music by VAGRANCY
ねぇ、分かっているでしょう?
捨てるべきはどちらか…
守るべきは何なのか…
考えるまでも…ないよね?
欠ける歯車
「―――かの者を封ぜよ!!」
高らかに響いた声。
辺りを包んだ、白く眩い光…。
それは、戦の終焉を告げるものだった。
「終わったんですよね…」
「ええ、間違いなく僕達の勝利ですよ」
誰もが、清盛が光に包まれ消えていった場所を見つめていた。
まだ信じられないといった表情。
私の目の前に清盛が迫ったと同時に、左右・背後をとった皆が清盛へと斬りかかって。
ただえさえ、黒龍の力で逆鱗の力が弱まったことに驚いていた清盛。
そんな清盛の気が皆へと逸れた隙をついて、黒龍の逆鱗を奪うのは容易かった。
「勝どきをあげろ!!この戦、我々源氏の勝利だ!!」
九郎さんの声に、一斉に仲間の船から喜びの声が上がる。
兵士だけじゃない。
望美も朔も、八葉の皆も…本当に嬉しそうで。
このまま…何事もなく、終われればいいのに…。
そう心から願ったけれど。
でも…たったそれだけの願いさえ、叶えてはもらえないようだった。
「ふふ、よくやってくれましたわね」
突如聞こえた声は、戦場には似つかわしくない声で。
一番、聞こえなければいいと…願っていたものだった。
「あ、義姉上…?」
「政子様、どうしてここに…?」
予期せぬ、意外な人物の姿を見て、九郎さんと景時さんが声を引きつらせる。
二人だけじゃない。
他の誰を見ても、驚きを隠せてなんていない。
ただ一人、私を除いては…。
「我々源氏を苦しめた平家の最後を、この目でしかと見届けようと思っただけですわ」
だから、そんなに驚く事もないでしょう?と政子様は笑っているけれど。
驚くなという方が無理だと思う。
だって、ついさっきまで、間違いなくこの船の上には神子と八葉しかいなかったんだから。
一体いつこの船に現れたのか?
どうやってここまで来たのか?
そんな疑問ばかり浮かぶ。
「でも、どうやら、あなたは驚いてはいないようね?」
意外そうな笑みを浮かべながらも、どこか確信を持っていたような感じを受ける。
きっと…、政子様は分かっていたんだろう。
私が、彼女がここにくるだろうと予想していた事を。
「……予想はしてましたから」
「本当に怖い子…」
どんなに政子様が柔らかな笑みを向けようとも、私の表情は変わらない。
笑みなんて、浮かんでなんてこない。
皆の視線が私達二人に集中している。
わけが分からないといった視線。
だけれど、それに紛れて一つだけ違う視線が向けられていた。
その視線を少しだけ探ってみれば、やはりそれは弁慶さんのもので。
頭の良い彼はきっと…
今までの私の言葉や、彼の持っていた情報を繋ぎ合わせて、真実を探っている。
「それで、目的は何ですか?」
「さっきも言った通りですわ」
「平家の最後を見届けにきた、それが本当の理由だと?」
声がだんだんと低くなるのが自分でも分かる。
彼女の言葉に嘘はない。
でも、全てを語っているわけではない。
ねぇ、政子様?
本当のことを言ってください。
あなたが此処に来た理由は…それだけじゃないですよね。
それ以外に、もっと重要な…。
本当の目的があるんでしょう?
「嘘をつくのは、止めませんか?」
私の言葉に、その場の空気がシンと静まり返った。
同時に政子様の雰囲気もガラリと変化する。
「どういう意味かしら?」
「言葉のままです。嘘をつくのは止めてください」
殺気にも似た視線がぶつかり合う。
誰も声を発しない。
ううん、発しないんじゃなくて発せられないんだ。
「気づいていないとでも、思っていたんですか?私があなた達の企みに」
「……」
「政子様、あなたは私を安く見すぎですよ?」
いつまでも、あなたを慕っていた私だと思っていた?
あなたのすることなら、何でも許して見逃している私のままだと…そう思っていたんですか?
