music by 我楽
『幸せになりたい』
『彼氏がほしい』
『賢くなりたい』
願い事は人それぞれ。
私の願いもまた、人とは違う。
あなたの願いは一体何だろうね?
願い事
「我ながら、結構思い切って切ったわね」
自分の髪を一房摘みながら、ちょっと感心してみる。
右手には短刀を持ち、周りにはいらない懐紙を適当に敷いて。
髪を切る準備万全。
「さすがにこのままじゃあね」
と少し苦笑い。
適当に掴んで切り裂いたから、ちょっとこれは整えないとまずい気がする。
今更、女だからとか言うつもりはないけれどね。
人様に見せられる程度には整えておくべきだろう。
「姫君は一体何をやってるんだい?」
突如どこからともなく現れたのはヒノエくん。
何って言われてもねぇ。
「髪のカット?」
見たままで答える。
しかも、現代用語で。
「かっと…?」
「えっと、まぁ…切るってことだよ。髪を少し綺麗に切ろうと思って」
望美たちに会う前は、現代用語なんて使わなかったけど。
だんだんと影響されて自然と使うようになった。
とは言っても、7歳までの記憶に残ってる単語だけだけどね。
「へぇ、自分でやるつもりなのかい?」
「え?ああ、まあね。だって、望美は上手く出来ないって言うし、朔はちょっと抵抗があるみたいだから」
一応自分でやるのもどうかと思って、二人に頼んでみたんだけどね。
望美はハサミならなんとかできると思うけど、刀だと自信がないって言うし。
朔は、自分が髪を切った時を思い出すから、ちょっと…って。
「他の奴らには?」
「他の皆に頼むと不安だもの。特に九郎さんは手先不器用そうだし。もっと遠慮したいのは、弁慶さんね。ほら、何か余計なことされそうじゃない?もっと短くされたりとか」
で、他の面々も色々と問題ありだと判断して。
結局自分で切ろうという結論になったわけ。
「ま、少し整えるだけだから自分で出来るかなって」
「オレがやってやるよ」
…。
……。
………。
「遠慮します」
暫く呆然と黙りこくった後、ニッコリと断ってやった。
だって…実を言っちゃえば、望美と朔以外に頼まなかったのは、別の理由があるから。
基本的に、男の人に髪を触られるのって遠慮したいんだもの。
何か変に緊張して、髪を切られてる場合じゃないっていうか、何と言うか。
「でも、自分でやって失敗したらどうするんだい?」
「う…」
確かにヒノエくんの言う通り、失敗したら恐ろしい。
それを修正しようと、どんどん短くなるのがオチ。
「で、でも…ヒノエくんが失敗しないとも限らないし…」
なら自分でやって失敗したほうが諦めがつく。
人のせいにしなくて済むし。
でも、ヒノエくんは自信ありげな笑みを浮かべた。
「オレが失敗するように見えるのかい?まずそんなこと有り得ないね」
有り得ないとまで言い切りますか。
他の人が言ったら嘘八百、って感じがするんだろうけど…
彼が言うと、そう思えてくるから不思議だ。
「ほら、じっとしてろよ」
ヒノエくんはそう言うと、私の右手から短刀を取り上げる。
「え?ちょ…ちょっと…っ」
まだいいって言ってないし。
一人で軽いパニックに陥る。
「動くなって」
「…はい」
威圧とは言わないけれど、いつものちゃらちゃらしてる時の声色とは違った声で言われて、少しドキッとした。
普段と真剣な時とこうも声色が変わると、ね。
ザッザッ、と髪の切られる音がする。
「ねぇ、何かすごく自信満々そうに思い切って切ってるけど…大丈夫?」
何も考えずに適当に切ってない…?
と少し不安になって尋ねてみる。
「安心しなよ。前より可愛くしてあげるからさ」
ふふっ、と後ろで笑い声が聞こえる。
可愛く…?
いやいくらヒノエくんでもそれは…無理じゃない?
