music by TAM
雨乞いの儀。
その名の通り龍神に雨を請い、祈りを捧げる儀式。
だけれど、神に祈れば全て願いが叶う?
本当にそう思っているの?
もしもその願いが叶うのならば…
何故、私の願いは叶えてくれなかったの―――…?
神泉苑
「おお、!久しいの」
「ご無沙汰しております。後白河法皇様」
法皇様は、両の腕を軽く広げて私を迎えた。
どんなに嫌だろうと、我慢しなきゃね。
この世界で、この人に逆らっていいことなどない。
「元気そうだの。そなたが九郎たちと共にいると聞いた時は驚いたが…政子殿は息災か?」
「ええ、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。政子様も変わらず元気です」
極めて普通に会話しているのだが…内心私には怒りマークが浮かび上がっていた。
回りくどい聞き方をするわね…。
はっきり聞けばいいじゃない『政子に何を命じられている?』って。
法皇様が政子様の名前をだしたことに、そういう意味が含まれていることを気付かないわけではなかったが…
この人の思い通りになるのも癪だ。
「相も変わらず、かわすのが上手いことだ」
「何のことでしょう?」
極めてそ知らぬふりを通す。
手の内を全て見せるのは三流、いや四流のすることですよ?
まあ今のところ、手の中には見せて困るものなどございませんが。
今のところは、ね…。
「、こっちを少し頼む」
少し離れたところから、九郎さんの呼ぶ声が聞こえる。
「それでは、御前を失礼致します」
今日私がここに来たのは、九郎さんの手伝いをするためであって、決して法皇様の相手をしに来たわけではないので。
と内心毒づきながら一礼し、背を向ける。
「…そなたはこの儀、何を願う?」
引き止めるように掛かった言葉。
私の願いは昔から決まっている。
決して変わることの無い願い…。
だけれど、今はまだ…
「愚問ですね…」
ただ一言そう告げて、私はその場を離れた。
「今となっては、もう言えぬか。そなたの願い、再び言えるときはいつ来るのか…」
法皇様のその呟きが、私に届くことはなかった…。
「こんな感じでいいんじゃない?」
舞台の正面に配置された席の数々。
全部、今日の儀に招かれている人の分だ。
どうやら、左右に席を分けるときに、人数の調整が上手くいかなっかたみたい。
だから、私が呼ばれたってわけ。
弁慶さんに、学問の方もきっちりと仕込まれましたので、計算は得意。
それでも、この時代で考えたらの話だけれど。
元の世界なら、きっと中学生レベルですらないわよね。
だけれど…舞を捧げるだけで雨が降るなんてこと、考えられないんだけど。
ま、それでも気休め程度にはなるかしらね…。
「どうしよう…?」
「法皇様に気に入られなくちゃ…」
不安そうな声が聞こえる。
会話の主は、今日のために集められた白拍子たち。
何も知らないって幸せよね。
法皇様の機嫌を損ねろ、とは言わないけれど…
気に入られちゃったら、大変だよ?
「いたっ!!」
駆け寄ってきたのは望美だった。
その他に、朔・景時さん・譲くん・白龍もいる。
弁慶さんは数日前から福原へ様子を見に行っているから…いいとして。
やっぱり今日もいないのね『彼』は。
「どうしてここに?今日は星の一族のところに行くんじゃなかった?」
今日は私と九郎さんが神泉苑へ。
残りの皆は望美と一緒に嵐山へ行く予定だったはずだ。
星の一族…古来から龍神の神子に仕えてきたという一族に会いに。
「そうなのだけれど…、あなた朝の食事まだでしょう?」
「え?ああ…そういえば」
確かに今日は夜明けから迎えが来たから、朝食べてなかったっけ…。
しかももう昼も近いし。
さすがにお腹空いてきたかも。
「そういえばって…忘れていたの?」
と朔に苦笑されてしまいましたよ。
確かに、言われなければ忘れたままだったけれど。
「にこれを持って来たの。といっても、作ったのは譲くんだけど」
望美が差し出したのは、布で包まれた四角い箱。
これってもしかして…
「お弁当?」
「その通り!九郎さんと二人分あるから、よかったら後で食べてね」
「さんの口に合うか分かりませんが…」
人にお弁当作ってもらうなんて何年ぶりだろう?