「おっしゃったらどうです?ここに来たのは、九郎さんを殺すためだと」
「…!!」
「な…っ」
ピクリと小さく反応した政子様。
周りの皆からは、小さく驚きの声が上がる。
そんな彼らへ視線を向けることなく、私は政子様から視線を外さない。
「本当に恐ろしい子ね、。そこまで分かっているなら、言ってしまおうかしら」
クスクスと笑いだした政子様。
『本当は、油断したときに隙を突くつもりだったのですけど』
と平気で恐ろしい事を口にする。
「九郎、あなたには此処で死んでいただきますわ」
にこっりと九郎さんへ笑みを向けて。
何とか我に返ったヒノエくんと先生、弁慶さんが九郎さんを庇うように立つ。
「な、ぜ…です?義姉上…」
「九郎、あなたは大きな罪を犯したのですわ」
「罪…?」
「私兵を増やし、鎌倉殿への謀反を企んでいる罪…」
「そんな!!俺は謀反など企んでいない!!」
「そうです!政子さん!九郎さんは謀反なんて企んでいません!」
九郎さんの悲痛な叫びが上がって。
望美が庇うように反論した。
だけれど…無駄だろう。
何を言っても、はいそうですかと見逃すつもりなんてさらさら無い。
ずっと九郎さんを始末する機会を窺っていた彼女が…退くなんて考えられない。
だから、私がここにいるのだもの…。
「そこにいる平敦盛、その他に明らかに源氏の兵士ではない者。それはどう説明するつもりなのかしら?」
「彼等は八葉で…―――」
「それが、私兵ではないという根拠にはなりませんわ」
九郎さんの言葉を遮って、冷たい視線を政子様は向けた。
これ以上反論するのは許さないと、その瞳が語っている。
「お喋りはこのくらいにしましょう。あの人も、私を待っていることですから」
にこっりと笑みを浮かべた政子様。
スッと、九郎さんの方へと一歩を踏み出した。
政子様の『あの人』という言葉は、紛れも無く頼朝を指している。
そのことを、九郎さんも他の皆も分かっているから、何も言えなくなる。
嫌でも、源氏に見捨てられたのだと理解しなくてはならない。
たしかに八葉の皆が、九郎さんの私兵ではないと証明できるものは無い。
でも…
九郎さんが謀反を企んでなんていないと、示すことは…できる…。
「何のつもりかしら?」
九郎さんと政子様の間を遮るように私は立った。
怪訝な視線が正面の政子様から注がれる。
「彼らに危害を加えるというなら…私はあなたを殺します」
スッと刀を引き抜いて、切先を政子様へと向ける。
細められた政子様の視線を、真っ直ぐ捕らえて放しはしなかった。
+++++++++++++++++++++++++++
「彼らに危害を加えるというなら…私はあなたを殺します」
九郎を殺すといった政子様。
彼女の前に、さんは立ちふさがった。
この状況についていけていなかった皆は、誰もが止める事なんてできなかった。
さんを、政子様を…止める事が出来たのならば、こんな状況にはなっていなかったかもしれない。
でも、状況についていけていて、もしも二人を止める事ができる状態だったとしても…。
止める事が出来たとは思えない。
止める術を、僕達は持ってなんていなかったのだから。
『弁慶さん…一つ、お願いしてもいいですか?』
『もしもの時は、私を…殺してください』
彼女の言葉が頭から離れない。
いつ?何て聞けなかった。
聞こえないフリをするので精一杯だった。
だから、このままその言葉が意味を成す日が来なければいいと、そう思っていた…。
だけれど…
僕が、どんな手を使ってでも、九郎を殺させるわけにはいかないと言ったとき…
自分もそう思っていると、力強く頷いたさんの表情を、忘れる事なんて出来なかった…。
政子様へと斬りかかった彼女が、飛び退ると同時にさんと視線が一瞬合った。
その視線で…彼女の思いに気がついてしまった。
『殺してください』
その言葉が指しているのは…今このときなんだと。
僕に頼んだのは、僕にしか頼めなかったからだったんですね…。
彼らを冷静に…説得できるのは、軍師である僕だけでしょうから…。
「九郎、話があります」
フッと自嘲気味に笑みを漏らして。
僕は九郎へと向き直った。
何事かと目を見開いた九郎は、僕の次の言葉にさらに驚愕した。
「俺が…?俺に…を殺せと言うのか…?」
「ええ。そうです」
さんを殺せと言った僕に、九郎は驚きを隠せない様子だった。
そして、殺気の篭った視線が向けられる。
「アンタ、どういうつもりだよ…?」
「ヒノエは黙っていなさい」
彼女の願いなんですよ。