「普通に考えて、素が良くないからそれは無理じゃないかと」
そう言えば、ピタッとヒノエくんの手が止まった。
どうしたのかと思えば…
ヒョイッとヒノエくんが私の顔を覗いた。
「何…?」
そんなジロジロ観察しないで頂戴…(汗)
っていうか、顔が近い…っ。
整った顔が…眩しいから!
「へぇ…自覚無し、か」
突然ニヤリとヒノエくんが笑った。
自覚…?
自覚って…
「何の?」
訳が分からずに聞き返す。
ヒノエくんは均整な顔立ちしてるんだって事を…分かってないってこと?
いや、でもそれは十分理解してますけど。
それに、それは自覚とは言わないか。
「十分可愛いと思うぜ?オレなら、に一目ぼれすると思うけどね」
「何言ってるんだか…」
からかわれてるとは分かっていても、思わず顔が赤くなる。
全く、そういう事言う相手は選びなさいって。
私は、ヒノエくんの望むような可愛い反応は無理ですよ?
「第一『オレなら』って言うけど、実際に一目ぼれしてないんだから説得力ないですよ?」
からかわれてるのが分かってるから、私も本気には返さない。
「それに、前にも言ったけど一目ぼれの相手は違うでしょ?」
「前にも聞こうと思ったけどさ、その一目ぼれの相手って誰の事を言ってるんだい?」
「誰って…望美でしょ?」
不満そうに眉を少し寄せて、ヒノエくんが尋ねた。
私はその問いにきょとんとしてしまう。
誰って…望美に決まってるのにね。
自分のことぐらい忘れないでよ。
+++++++++++++++++++++++++
「で、でも…ヒノエくんが失敗しないとも限らないし…」
自分で髪を整えようとしていたに、オレがやってやる、と言ったら…
は焦ったように断った。
「オレが失敗するように見えるのかい?まずそんなこと有り得ないね」
オレが失敗するかもしれない、という言葉に少しムッとしたのは事実。
まぁ、そんなこと顔には出さないけどね。
「ほら、じっとしてろよ」
「え?ちょ…ちょっと…っ」
オレがの手から短刀を取り上げたら、彼女は更に焦りの色を濃くした。
「動くなって」
「…はい」
オレの手がの髪に触れる。
オレとは違って、ほとんど癖の無い髪は細くてサラサラしていた。
「ねぇ、何かすごく自信満々そうに思い切って切ってるけど…大丈夫?」
「安心しなよ。前より可愛くしてあげるからさ」
不安そうなに笑って答える。
オレを信用しなよ。
が髪をオレ達の前でバッサリ切った時には、正直驚いたけどね。
「普通に考えて、素が良くないからそれは無理じゃないかと」
その言葉にオレは手を止めた。
ヒョイと顔を覗けば、一体何の用かと驚きの表情。
「何…?」
「へぇ…自覚無し、か」
「何の?」
オレが笑みを浮かべたら、は眉間に皺を軽く寄せた。
本気で何が何だか分かっていない表情。
普段は変に鋭いくせに、こういう時だけ鈍感なのか…
それとも分からないフリをしているだけかい…?
「十分可愛いと思うぜ?オレなら、に一目ぼれすると思うけどね」
「何言ってるんだか…」
は頬を染めながらも、本気だとはとっていないらしい。
オレは十分本気だけど、ね…?
