music by 対自的ユートピア







平家に寝返れば、皆は安全になる。
私も周りに気を張ることなく…
命を狙われていると、ビクビクする事が無くなる。
平家は自分の身を守る、盾にさえなる…

私の答えは決まってる―――





答え





「ね、ねぇ!ヒノエくん!?」

オレの後ろから、呼び止めるような声が望美からかかる。
急いで、ほぼ駆け足になっていた足を止めて振り返る。

「どうしたんだよ、ヒノエ?お前がそんなに焦るなんて珍しいな」

将臣を始めとして、他の面々も多少驚いていて。
息を切らせている者、ため息をつく者と様々だった。

「声…」
「何だって?」
の声が聞こえた」

誰もがオレの言葉に驚いた。
そして信じられないといった顔をするものも、いたけれど…。
でも、確かに聞こえたんだ。

『ヒノエくん―――…』

ただ一言、オレの名前を呼んで。
何故だか、それがオレを不安にさせた。
また、良からぬことを考えてるんじゃないか。
一人で、何か背負って…一人で解決しようとしてるんじゃないかって。

「俺には、何も聞こえなかったが…」
「ええ、僕もです」

前にからの声が聞こえた時には、全員が宝珠を通して会話ができた。
だけれど、今回はオレだけにしか聞こえなかったらしい。

「空耳じゃないのか?」
「そんなわけないだろ。悪いけど、はオレをご指名だったからね」

『オレ以外に声が聞こえるわけない』
そう少し勝ち誇ったように言ってやれば、ムッとした表情を浮かべた奴が何人かいたけれど。
特に九郎と将臣、弁慶がね。
オレとしては、そんなことを気にしてる場合じゃない。

「とにかく、オレはのところに急がせてもらうよ」

そう言って踵を返す。

のところって言っても、ヒノエくんは居場所を知ってるの?」
「望美さんの言う通りですね。清水寺か法住寺のどちらか、ということしか分からないでしょう」
「なんだ、またずいぶんと距離があるな」

将臣が盛大にため息をつく。
確かに清水と法住寺、二つは結構な距離がある。
でも…

は法住寺にいるよ」

オレには分かる。
どうしてか?と聞かれれば、明確な答えは出せないけど。
彼女は法住寺にいると、何故だか自信があった。

「九郎殿!」

九郎が何かを言おうと口を開いた時、誰かが九郎の名を叫んだ。
声のする方へ全員の視線が向く。
息を切らせながら走り寄ってきたのは、源氏の兵だった。
青い顔をして、何かに怯えているかのような…そんな様子だった。

「ここにおられましたか…!」
「どうした?何があった?」

兵士は切らせた呼吸を整えながら、バッと顔を上げた。
完璧に焦りの色が浮かんでいる。

「ほ、法住寺に巨大な怨霊が!」
「何だって!?」

兵士が指を指した方向から、人々の叫び声が聞こえてきた。
怨霊の出現を知って、逃げ出しているのだろう。

「まさか、本当にはそこに…?」
「…っ。急ぐぞ!」

オレ達は法住寺へと、最短の道を走り出した。
法住寺へと近づくごとに、強まる穢れ。
八葉のオレたちでさえも、気持ちが悪くなりそうなほどの強さのそれは、普通の人間ではひとたまりも無いだろう。
その証拠に、すれ違う人々は、すでに走る気力を失っていて。
お互いに支えあって、何とか遠くへ行こうとする人々や、穢れにあてられて倒れる人々もいた。

『無事でいろよ…』

心の中で願うのは、たったそれだけのこと。
無事でいてほしい、本当にそれしかなくて。
だけれど、焦るオレたちを嘲笑うかのように、法住寺の辺りに爆発音が響いた。

『ヒノエくん―――…』

オレを呼ぶの声が、どうしても頭から離れなかった…。





++++++++++++++++++++++++++++++





「っ―――…!」

なぎ払うように、私の目の前すれすれを鋭い爪が掠った。
何とかそれを身を引いてさけたけれど…。

『図体は大きいくせに、速い…っ』

右から、左からと次々とその巨大な爪をなぎ払ってくる。
そのたびに、すれすれでかわす。
けれど…ドンッ、と何か背中にぶつかる音がして。
気がつけば、塀に逃げ道を奪われてしまっていた。

「さぁ、ここまでです」

笑いを含んだ声。
ハッと、すぐさま視線を前へと戻せば、振り上げられた鉄鼠の右爪。
顔面へと迫る爪に、咄嗟に左をガードするかのように腕をクロスさせる。
ほぼ同時に、腕を衝撃と痛みが襲った。
腕だけと言うよりは、ほぼ全身。
そして、足が地から離れる感覚と、一瞬宙に体が舞う感覚。
その一瞬後には、全身が地面へと叩きつけられていた。

