『この里が野党に襲われるかもしれません』

突拍子もない言葉。
望美のこの一言は…
皆を驚かせるには十分だった…。





可能性あるならば





「よ、。そっちはどうだ?」

突然声が掛かって、私は視線を下へと下げる。
とは言っても、別に私が将臣くんより背が高くなったわけじゃないのですよ?
そんな事になったら怖いでしょ?

「今のところ何も無し。そっちは?」
「こっちも何もねぇな。それより降りて来いよ」

そう実は私、木の上にいるのよね。
その方が周りを見渡しやすいし、人に見つかりにくい。
どうして、そんな必要があるのかといいますと…

「本当に野党なんて来るのか?」

将臣くんがまだ半信半疑のような顔をした。
夕食の席のあと、望美が切り出した話。
その内容は驚くべきものだった。

『この里が野党に襲われるかもしれません』

と…。
望美は、どうしてそう思うのか?と聞かれても困ったような笑みを浮かべて、ハッキリとはその理由を言わなかった。
恐らく望美はその運命を知っているのだろう。
でも、そんな事を言えるはずもなく…。

『私を信じてください』

そう言うのが精一杯だった。
望美の真剣な目に、みんなは『警戒しておくのに越した事はない』と言って。
手分けして、逃げ道の確認や見回りをする事になった。
で、私は見張り役というわけ。
おおよその里全体が見回せる木の上で、怪しい人影がいないか見ている。
弁慶さん曰く、気配を探るのは私が一番長けてるとうことで。
ちなみに、将臣くんは見回り役ね。

『よう、遅かったな。ここで待っててよかったぜ』

そう言って、高野山辺りで将臣くんが待ってた時には驚いたけれど。
結果的に、待っててくれてよかったと思うし。
それに、何よりまた会えたのが嬉しかった。

「私は望美を信じるよ?」

私は木からストンと降りながら言う。
信じるも何も、私は望美の逆鱗の事を知ってるんだけどね。

「別に俺も信じてねぇわけじゃないけどな」
「なら、文句言わずに働く!」

軽くため息をつく将臣くんの肩を、軽く叩く。
こんなところで油売ってないで、と笑って。
みんなも頑張ってるんだし、自分達だけ休憩とういうわけにはいかないでしょうが。

「お前と代わりにきたんだよ」
「…何で?」

将臣くんの意外な言葉に、首を傾げる。
だって、代わってもらうほど辛いことしてるわけじゃないし…。
というか、私が一番楽な気がする。

「お前一人で見張りやってるんだろ?さすがに交代しねぇと疲れると思ってな」
「え、でも…皆も見回りとかやってるじゃない」

確かに見張りは私一人でやってるけど、皆も色々動いてるんだし。
疲れるのは皆一緒じゃないかな?と思うのですが。

「俺達は交代で見回りに出てるからいいけどな。お前一人で夜通し見張りに立つわけにもいかねぇだろ?」
「まぁ、慣れてるけどね」

政子様のところにいる時は、結構夜通し見張りに立つこともあったし。
3日間寝れないとかいうことは結構あったから…。
でも、そう言う私に将臣くんは苦笑した。

「楽できるときは、楽しとけ」

って。
確かに、夜通しで見張りに立つと疲れるし…
いくら慣れてても、次の日が結構辛かったりする。
でも…

「将臣くんが寝る時間がなくなるよ?」

そっちの方が問題でしょうが。
だって、見回りと見張り。両方やってたら休憩する時間が無くなる。

「見回りの人数は十分いるから、俺も見張りに回ったんだよ。逃げ道の確認に行ってたヒノエも戻ってきたしな」
「ああ、なるほど」

私は、ぽんと手を叩く。
将臣くんはその場に腰を下ろして、私を見上げた。

「ほら、早く戻れって。適当に代わりに来てくれればいいからよ」

ひらひらと手で私を追い払う仕草をする。
もちろん、追い払うつもりでしてるわけではないのだけど。
私は一旦、視線を自分達が貸してもらっている建物へと向ける。
とは言っても、ここからは見えないから、その方向へ視線を向けただけだけれど。

