music by 煉獄庭園







源氏と平家…
どちらか選べと言われたのならば…
私が選ぶのはきっと―――





源氏と平家





怪異が起きているのは、残りあと一ヶ所。
つまりそれは、あいつが姿を現すまでのカウントダウンが始まったってことだ。

「ええっと、確かこの辺よね」

本日の予定は、清水経由法住寺行きだったんだけど、その前に私はあるところへ立ち寄っていた。
それは、以前唐突に記憶が見えたところ。
比叡へ向かう途中に、通りかかった京の町中。

『可愛い鉄鼠の餌になりなさい』

惟盛の声が聞こえた、あの場所だ。
惟盛が、この場所で鉄鼠に怨霊を喰らわせたのは間違いないだろう。
そう、桜花精と同じように。

「ちょっと覗きますか」

すぅっと深呼吸を軽くして、そっと地面に両手をつく。
意識を集中して、溢れ出した力はもう一度同じ記憶を見せた。

『可愛い鉄鼠の餌になりなさい』
『…ギ…』

にこりと、でも嫌な笑みを浮かべる惟盛。
そして鉄鼠に取り込まれる怨霊の姿。
ぎゅっと胸が締め付けられるような気がした…。

『大分強まりましたね』

惟盛の言う通り、桜花精のときに比べて、ますます巨大化している鉄鼠。
それは、呪詛によって奪われた五行の力によるものと…怨霊の力を吸収したためだろう。
私はギリッと唇をかみ締める。

『本当に人間は愚かな生き物ですね。怪異にばかり気をとられて、私達に気づいてすらいないのですから』

惟盛は、嘲るように声をあげて笑った。
あなただって、以前は人間だったのに…ううん、今だって人間と何ら変わりは無いのに。

『法住寺に戻りましょうか』

私の耳に、待っていた言葉が飛び込んできた。
『法住寺』確かに惟盛はそう言って。
やっぱりと思う反面、意外でもあった。
恐らく、惟盛にとって…平家の立場はどうでもいいのかもしれない。
そうじゃなければ、法皇も手にかけるつもりなのかもしれない。

「本体は法住寺…」

惟盛が鉄鼠とともに消え去った時、私も力を使うのを止めた。
呟いた後も、しばらくしゃがんだままで考えを巡らせる。

皆に報告するのが先か、それとも自分ひとりで行くべきか。
普通に考えれば、報告するのが先だろう。

「だけど、皆がどこにいるのか知らないのよね…」

思わずため息をついてしまう。
何て失態を犯してしまったんだろう。
確かに皆が、三ヵ所のうち二ヵ所の怪異を解決したのは聞いた。
でも、それが何処で起きていた怪異なのか、聞いていないのだ。

「間抜けにもほどがあるっての…」

自分に悪態をついてみたところで、皆の居場所が分かるわけでもなく。
皆を探す時間がもったいない気もするので、一人法住寺へ向かう事にしますか。
皆が怪異を解決して、駆けつけてくれることを期待して。
私一人でも京の町に被害が出ないように、時間稼ぎくらいにはなるでしょ。

だって…全ての呪詛が浄化された瞬間に、惟盛が行動を起こさないとも限らないわけだしね。
法住寺に辿り着くまでに、京の町を襲撃されたり…ましてや、法皇に手出しでもされれば一大事だ。

「嬢ちゃん?具合でも悪いのか?」

ぽん、と肩を軽く叩かれた。
振り向いてみれば、心配そうな顔をする男の人と、その横には女の人。
どうやら、私がしゃがんだまま動かないので、具合が悪いと勘違いしたようだ。

「いいえ、大丈夫です。何でもありませんから」

慌てて笑顔で答える。
周りに目を配らせてみれば、案外そうやって思ってた人が多いみたいで。
ほとんど全員に、『本当に?』って顔をされた。

い、今更だけど…ちょっと恥ずかしいかも。
いや、仕方ないとはいえ…もう少し場所を考えればよかったわ…。
とにかく、恥ずかしい事この上ないので、そそくさとその場を去った。