「く…っ」

吹き飛ばされた勢いのまま、何度もバウンドして叩きつけられる体をなんとか捻って、体勢を整える。
ザザ―ッ、と土煙が上がる。
何とか両足を地について、さらに左手で踏ん張った。

「ほら、逃げないと死にますよ?」

上に差した巨大な影に、視線を上げれば、鉄鼠が第二撃が目の前に迫っていた。

「二度も同じ手はくらわないわよ!」

なぎ払われた爪を、身を屈ませて避けて。
頭上を爪が通過すると同時に、地を蹴って跳躍した。
鉄鼠の頭上を越えて、背に一瞬だけ手をついて一転し、鉄鼠の背後をとる。
背後をとると同時に、刀で斬りつけた。

「なっ…」

だけれど、やっとのことで加えられた一撃も、ほんの少しだけ傷を付けれただけだった。
刀を弾かれたことに一瞬驚く。

「あなたに驚いている余裕など、ないはずですが?」

一々煩い、と言ってやろうと惟盛に視線を向けたのだけれど。
その視界を一瞬何かが遮った。
ドスンッ…という恐ろしい音がして、地面に視線を向ければ、めり込んでいる細長いもの。
鉄鼠の尾だった。
間髪いれずに振り上げられら尾を、降ろされる前に後ろへと飛び退って距離をとる。

爪は鋭いし、硬いし当たれば痛い。
皮膚は硬くて、渾身の力を込めて斬りつけても、かすり傷程度しか負わせられない。
それでもって、スピードは速いし。
尾までもが、叩きつければ地面に食い込むし…。

『どうやって倒せっていうのよ…』

爪は何とか避けられる。
速さもついていけないわけじゃない。
でも…ダメージが与えられない…。
いくらなんでも、その内こっちの体力がヤバくなりそう…。

「そろそろ、観念したらどうです?」
「冗談でしょ」
「いつまで、その強気が続きますかね?」

『あなたはそんなに傷を負って。鉄鼠はかすり傷一つ』
クスクスと惟盛は笑った。
鉄鼠に近寄って、その頭を撫ぜている。

「確かに、こっちはこんなに負傷してるのに、そっちはかすり傷。割に合わないわよね」

はぁ、とため息を盛大について。
少し何ともつかない笑みを浮かべる。

「ふふ、どうします?答えを変える気になりましたか?」
「…答え、ね」
「さっき、あんなことを言わなければ、その怪我を負う事もなかった。少しは後悔しているのでしょう?」

後悔、かぁ…。
さっき言った事に…後悔、は…







『私達のもとに来なさい。…』

そう言って、伸ばされた惟盛の手。
それに私はゆっくりと手を伸ばして…。

パンッ…

乾いた音が響いた。
叩かれた手を驚いて、反対の手で押さえている惟盛。

『馬鹿なこと言わないでくれる?』
『何ですって…?』

怒りを少しずつ浮かべる惟盛に、私は少し馬鹿にするような笑みを浮かべた。

『あのね、悪いけど。私は平家に寝返るつもりは、これっぽっちも無いの』
『源氏にいれば、殺されると分かっていてもですか?』
『ええ、もちろん』

にっこりと微笑んで。
さらに怒りを煽るのを覚悟で、次の言葉を紡ぐ。

『あなたと一緒にいるよりはマシだもの』

思ったとおり、惟盛の表情が見る見るうちに変わった。
未だに押さえている両手が、小刻みに震えている。

『どういう意味ですか…?』
『そのままの意味だけど?分かりやすく言ってあげようか?』

嫌みったらしく、しかも完全に馬鹿にして。
どうしてこうも性格が悪くなっているのか、ちょっと頭が痛くなったけれど。
絶対周りの皆さん、というか約二名のせいだと思い込むことにして。

『あなたみたいに、仲間を仲間だと思っていないような人のいる所に、行くのが嫌だって言ってるの』
『な、何ですって…?』
『何?これだけ言ってもまだ分からない?』

怒りに声までも震えだした惟盛を、さらに煽るような問いをかける。
これじゃ、どっちが悪者か分かったものじゃない。
ま、私から見れば惟盛が悪者で、向こうから見れば私が悪者。
どっちが悪いってわけじゃないんだけどね…。

『源氏だろうと平家だろうと、どこであっても…あなたが居る所はお断りよ』

私が言い放つと同時に、巨大な影が私と惟盛の間を遮った。
紅く怪しく光る目が私を捉え、鋭い爪が振り上げられた。
咄嗟に避けて、距離をとったけれど。
私がいた辺りは、土が抉れていた。

