music by Happy day
『和議は福原で』
京へ戻った私達に伝えられた夢のような話。
でも…
それは淡い一瞬の…
刹那の夢だった―――…
刹那の夢
『福原で平家との和平交渉が行われる』
京へ戻るなり、私達はそう聞かされて。
ほぼ足を休めるまもなく、福原へと出発した。
「つ…疲れた…」
福原へ張った源氏の陣に着くなり、私は木の陰に座り込む。
一応烏の役目をもらって、姿を隠しても怪しまれないようにしてもらったのだから、当然皆と堂々と一緒に行くわけにはいかず。
一人潜みながらついてくるハメになったんだけど。
これが意外と楽じゃない。
隠れながらついていくのに馬なんて使えず、京から福原まで徒歩。
それも馬に引き離されるわけにはいかないから、これが競歩並みに速くって。
「暫く立てるか怪しい…」
とまで足腰ガクガクになってたり。
馬に乗った生活に慣れすぎて、意外にも足腰が弱ってることに少し悲しくなる。
「それなら、オレの出番かな?」
ふぅ、とため息をついていたら、上から声が掛かった。
見上げれば木の上から私を見下ろしてるヒノエくんがいて。
何で木の上にいるかとか、突っ込みたい事はいっぱいあったけれど。
とにかく
「何の出番なの?」
ということの方が気になった。
「が立てなくなったら、運ぶのはオレの役目だろう?もちろん、抱きかかえてね…」
そう言って、ヒノエくんはストンと私の横に飛び降りてきて。
座っている私の左腕を軽く引っ張ると、もう片手を私の腰へと回した。
「ちょ…ちょっと!?いいからっ…歩けるし!今はどこかに行くつもりもないし!」
精一杯の抵抗と、言葉を返して。
『残念だね』と笑うヒノエくんに、仕返しに一発お見舞いしてやりたい衝動に駆られながらも、それを抑える。
「ねぇ、それより烏って基本的に何をするの?」
照れているのを誤魔化すように、真面目な話題を振ってみる。
でも、ヒノエくんは横でくすくす笑っていて。
明らかに楽しんでいるから、余計に恥ずかしくなってきて。
本当にいつか仕返ししてやろうと心に決めた。
「熊野の烏は基本的に情報収集や、誰かの護衛、熊野の警備が主だね」
「へぇ…そうなんだ」
やってることは、以前の私と何ら変わりは無いんだ、と思いつつ。
それなら、私も他の烏の人と同じように色々と飛び回るべきなんだろうな、と考えた。
だって烏になったからには、私事よりもそっちの事を優先すべきでしょう。
「なら、私も―――…」
「でも、の仕事は違うけどね」
『私もそっちの仕事をやるべきではないか』と言おうと思ったら、その言葉を遮られて。
私のやる事は違うと言われてしまった。
ヒノエくんの言葉に首を傾げる。
烏の仕事が情報収集・護衛・警備が主なのに、私の仕事はそれじゃないと言われれば、当然困るわけでして。
「言っただろ?熊野の烏は、ってね」
ますます訳が分からない。
というか、一体何が言いたいんですか、あなたは?
その口ぶりからして、まるで私が熊野の烏では無いかのようで。
それなら何処の烏なんだと、ちょっとズレたことを考えた。
「はオレの側にいればいい。それがお前の仕事だよ。それだけ守ってれば後は何をしててもいいさ」
「側にいることが私の仕事って…それに後は何をしててもいいって…それはちょっと…」
どう考えても仕事とは言えないような、と続けたかったけれど。
言葉が声にならず、絶句する。
「お前はオレの烏だろ?」
自信たっぷりに笑みを浮かべて、ニヤリとするヒノエくん。
『オレの烏』の意味が分からなくて。
だって、それはつまり熊野の烏ってことではなかろうかと思っていたら、ヒノエくんが再びくすくす笑い出して。
「もう一度言うよ?は『オレ』の烏だろ?『熊野』の烏じゃなくてね」
オレと熊野を強調されて、その意味を理解した時、今度こそ本当に言葉を失った。
要は私は熊野の烏じゃなくて、ヒノエくん専属の烏だというわけなんだけど。