僕だって…本当はこんなこと、言わなくていいのなら言いたくなんてない。
でも…さんが、信じて託してくれた思いを…裏切るわけにはいかないんです。
「黙ってられるかよ!!」
彼には珍しく、声を荒げたヒノエを視線だけで制す。
何も言うなと。
ただそれだけを語る視線を向けた。
「今此処で、九郎がさんを殺すことが出来なければ…彼女の思いは無駄に終わってしまうんです」
「……!?」
「もう、後戻りは出来ないんですよ。さんが政子様に刀を向けた時点で」
いいや、違う。
もっと前、とっくに後戻りなんて出来なかった。
彼女が政子様たちを一度裏切った時点で…。
否、彼女が僕達と合流した時から、すでに後戻りなんて出来なかった。
「彼女は己を犠牲にしてでも、僕達を守ろうとしているんです。そして、その願いを叶えられるのは、九郎…きみだけなんですよ」
「だからって、殺すなんて!どういう考え方したら、そんな考えに行き着くんだよ!アンタ、頭は正常かよ…」
「僕は至って正常ですよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。弁慶さん」
望美さんが、僕達の言い合いに割ってはいる。
このままでは、話の大事な部分が見えてこないと思ったのだろう。
「何で九郎さんがを殺さなきゃいけないんですか?それが、九郎さんや私達を守ることになるって…は、一体何を狙ってるって言うの?」
「さんは、九郎を謀反人ではないと証明するつもりなんですよ」
それだけじゃない。
九郎が謀反人となれば、僕達にも同罪となる。
特に…ヒノエは…彼の身一つの話では無くなってしまうから。
「どういうことですか?」
「私兵を増やし、鎌倉殿にとって代わるべく謀反を企んでいるとしたら…、今ここで刀を向けられている政子様を助けるはずが無いでしょう?」
「じゃあ、は…」
「ええ、自分が罪人になり、九郎を助けるつもりなんです」
だから、彼女は政子様に刀を向けた。
さんから、九郎が政子様を助けたとしたら…。
九郎を謀反人として裁く事はできなくなる。
それどころか、称えられるべき立場になるだろう。
それが…彼女の狙い。
「だったら、殺す必要なんてないだろ!捕らえれば済む話だ…っ」
確かにヒノエの言う事は正しい。
殺さずとも、捕らえるだけで用は足りる。
彼女が刀を向けた時点で何もなかったことに出来ないのなら、せめて命だけでも助かる方法を…。
そう思うのが当然だろう。
だけど…
「捕らえられて、拷問にかけられ苦しみ死んでいく。そんな彼女の姿を見たいと、そう言うんですか?」
「な…っ」
「彼女が一度捕まれば、今まで近くにいた僕らは近づくことも許されない。そんな状態で彼女を逃がす事なんて出来ないでしょう」
「だから、今一思いに殺すっていうのかよ…っ」
「…それが、彼女のもう一つの願いだからですよ」
誰もが僕の言葉に顔を上げて。
何を言っているんだといった視線を向けた。
「ヒノエ、きみは聞きましたよね?『もしもの時には私を…』その後、彼女が何て言ったのか」
「ああ。それが…っ、まさか…」
「そのまさかですよ。『もしもの時には、私を殺してください』彼女はそう言ったんです」
誰もが絶句した。
何か言わなくてはいけない。
そう思って口を開こうとするのに、言葉にならない。
「九郎、全てはきみ次第です。迷ってる暇はありませんよ」
冷たい、温度のない声が容赦なく響く。
そんな自分に嫌気すら指してくる。
さんの思いに気づいていながらも、何も出来なかった自分に。
九郎を助けてやる事もできず、ヒノエを宥め納得させる事も出来ない自分に…。
源氏軍師が聞いて呆れる…。
「ただし、きみが謀反人になる選択をしたとしても、彼女が罪人である事は変わらない事実ですが…」
冷酷だと、そう罵られても構わない。
それでも…僕は、せめて彼女の願いを叶えてあげたいと、そう思う。
それが…僕が、彼女にしてあげられる最後の事ですから…。
+++++++++++++++++++++++++++
「馬鹿!!やめろ、!!!」
後ろから九郎さんの制止の声が聞こえる。
でも、その声に反応する気は無い。
もう、戻れない。
今はただ、やるべきことをするしかないんだ。
刀を左下へと振りかざし、私は床を蹴った。
けれど…
政子様へと斬りかかった瞬間に、何かの力に遮られ、刀が弾かれた。
黒く淀んだ気が、政子様から感じられて。
先ほどの黒龍の逆鱗とは違った気に、一体何なのかと思考を巡らす。
何…?あの禍々しい気は…?
