music by 我楽








昔?今?
そのどっちも私でしょう?
なら、実力は同じ…
今のままで、私はその実力を引き出してみせる―――





変わりゆく者





の言っていた通り、景時が生田へと出陣して。
この卑怯とも呼べる策に、渋っていた九郎も出陣を余儀なくされた。

「今から援護に向かっても遅いでしょう。ここは他方から攻めて敵の兵力を分断させるべきです」

その弁慶の提案から、オレたちは一ノ谷へと歩を進めていた。
一ノ谷は還内府が守っている。
そう簡単には勝たせてはくれないだろうね。

「申し上げます!生田の森で、梶原様と平知盛の軍勢が衝突。ただいま、激戦が続いております!」

高尾山を越えてまもなく、オレたちの元へ届いた情報は、時間がないことを示していた。
『景時を見殺しにはできない』
九郎の言葉通り、急がなければ生田に全ての兵が集まってしまう。
その兵全てを景時の軍だけで相手にするのは、まず不可能だ。
それに生田にはもいる…。
オレは内心少し焦っていた。

「敵の背後に回り込み、平家の守りを打ち破る方法があれば…」

九郎が難しそうな顔をして、思案を巡らせる。
皆がその様子を黙って見ていた。

「確か一ノ谷の背後は崖になっていたな?」
「あそこは、鹿など獣しか通れない急な崖だが…」

何かを思いついたような九郎の言葉に、敦盛が答えを返す。
元は平家の人間だった敦盛ほど、福原の地理に詳しいものは源氏にはいないからね。
九郎もその答えに、好都合だという顔をした。

「そんなところから襲撃されるとは、敵も予想していないだろう。一ノ谷の背後の崖から攻めるぞ!」
「待って!一ノ谷の奇襲はやめた方がいいよ!」

九郎の策に、すぐさま望美が反対した。
ずっと、歩いている間も何かを考えるような素振りを見せていて。
それが気になってはいたけれど。

「何故だ?」
「もし、平家が奇襲に備えて防備を固めていたら?」
「それはないだろう。見れば分かるが、あの崖から攻めてくるなど誰も思いつかない」
「俺はむしろ、そんな危険な崖を下りることに反対です」
「だからこそ、奇襲になるんだ」

望美の言葉に、誰もが驚きを隠せないでいて。
九郎も敦盛も譲さえも、絶対に奇襲を読まれていることなど無い、という顔をした。
でも、望美は真剣な瞳を真っ直ぐと九郎へと向けて。

「その奇襲が失敗したら負けちゃうんですよ」

何が何でも止めてみせる、とその表情は語っていた。
望美には珍しく声を少し荒げていて。
まるで…あの時と同じだね…。

『山ノ口は囮なんです』

いつかの三草山で、望美は今と同じような表情をしていた。
まるでこの先に何が待っているのかを、知っているかのような瞳…。
あの時と同じように、お前は何かを知っているのかもしれないね…。

「読まれている奇襲より、ブザマな負け方もないかもね?」

オレのその言葉に、九郎は眉をしかめて。
『危険なのは認める。だが、その危険を犯してこその奇襲だ』と一歩も譲ろうとはしない。
それでも望美も退くつもりはないらしく、お互いに睨み合ったままだ。

「物見を出してはどうだ?」

二人の様子を黙って見ていたリズ先生が、九郎に提案する。
九郎も最初は驚いたようだったが、それでも自分の恩師の言葉に頷いた。
まぁ、どこか少し納得していない感じはしたけどね。

暫くして戻ってきた物見から受けた報告は、驚くべきものだった。
『崖を下りた鹿が、藪から放たれた矢に倒れました』と…。

「どうやら、望美の言う通りだったみたいだね」
「ああ…望美、よく俺の無思慮を止めてくれたな。礼を言う」

礼を言われる事はしていないと言う望美に、弁慶が『危険を警告できるのは、すごい才能ですよ』と微笑んで。
そしてすぐに策を練りだした。
とは言っても、他に方法がないんだけどね…。