「ね、将臣くん。私もここにいていい?」
「お前、それじゃあ代わった意味ねぇだろ」

視線を戻してしゃがみこみ、将臣くんの顔を覗いた私に、将臣くんは呆れたような表情をした。

「だって、いちいち戻るの面倒じゃない?寝るだけならここでもできるし」

ね?と笑って、将臣くんが何か言う前に彼の横に腰を下ろす。
私の行動に、将臣くんが盛大にため息をついた。

「お前な…」
「何を言っても無駄ですよー。いいじゃない。何かあったときに、一人じゃ色々不便でしょ?」

テコでも動きませんよ?と顔に書いて、にっこりと微笑んでやる。
別に疲れているわけじゃないし、一々戻るのが面倒なのは本音。
二人いた方が何かあったときに便利、というのももちろん本音。
でも、久しぶりに将臣くんと話がしたかったっていうのが、一番の理由かも。

「ったく、しょうがねぇな」

そう将臣くんは苦笑して。
でもそれ以上何か言うつもりは無いようだった。










…、お前は俺が源氏と和議を結ぶって言ったら、どう思う?」

暫くの沈黙の後、将臣くんが切り出した話は唐突なものだった。
どう思うって言われても…

「結ぶつもりなの…?」

質問に質問で返すのは感心しないと、自分でも分かってはいるけれど…
思わず問い返してしまう。
それほど、彼の言葉は意外なものだった。

「ああ。今、そのために動いてる」

その言葉に嘘が無いのは、ハッキリと分かる。
その瞳も表情も雰囲気も…いつもの明るい将臣くんとは違って…
重く真剣なものだった。

「お前も気づいてるだろ?この里のことを…」

将臣くんはそう言って、畑の方へと視線を向けた。
私達は泊めてもらった礼にと、野良仕事を手伝って…痛々しい光景を目にしていた。
畑には焼けた跡や崩れた跡があって、それは何度も野党に襲われて、荒らされた証拠だった。

「戦が続けば…ここと同じことが繰り返されるんだろうな」

ポツリとまるで自分自身に語りかけるかのような、彼の言葉。
その表情は、悲しそうで…そして何より苦しそうだった。

「そう、だね…。戦場から離れていても…平家や源氏と関係なくても、戦火は確実に及ぶ」

一度どこかで戦が始まれば、関係の無い人なんてなくなる…。
戦を望んでいようがいまいが、関係なく巻き込む…
それが戦というものだから…。

「やめさせるには、戦を終わらせるしかない、終わらせるんだ…」
「そうだね…。私もそう思うよ…」

私も戦を終わらせたいと思う。
源氏と平家、実を言えばどちらが勝っても構わない。
でも…戦を起こした本人達…頼朝と清盛は、和議の成功を願っていないと思う…。
彼らにとって大事なのは、戦を終わらせることじゃなくて…自分が勝利をおさめることだから…。

「私だって…戦なんて最初からなければよかったと思うよ?でも、起こってしまった以上、早く終わらせるしかない」

『私達はそれが出来る立場にいるんだから…』
と、私は将臣くんを見つめ返す。
戦の火が収まるのをただ黙ってみるしかない人々とは違う。
私達の努力次第で、戦を早く終わらせる事ができる…。

「そうだな…」
「でもね、一つだけ…これだけは気をつけてほしいの…」

私は一度言葉を区切った。
この先を言えばきっと…
更に困らせると…辛い思いをさせると分かっているから。
言っていいかどうかすら分からないけど…でも…

「和議の時…その時ほど気をつけてね…?」

私の言葉は間接的に、和議がならないかもしれない、と言っていて。
将臣くんは、苦しそうに目を瞑った。

「分かってるさ…。頼朝と清盛が和議を望んでなんかねぇってことぐらい…。奴らの望みは別にあるからな…」
「彼らにとっては、戦に勝たなければ意味がないから…」
「ああ…。和議を結ぶと見せかけて、何か仕掛けてくるかもしれねぇな…」