湛快さん!あなたの息子は勝手な事ばっかり言ってますよ!と叫んでやりたくなった。
「さすがにそれは許されない気が…」
「親父には報告済みだよ」
「湛快さん、何て…?」
「『良い案じゃないか。ま、お前の好きにしろ』だそうだよ」
最後の希望を持って尋ねたことも、見事に崩されて。
思いっきり肩をガクッと落としてしまった。
湛快さん…それでいいんですか?と内心涙を流し、この親子には…
というかこの血筋には何を言っても無駄なんだと、諦めるべきか?と思う。
「つまり私は、ヒノエくん専属の烏で」
「ああ」
「だからヒノエくんの側から離れるな、と」
「そうなるね」
「そんなんでいいの?」
「オレとしては願ったり叶ったりだね」
これは、本格的に諦めよう。
ここは一つ、年上の私が大人になって…
というのは、自分への慰めで。
実際は言い争ってみたって勝てる自信がない。
「自由に動けるのは嬉しいから、まぁいっか…」
ちょいと負け惜しみを言って。
実はものすごく『オレの烏』発言が恥ずかしかったりするのだけれど、顔には出さない。
だって…これ以上は悔しいんだもの…っ(泣)
「本当に、素直じゃないね…姫君?」
悪いけれど、その言葉は無視させていただいた。
「どういうことですか政子様!俺達は…和平を結ぶと聞いています。成立しかけた和議を踏みにじって、奇襲をかけろというのですか?」
一際大きく、九郎さんの怒号が源氏の陣に響いた。
周りの兵が皆驚いている。
でも、怒鳴られた本人は全く動じていなくて。
「あらあら、九郎は純真ですこと。古来から和議を進めている時が、一番危ない時期でしょう?こちらの魂胆を見抜けぬようなら、それは平家の方が悪いのですわ」
私は皆のやり取りを…かつての主である政子様を影から黙ってみていた。
平家との和議が…将臣くんが願った平和が脆くも崩されてしまった…。
心臓が握りつぶされるかのように痛い…。
「鎌倉殿の名代として、ご正室の政子殿が出向かれた以上、我々も、てっきり和議を結ぶのかと思っていましたよ」
「まあ、弁慶殿がそう思ってくださるのですもの。平家の方々もそうお思いでしょうね。良かったですわ」
「源氏側で、和議の交渉にあたっていた者たちでさえ、裏切るおつもりなのですか?」
弁慶さんの表情は、いつもの柔らかい笑みなど浮かべていなくて。
あの静かな声の裏には、どれだけの怒りが隠されているのだろう…。
私は知ってる…弁慶さんは政子様にも頼朝にも、笑みを向けた事なんてない。
誰にでも向けているあの表面だけの笑みさえも…。
「信用という手札を失ってまでする、上策だとは思いませんが」
「あらあら、これも鎌倉殿のご温情ですのよ?でも味方に無用の犠牲が出るのは避けたいでしょう?ならば、和議を持ちかけてその隙をついて攻めれば、双方被害は最小限。これは、鎌倉殿のご命令、そして後白河様も同様のお考えですわ」
弁慶さんの声が一段と厳しいものになった。
でも、政子様は気に留めた様子もない。
それどころか、まるで子供を諭すかのような口ぶり…。
「そんな卑怯なこと出来るわけない!」
「こいつの言う通りです!これではだまし討ちだ!」
望美と九郎さんが反対するけれど、政子様はまるで嘲るような笑みを浮かべて。
「お嬢さん?あなたは怨霊を使い、京を襲う平家をお許しになるの?鎌倉殿も、早急な平家追討をお望みです。それが皆のためですわ」
平家は許す事はできない…。
でも、私はそれよりも…あなたの方が許せない…。
皆のため?違うでしょう?あなたの…あなたと頼朝のためでしょう…?
確かに平家は怨霊を使っている…でも一族を守ろうと、あの清盛でさえも必死になって…。
だけど、あなたは人を利用しているだけじゃない…。
一族なんて関係ない、頼朝と自分の二人のために、盤上で手ごまを動かして楽しんでる…。
二人の思い通りになれば、京も民も肉親もどうでもいいんでしょう?