「第一『オレなら』って言うけど、実際に一目ぼれしてないんだから説得力ないですよ?」
そう言って笑って。
どうしてオレがに一目ぼれしていないと言い切れるのか。
「それに、前にも言ったけど一目ぼれの相手は違うでしょ?」
「前にも聞こうと思ったけどさ、その一目ぼれの相手って誰の事を言ってるんだい?」
「誰って…望美でしょ?」
前にも言われたこと、その意味を聞こうと再び問いかければ、予想外の言葉が返ってきた。
どうしてオレの一目ぼれの相手が望美になるのか。
「はっきり言うよ。それは違うぜ?第一どうしてそう思うんだい?」
「どうしてって、勝浦は噂で持ちきりだったよ?『熊野別当は白龍の神子に一目ぼれした』って」
は『ヒノエくんも知ってるでしょ』とオレを見つめた。
確かにその噂は知ってるけれど…
まさかがそれを本気にしていたなんて。
「ほら、よく言うじゃない。火の無いところに煙は立たぬって」
ピッと人差し指を立てて、は『ね?』と笑った。
確かにその噂の全てが間違いではないけど。
でも、全てが本当ではない。
オレが一目ぼれしたのは『白龍の神子』じゃないんだけどね…。
「オレが一目ぼれしたのは…お前だよ。」
その言葉を聞いた瞬間、が一瞬固まった…。
+++++++++++++++++++++++++++++
「オレが一目ぼれしたのは…お前だよ。」
その真剣なヒノエくんの瞳に、一瞬ドキッとした。
「なっ…何言ってるの?」
思わず声が上擦ってしまう。
「オレは十年前のあの時からずっと、の事が忘れられなかった」
十年前…。
その言葉に少しだけ笑みがこぼれる。
「やっぱり、それでもヒノエくんの想ってる相手は私じゃないよ?…前にも言ったよね?間違えないでって…」
ヒノエくんは言われている意味が分からないようだ。
「どういう意味だい?」
「ヒノエくんの想ってる相手はね、私であって私じゃないの」
「であってじゃない?」
「そ。ヒノエくんが十年前に会ったのは、今の私じゃない。昔の私と…今の私はまるで別人でしょう?」
だから、ヒノエくんが想ってるのは昔の私の方。
あなたの興味を引いたのは、他でもない昔の私。
「つまり、オレが想ってるのは昔の姫君ってことかい?」
私は静かに頷いた。
「違うね」
「え?」
「オレが想ってるのは、昔のお前でも今のお前でもないぜ?」
ヒノエくんはそう余裕そうないつもの笑みを浮かべた。
昔の私でも、今の私でもない?
なら他にどんな私がいるというのか?
「オレが好きだと思っているのは、自身だよ。昔のお前だけでも今のお前だけでもないぜ?」
「私自身を…?」
私は信じられないといった顔をした。
その表情を見て、ヒノエくんが少し苦笑した。
「どうやら、信じ切れないみたいだね」
信じろって方が無理だと思う。
彼が嘘を言ってるとは思えないけれど…
彼が、昔の私も今の私も…その両方が私だと言ってくれてるのは分かるけれど…。
でも、昔の私を、私自身が自分だと思っていないのに…
「少なくともオレはそう思ってるぜ?だから、こそ間違えるなよ?」
『現在も過去も、全てひっくるめて自分だってことをね』と、ヒノエくんは笑って。
再び私の髪に手をかける。
「…うん」
どうにも、ヒノエくんと会話してると色々考えさせられるのよね。
それに後ろ向きとは言わないけど、足踏みしてた考えを前向きにしてくれてるような…
背を押してもらってるような感じになる。
暫く二人とも無言で…
ヒノエくんも取り立てて話しかけようとはしなかったし
私も黙って空を見上げてた。
さっきまで夕焼けだった空は、すでに星が出ていて。
改めて日が落ちるのがだんだんと早くなってきたな、と実感する。
「あ、流れ星」
思わず出た言葉。
流れ星かぁ…。
久々というか、初めてみたかも。
「ね、ヒノエくん?」
「なんだい?」
「ヒノエくんの願い事って何?」
ちょっと興味本位で聞いてみたくなった。
ヒノエくんってどんな願い事があるんだろう?
ん〜…彼女がほしいとか?
