music by Dream'an
いや、考えたって仕方がないし
悩んだってどうしようもない
そんなことは分かってるんだけど…
よりによって…
なんでこの人と…?
懐かしき姿
「待っ―――…」
「放て!」
九郎の声と兵士の声は同時だった。
平家の兵を蹴散らして、生田神社まで突破したオレたちが見たのは、知盛とが源氏の兵士に囲まれているところだった。
が無事だったと安心したのもつかの間、次の瞬間には二人に向かって大量の矢が射掛けられた。
「―――…!」
咄嗟に彼女の名前を叫ぶ。
あの量の矢、全てを避けられるはずがない…。
このままじゃ…
誰もが言葉を失う中、あたり全てを包み込むかのような強い光が立ち込めた。
「何だ!?」
その強い光は、オレたちの視力を一瞬でも奪うのに十分だった。
目を開けていることさえできず、思わず手で目を庇う。
何だ…?額が…宝珠が熱い…?
ゆっくりと、恐る恐る目を開けて…
だけれど、そこにはの姿は無かった。
その横にいた知盛も…
いたのは呆然とする兵士たちだけ。
「は…?どういうことなの?」
何が起こったのか分からない中、これだけでもすぐに言葉に出来たのは上等だろう。
望美の言葉に、やっと皆が反応する。
「何故…何故、矢を放った!?」
九郎がものすごい勢いで兵士に掴みかかった。
オレだって、出来る事ならそうしたかったさ…。
でも、兵士を責めたって仕方がないだろ?
「九郎、兵士を責めても仕方がありませんよ。彼らは役目を果たしただけです」
弁慶が九郎の肩に手を置いて、ゆっくり首を横に振った。
『分かってる…。分かってはいるが…』
九郎は兵士から手を放し、ギリッと唇をかみ締めた。
「白龍…お前なら、なんか分からないのか?」
オレは横にいた白龍に問いかけた。
この際、兵士が矢を放ったのはどうでもいい。
それよりも…がどこへ行ったかの方が重要だ。
「私にも分からない。分かるのは一つだけ。の気…この世界には無いよ」
「何だって?」
一瞬で人が消える事自体有り得ないのに…
この世界にの気が感じられない?
冷静を装ってはいても、焦りだけがつのる。
の無事さえも分からないってのに…。
状況が把握できるまでは、焦るなと言い聞かせて。
「でもは無事だよ」
「何で分かるんだい?」
「さっきの光は、応龍の宝珠の力が溢れたものだから…。ヒノエの宝珠、反応してない?」
応龍の宝珠と、オレの宝珠が反応してる…?
他の奴らの様子を見れば、他の八葉全員が宝珠の宿っているところを気にしていて。
どうやら、宝珠の異変を感じているのはオレだけじゃないらしい。
「応龍の宝珠と、八葉の宝珠は繋がってるから。宝珠が反応している間は、は無事だよ」
白龍は真剣な瞳でオレを見つめていて。
『にもしものことがあれば、宝珠が教えてくれる。反応するから、皆分かるよ』
と。
だから大丈夫だと、白龍だけは至極落ち着いていた。
「それなら…何処に行ったんだ?」
無事だというなら…とりあえずは安心できる。
でも…
この世界じゃないっていうなら…
は何処へ?
その時、まさかという考えが頭をよぎった。
「の元の世界…。分からないけど、多分そう」
なんてこった…。
が元の世界へ戻った…?
オレだけじゃない、白龍の言葉に誰もが言葉を失った。
まさか、が当たってしまったのだ。
「と…とにかく撤退だ!」
「逃げろ!退け、退くんだ!」
もしや知盛も一緒に?