というか、初めてかも…。
「ううん。すごく嬉しい!後で九郎さんと一緒に頂くよ。ありがとう」
うわぁ…本当に感動なんですけど。
なんていい人たちなのかしら…っ。
「そうだ、もし時間があるなら…よかったら望美たちも見ていく?」
席は用意すればいいし。
望美と朔は舞が舞えるって言っていたから、もしかしたら興味があるかもしれないしね。
「いいの?」
「邪魔にならないかしら?」
「本当にいいんですか?」
「九郎が何か言わないかな〜?」
「でも見たい!」
ってどうやら皆さん遠慮気味だけれど。
白龍も見たいって言ってるし、皆もそんなに気遣いしなくていいって。
「大丈夫ですよ。いいですよね?九郎さん」
「ああ。もちろんだ」
望美たちの背後に立っていた九郎さんが答えた。
望美たちの正面に立っていた私はずっと気付いていたけど…
「く…九郎?」
やっぱり気付いていなかったんですね、景時さん。
それにしても、九郎さんは何かと小言が多い人だと思われているみたいね。
「景時、お前…」
景時さんに、コメカミに怒りマークを浮かべて詰め寄る九郎さん。
全く、短気というか感情の表現が素直なのかは知らないけれど…
「ストップ!そこまでにして下さいね?一応、院の御前ですから」
こんなところで、喧嘩をされたら皆の迷惑と言うものですし。
大人ならば、ここは大人しくしていて下さい。
私が二人の間に割って入れば、『助かった』と呟く景時さんと…『全く』という表情の九郎さん。
まあ、仲がいいのは良いことですけどね。
「もうよい、次に舞わせよ」
私の隣でだんだんと機嫌が悪くなっていく法皇様。
気持ちは分からないわけではないけれど…
それでも、ただ舞うだけで雨が降るなんて思っていなかったでしょう?
それとも…ご機嫌が悪いのは、自分の目にかなう舞い手がいないからかしら?
「恐れながら…法皇様、今の者で最後にございます」
「それならば、他に誰か探してまいれ!」
あのですね、この人に怒鳴ってもしょうがないと思いますが?
それなりに人数は用意されていたのに、あなたの理想が高すぎるのですよ。
ほら、この貴族の人も困ってるじゃない。
「そういえば、九郎。あそこにいる娘はそなたの知り合いであったな」
「はい」
法皇様の指差した先には、望美と朔の姿。
二人ともこちらを見て、首を傾げている。
というか、まさか…
「ならば、あの娘たちに舞ってもらおうぞ」
「お待ち下さい、法皇様!」
思わず叫んでしまった。
もし、望美達がこの人に気に入られでもしたら、厄介だ。
「どうした?。何か都合の悪いことでもあるのか?」
って、九郎さん!
気付いていないの!?
「、九郎も良いと言っておるのだ。構わぬだろう?」
「…はい」
法皇様を説得するのに、九郎さんと二人なら何とかなったと思う。
でも肝心の九郎さんが気付いていないんじゃ、私一人では止められない…。
後は、二人が断ってくれるのを祈るしかない。
「私は出家した身。人前で舞うことなど出来ません」
確かに朔にはこの理由がある。
よし、朔はこれで大丈夫ね。
後は望美なんだけれど…
「俺からも頼む」
九郎さんっ(怒)
あなたが頼んじゃってどうするのよ!
そんなことしたら、望美が断りにくくなってしまうじゃない!
「九郎さんにそこまで頼まれたら…仕方がないよね」
本当に望美はいい子だよね。
九郎さんのために、引き受けちゃうなんて…。
「恩にきる」
そうよ、その手があるじゃない。
その着た恩、もしもの時はきちんと返させてやるんだから!
「ほう…これはなかなか…」
法皇様がそう賞賛するのも分かる。
それだけ、望美の舞い姿は綺麗だった…。
「雨…?」
ぽつりぽつりと振り出した雨は、次第にその勢いを増して。
ほんの少しの間しか降らなかったけれど、皆を驚かせるには十分だった。
「これはこれは…。龍神に気に入られた娘か…」
法皇様も…どうやら嫌な予感的中ってことかな…。
変な事言い出す前に、さり気無く注意を促し解きますか。
それとなく、釘を刺すために口を開こうとした矢先だった。
「、そなたもあの娘と舞ってみせよ」
「え?」
突然何を言い出すのかと思えば、私に舞えと来ましたか。
「久々にそなたの剣舞を見せてもらいたいものだ」
「ですが…」
「扇と剣。この組み合わせも面白かろう」
反論の余地はなし、か…。
「分かりました…」
私は白拍子の一人から、彼女が偶然持ってきていた舞剣を借りた。
作業のために邪魔だからと結んでいた髪を解くと、舞台へとあがる。
「?」
不思議そうな望美に笑いかけると
「もうひとさし、共に舞ってもらえる?」
とお願いした。
望美は『もちろん』と快く承諾してくれた。
楽の音が響き…私達はお互いに呼吸を合わせるかのように、ゆっくりと扇と剣を構えた…。
+++++++++++++++++++++++++++
シャラン…
が剣を一振りするたびに、剣の鈴飾りの音が静寂に鳴り響く。
「久々に見たな…」
に剣舞を教えたのは、政子様付きの女房だと聞いている。
