくるバカはいないだろ?」
「―――…ヒノエ…っ!」
九郎がオレの胸倉を掴んで、オレは強制的に立たされた形になる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
今にも殴り合いが始まりそうなオレ達の間に、割って入ったのは望美だった。
弁慶や景時も手伝って、何とか九郎とオレを引き離す。
何とか九郎を落ち着かせて座らせる。
「ねぇ、ヒノエくん。さっきの言い方…いつものヒノエくんなら、あんな言い方しないよね?」
「どういう意味だい?望美」
「そのままの意味だよ。だって…さっきのじゃまるで、が帰って来なくてもいいって思ってるみたいだったもの」
「まるで、じゃないよ。実際、戻ってこない方がいいと思ってるんだからね」
オレの言葉に、九郎が再び立ち上がろうとした。
それを横から弁慶が抑える。
九郎だけじゃない…他の何人かもオレに鋭い視線を送っていた。
「ヒノエ、一体どうしたんです?さんのことを…誰よりも大切に思っているのはきみだと、僕はそう思っていたんですが…」
のことが大切だと…思っていたさ。
いいや、今だって思ってる。
だけれど…だからこそ…。
「そうだよ、ヒノエくん…。この中の誰よりも、に帰ってきてほしいって強く思ってるんでしょう?」
望美の言葉に、オレは少しだけ笑みを浮かべた。
帰ってきて欲しい…。
もう一度会いたい…だからオレのもとへ戻ってきて欲しい。
でもそれは…オレの我侭だろう…?
「どうして、帰ってこないとそう思うんです?」
「自分を狙ってる奴がいるところに、わざわざ戻ってくると思うのか?それに…あっちの世界にはの母親がいるしね…」
母親のことを話すの瞳は…母親に会いたいと語っていて。
決して口にすることはなかったけれど、オレは十分理解していた。
は、母親が自分を嫌いで捨てたわけじゃないと信じていて。
オレも話を聞いただけだけれど、そう感じていた。
だから…母親の口から真実を聞けば、は…もうオレ達のところへ帰っては来ない気がしていた。
「のためには、戻ってこない方がいい…」
応龍の宝珠を狙っているのは、清盛を始め…おそらく頼朝たちもだろうね…。
戻ってこれば、間違いなくは狙われる。
それこそ、彼女の力が強まった今…以前と比べ物にならないほどの火の粉が降りかかるだろう。
「オレは、がわざわざ危険な目に遭うために…戻ってくる必要はないと思ってる」
偶然とはいえ、安全な場所へ…。
誰の手も届かない、平穏な世界へ逃げられたのなら…戻ってこなくていい。
母親のもとで、幸せになってくれれば…。
「にとっての幸せが、向こうの世界にはあるからね…」
『オレはに幸せになってもらいたい…』
オレは、とにかく曖昧な笑みを浮かべて。
そんなオレを、誰もが困ったように見ていた。
何て言ったらいいのか、分からない…
反論したくても、オレの言ってる事も分かるし…でも…といった表情。
「それは間違ってるよ?ヒノエくん」
だけれど、望美だけは違っていて。
真剣にオレを見つめていた。
「私は、は絶対戻ってくると思う」
どうしてそう思うんだ?