「どうやら施した呪詛が払われているようですし…そろそろ邪魔者が来ますね」

法住寺のとある一角でそう呟いた惟盛は、とても楽しそうだった。
あの後、迷うことなく法住寺へと向かって、奥へと歩を進めた。
人の寄り付かなさそうな、身を隠せそうな場所を探して。

『へぇ…これなら確かに、簡単には怨霊だって分からないわね』

惟盛の周りには、どうやら何かしらの術が施されているようだ。
パッと見た感じ…というより、しっかり見ても簡単には怨霊だと分からない。
鉄鼠の気配も完璧に消されているし。
誰から見ても、普通の人がそこにいるようにしか見えないのだ。

『でも、私は知ってるんだな。惟盛が怨霊だってこと』

影から隠れて様子を窺いながら、少し苦笑する。
直接会ったのは、数えるほどしかない。
平家へ私が出入りしている頃に、顔を合わせた程度。
それも、彼が怨霊になる前の話だ。

「ふふっ、源氏に目にもの見せてあげましょう」
「残念だけど、それは無理じゃない?」

惟盛は私の姿を見て、ずいぶんと驚いた。
私はそれを気にも留めずに、少しずつ歩を進めて惟盛との距離を縮める。
多少の間合いを取って、そこで歩みを止めた。

「あなたは…」
「久しぶりね、惟盛。ああ、怨霊になってからは初めましてかしら?」
「変わっていませんね。そういう癪に障る物言いは…」
「あなたは変わったわ。昔は虫一匹殺せないような人だったのに」

私は眉間に軽く皺を寄せながら、惟盛を睨んだ。
そんな私に、惟盛は馬鹿にしたような笑い声を上げる。

「あなたは相変わらず、源氏の人形ですか」

私を見る視線も、態度も…全てが私を小馬鹿にしたようなもの。
この人もまた、怨霊になることで現れた強大な力に、惑わされ狂わされた一人なんだ…。

「本当の名前は、でしたか?」
「それが?」
「そう怖い顔をしなくてもいいでしょう。どうです?、平家に寝返るつもりはありませんか?」

一瞬、何を提案されたか分からなくて呆然としてしまう。
寝返るって…。

「嫌よ。第一、清盛が私の持ってる宝珠を狙ってる事くらい、あなたも知ってるでしょう?」

わざわざご丁寧に、狙ってるものを持って行ってあげるつもりはないので。
そんなに親切じゃないわよ。
私がため息をついたら、惟盛が再び声を上げて笑った。

「何が可笑しいのよ?」
「本当に、あなたは何も知らないのですね。応龍の神子」

『宝珠を狙っているのが、平家だけだと思ってるのですか?』
そう語る惟盛の表情は、本当によく清盛に似ていた。
以前、清盛が私に宝珠の話をした時の表情に。

「どういうことよ…」
「昔、平家と同様に源氏も宝珠を追っていたのですよ」

惟盛の話はこういうものだった。
約三年前に、平家と源氏が共に争うように、宝珠を狙っていたと。
そして、宝珠は一族の姫君…つまり私の母親と共に消えた。
それは、小さい頃の私の運命が、繰り返されたということで。

『私は…この世界に二人存在していたんだ…』

私だけじゃない、応龍の宝珠も…この世界に二つ存在していたっていうことだ。
あり得ないことじゃないかもしれない、白龍の逆鱗が…この世界に二つ存在しているように。
逆鱗もまた、望美の持つものと白龍のもの、二つが存在しているから。
十二年前に私が戻ってきた事が、三年前の運命に影響を及ぼさなかったのならば…あり得ないことではない。

ギリッと唇をかみ締める。
三年前、もし私がもう一人存在していると知っていれば…降り掛かる運命を知っていれば、運命を変えられたかもしれない…。

『でも、今となってはもう遅い、か…』

今更、悔しがったって何も変わらない。
第一、同じ人間がいくら歳が違うからと言って、同じ世界に…同じ時空に存在していていいものなのかって感じだけど。
実際に存在していたらしいから、これまた考えたって仕方がない。
逆鱗の力にしても、宝珠の力にしても…私達人間が全てを理解できるわけがないし。
不可思議な事は、多少調べたり疑問に思っても、素直に受け入れるしかないのだから。