それに、急所を狙っているというのに全く当たる気配が無い。
それどころか、ことごとく避けられて掠るのがやっと。
おかしい…。
相当な訓練を受けて、実戦経験も数え切れないくらいある私の攻撃を…
ほとんど戦場に赴いた事などなく、護身術程度の武術しか身につけていない政子様が避けれるなんて。
何か、人外の力を感じる。
これは…この不思議な力は何?
「どうしたのかしら?。本気で来ないと大切な仲間を失うことになりますわよ…?」
「分かってますよ…!」
本気で?
馬鹿なことを言わないで。
そんなこと…するわけないじゃない…。
私の目的は…違うところにあるのだから。
お願い…。
お願いだから、早く。
早く気がついて。
決断を…迷っている場合じゃないの…。
視線だけを、九郎さんへ向ける。
全てに気がついた弁慶さんが、九郎さんに何か言って。
その言葉に、九郎さんだけじゃない。
周りの皆も驚いているのが分かった。
何を捨てて、何を守るのか。
迷う必要なんてないんだよ…?
選択肢なんて元々無い。
たった一つだけの選択を、私も望んでいるんだから。
「そこまでして、あの子たちを守りたい…?」
「守りたいですよ。あなたが頼朝様を守りたいようにね…」
「そう…、あなたは強いのね…」
政子様の言葉に、苦笑が漏れる。
「強くなんて、ないですよ…?」
「?」
「強くなんてないから…今こうやって、あなたに刀を向けているんです」
困ったような笑みを浮かべて、政子様を見る。
私の言葉を分かりかねているようだ。
「政子様、私欲張りなんですよ」
欲張りすぎて…。
守りたいものを一つに絞れなかった。
どちらかを捨てるなんて出来なくて…。
そんな私が、今…九郎さんに『何を捨てて、何を守るのか』そんな選択を迫ってるんて…
ズルイよね…。
「私が守りたいのは、仲間だけじゃない。政子様…あなたも守りたいんです…」
どんなに心を凍らせて。
昔のあなたじゃないと言い聞かせて、好きじゃないと言い張っても…。
やっぱり、私にとっては、あなたは大切な人だったから…。
仲間と同じくらい、好きな人…だから。
「私に刀を向けているというのに…?」
「ええ…。今すぐにでも、あなたを殺すことは出来ます。それをしないのは…何故だと思いますか?」
あなたが、どんな不思議な力を手に入れていようとも。
私にもそれに匹敵する力が…応龍の神子としての力がある。
そして、あなたを殺した後、この船から逃げる事だって簡単。
鎌倉へ一人で赴き、頼朝を暗殺することだって…それを本業としてきた私には難しいことじゃないんです。
でも…そうしようとしないのは…
「九郎さんを謀反人にしたくない。でも、あなたにも生きていて欲しい。…だからですよ」
にこっと笑みを向けて。
あなたを生かして、なおかつ九郎さんを謀反人にしないためには…これしか無かった。
っていっても、私の頭じゃこれしか思いつかなかったっていうだけだけど。
チラッともう一度九郎さんたちの方へ視線を向ける。
「、あなた…まさか」
「そのまさか、ですよ」
ダッと、再び床を蹴って政子様へと斬りかかる。
その私と政子様を遮るように、飛び込んできた影が一つ。
その人物に、思わずフッと微笑んだ。
「それで…いいんだよ。九郎さん―――」
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あとがき
わ、わかりにく〜!!!!(汗)
私が国語苦手なのがバレバレですね…っ。
最近弁慶が出張ってる気がしてならないのですが??
ちょっと、ヒノエにはもう少し後に色々頑張ってもらおうと思うので(苦笑)
最近気がついたんですが、気をつけて無いと方言が出そうな勢いです。
特に『じゃん』ですね。
標準語の方とは使い方が少々違うので。
って、もうすでに何処かで出てるかもしれませんが(汗)
出てたらどうしよう…っ。