残された平家の兵士も同じ考えに行き着いたのか、突然焦って引き揚げを始めた。
戦意を失った者を、九郎も追おうとはせず…
生田に残っていた兵は、直ぐに撤退していった。
それでも数人は捕らえたが…
どうやら帝も還内府もすでに沖へと逃げたらしい。
これ以上の戦闘は無意味ということだ。
この戦は源氏の勝利。
だけれど…戦に勝ったというのに、晴れ晴れとした表情の奴は一人もいなかった…。
++++++++++++++++++++++++++++++
「で?一体ここは何処なわけ?」
射掛けられる大量の矢。
それに加えて、異様に焼けるように熱くなった体。
咄嗟に訳も分からずに、知盛の腕を掴んでしまったはいいけれど…
その後の記憶はほとんどなくて、ハッとしたときには目の前に砂浜があった。
「冷たいし…」
しかも、膝辺りまで水に浸かっていて。
とにかく冷たい。
だって、辺りが真っ暗な辺り…どうやら夜みたいで。
おまけに風は冷たいし。
「俺は痛いのだが、な…」
笑いを含んだ声に、ん?と顔を向けてみれば、そこには紛れもない知盛がいて。
『何で知盛が?』
と思ったけれど、それよりもまずは…。
目線を下げる知盛に習って、自分も視線を向けてみれば、見事に知盛の腕に私の爪が食い込んでいた。
どうやら、思いっきり掴んでしまったらしく、挙句の果てには爪を立てていたらしい。
「あ…ごめん」
悪いと思ってるのか思ってないのか、すこぶる微妙な謝罪をして。
ちょっと不味かったかと思ったけれど、知盛は大して気にしていないようだったから、よしとした。
小さなことを気にしないだけなのか、それとも器が大きいのか。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
ザバサバと一人だけ海から揚がって、さっさと歩き出す知盛の後を急いで追った。
大体ね、どこかも分からないってのに様子見ぐらいしなさいよ。
とちょっと不満を心の中で言ってみる。
「痛…」
ドンっとかなりいい音がして。
私は突然立ち止まった知盛の背中に、勢いよくぶつかった。
突然何よ?と知盛を見上げてみれば、知盛の視線は真っ直ぐと前に向いていて。
でも、その表情はかなり訝しげだった。
一体何を見ているのかと、自分も視線を真っ直ぐに向ければ、そこには信じられない光景。
「何だ?あれは…」
知盛からすれば、初めて目にするものだろう。
大きいものから少し小さめのものまで、見た目はかなり硬そうで…
四角に近い形をしたものが、大きな音をたてて動いているんだから。
そう、いわゆる車である。
その光景に思わず言葉を失った。
『どう見たって…あれは車よね?』
どういうこと?車があるってことは、どう考えても今までいた世界じゃない。
有り得ないけれど、元の世界に戻ってきたって考えにしか行き着かなくて。
いや、知盛の記憶が正しいなら…あの時私は時空を超えたんだから、だったら今回もそうだということなんだろうけど。
それでも、どうして今更?とも思うし。
それに…何より…
『何故、知盛と一緒に?』
よりにもよって、この空腹の猛獣より危険な知盛と一緒ってのは…
ちょっとねぇ?
命がいくつあっても足りないような…。
「何の生き物だ…?」
色々な考えを頭に巡らせていて、意外と自分が危機感を感じていないなと思っていたら、知盛が真剣に呟いた。
思わずその言葉に、吹き出してしまう。
確かに夜だから、車にはライトがついていて。
それが生物の目に見えないこともないから…生き物に見えないこともないのだけれど。
『花だ!』
『違うよ、それは蝶々だよ』
ってどこかのテレビでやってたような、シーンを思い出してしまって。
だから…
まるで小さい子供が横にいるみたいで、笑いが止まらない。
「何が可笑しい…?」
声を押し殺していたけれど。
でも、あれだけ肩を震わせて笑っていれば、当然ばれるというわけでして。
知盛がかなり不機嫌そうに、私を睨んだ。
「な、なんでもない…。あれはね車っていって、乗り物だよ」
だから生きてはないの、と説明してやれば、知盛は眉間に皺をよせた。
一体何を言っているんだという顔。
確かに車っていう言葉を耳にすること自体初めてだろうから、仕方がないんだけど。
「有川が言ってたのはあれ、か…」
「将臣くんが?」
そういえば、将臣くんはこっちの世界の人だし、知盛に教えていても不思議じゃないか。
それに、将臣くんの場合…色々余計なことまで吹き込んでそうな感じが…。
「ああ…あいつには色々と吹き込まれたな…」
口調の割には、嫌そうではなくて。
むしろ楽しそうな表情。
『へぇ…』と軽く相槌を打っていたら、知盛が視線だけを私に向けた。
「どうするつもり、だ…?」
「どうするつもりって…どうしよう?」
ここが本当に私の元の世界だったとして、何かやることがあるかと言われれば、別に無いし。
だからと言って、どうして戻ってきちゃったのか分からない私には、再び京に行く方法なんて検討もつかない。
でも、一つだけ分かるのは…
このままここにいたら、間違いなくいつか捕まるってこと。
それが不審者としてなのか、それとも銃刀法違反でなのかは分からないけど。
とにかく私達の出で立ちは、怪しい事この上ない。
私はまだしも、知盛の場合は鎧まで着てるんだから…完璧に不審者で決まりだろう。
「知盛が捕まるのは、気にならないけど…とばっちりは食いたくないなぁ…」
「何が言いたい…?」
「いや、こっちの話」
この世界だと、見つかったら捕まるかもしれない、って言えば…
絶対、『殺ればいいだろう』とか言い出しそうだし。
変な騒ぎを起こさないためにも、大人しくしておいてもらおう。
「とにかく…目立たない場所に行こう」
私は一人でさっさと歩き出す。
浜の直ぐ横には森があるから、あそこに行けばそうそう人には見つからないだろうし。
知盛がついてきてるかは確かめてないけど、気配が離れない辺り、大人しくついてきてるのだろう。
それにしても…
「意外と冷静なんだね」
とにかく適当に腰を下ろして、座って直ぐに知盛を見上げる。
これからの事を考えようと思って、ふと思いついた疑問。
私は元々この世界の人間だからいいにしても、知盛は違うから…普通は混乱するものだと思うけど。
全く知盛はそんな様子を感じさせない。
「何がだ…?」
「突然意味の分からない世界に来ちゃったのに、冷静だな〜って思ってね」
「…騒いだところで仕方ないだろう…?」
確かに仰るとおりだとは思いますけど…なんかもっとこう、ね…?