「正面の塩屋から攻めるしかないですね」
「そうだな、時間もない。急ぐぞ」

だけれど、一ノ谷の西。塩屋から一ノ谷へ着いたオレたちが目にしたのは、空っぽの陣営だった。
ついさっきまで人がいた気配はあるが、今は誰もいない。

「どういうことだ?平家は一ノ谷の陣を放棄したのか?」
「恐らく兵を少数しか用意していなかったのでしょう」

兵の報告によれば、還内府は東へと向かったらしい。
それが大輪田泊か、それとも生田かは分からないが…、生田には安徳帝がいるという情報もある。
もしそうなら、還内府が安徳帝を逃がすために、生田へと向かった可能性も高い。

「一ノ谷が突破できても、生田で撃退されたらこの戦、源氏の負けだよ」

ヘタをすれば、景時の軍が全滅ということも有り得る。
それに…恐らく平知盛の相手になる兵はいない。
が抑えているだろうけど…還内府と二人相手になれば、まず勝ち目はないだろう。
急がなければ、本当に取り返しのつかないことになる…。

「そんなことはさせん。生田へ―…景時の援護に急ぐぞ!」









「あっ、皆来てくれたんだ〜」

生田に着いてすぐ、景時の姿を見つけることができた。
『助かったよ〜』と言う景時に、皆が無事でよかったと安堵する。

「景時さん、そのケガ!」
「あ〜、これね。いやいやいや、別に大したことないよ」

腕のケガを望美に指刺されて、景時は両手を顔の前で振ってみせた。
だけれど、浮かべた笑みは明らかに引きつっていて。
ったく、やせ我慢してるのがバレバレだって…。

「痛っ、痛いって〜!」
「やっぱ、痛いんじゃん。で、平家の本陣はどこなんだい?」

妹の応急処置に抗議する景時に、一言突込みを入れて。
本題に入れば、打って変わって真剣な表情へと変わる。
景時によれば、砦があるのは、この先の生田神社の辺りらしい。
逆茂木を取り払って、ようやく道が開けたところ…。
ということは…

の姿は見てないってことか…」

オレの呟きに、皆が目を見張った。
ただし望美を除いてだけれどね。
どうやら望美は、が生田にいることを知っていたらしい。

「どういうことだヒノエ?が生田にいるのか?」
「まぁね。多分、平知盛のところにいるよ」
「ということは、生田神社の辺りだね〜」

景時の言葉に、皆が焦りの色を見せた。
生田神社の辺り…つまりは砦に一人でいるのだから。
急がなければ、無事ではすまないだろう…と。

ひとりで、砦の兵を全て相手にしているのか!?」
「そうなるね…」

冷静に返答を返してはいるものの、内心オレも穏やかではない。
恐らく、知盛のことだ。他の兵に手出しはさせないだろう…。
だが、万が一他の兵も加勢していたとしたら…。

「行くぞ!急いで砦へと攻め入るんだ!」

九郎の叫びが、源氏の兵全体へと届く。
攻め入る源氏の兵と共に、オレたちも戦へと加わった…。





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「その程度か…?」
「そんなわけないでしょうが!」

だんだんと陣の中心部へと、源氏が攻め入ってくるのが分かる。
それに…さっき一瞬だけ聞こえた、士気の高まる声。
恐らく九郎さんたちが援護に到着したのだろう。

「知盛は沖に撤退しなくていいの?」

ガキィッと何度も刀を交えながら、嫌みったらしく言ってやる。
さっき兵が一人、知盛へと叫んだ。

『還内府殿から伝令です!帝を海上へお連れするようにと!』

その伝令に、知盛はクッと一つ笑いをあげて。
余裕そうに私の刀を受けつつ、『ならば、その通りにしろ』とこれまた偉そうに命令していた。
って…普通、知盛が責任持ってやるべきじゃない?と、毒づける辺りまだ私も余裕を持っていた。

