music by 海龍
何度、名前を呼んだって。
いくら強く望んだって。
もう二度と…
あの笑顔を向けてはもらえない―――…
もう一度会えるなら
が私達の前からいなくなって、もう一月が経とうとしてる。
源氏と平家の戦いが終わって。
九郎さんも私達も、戦での功績を称えられて…。
戦が終わってからの目が回るような忙しさから解放されて、落ち着くには十分の時間だった。
だけど…
がいない。
それを理解して、受け入れるには…足りるはずがない時間。
今だって
『望美?何ボーっとしてるの?』
って、いつもみたいに笑ってひょっこり顔を出すんじゃないかって…
そう思ってしまう。
『今なら、神子は自分の世界に帰れるよ』
今までずっと願ってきた望み。
何日か前、それが叶うと白龍に言われた。
…返事が出来なかった。
帰りたくないはず無いのに、どうしても答えられなかった。
理由は分かってる。
それは…がいないから…。
私は一度、皆を失って。
どうしても皆を助けたくて、運命を変えたくて戻ってきた。
運命は変えられた。
そう思ってたのに…今度こそ、皆を守ることができたと思ったのに…。
変えた運命の先で、を失ってしまった。
なんて、私って役立たずなんだろう。
運命を変えたいなんて言っておいて。
結局何も出来て無い。
何一つ変えることなんて出来てない。
今の私に出来る事。
それは…一つしか無いよね?
ねぇ、許してくれる?
あなたが九郎さんを…私達を助けたいと願って、辿り着いたこの運命を変えてしまうことを。
の望み通りに、私達は無事で…だからあなたはこのままで良いと言うかもしれないけど。
それでも…
私は嫌だから。
どんなことがあっても、一人だって失いたくないから。
「迷ってる場合じゃないよね」
一つの決意を秘めて、スッと私は立ち上がった。
+++++++++++++++++++++++++++++
薄暗い部屋の中、俺はただ自分の刀を見つめていた。
の…命を奪ったこの刀を。
あれから、誰一人としてのことを口にしなくなった。
裏では辛そうな顔をしているのに、表ではいつも通りを装って。
誰も、俺を責める人間なんていなかった。
いっそ…責めてくれれば…。
いくら彼女が願ったことであろうと、命を奪ったのは…。
あの笑顔を奪ったのは、他でもないこの俺だというのに。
弁慶がの部屋を何度も訪れて、悲しそうな顔をしているのを見た。
景時が、義姉上に詰め寄っているところも。
先生がの刀を見つめて、剣術を教えたことを悔やんでいた事も知っている。
朔殿が、最後に渡された黒龍の逆鱗を握りしめて泣いていて。
譲が、の好きだった料理を作らなくなったことも気づいていた。
望美はずっと首にかけた白いものを見つめて、考え込んでいたし。
敦盛は遠くの空を見つめて、静かにため息をついていた。
白龍は無力だと、自分自身を責めていて。
そして…ヒノエは笑わなくなった…。
どれも全て、俺のせいなのに。
責めてもらえない事が逆に辛い。
俺は一つため息をついて、視線を下へと落とした。
目を瞑れば、瞼の裏にはの笑顔が鮮明に浮かんでくるのに。
目を開けると、そこに彼女はいない。
計り知れない喪失感が襲い掛かってくる。
そして…何より、忘れられなかった。
忘れられるはずがなかった…。
俺が最後の一太刀を振り下ろすその瞬間に、彼女が浮かべていた微笑みを。
まるで、俺に殺される事が幸せとでも言うように。
俺の刀が振り下ろされるのを待っていた、あの静かな微笑みが…どうしても目に焼きついて離れない。
どうして、俺を助けたんだ。
何故、自分を犠牲にしてまで…俺なんかを…っ。
お前がいなくなるくらいなら、俺がどうなろうと構わなかったのに…。
ギリッと、刀を握り締めて。
押し寄せてくるのは、どうしようもない後悔だけだった…。
+++++++++++++++++++++++++++++
『ごめん…、ちょっと頭冷やしてくるね…』
あの夜、と喧嘩になって。
彼女が、最後に言った言葉。
その言葉が…
本当にオレへ向けられた『最後の言葉』になるなんて、夢にも思っていなかった。
喧嘩したまま、一言も交わすことなく。
謝る事も、何も出来ずに…彼女はこの世からいなくなってしまった。
もう二度と、笑いかけてくれる事も無くなって。
謝るどころか、声を聞くことさえも出来なくなってしまった。
「守れないかもしれない約束は、出来ない…か」
甦ったのは、いつだったか戦が終わったら熊野に来ないか?と言ったときのの返事。
戦では何が起こるか分からないからだと、そう言っていたけれど。
「それは、この事だったんだろ?…」
あの時、あんなにも悲しそうだったのは…もう決めていたからだろう。
こうすることを、決意した後だったから…だろ?
今更気づいたって、もう遅いか…。
とんだバカヤロウだな、オレも。
洩れるのは乾いた笑い。
失ってから気づいたって、仕方ねぇってのに。
戦の後の舵取りも、親父にまかせっきりだったけれど。
それももう限界だろう。
と過ごした京を離れたくなくて、今まで居座っていたけど…時間切れだ。
の後を追うことも考えなかったわけじゃない。
だけど…もしそんなことをしたら、許してくれないだろ?