『私も捨て駒の一つだった…』
利用しやすい手駒でしかなかった…。
ずっとそうじゃないか、って思ってはいた。
分かっていて、それでもどこかで…そんなことは無いって期待していた。
今、再びあなたを見るまでは…そう思い込もうとしていた…。
だけど、あなたの今の様子・言葉を聞いていて、あなたは、私達を…あなた達以外の人間を駒としか思っていないって…。
そうとしか思えないんです…。
違いますか?政子様…。
「私は景時に用がありますから、少し席を外しますわね」
そう言って、立ち去っていく政子様の後を私は追った。
私がいい手駒だったように、景時さんもまた二人の良い手駒だから…。
きっと何か命令するつもりで、彼の元へ行くのだと、確信していた。
「ヒノエくん。ちょっと仕事サボってもいいかな?」
政子様の元から戻ってきて直ぐに、私はヒノエくんに声をかけた。
そして、唯一の仕事をサボるときたものだから、怒られるかと思ってけれど
「生田、かい?いいぜ、行って来いよ」
と微笑まれて。
本当に何もかもお見通しなんだって、笑みがこぼれた。
「その口ぶりからして、もう知ってるんだろうけど、生田には知盛がいるの。私は行って話を聞いてこようと思う」
政子様の後を追った先、そこで私は二人の話を盗み聞きした。
『生田の陣は平知盛が守っていますわ。景時、あなたは生田へ向かいなさい』
『九郎たちは…?』
『一ノ谷の陣を落とした後、援護に向かいますわ。それまであなただけで大丈夫でしょう?』
『…御意』
景時さんは決して納得している顔なんかじゃなかった。
きっと、和議が成らなかったことが、辛いんだと思う。
彼も戦の終わりを願う一人だから…。
「今すぐ行くんだろ?」
「うん。政子様が、景時さんに兵を率いて生田に行くように命じたから…戦闘が始まれば話どころじゃなくなっちゃうし」
皆から離れるのは、少し不安だけれど。
戦では何が起こるか分からないから、離れるたびにそれが今生の別れってこともあり得る。
でも、私は皆を信じてるから…だから行ってくるよ。
「景時が…。やっぱりそうなったか」
「本当に何でもお見通しだね。九郎さんたちはそんなこと想像もしてないのに」
「オレは九郎たちと違って、第三者の目で物事を見てるからね」
そうだね、と私は微笑んで。
それは私も一緒。
戦の事よりも、自分の事で動いている私も…どこか傍観者でいるから。
「行ってくるね」
そう一言言って、私はその場をあとにした。
「望美」
「あ、。どうしたの?」
生田へ行く前に望美のところへ立ち寄る。
もちろん、望美が一人でいるところを狙ってだけど。
「こら、私を名前で呼ばないようにって言ったでしょ?」
誰かに聞かれたら大変だしね。
ま、他に人がいないときは問題ないけど。
『あっ。ごめん』と謝る望美に、今は大丈夫だし、気にしないでいいよ。と言って。
「私ちょっと生田に行って来るね。それで奇襲の話だけど…」
「大丈夫。絶対に止めてみせるよ。一ノ谷を別の方法で落とすから、安心して行ってきて」
以前、福原で奇襲が失敗したと話をしてもらった事があった。
望美の知ってる悲しい運命を変えるのに、一番の山場である福原での運命。
心配で来てみたけれど、どうやらその必要はなかったみたいね。
「望美なら、絶対大丈夫。もし九郎さんが文句を言うようなら、殴ってでも止めさせなさいね?」
「もちろん、九郎さんには悪いけど。も、知盛に何してもいいから話を聞き出すんだよ?」
「当然!」
二人してサラッと怖い事を口にして。
お互いにニッと笑みを浮かべて、『うん』と頷いた。
「知盛様、どうやら源氏の軍が動き出したようです」
「クッ…。どうやら還内府殿の思惑は外れたようだな」
『まぁ、和議が成るとは思っていなかったがな』そう言って、知盛は嬉しそうに笑った。
この人にとっては、きっと戦が全てなんだろう。
戦の中にいて、生きていると実感できる。
一度だけ剣を交えた時にも、そう感じた。
『さて、忍び込めたのはいいけれど、この先どうしますかね』
ずっと探していた答えが、目の前にあるというのに、至極冷静な私の頭。
いや、目の前にあるからこそ冷静なのかもしれない。
そうそうないチャンスを無駄にはできないと。
「それで、お嬢さんは何用か?」
少し距離があるにも関わらず、知盛の視線が私へと向いた。
平家の陣に女の人がいるわけがなく、どう考えても『お嬢さん』というのは、私しか考えられないのだけれど。
それでも、そんな風に呼ばれるほど子供じゃないんですけどね?
と変なところに怒りを燃やした。
「気づいていたわけ、か」
あの時の福原以来…。
二度と会いたくないと思っていたけれど…
あなたが答えを持っているなら、そうも言っていられない…。
私が姿を現すと、周りが一気に緊張に包まれた。
そして、私の心も…。
緊張と期待で…心臓の鼓動が大きく激しくなっていく…。
あなたは私の望んでいる答えを…くれるだろうか―――…?
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あとがき
久々に知盛登場!
この連載にあまり知盛がでてこないんで、いつか知盛の話を書きたいなと。
でも考えてるだけで、いつになるか分からないという(殴)
ちなみに、政子と九郎・弁慶さんのやりとりは、かなり記憶に頼ってますので、捏造が多々(苦笑)
やっとゴタゴタした部分から抜け出して、少し落ち着いた話が書けるかな?と思いますが…
さんのお母さんの話とか、宝珠の事とかが完璧に解明されるまで、またどっかでゴタゴタするんだろうな…。
おっ恐ろしい(汗)文章力&表現力がないのがバレてしまう!
とっくにバレてるのは、言わないお約束!