「帝は命令どおりに逃がしたさ…。俺のことは俺の好きにさせてもらう…」
「そう…」

つまり、私を殺すまでは逃げるつもりは無いってことね。
なら、望みどおり相手をしてやろうじゃないの。

「どうした…?このまま本気を出さずに、死ぬつもりか…?」
「誰が殺されてやるかってのよ…っ」

後ろへと身を引いた私の首すれすれを知盛の刀が掠める。
髪が数本、宙に舞った。
そのまま勢いを殺すことなく、後ろへと一転・二転し体勢を立て直す。

『とは言っても…このままだと間違いなく負けるわね…』

どうして、あの力が…あの実力が出せないの?
あれが私の本当の実力なら、出せるはずじゃない。

「今のお前は…生き残る戦い方をする、な…」

生き残る戦い方…?
知盛の言葉にハッとした。
確かにあの実力が発揮できた時は、何も考えていなかった。
ただ目の前にいる人を殺す事だけを考えて…自分のことなんてまるで考えてなくて。
死ぬ事を恐れてなんていなかったんだ…。
周りを巻き込む事も、少しも気にしてなかった…。

「それに…人を殺す事に抵抗があるのだろう…?」

知盛の言う通りだ…
殺さなくてもいいなら、殺す必要なんて無い。
いつの間にか、そう考えるようになってた…。
以前はそんなこと思ってもなかったのに…。
きっとそれは…九郎さんや弁慶さん…皆に出会って、人の命の重さを知ったから…。
私が彼らを大切に思っているように、私が手にかけた人の事を大切に思っている人がいるって…実感したから。

「殺す気でかかってこいよ…」

再び激しく刀がぶつかり合った。
殺す気で…か。

「嫌よ。私の目的はあなたを殺す事じゃないもの」

思いっきり即答してやる。
もうグダグダ考えるのは止めた。
確かに昔の戦い方なら、知盛に勝てるかもしれない。
殺す事だけを最優先にして、生き残ることすら後回しにしたのなら、可能かもしれない。
でも、今の私には帰りを待ってる人がいる。
それに、簡単に人を殺めるつもりもない。

「今の戦い方で、決着をつけるつもりだから」

『覚悟してね?』と私が余裕な笑みを浮かべたら。
知盛は一瞬驚いたような顔をして、そしてすぐに『やってみろよ…』と笑みを返した。





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何度も何度も、斬っては斬られ。
お互いにかなりの傷を負っていた。
それは小さなものから大きなものまで、様々だったが…。
それでもまだ、致命傷に至るものは一つもない。

『さっきまでと別人の動きをするな…』

『覚悟してね?』と微笑んだ女は、どこか余裕を持っていて。
そして何か吹っ切れたようだった。
その後の動きは、これまでとはまるで別人だった。
剣筋・速さ全てにおいて。
まるで禍々しい殺気を放っていたときと、同じような動きをする…。

『殺気の質は全く違うがな…』

攻撃も、急所を狙ってはくるが…
命に関わることのない場所ばかりだ。
腕や足といったところばかりを狙って…防御にも転じる。

『これが今のお前の…本当の実力か…』

面白い…。
昔と今に…こだわっていたようだがな…。
俺はどちらでも構わないさ…。
その両方だろうがなんだろうが、俺は楽しめればそれで、な…。





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自分でも動きが別人に思えた。
まるで、昔に立ち戻った時のような…そんな感じがする。
でも…明らかに違う。
やっと理解できた。
昔に怯えて、無意識に力を抑えていたんだ…。
本気になれば、昔に立ち戻りそうで怖くて。
でも…そんなことは無かったんだ…。
だって…

『私の中で、色々な事が変わっていたんだから…』

もう、勝手な思い込みで怖がるのはやめよう。
恐怖心から、自分を押さえ込む必要なんて無い。
誰よりも、昔と今を分けて考えてたのは私自身だったんだ…。
どっちも私なら、昔に立ち戻るなんてことあるわけがない。

