『今は特別な人はいないの』
その言葉はね、実は嘘だったんだ―――…
想い人〜後編〜
「姫君は優しいね」
謝る私に、ヒノエくんはふふっと微笑んで。
言葉の真意が分からずに困っていると、ヒノエくんは私の頬へと手を伸ばした。
「姫君の想っている相手は、アイツなのに…オレのものにしたくなる」
そう言うヒノエくんの目は、とても切ない色を帯びていた。
『アイツ』と『オレのものにしたくなる』
その発言のどちらにも、待ってをかけたかったのに。
「ま―…」
全てを言う前に、それどころか声を発するまもなく、私はしっかりと彼に抱きすくめられていた。
「どうして、弁慶なんだい…?」
「え?」
ヒノエくんの言葉に一瞬首を傾げて、そしてすぐさまハッとした。
もしかして…
「話、聞いてたの?」
温泉から出た後に、ヒノエくんの異変に気づいて。
今、彼の口から弁慶さんの名前が出た。
「ね、ヒノエくん…私が好きなのは、弁慶さんじゃないよ?」
ピクッとヒノエくんが反応したのが分かった。
私の体を少し離して、見えたヒノエくんの表情は驚きの色を浮かべていて。
私は微笑んで、そしてもう一度同じ言葉を繰り返した。
「私が好きなのは、弁慶さんじゃないの」
確かに昔、弁慶さんのことを好きかもしれないって、思ったことはあったけれど。
でも、今は違うよ?
「ヒノエくん、どうせ話を聞くなら最後まで聞かなきゃ」
「最後まで?」
「そういうこと。弁慶さんの名前を言った後、私が何て言ったか聞いてないでしょ?」
私の悪戯っぽい笑みに、ヒノエくんが目を丸くして。
でも、なんだか少し余裕を取り戻してきたのか、いつものあの笑みを浮かべてくれた。
「何て言ったんだい?」
「教えて欲しい?」
「ああ、ぜひ聞いてみたいね」
「どうしよっかなぁ…」
ふふっと笑って見せて。
でも、その時見せたヒノエくんの表情が、あまりにも可愛くて…思わず愛おしいとさえ思ってしまった。
って、男の人に言ったら怒られるかもしれないけど。
「だった、だよ」
「ん?」
「だからね?弁慶さん…だった、の」
私を見つめたまま固まってしまったヒノエくんに、私はにっこりと笑って。
『もう、大昔の話だよ』
と続けた。
「あのさ、…」
「何?」
はー…と思いっきりため息をつかれて。
一体何事かと思っていたら
「それなら、今は誰なんだい?」
「え…」
一体何を言い出すのかこの人は。
それも言ったはずだけど…って…
ヒノエくんは聞いてないんだった…(汗)
「その後にも続きがあって…『今は特別な人はいない』って言ったんだけど…?」
少し冷や汗を浮かべながら、でも極力それを悟られないように笑みは崩さないでおく。
でも、そんな小手先だけのごまかしが、彼に通じるわけもなく。
「へぇ…。いない、ってことはないだろ?」
見破られちゃいましたよ、奥さん…っ(泣)
「どうしてそんな風に思うのかな〜?」
「オレだからね」
あの…答えになってませんが?
いや、でもヒノエくんなら…答えになってるのかも?
「いるよ?好きな人」
よくよく考えてみれば、未だ私はヒノエくんの腕の中にいて。
ここまで見破られていては、言うまで逃がしてもらえないだろうから。
だから…観念して言ってみようと思った。
ヒノエくんが、一瞬複雑そうな顔をしたけれど、ちゃんと聞いててね…?