そう言って、ゆっくりと将臣くんは目を開けた。

「だが、可能性は…零じゃねぇ」

私の視線と再び合った目には、悲しい色なんて微塵も浮かんでいなくて。
強い決意の色だけが映っていた。

「和議がならなかった時のために、警戒を怠るつもりはねぇ。けどな、戦を終わらせるチャンスを何もしねぇで見逃すつもりもないぜ」

『和議の成る可能性が零じゃねぇなら、俺はそれに賭けるさ』
と…。
そっか…私が心配する必要もなかったね…。
将臣くんは十分分かってるんだ。
どれだけこの和議の成功率が低いかとういことも、危険も…
分かっていてなお、和議を成そうと…戦を終わらせようとしてるんだ…。

『私も力になれればいいのに…』

その思いと共に、悔しさが込み上げる。
もしも政子様を裏切る前であったなら、私は頼朝と政子様に和議を成すように働きかけただろう。
でも、それが今は出来ない。

「何て顔してんだよ?」

将臣くんは少しだけ微笑んで、ポンっと私の頭を叩いた。

「サンキュ、。少し気が楽になったぜ」
「今ので?私何もしてないけど…?」

首を傾げて、眉を軽く寄せる。
だって、何の助言もしてないし。
気を楽にできるほどのことをしてないはず。

「っていうか、逆に落ち込ませるような事言ってたような…?」
「慰めや、答えなんかいらねぇんだよ。誰かに話を聞いてもらうだけで楽になるもんだぜ?自分の中で整理がつくしな」

そんなもんなんだ、と感心する。
あまり人に相談をしたり、悩んでる事を明かしたりしないから
そういう考えもあるんだと、新しい発見になる。

「それより、よかったのか?」
「何が?」
「俺に気をつけろって言っちまって、お前は源氏側の人間だろ?」
「ん〜…まぁね。でも、将臣くんも人のこと言えないでしょ?警戒はちゃんとするって言っちゃって。私がそれをバラしたら、成る和議も成らなくならない?」

一瞬、源氏側の人間という言葉にドキッとした。
でもまぁ、確かに政子様は裏切ったけれど…
九郎さんたちといる時点で、源氏側には間違いないから否定はしない。

「ま、確かにな。でもお前は言わないだろ?」

全く危機感の無い上に、私をどうやら信用しているらしき台詞。
一瞬ぽかんとしてしまった。

「言わないけど…、何で私に話したの?」

周りには他にも相談できる相手がいるでしょうに。
例えば経正さんとかね。
あの人って平和主義そうじゃない?

「単に話しやすいからだな。俺が悩んでるところなんか見せたら、、同じ平家の奴を不安にさせるだけだろ?かといって、俺の正体を知らない奴に話を聞かせるわけにはいかねぇしな」

『お前なら平家でもなければ、俺の正体を知らないわけでもねぇ』と将臣くんは笑った。
確かに還内府である彼が悩んでいるところを見たら…不安に思う者もいるだろう。
兵の前では常に毅然な態度をとる、それも将たる者の努めだ。

「そっか…」
「お前はないのか?悩みの一つや二つあるだろ?」

悩みの一つや二つ…
いや、っていうかですね、一つ二つどころか有りすぎて…

「ねぇ、将臣くん。悩み事がありすぎるのが悩みの場合は、どうすればいいのでしょう?」
「はぁ?また豪く抽象的な質問だな」

だって本当のことですもの!
悩み事が多すぎて、何をどこから手をつけていいのか分からないし。
解決しないまま、どんどん新しい悩みが追加されていくんだから。

「そうだな、とりあえず…悩みを減らすんだな。やっぱ一個一個片付けるしかないんじゃねぇか?」
「やっぱりそれしかないか…」

結局は自力で少しずつでもいいから、解決するのが大事だということで。

「でも、あれだな。自分だけじゃ解決しないから増えていく一方なんだろ?だったら、誰か人に相談するべきじゃねぇか?」
「相談する、ね…。相談できる内容ならいいんだけど」

相談しても相手を困らせることのない内容なら、多分それも手の一つだろう。
でも…私の場合は…
自分でどうにかするべきもの、人を困らせるもの、人に相談したって仕方がないものが多すぎる。