望美…お前だって…知ってるはずだろう?の母親の話…そして気づいていたはずだ。
お前だけじゃない、ここにいる全員が…が母親に会いたいと思っていたことに…。
「確かにお母さんのところで、もう一度やり直すのも…の幸せかもしれない。でも…それは本当の幸せじゃないって思う」
「本当の幸せ?」
「うん…。にも、絶対にこの世界に守りたいものがあると思う。必ず大切なものが…あると思うから」
『それを放り出して、向こうの世界から戻ってこなかったら…本当に幸せにはなれない』
と…望美の瞳は迷いなんて感じなくて。
まるで…自分自身の事を語っているかのように思えた。
「でも、の幸せはにしか分からないから…。偉そうなこと言えないんだけどね」
『それでも…私はが戻ってくるって信じて待っていたいの…』
今度は望美が困ったように笑みを浮かべた。
「まったく、のためだったなら…始めから言え」
九郎が腕を組んで、オレから顔を背けた。
『始めから言っていれば、掴みかかるなんてしなかった』
と、怒っているのか何なのか。
確かに、不安に思って…皆に八つ当たりしたような言い方になったからね…。
それは反省すべき、か…。
「ヒノエ、帰ってくるかどうかは殿が決める事だ。だから、私達に出来る事は…彼女を待つことだけではないだろうか?」
「敦盛くんの言う通りですね。彼女が帰って来たときに迎えてあげること、それが僕達が出来る事です」
皆が皆、その言葉に頷いていて。
オレもその中の一人だった。
そうだ…帰ってくるか来ないのか、それはの決める事。
『帰って来い』『戻ってこない方がいい』そのどちらも、オレが言うべきことじゃない。
オレはただ、彼女が戻って来ると信じて…戻ってきた時に迎えてあげることしか出来ない…。
でも、それが一番重要なことだった…。
『もしも…帰って来たいと思うなら…。間違えずに、オレのもとへ帰ってくるんだぜ?―――…』
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「え…?」
「どうかした??」
突然、振り返った私に母が不思議そうに尋ねた。
知盛も『何だ?』って顔をしている。
「ううん。何でもない」
空耳かなあ?
誰かに呼ばれたような…。
しかも、声が異様にヒノエくんに似ていたような気がしないでもないけど…。
でも彼がここにいるわけがないので、空耳ってことよね。
「ねぇ、。あなた達はどうやってここに来たの?」
「えーっと、大量に矢を射掛けられて…気づいたらここにいたって感じかな」
「それじゃあ、きっとあの時と一緒ね」
母の言う『あの時』とは、きっと始めてこの世界に来るきっかけになった時のことだろう。
以前と今回…そのどちらもが…
「知盛のせいよね」
「何がだ?」
「別に?」
訝しげに私を見る知盛に、そっけなく返事をして。
でも、考えてみれば…私が巻き込んだってよりは、知盛に巻き込まれたって言うほうが正しい気もする。
いや、確かにこの世界に知盛を連れてきたのは私の責任だけど…
でも、知盛が源氏の兵士に勘違いされるような行動をとらなきゃよかった訳だし。
よくよく考えたら、お互い様じゃないかなぁ?
「ね、お母さん。私からも一つ質問。どうしてこの浜にいたの?」
私はここ…七里ヶ浜を指差す。
偶然会えたのは嬉しかったけれど、どうしても不思議だった。
「がいなくなってから毎日来ていたわ…。違う世界だと分かっていても、この海があの世界の海と繋がってるような気がしていたから」
「毎日って…十二年間も?」
「いいえ、違うわ。実はね、あの時からまだ一年もたってないのよ?」
通りで…歳をとってないはずだわ…。
私の記憶が曖昧だったからかと思ってたけど…どうやら思い違いではないみたい。
っていうか、時間軸が滅茶苦茶過ぎて…すでについていけない。
「再会したとき、よく私だって分かったね」
「それは自分の娘ですもの」
驚く私に、母はくすくすと笑って。
再会したときには、よそよそしかった言動も、いつの間にか普通になっていて。
この数時間の間に、それでも大分距離が縮まったような気さえする。
「それで…戻る方法なんだけど…。理解はできた?」
「うん、一応。でも…本当に上手くいくかな?」
「大丈夫よ。自分を信じなさい」
自分を信じろとは言うけれど、この方法の場合、信じるのは自分だけじゃいけない気が…。
あの時母が提案した方法は、本当に意外なもので。
『応龍の宝珠に強く、帰りたいと願えば…きっと帰れるはずよ』
理屈としては分からないわけじゃない。
だって、実際にこの世界に来たのは…宝珠の力としか考えられないから。
今度は意図的にその力を発揮させてやろうってわけなんだけど。
『でも…違う時空に辿り着くってことは有り得ない?』
だって…私はあの時、皆と違う時空に辿り着いてしまったし。
だから…いくら宝珠の力を使ったとしても、全く可能性が無いなんてことは無いだろう。
『その可能性はあるわね。だから、もう一つやらなきゃいけないことがあるのよ』
『それは?』
『応龍の宝珠と八葉の宝珠は繋がってるの。だから、の声が彼らに届くはず』
『私の声が?』
『ええ、今のあなたの力ならできるはず。彼らに、辿り着くための道標をしてもらうの』
道標って…要は母曰く、皆に『帰って来い』と願ってもらうことで…宝珠同士の結びつきが強まるから…
それが、元の時空に戻る目印になるってことなんだけど…。
本当に大丈夫かな…?