でも、彼の場合女の子には不自由しなさそうだから違うだろうし。
「は何だと思うんだい?」
「ヒノエくんの願いかぁ…。熊野の平和とか…あ、弁慶さんと仲良くなりたいとか?」
どうにも浮かばなくてすごく適当な事を言ってみる。
「オレが弁慶と?冗談キツイぜ」
「そう?結構仲いいと思ってるんだけど。少なくとも、弁慶さんはヒノエくんのこと大事に思ってると思うよ?」
ヒノエくんが背後で思いっきりため息をついた。
それもかなり嫌そうに。
それに私は少し苦笑する。
「突然、どうしてそんな事を聞いたんだい?」
話題を変えた辺り、本当に触れられたくないらしい。
それが本当に弁慶さんを嫌ってるのか、ただ単に照れ隠しなのかは分からないけど。
でも多分後者だろうな、と勝手に解釈する。
「流れ星が流れきる前に三回願い事が言えたら、その願い事は叶うんだって話思い出してね」
「それなら、の願い事をぜひ聞いてみたいね」
私の願いかぁ。
少し答えに詰まった。
言っていいものなのか、どうなのか測りかねて。
「私の願い事は…秘密。いつか教えてあげるよ」
「どうしてもかい?」
「どうしても。女には秘密が多いのですよ」
ふふっと笑えば、ヒノエくんが『参ったな』と小さく呟いた。
「オレにはいつか全て明かしてくれるんだろ?俺だけに、ね…」
「さぁどうだろうね?」
そうだな…
もしも願いが叶う時が近づいたなら、教えてあげてもいいかな。
でも、きっと…ギリギリだけどね。
絶対怒られると思うし。
ヒノエくんの手が私の髪をスッと梳く。
それも何度も何度も。
その行為に首を傾げる。
「ヒノエくん…どうかした?」
「いいや、何でもないよ」
振り向いた私に、ヒノエくんが微笑んだ。
「嘘。何かありますって顔に書いてあるよ?」
「大したことじゃないさ。ただ、本当に癖のない髪だね」
「これ?ん〜…癖が無さ過ぎるのが、逆に癖かも」
意味の分からない言葉遊びのような答え。
でも、これは一番的確な表現。
ストレート過ぎて、縛っても何をしても直ぐ解けちゃうし。
「ヒノエくんの髪が羨ましいよ」
ふわふわしてて、触ると気持ちよさそうだし。
緋色も綺麗な色だと思うし。
「オレはの髪が羨ましいけど?」
癖があると色々大変なんだぜ?とヒノエくんは笑った。
でも、ヒノエくんの場合、癖と言うには綺麗過ぎる。
「無いものねだりってことかな?」
「そういうことになるね」
二人で顔を見合わせて。
「終わったよ」
そう言われて周りを見れば、結構切られてるような…?
と思ったけれど。
触ってみれば、意外と短くはなってないみたい。
「ありがとう」
「どういたしまして。またいつでも言ってくれればやってやるよ」
本当はその申し出が嬉しかったくせに
次があればね、と照れ隠しでそんな答えを返す。
「だから、他の奴に頼むなよ…?」
耳元で囁かれて、一気に体温が上昇する。
「―――…っ」
その場のゴミを急いで片付けて
私は急いでその場を去る。
これ以上赤くなる顔を見られるのが恥ずかしくて。
「お、おやすみ!」
そういい残して。
部屋に戻ってバンッと障子を閉めて、その場にずるずると座り込む。
『オレが好きだと思っているのは、自身だよ』
『だから、他の奴に頼むなよ…?』
「参ったなぁ…」
まだ熱の引かない顔をうつむかせて、一言つぶやいた。
好きだという言葉を信じ切れないと言ってはいても…
私は確実に、彼に惹かれているんだ…。
ただ信じると、好きだと言えないのは…
私が臆病なだけ。
好きな人に…大切だと思った人に…
裏切られるのが怖いだけ―――…。
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あとがき
ヒノエに髪を切ってもらいたい!っと思ったお馬鹿な発想から出来たのです。
ヒノエって手先器用そうですよね?
でも、私は男の人に髪を触られるのが苦手です。
切ってもらってる間中石と化します。
ええ、そりゃもうゴルゴン(こいつの目を見ると石になるっていう怪物?ですね)の目を見たかのごとく。
話しかけられたって無視です、というか耳に届いてません。