初めての剣舞を見たのは、兄上と政子様の婚儀の際だった。
政子様の勧めで、幼いながら彼女は立派に舞って見せたものだ。
しかし、それ以来はあまり人前では舞おうとはせず、俺もその婚儀以来見ていない。
だが…
以前より格段に腕を上げているな…。
「以前、舞は舞えないと言っていたのに…」
そう言えば、数日前に望美が朔殿に舞を教えてもらっていた。
その時、
「、あなたは舞をやってはいないの?」
「私は舞が舞えないのよ。以前やったときに挫折したのよね」
という会話が聞こえてきたな。
の舞の話は俺も聞いたことがあるが…。
「朔殿、が舞えないのは『扇』を使った舞だと聞いたことがある」
「扇の…?」
「確か、扇の扱い方がいまいちよく分からないらしい…」
は剣の扱いには長けていた。
それも、天才的に。
出会った時の彼女はまだ幼いというのに、強かった。
さすがは、その頃から政子様の護衛役を務めていただけはあり、当時俺よりも強かったかもしれない…。
始めは近寄りがたかったが、それでも何度か話したりする内に普通に接することができるようになった。
更に上を目指し、同じ師から剣を習うようにもなった。
その時に聞いたのだ。
「私って剣以外のものが扱えないのよね。というか、いまいちよく分からなくて…。特に扇は駄目。
だから剣舞しか習得できなかったの」
と、そう言っていた。
確かに一応、弓や槍など一通りはできるのだが、決して上手いわけではない。
それらが不得手な理由は聞いたが、未だに聞いたことがないことがある…。
彼女が剣を取った理由。
お前は何故、剣を手にしたんだ…?
「へぇ…。なかなかの舞だね」
「ヒノエ!?」
突如現れた人物に、皆が驚きを隠せなかった。
朝から姿をくらませていたヒノエ。
が居る場所には、必ず姿を見せなかったっというのに…。
何故、お前はを避けているんだ…?
+++++++++++++++++++++++++
「ヒノエ!?」
オレが姿を現したら、予想通りの反応が返ってきた。
まあ、当然だと思うけどね。
オレはずっと、のいるところには姿を現さなかったのだから。
それでも、ずっと様子は伺っていたけれど。
「ずっと姿を見せなかったお前がいるなんて…何かあったのか?」
九郎が訝しげな顔をした。
そんなに不思議がることもないだろう。
オレも一応は八葉だしね。
このままでは埒があかない上に、逃げてても始まらないだろう?
だから、会いにきたんだよ。
彼女に、ね…。
「別に何もないさ。少し彼女と話がしたくてね」
オレがを指差せば、更に皆が驚いたような表情になる。
ずっと避けていたのに、どういう風の吹き回しだ?とでも言いたいのだろう。
「悪いようにはしないから安心しなよ」
「だが…っ」
九郎はどうやら自分の妹分が心配なようだ。
今までのオレの態度からも、警戒されたって仕方が無いけどね。
「…それに、オレがを避けていたのは、彼女が嫌いだからじゃないしね。ましてや敵意があったわけでもない」
「それなら…どうしてなの?」
「まあ、色々とね…」
オレには珍しく答えを濁した。
何となくだが理解していたのかもしれない。
昔の彼女のことを話すのは、彼女が最も嫌うことだと―…。
+++++++++++++++++++++++++++++++
舞っている最中、視界に突然新しい色が目に入った。
今まではそこになかった色…。
「緋色…?」
九郎さんたちと話している人物。
彼がヒノエなのだと…そう直感した。
さっき望美たちと会ったときから、気配を微かに感じてはいたけれど。
それでも、姿を見せるなんて…
「?」
私の様子に気付いたのか、小声で望美が名前を呼んだ。
その声で意識が舞へと戻る。
いけない、今は舞に集中しなくては。
いくら舞剣だとはいえ、望美に当たれば大事だ。
『…あなたも雨を願う?神子と同じように、雨が降るのが願い?』
突如頭に響いた声。
この声は白龍…?
「そうだね…今はそうかな…」
そう、『今は』ね…
私が願った本当の願いは、今は叶わない。
今の私の状況では、叶えることができない。
昔叶えてほしかったときに叶わなかった。
チャンスを逃した…。
そして今…再び叶える為に、叶えるチャンスを作るために、生きているの。
「よもや二度も雨を降らせるとはな…」
再び振り出した雨。
その雨の中、私はゆっくりと彼の方へと視線を向けた…。
鮮やかな緋色と視線が合ったとき、私の脳裏に10年前の出来事が甦ってきた…。
「だから、避けていたんだね…」
呟いた言葉は降り注ぐ雨の音にかき消され、誰にも届くことは無かった…。
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あとがき
少々いつもより長めですね。
これぐらいが普通なのでしょうが…(汗)
次も神泉苑が舞台のままだと思います。
後白河法皇の口調がつかめず、偽者法皇様の出来上がり!
の回になってしまいました…。法皇様難しいよ(泣)