「なるほどな…。楽しませてくれるじゃないか…」
「やっと、認める気になった?」
「そう、だな…。本気で戦ったのは久しぶりだ…」

知盛は満足そうな笑みを浮かべた。
私も満足だよ?
やっと…心の蟠りが取れたから…。

「だが…お楽しみもここまで、だな…」
「そうみたいね…」

とうとう源氏がこの生田神社の前まで迫っていた。
すでに肉眼で確認できる。

「いたぞ!平知盛だ!」

攻め入ってきた源氏の兵の一人が、知盛を指差した。
数はかなりいる。
だから、早く逃げなくていいのか?って言ったのに…。
内心ため息をつきながら、知盛に視線を送る。
でも、当の知盛は何やら楽しそうで。
ますますため息をつきたくなった。

「あの女は誰だ!?」
「構うな!女ともども平知盛を射殺せ!」

はぁ!?ちょっと待ってよ。
何か勝手に言ってくれてるけど…。
源氏じゃないなら一緒に殺すってこと?
冗談じゃない!
そんなこと考えてる間に、一斉に矢が射掛けられた。
グッと刀を握る手に力を入れる。

『避けられないものは、斬りおとすしかないわね…』

とはいっても、多分数本くらうのは覚悟しなきゃいけないだろうけど…。
その時だった。
グイッと後ろへと引っ張られる感覚。
同時に地面から足が離れて。
気づけば、知盛にまるで米俵のごとく担ぎ上げられていた。

「あ…あの…?」

恐る恐る声をかけてみる。
だって、意味わかんないし。

「何か文句でも…?」

いや、文句って言うかですね。
知盛は全ての矢を見事にかわしていて。
何本かは地に叩き落されていた。
つまりこれは…

「助けてくれたってことですかね?」
「だからなんだ…?」
「いや、何でかなと…」

だって、敵を助ける奴には見えないんだけど。
それに敵どころか、味方すら助けるかどうか怪しい…。

「お前を殺すのは俺だろう…?」
「…そういうことですか」

少しでも感謝した私が馬鹿だったわ。
それに…いい加減下ろしてくれませんこと?
一瞬訳が分からなくて気にしなかったけど…気づけば大変恥ずかしいわけでして…。
その様子に気づいたのか、知盛が私を地面へ下ろした。
でも、それが気に入らないのなんの。
だって、下ろしたっていうより捨てたって言ったほうが正しい!

「やはり、平家の人間だったか」

って…何か勝手に解釈されてるし…。
だからと言って、自分は烏だなんて言えるはずも無く。
ここはさっさと逃げたほうがいいかも…。

「知盛も早く逃げたほうがいいんじゃない?」
「クッ…まだお楽しみが残ってるものでね…。援軍が来たのならそれなりに楽しめそうじゃないか…」

思わず呆然としてしまった。
この状況分かってます?と聞いてやりたい気分だ。
源氏の兵は再び矢を射掛けようと、私達を狙っていて。
その数はさっきより何倍にも増えてる。
今度は避けられる数じゃない。
どうしようかと考えを巡らせていると、兵たちの後ろから走ってくる人影を見つけた。
九郎さんたちだ…。
皆も私に気づいたようだったけれど…。

「待っ―――…」
「放て!」

九郎さんの制止の声と、兵士の声は同時だった。
放たれた矢は、真っ直ぐに私達の元へと向かってきて。

ドクンッ…

その瞬間、体が焼けるように熱くなった。
迫る矢も、まるでスローモーションのごとく瞳に映って。
咄嗟に近くにいた知盛の腕を掴んでいた。

―――…!!」

遠くで誰かが私を呼ぶ声がしたけれど…。
それが誰の声か確認することなく、私の視界は溢れる光で真っ白になった…。










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あとがき
長い・煩い・わけ分からん。
自分で言ってて悲しい三拍子です(苦笑)
とうとう連載の大まかなタイトルと同じタイトルが付きました!
とは言ってもまだまだ続きますが。別にこの話にだけ『変わりゆく者』が当てはまるわけじゃないんです。
全体を通してさんが変わってく、って意味でつけたので。
まぁ、でも昔にとらわれるのを止めた、という意味で、今回のタイトルにしてみました。
毎度のことですが、タイトルにあまり深い意味はないんです(笑)