『訂正なさい。今なら許して差し上げますよ?後悔しない内に、ね…』
『後悔なんてしないわよ』

本心なんだから…。
後悔なんてするわけがない。

平家に寝返れば、皆は安全になる
私も周りに気を張ることなく…
命を狙われていると、ビクビクする事が無くなる
平家は自分の身を守る、盾にさえなる…

それでも、私は居場所を失うつもりはないの。
自分の居場所は自分で守ってみせるから。
どんな手を使ってでも…。







「何ですか…?」

突然笑い出した私に、惟盛が不審そうな顔をした。

「あのさ、私のことなめてるの?」
「何が言いたいのです?」
「さっき言った通り、私は自分が言った事に後悔なんてしてない。それどころか、ますます平家に行く気が無くなったぐらいだけど?」
「強がりを…。もういいです。平家に寝返らないと言うなら、あなたは邪魔者でしかない。死んでいただきましょう」

再び、あの紅い瞳が私を映した。
ガバッと突然開けられた口に、何か力が溜められていくのが見て取れる。
何がくるのか、考えをまとめる間もなく、吐かれた炎の塊。

「ぅわ…っ」

当たったら溜まらないとばかりに、横へと飛び退って回避する。
二撃・三撃と放たれる炎の固まりを、飛び退り、一転し、身を引いて避ける。

あんなのも有りなの?

今度はため息の騒ぎではない。
炎の直撃を食らった木々は、爆発音と共に炎に包まれて。
粉々に吹っ飛んでいるものもあった。

「冗談じゃない」

こんなの食らってたまるかっての。
まだ、死ぬ気もないし。
第一、丸焼きになって死ぬのは嫌。

「ほら、どうするつもりです?虫ケラのように死にますか?」

爪を避け、炎を回避し、隙あらば斬り付けてはみるけれど、ほとんど効果は無くて。
たびたび嘲るような声をかけてくる惟盛に

『強いのは鉄鼠でしょうが!』

と心の中で悪態をついて。
いっそのこと、鉄鼠を無視して惟盛に攻撃を仕掛けてやろうと思ったけれど、それを鉄鼠が許してくれなかった。
私が惟盛に視線を向けると、必ず間髪いれずに遮ってくる。

「つ…ぅ…」

バンッと思いっきり景気のいい音がして。
背中に強い衝撃が走った。
前方から振られた尾を、避けるのが間に合わなかったために、腹部に見事にくらってしまって。
案の定、当然のごとく吹っ飛ばされ、地面に背を強打したのだ。

何とか身を起こしたけれど、背中は痛むし、くらった攻撃のせいで息が詰まる。
ゲホゲホ…ッと咳き込んだ私に、笑い声がかかる。

「どうです?降参する気になりましたか?」

そんなに止めを刺したければ、さっさと鉄鼠にそうさせればいいのに。
絶好のチャンスの時に、必ず攻撃の手を止めさせる。

「何で、そんなに仲間にしたいの?」
「お祖父様が宝珠の力をご所望だからですよ」
「だったら、殺して奪えばいいじゃない」
「もしも、宝珠を扱えるのが、あなただけだったら困りますからね」

殺せば早いでしょうに、と疑問に思ったから言ってやったら、思いもかけない答えが返ってきた。
察するに、宝珠にはあまりにも不明な部分が多い。
だから、万が一を考えて、扱えるであろう人間は生かしておきたい、といったとこだろう。
もしも、応龍の神子だけが宝珠を扱える、とかだったら…殺してしまったら困るものね。

「お祖父様を主に選べば、あなたは殺される事は無いのですよ?」

清盛を主に選ぶ…?
その言葉に一度目を伏せる。
そして、直ぐに視線をまっすぐと上げると、笑みを浮かべた。
どうやら、惟盛はその微笑みが気に入らなかったようだ。
眉間に皺を寄せている。

「清盛を主に選ぶ?寝言は寝てから言って欲しいわね」
「あなたは…お祖父様までも侮辱するおつもりですか?」
「あなたは知らないから、仕方がないか…」

清盛を侮辱するつもりなんてない。
でも、私は清盛を主に選ぶつもりなんて無い。
だって…

「今の私の主は、頼朝でも政子様でもないわ。私の主は…彼だもの」

刹那、私と惟盛との間に炎の壁が立ち上がった。
そして、私の目の前で揺れたのは緋色の髪。
待ち望んでいた、彼の姿だった―――…。










BACK TOPNEXT
----------------------------------------------------------------
あとがき
毎回毎回、何とも回りくどい事をしておりますが。
それは話が繋がらないから、とかいうわけじゃないですよ?(汗)
いえ、実は半分はそうだったりしますが(ぇ…)
久々に戦闘シーンを書いたら、人間の動きではなくなってしまいました…っ。
ま、いいか。(いいのか?)