『馬鹿じゃないの?ヒノエくんには、守るべき物が沢山あるでしょーが!』
そうやって、怒るだろうから。
だから思いとどまった。
だけどそれは、きっと建前だ。
お前の後を追えないのは…受け入れられて無いから。
今にも、目の前に現れそうで…信じられない。
だって、オレはまだ言われてないから。
何度も何度も言われた…
『さようなら』
を―――…。
+++++++++++++++++++++++++++++
俺はただ、ひたすらに馬を走らせていた。
向かうのは京。
春に少しの間だけ過ごした、あの京邸だった。
俺が京邸へ向かう事になったのは、とある知らせからだった。
一月ほど前に、届いた…最悪の知らせ。
南へと落ち延びる船の上。
突然、何かとてつもない喪失感に襲われた。
その後すぐに届いた知らせ。
平家の敗戦。
知盛と清盛の死。
そしてもう一人、命を落とした人物。
、その名を聞いたとき…俺は暫く動けなかった…
「行かなくてもいいのですか?」
「今さら行っても何も変わらないだろ。平家は負けて、もう戦は終わったんだ」
「戦のことではありません」
「それなら、何を…」
本当に分かっていないのか?と疑うような視線を経正は俺に向けた。
経正の言いたいことは分かってる。
の事を聞いて、大人しくしていられるのかと聞いているんだろう。
「気づいてたんだな。敵同士っていうだけが、俺とアイツの間にあるものじゃねぇって」
「ええ、あなたの様子を見ていれば分かりますよ」
「そうか…」
「特に本来なら敵である彼女に、親しげに話しかけていましたから」
「ホント、嫌なところで鋭いよな。お前」
経正は、が福原に潜入した時からすでに、何かあると気づいていたと笑った。
だから、行かなくていいのかと、そう言って。
「分かってるさ…。だけど、俺は…」
「私達のことは、大丈夫ですよ」
俺が気にしていることを、言わんとすることを分かっているとばかりに、経正は微笑んだ。
そして
「あなたは、自分を犠牲にしてまで平家のために動いてくれた。だから…今度は自分のために」
皆、同じ気持ちです。と言って、経正は周りへと視線を向けた。
俺も倣って視線を向ければ、帝も二位ノ尼も誰もが頷いて。
「行って下さい。還内府殿…いや将臣殿」
経正のその言葉に、俺は後押しされるように一人別の船へと飛び乗った。
今から行ったところで、何が出来るわけでも無い。
は帰っては来ない。
でも、何かしないと…後悔する。
ギュッと手綱を握りなおし、俺は更にスピードを速めた。
++++++++++++++++++++++++++++
『皆に聞いて欲しい事があるの』
そう望美に言われて、オレ達は一つの部屋に集まっていた。
誰もが気まずそうな顔をして、沈黙だけが流れていた。
「あのね…」
沈黙を破ったのは、望美の声。
恐る恐るだけれど発せられたその言葉に、全員の視線が向く。
「これ、何だか分かる?」
ゆっくりと差し出された望美の掌には、一枚の鱗のようなもの。
黒龍の逆鱗にも似たそれは、真珠のような光を放っていた。
「白龍の逆鱗、だな」
「はい。先生はご存知だったんですね」
リズ先生は望美の言葉に小さく頷くと、自らの懐から同じものを取り出した。
これには望美も驚いていたようだったが、それでも
『私が持っているんだから、有り得ない事ではないですよね』
と一人納得していた。
どういうことなのか?と問えば、返って来たのは信じられない言葉。
「私も先生も、この時空ではない時空でこれを手にしたの」
と。
「この時空ではない時空?それはどういうことですか?先輩」
「この逆鱗には、時空を超える力があるの…」
俄かには信じられない言葉。
だけれど、ここにいる全員がその言葉を信じれるだけの体験をしていた。
三草山のときも、福原の時も…そしての福原潜入のことも全て、望美は知っていた。
まるで未来を知っているかのように、助言をしてきたから。
「私は、この逆鱗を使って…何度も運命を変えてきた」
だからね…、とそこまで言って言葉を区切る。
言いにくいことなんだろう、何度も口を開いては言葉を飲み込んでしまった。
「私はこの運命を…変えたいって思ってる」
全員が息を飲む中、望美は強い決意と共にオレ達へ視線を向けた。
白龍とリズ先生が望美に強く頷いて。
望美が、オレ達へ更に強い思いを込めて言葉を紡いだ。
「だから、皆にも手伝って欲しい」
「僕達にもですか…?」
「はい。白龍が力を取り戻した今なら、全員で時空を越えることができるはずです」
「うん。それが神子の願いなら、叶えられるよ」
白龍の答えに、望美が小さく微笑んだ。
そして望美は突然、頭を下げた。
「お願いです。私と一緒に来てください」
その行動に驚きを隠せないオレ達。
そんなの答えは一つしかないのに。
「頭、下げる必要なんてないんじゃないか?」
想像もしていなかった人物の声に、全員の視線が部屋の入り口に立っている人物に釘付けになる。
青い鮮やかな髪に、赤い陣羽織。
間違いなくそこにいたのは、天の青龍・有川将臣だった。
「頼まなくたって、こいつ等の答えなんて一つしかねぇだろ。もちろん、俺もな」
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あとがき
ん〜…久々に書いたら、文面が乱れるわ乱れるわ(汗)
ちょっと納得いかない部分があったりするので、もしかしたらいつか書き直されてるかもしれません。
もちろん、話の内容は変わりませんけど。
全員で時空を超えるのか、それともヒノエだけ連れて行くのか迷いましたが
今後の話の進めやすさから、全員にしました。
その方が書きやすいからっていうのは、内緒で(笑)