皆を危険に晒すと分かっていても…
それでもついていきたいと言い張って。
皆の承諾ももらって…
でも、それが今更ながら間違いだったんじゃないか?
って不安に思い始めていた―――…。
将である前に
「どうしたものかしらね…」
ポツリと呟きながら、私は盛大にため息をついた。
熊野から京へ戻るのに、私達が選んだ道は、高野山から吉野の里を抜けるルート。
ヒノエくん曰く、この道が一番安全且つ楽なルートらしい。
そして、高野と吉野のちょうど中間地点である、この振袖山で休息をとっている最中なんだけど…。
「何をため息をついているんだ?お前は」
もう一つため息をつこうとしたときに、後ろから声がかかった。
振り向けばそこには、眉を軽く寄せた九郎さんの姿。
「別にー?それより、気配消して近づかないでよ」
九郎さんが気配を消していたわけじゃない事くらい、私だって分かってはいたけれど。
それでもいつもの癖で、ついつい突っかかった物言いをしてしまう。
「俺は気配を消したつもりはない。お前が気づかなかっただけだろう?」
でも、やっぱり九郎さんに文句を言い返されて。
「…ん〜…そうかもね。ごめんなさい…」
と素直に非を認める。
私の返答に九郎さんが一瞬目を見張った。
そして直ぐにあの訝しげな表情に戻る。
それも眉間の皺を更に深くして。
「どうしたんだ?…お前熱でもあるのか?」
「何で?体調悪そうにでも見える?」
いたって健康そのものですけれど?
とちょいと首を傾げてみる。
「いや…。だが、何か悪い物でも食べたのか?」
ますます訝しげな顔をする九郎さん。
私は一体どうしたのかと一瞬首を傾げる。
はた、とある答えに行き着いた。
「そういう意味ね。…全く、毎度毎度失礼な事ばっかり言ってくれちゃって」
九郎さんの言葉の意味に、すぐに気づけなかった自分と、
その言葉が示す意味に苦笑する。
「あのね?九郎さん、私だって素直に非を認めることだってありますよ?」
まあ、今まであまり素直に返事した事なかったしね。
特に九郎さんには。
だから、不思議そうな顔をされても仕方がないとは思うけど。
「お前、変わったな」
思わぬ一言に、九郎さんの顔を凝視する。
私が変わった?
どこが、どういう風に?
というか、それはいい方向へ変わったと言いたいのか、それとも悪いほうの意味でですか?
「なんて言うか円くなった」
「まるく…って、太ったって言いたいの?」
思わず、眉間に皺を寄せる。
悪いほうの意味で変わったということね?
ちょっとそれは女の人に対して失礼じゃないの(怒)
「何故そうなるんだ。性格が円くなったと言ってるんだ」
だけれど、返ってきた答えは全然違う意味だった。
いけないいけない。
なんか最近悪いほうばかりに考えちゃうなぁ。
望美に『前向きだね』って言われたことあるのに…。
最近は後ろ向きだわ。
「ああ、そっちの円くね。そうかな?あんまり変わってない気がするけど」
丸くじゃなくて、円くね。
こう考えると、やっぱり日本語って難しいと思う。
もし太ったって意味だったら、斬り捨ててやるところだったわ(怖)
「自分ではあまり気づかないものじゃないか?正確には雰囲気が優しくなった、と言ったほうが正しいな」
「…ありがと…」
そう言って、九郎さんは微笑んだ。
そして、私はお礼を言いつつも、私は呆然と九郎さんの顔を見る。
「どうした?」
「いや、九郎さんも変わったよね、と思って」
今度は九郎さんが私を凝視する番だった。
俺が変わった?どこが?と言いたげな表情。
「九郎さんも優しくなったなって。というよりは、不器用さが半減した?って感じかな」
「不器用?俺がか?」
「否定はしないでしょう?心配してても素直に心配してるって言えなくて、優しい言葉を折角言っても…照れ隠しで一言余計に言っちゃうし」
言葉で言うのが苦手だから行動で示す。
それが、九郎さんが面倒見がいい由縁なんだけどね。
「いや…そ、それは…」
図星なのか、自分でもそんな事言われるとは思ってなかったのか…
九郎さんの顔は、面白いくらいに赤くなって、いつ見てもこの反応は面白い。
「前なら素直に人を褒めるなんてことしなかったのにね」
「お前もあまり人に心を許してなかっただろう?」
「私も否定はしませんよ」
確かに人と一線ひいてるところがあった。
というか、親しい人をあまり作らなかったといった方が正しいだろう。
今までは…友人と呼べる人、と聞かれたら『九郎さん・弁慶さん。以上』で終わってたものね。
「お前を変えたのは一体なんだろうな」
私を変えたものかぁ…。
心当たりは一つしかないかな。
「皆と会ったからかな。多分ね」
皆と出会って、仲間ってものがどういうものなのか分かったから…だからかもしれない。
それに…特に彼が一番大きく影響してる気もする。
必要だと言ってくれたのも、嫌いじゃないと好きだと言ってくれたのも…彼、ヒノエくんが初めてだった。
ずっと心の奥で望んでいた言葉を、彼は言ってくれたから…。
「九郎さんの場合は、望美ってところかな?」
「ど、どうしてそうなるんだ!?」
動揺してる辺り図星?
本当に分かりやすいと、思わず笑みが零れる。
「九郎さんがね、特に望美には優しいからかな」
怒りながら、言い争いながらもやっぱり望美を見る目は優しくて。
それに気づいたのは大分前のこと。
京で彼らに合流した時に、以前の九郎さんとはどこか違うと思っていた。
「俺は別に…」
と九郎さんは否定するけれど。
でもね?九郎さんも自分では気づいていないだけだよ?