「例えばどんなことだよ?」
「どんなこと…」

ん〜?と頭を捻る。
応龍の神子や宝珠について、…は簡単には分かってるけど、深いところは調べるしかないし。
母に捨てられた理由、…は誰かに相談したって分かるわけないし。
その他のことも、今の時点で誰かに相談しても仕方がないものばかりで。
唯一言えるのは…

「もしも自分が一緒にいる事で、仲間を危険に晒す事が分かってたら、将臣くんどうする?」

これぐらいな物で。

「それって、お前が『あいつ等と一緒にいるのは熊野で最後かも』って言ってたことと、関係あるのか?」
「一応。『危険に晒すけど、一緒に行きたい。それで悩んでる』なんて危険に晒される本人達に言えないでしょう?」

とは言っても、一度『迷惑をかける可能性があるのは分かってはいるけど、でもついて行くから』って言ってるんだけどね。
しかも承諾までもらって。
だからこそ、またその事で悩んでます、なんて余計に言いづらくて。

「まあ確かにな。あいつ等の場合、渋っても結局断らねぇ気がするし。でも、何で危険なんだ?」
「まぁ色々あってね。そこはあんまり深く追求しないで」

困ったような笑みを浮かべて頼む。
追求されても困る。
将臣くんは九郎さんたちが源氏だって知らないから、彼らと一緒に戦場に行きたいんだけど…なんて言えたもんじゃない。

「ま、いいけどな。俺にも追及されると困ることもあるし。…そうだな、俺なら極力危険を回避するぜ?どうしても一緒にいなきゃならないなら仕方ねぇけど、もし一緒にいなくてもいい道があるなら、そっちを探すな」
「危険に晒す可能性が低くても?」
「ああ。可能性が零じゃない限りな」

零じゃない…か。
さっきも聞いたその言葉。。

「和議の話の時も言ったけどな。可能性が少しでもあるかぎり、それが起こる事もある」
「それが起こって欲しくないものなら、零になるようにするしかないか…」
「そうなるな」

将臣くんの言う通り、人に話を聞いてもらうと、確かに頭の中が整理されてくる。
そうだ…
危険を回避する道を探すしかないんだ。
私が一緒にいることで、危険に晒す可能性が出るならば…私が一緒にいなければいい話。
皆を守るだけなら、源氏として一緒にいなくてもいいではないか。
危険を冒してまで、源氏の一員でいる必要なんてない。

『私が源氏の一員じゃなくなれば…戦場にいて何をしていても、それは私の意思』
『もし見つかって九郎さん達が疑われたとしても、切り抜ける道はいくらでもある…』
『そりゃ私は捕まればただじゃ済まないけど…私が源氏とは関係ない立場になっていれば、少なくとも皆は安全だ』

色々な考えを瞬時に組み立てていく。

「どうやら、考えがまとまったみてぇだな」
「うん。将臣くんのおかげだよ。ありがとう」
「俺は大したことしてないぜ?」
「ううん。話を聞いてくれて、少しでもアドバイスをしてくれたんだから、十分大したことだよ」

そう言って笑って。
それが本当に正しい答えかは分からないけど、でも今のままよりは少なくともいいと思う。

「さてと、将臣くん準備はいい?」

私は『よっ』と立ち上がる。
私の言葉の意味を理解したのか、将臣くんがため息をついた。

「本当に来やがったのか」
「残念ながらね」

私の気配を探れる範囲に、嫌な気配が入り込んだのを感じた。
この里に近づく、忍び潜む気配。

「結構多いわね…。左右に分散してるみたい…」

まだ微弱なため、ハッキリとはしないけど…
数は相当いる。

「人数だけじゃ俺達の敵じゃねぇだろ」

でも将臣くんは余裕そうな笑みを浮かべて…。

「頼りにしてるぜ、
「こっちこそ!」

お互いに左右へと別れ駆け出す。

ピィ―――…ッ

辺りに危険を知らせる口笛が響き渡り、里が緊張に包まれた―――…。










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あとがき
どうやらスランプ気味?
って言うわけではないのでしょうけど、かなり悩みまくって修正しまくりました。
21話と22話あたりはさらりと深く考えずに、読んでいただけると嬉しいなと。
これじゃまるで、将臣夢だなと思った一品ですね(苦笑)