「あなたは、三年前のことを何も気づかなかったのですか?」

惟盛の質問に、よくよく考えてみれば…。
いくつか不思議な事があった。
三年前、誰かの討伐だと銘打って、源氏内で騒ぎが起きていた。
でも、その討伐に私は行かなくていい、とそう言われて。
暫くの間休みだと告げられて、外に出る仕事さえも与えられなかった時があった。

「どうやら、思い当たる節があるようですね」

そうだ、今思えば…それは、私を私に会わせないためとしか思えない。
ならば…やはり、源氏が宝珠を狙っていたというのは真実のようで。
そして…頼朝も政子様も、私が応龍の神子だと…宝珠を宿しているのだと知っていたということだ。
それだけじゃない、という存在が、二つあることを…知っていた。
常識じゃ考えられない事だけど、そうとしか思えない。
それに、彼らなら…政子様なら考えられる…。
今だから思うけれど…彼女はどこか、普通の人とは違う気がするから…。

「源氏についていても、いつかは殺されますよ?」
「平家に行っても同じでしょう?」

清盛だって宝珠を狙っているんだから。

「お祖父様は慈悲深いお方ですから。野蛮な源氏と違って、命まではとりません」

にこりと笑う惟盛。
源氏は…政子様は…私が生きていて、宝珠がまだ存在していると知れば…私を殺すだろうか?
きっと…殺すんだと思う。
もしも、あの人が本当に、私が応龍の神子であると知っていたとしたら、きっと宝珠と神子の関係も知っているはずだから。
宝珠が神子の魂と同化していることを…知っているだろうから。

『裏切り者は必要ない…。必要なのは宝珠だけ…』

そう考えるに違いないだろう。
私も、それは覚悟しているから。
でも…まだ、私は死ぬつもりはない…だから生きていると悟られるわけにはいかない。

「源氏の側にいて、いつか殺されるか。それとも平家に寝返り、命の保証をされるか」

『どちらにしますか?』
当然、答えなど決まっているでしょう?といった表情を惟盛は浮かべた。

惟盛は、知らないから。
私が源氏を裏切った事も、死んだ事になっていることも。
そして…宝珠と私の関係を。
だから、その辺りのことは考えの中に入っていないだろう。
今は私は頼朝から離れた場所にいるとは知らずに、宝珠が私の魂同然だということも知らない。
でも…それを考慮したところで、惟盛の言っている事は八割方間違ってはいない。

九郎さんたちの側にいれば、いつかは見つかってしまうだろうから。
それは近い将来かもしれないし、遠い未来かもしれないけれど…。
平家ならば、宝珠を渡す事はできなくても、宝珠の力を貸す代わりに…もしかしたら命の保証はあるかもしれない。

『源氏か平家か…どっちにするか、か…』

私は何かを考えるように、そっと目を伏せて。
そして、まっすぐと頭をあげた。

「私達のもとに来なさい。…」

差し出された惟盛の手。
私はその手をジッと見つめて…そしてゆっくりと、自分の手を伸ばした。




『ヒノエくん…』




心の中で紡いだのは、彼の名前。
そして、浮かんだのは彼の笑顔だった―――…。










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あとがき
何だか時間軸を計算していたら、とっても素晴らしい矛盾が発生してまして。
収集をつけようと、思いついたのが『さんは二人存在していた時期があった』です(汗)
いえ、考えていなかったわけじゃないんですよ?
でも、ちょっと明かすのが早まってしまったという…。
でも、ゲームをやっていて、望美は何故か二人存在しない、っていうのが気になって。
ちょっと、あり得ないだろうけど、こんなことも無いとは言い切れない。
ってなわけで、同じ時空に同じ人が二人いるって、何とも素晴らしい事にしてみました。
それにしても、頼朝たち…宝珠を二つ手に入れようなんて、欲張りですね(笑)(←違う)