っていうか、お互いに結構強く願わないといけないらしいから…。
もしも『帰ってこなくてもいい』なんて思われてたら、成功しないよね?
いや、そんなことは無いと信じてはいるけれど。
万が一よ、万が一。
「とにかく…やってみるしかないよね」
「ええ。大丈夫よ、なら出来るわ」
母は私達から少し距離をとって。
完全に私達を見送るつもりのようだ。
「お母さん…一緒に来る気は無い?」
私の提案に、母は一瞬驚いたようだけれど…。
微笑んで静かに首を振った。
「私が以前も一緒に行かなかったのは、理由があるのよ」
「理由…って?」
「私は宝珠を狙ってた人たちに顔を知られている。私が一緒に戻れば、あなたが応龍の神子だと言いふらすようなものでしょう?」
『だから…あなた一人で向こうの世界に行かせたの。その方が危険を減らせると思ったから』
そう言って。
でも…私はもう、自分の身を守る事が出来るから…一緒に行こう。って言いたかった…。
だけれど、母の瞳は完全に決意を固めていて。
きっと私が何を言っても、首を縦に振ることはないと悟った。
それに…
わざわざ危険なところに行く事もないよね…。
「そっか…」
「それと、一ついい?」
母が思い出したように言い出した。
そして、指差したのは私の右肩。
そう、刀の貫通した傷口。
「あんまり危険なことはしないようにね?」
当初、私の傷を治療のために見て。
母はものすごく驚いたし、少し怒られたけれど。
向こうの状況を母は知らないわけではないから…だからあまり強くは言えないようだった。
「分かってる」
私は少しだけだけれど、微笑んで。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
意識を集中させるために…。
私は…向こうの世界に…皆のところに帰りたい…。
だから…応えて…。
宝珠よ…私と皆を繋いで…。
私の願いに反応するように、体が熱くなっていく…。
私の中の宝珠が…だんだんと力を解放していった―――…。
『帰りたい―――…』
宝珠が再び熱を帯びて…
響いたのは彼女の声…。
彼女の思いが…伝わってきた―――…。
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あとがき
ヒノエが弱い〜(汗)
かっこよくない…偽者だぁ…っ。
それにしても、知盛も一緒にいるのに…ほとんど会話がない!
たったこれだけの人数ですら書ききれない私って…本当に逆ハーには向かないな…。
ちなみに最後の部分ですが。
ヒノエだけじゃなくて、八葉全員に当てはまってます。一応。
あと、分かりにくい時間軸はこんな感じ。
今から三年前、ヒロインは赤ん坊の頃に現代へ。
現代で7年過ごした後、時空を超えて今より12年前の京へ戻ってくる。
9歳でヒノエ・九郎と出会う。11歳で弁慶と出会い、19歳になって今現在に至る。
ついでに言うと、今回知盛と飛んだ時空は、ヒロインが京へ戻ってから一年も経っていない時空です。
逆鱗とか白龍の力とか、時空跳躍って便利だけど(何でもアリだから)
書くほうとしては、かなり頭を使ったり分かりにくいので困りもの…。
だから、同一人物(ヒロイン)が二人存在してるなんて、ヤバイ展開に(苦笑)