驚くとかできないの?と思ったけれど、すぐに知盛にそれを期待するだけ無駄だと思いなおす。
というか、失礼だけど…知盛が騒ぎ立てる姿って…想像するだけで笑える。
「とりあえず、知盛を巻き込んだのは私だから…責任持って元の世界に帰れる方法見つけるよ」
「ああ、そうだな…」
折角気を利かせて言ってやったというのに、この反応。
普通そこは『気にするな』とか『お前のせいじゃない』って嘘でも言うところでしょう?
ちょっとムカッときたのは事実。
でも、文句を言える立場じゃないので…仕方なく諦めとこっか…。
それよりも…ここが元の世界なら…もしかして…
『いや、もしかしなくても…母がいる?』
飛んだ時空によっては、いないかもしれないけれど…。
いるかもしれない…。
『いるなら会えないかな?』
『母には聞きたいことがあるし…。それに…帰る方法も知ってるかもしれない』
『でも…どこにいるか分からないし…。第一、普通に探しに行くわけにもいかない…』
さて、どうしたものかしらね。
頭を悩ませていたら、ふと浜の方向に誰かの気配がした。
知盛も感じ取ったらしく、その方向を警戒している。
『まぁ…この世界に危険な人なんて、そうそういないけど』
全くいないわけじゃないけど、向こうの世界みたいに…そんじょそこらにいるわけじゃない。
少なくとも、自分以外は全て敵だと思えってことはない。
それに、多分襲われたって…襲った向こうの方が気の毒だろう。
そーっと木の陰から様子を見てみれば、小さな人影。
小さいというよりは、華奢な感じ。
どうやら女の人みたいだった…。
「あの女…」
知盛が小さく呟いた。
目を細めて、探るような視線を人影へと向けている。
もう一度、その人影に視線を向けてハッとした。
知盛にこの世界で知ってる人がいるわけがない。
だけど…『あの女…』、そう言った知盛はその人を知っている風で…。
私自身もその人を知っているような気がした。
それに、その人は…どこか懐かしさを感じさせた…。
顔は見えないけれど、忘れるわけがない…。
この気配…この感じ…。
『もしかして…』
私は弾かれるように、木の陰から飛び出した。
とにかく必死で…早く確かめたくて…。
近づくたびに、心臓の鼓動が早くなっていく。
近づいてくる足音に気づいたのか、その人は私へ視線を向けた。
振り向いた顔は…見間違えるはずのない顔で。
その人は、私を見て驚いたような顔をした。
「私に何か用ですか…?」
いきなり現れた私に、女の人は不思議そうだったけれど。
勢いよく走ったために、少し乱れた呼吸を必死で落ち着かせて。
私はゆっくりと顔を上げた。
「お母さん…」
私の言葉を聞いた女の人の顔に、さっきとは違う種の驚きの色が浮かんだ。
そして…
「まさかまた会うとはな…」
私の後ろから現れた知盛に、完全に言葉を失って。
見開いた目を、知盛から私へと向けた。
「まさか…、なの…?」
私の名前を呼ぶ母は…微かに震えていた―――…。
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あとがき
お母さんに会いましょう編。
こんなことなら、前々に謎解きしなくてもよかったような…。
いや、でも本人に会わないことには想像でしかないので、会っていただきました…っ。
しかも何故知盛が?ってことなんですが。
ヒロイン一人で来てもつまらないし、ヒノエ夢だからヒノエを連れてこようかと思ったけど…
これからの会話をヒノエに聞かれると不味いし。それにヒノエが来るなら、近くにいた知盛は?って話に…。
だからといって、ヒノエと知盛って…間違いなく不思議な組み合わせな気がするので…(汗)
結局、知盛一人にくっついてきてもらいましたとさ。
ヒノエには色々悶々としていただこうと。ちなみに知盛夢じゃないですからね?(笑)
『花!』『違うよ、それは蝶々だよ』ちなみにこれは、バ●ビから抜粋。とは言っても結構捏造ですが…。
あとがき長げぇ…(苦笑)