望美に向ける目は、源氏以外に…兄に尽くす以外に大切なものを見つけた目。
そして私は…九郎さんに聞きたいことがあるの。
以前は源氏以外に興味はないってところがあったから…
将としての責任ばかり考えてる節があったから、だからこそ聞きたい。
「ね、九郎さん?一つ聞いてもいい?」
「な、何だ?…くだらない事なら答えないぞ?」
ほら、また一言余計なんだから。
ちゃんと答えるつもりなんだから、黙って聞けばいいのにね。
と内心で苦笑する。
「何で私を突き放さなかったの?」
一瞬にして固まった九郎さんを無視して私は続ける。
「いくらヒノエくんを助けるためとはいえ、私が頼朝様と政子様を裏切ったのは事実で…。源氏にとって…九郎さんにとっても私は裏切り者なんだよ?」
本当なら、私は九郎さんに捕らえられても可笑しくない。
今もこうやって一緒に行動している事自体が、本来ならあり得ない事だと思う。
いくら私が死んだ事になってるとはいえ、いつだって私を二人に突き出すことは可能。
彼の立場からすれば、私を突き出すべきなのだ。
「俺は、お前が裏切ったなんて思っていない」
「え?でも…」
意外というよりは、信じられない言葉を聞いて戸惑う。
でも、九郎さんは私に構わず続けた。
「逆に、救ってくれたと思っているぐらいだ」
と…。
私が源氏を救った?
どう考えればそうなるのか?
でも、九郎さんのその言葉は偽りがないようで、証拠に九郎さんの顔は穏やかだった。
「ヒノエが熊野別当だと兄上が知らなかったとはいえ、もしもお前が命令を実行していたら源氏にとっては大きな損害になっていた。それに熊野別当が殺されたとなれば、間違いなく熊野は中立の立場を破っただろう」
私はただ静かに九郎さんの話を聞いていた。
「俺が言うのも憚られるが、源氏は明らかに劣勢だ。その中で、熊野までが平家に付いたらどうなる?恐らくその時点で、源氏の敗戦が確実になってしまっただろうな」
彼は『お前が自分が裏切り者と呼ばれる覚悟で、それを止めてくれた。だから、俺はお前を裏切り者だと思っていない』と笑った。
「お前がヒノエのためにしたと言っても、結果的には源氏の未来をお前は救ってくれたんだ」
そんな考え方があったなんて…
思わず呆然としてしまった。
九郎さんは、八葉としても源氏の将としても『礼を言う』と言って。
お礼を言わなきゃいけないのは、私の方なのに…。
「それと、もう一つ理由があるな」
「もう一つ?他に何かあるの?」
「これは恐らく俺の立場からしたら間違ったことなんだろうが…」
すこし困ったような笑みを浮かべて、九郎さんは私の頭にぽんと手を置いた。
「お前を失いたくなかった、それだけだ」
その目が酷く優しくて思わずドキッとした。
まるで愛の告白みたいだと、違うと分かっていても顔が赤くなる。
「俺は八葉である前に源氏の将だ。だが、将である前に…一人の人間だからな。仲間を失いたくないのは当然だろう」
「そ、そうですね」
声が裏返ってるし、なんか言葉を噛んでしまってる…。
動揺してるのバレバレなんですけど…っ。
相手が九郎さんで良かった…。
他の人だったら間違いなく気づかれそう。
「こんなことは人には言えないがな。言うべきことでもない」
こうやって笑ってはいるけれど…
九郎さんも絶対に悩んだんだろうなと思う。
私を助けていいものかどうか。
源氏の将として間違った事をしてでも…それでも私を助けてくれた…
その事に目頭が熱くなる。
「そろそろ戻るか…。…どうした?」
うつむいている私に不審そうな声がかけられた。
ヤバイ…泣いたら駄目だ。
っていうか、最近涙腺弱くなってる?
彼らと出会う前なんて泣いた事ほとんどないのに。
「何でもない…!ほら、早く行こう」
頑張って涙を堪えて、顔を上げると私はさっさと歩き出す。
だけれど、私の中で不安が膨らんでいた。
九郎さんが私を裏切り者ではないと言ってくれたのは正直嬉しい…。
でも…それはあくまで九郎さんだけの考え方。
頼朝や政子様はそんな考え方をしていないから…。
二人から見れば、九郎さんまでも裏切り者になりかねない。
私も生きてると悟られることは絶対にしないけど…
それでもその可能性は…無いわけじゃなくて…
ほんの少しであっても、彼らに害が及ぶ可能性がある…。
『私は…本当についていっていいの?』
『仲間を本当に危険に晒すつもりなの?』
その言葉が何度も頭を繰り返し巡る。
皆だって、私がついていきたいと言うのに…断る事なんて、あの時出来るはずがない。
嬉しさと必死さで気づけなかったけれど…
ついていかなくても、他にも方法はあったんじゃないかって…そう思えてくる。
一緒に行きたい、でも危険に晒したくない。
そのどちらも本音で…
私はどうしたらいいのだろう―――…?
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あとがき
一晩かけて書き直してもこのレベル…。
どうにも話がまとまらない…、悔しい一品となりました。
でも、よくあることだと思いませんか?
その時は嬉しさのあまりに周りが見えていなかたけれど、あとから不味かったんじゃないか?
って不安に思うこと。
私は結構ありますね(苦笑)
何度もまぁ、しつこいくらいに同じことを書いてすみません(汗)