だって…女の子の一大決心なんだから―…。
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「その人はね、優しくて、とても強くて。頼りになって…」
考えようによっては、誰にでも当てはまりそうなことを彼女は並べていって。
正直、彼女の好きな人を聞くのが、一瞬怖かった。
「それでね…。大事な物を…守るものがいっぱいある人だよ」
『とても綺麗な手なのに、その手の中に守るものがいっぱいある人』
そう言って、彼女は微笑んで。
「それって…」
オレが少し驚きながら彼女の瞳を覗いたら、は恥ずかしそうに目を少し逸らして。
でも、直ぐにオレにふわりとした笑みを向けた。
「熊野っていう、大事な物を守ってる人だよ…?」
そう言ったは、今度こそ本当に頬を染めて。
見られたくないのか、オレの胸に顔を埋めて。
「私も大事なものになれるかな…?」
ポツリと呟いた。
傍目に見ても分かるほど、は耳まで赤くなっていて。
その様子に自然と笑みがこぼれる。
「もうすでになってる…」
オレの中で、お前はもうすでに大事なもの…大事な人だよ。
「え?」
驚いて顔を上げたを引き寄せて。
唇を耳に触れるくらいに近づけると
「愛してるよ、…」
そっと囁いた。
案の定、は一瞬…というよりは数秒固まって。
「なっ、何言って…っ」
囁かれた方の耳を押さえながら、オレから距離をとろうと体を引いた。
でも、当然オレが逃がすはずもなく、結局はほとんど距離なんてできなかったけれど。
本気で照れているは、本当に愛おしくて。
真っ赤になってる彼女に、質問を投げかける。
「は?」
「…え?」
「はどうなんだい?」
オレはにっこりと笑みを浮かべて。
は一瞬口をパクパクさせたけど、軽く首を振って何とか言葉を口にした。
「さっき言ったもの」
唯一の抵抗として思いついた言葉だったらしい。
確かに聞いたよ。
『気持ち』はね?
でもオレは…
「ハッキリとした言葉が聞きたいんだけど?」
姫君の口から、ハッキリとした言葉が聞きたい。
オレの言葉に、は俯いてしまって。
「…です…」
「ん?」
小さな声で何かを呟いて。
それを聞き取れなかったから…というより、しっかりと聞きたかったから、聞き返した。
耳に残るくらい、しっかりと…。
「―…私もヒノエくんが好き、です…」
最後が敬語になってるのが、最後の照れ隠しの堤防なのか。
少し苦笑しつつも、顔を上げて見つめ返しているの瞳は、とても綺麗で。
視線を合わせたままなのが、耐えられなかったのか、が先に視線を外して。
少しだけ顔を背けた。
「姫君」
彼女の頬に、再び手で触れて。
背けられた顔を自分の方へと向ける。
「ヒノ…」
彼女がオレの名前を紡ぐより先に、オレは彼女の視界を奪っていた。
「…ん…」
甘い声と同時に、オレの唇に柔らかい彼女のそれが触れる。
そっと、何度も少し離しては、再び重ねて。
「弁慶にはあまり近づかないでくれよ?」
「え?何で?」
口付けを離して、何ともつかない笑みを浮かべて言えば、はすごく不思議そうな顔をした。
まったく、この姫君は…本当に困った姫君だね。
「オレはあまり寛大じゃないよ?他の男と一緒にいるのを許せるほど、ね…」
「―…っ///」
オレの言葉に、再びの頬が薄っすらと朱に染まって。
「お前はオレのものだろ?―…?」
そして再び、オレは彼女へと口付けた―…。
『全く、ヒノエもさんも…世話がやけますね』
オレが弁慶の真意を知るのは、また後日の話―…。
前編へ
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あとがき
甘い?嘘だ―…。
頑張って甘い夢を目指しましたが、あえなく撃沈(汗)
朱羅様、すみません!本当にすみません(土下座)
もっと勉強して、甘甘が書けるように出直してきます…っ。
しかも最後にオチ?とは言いませんが、何やらくっついてますし…。そこは見逃してやってほしいのです。
どうにもリクに答えられてる気がしませんが、こんなんで良ければもらってやってください。
これからもどうぞよろしくお願いします。
前・後編共、朱羅様のみお持ち帰りOKとさせて頂きます。