music by remair
『、忘れないでね?お母さんは―――…』
お母さん…?
何?何を忘れないで欲しいの?
尋ねても、ただ黙って母は微笑んで…
微笑んでいた顔が、泣き顔へと急変した。
『お前なんかいないほうがいいのよ!アンタがいるから、私は…ッ!!』
譲れない想い
「―――…っ!!」
突如目が覚め、ガバッと身を起こした。
ハァハァと肩でしている息の音だけが静かに響いている。
「ゆ、め…?」
辺りを見回してみても、さっきまでいた母はいない。
ただ薄暗い部屋が広がっているだけ…。
私は…一体なにを…?
どうして布団に寝かされているの?
私の脳裏に自分の身に起こったことが甦ってくる。
ヒノエくんを助けたくて…望美と3人で戦って…。
そして…
そうだ…っ!
私は急いで左胸を覗いた。
私は撃たれたはずだ。
間違いなくあの時、心臓を…。
「無い…」
でも、どんなに凝視したって触ってみたって、どこにもそんな傷はない。
…。
何で?
どうして跡すらないのよ?
それに…ここ何処?
どう見たって、私の知ってるところじゃない。
というか、知らないって言うよりは、こんなところ至る所にありすぎて何処だか分からないと言ったところだ。
家具や几帳一つ無い部屋に、無造作に布団だけがひかれている。
こんな畳の部屋はどこにだってあるから、何か目印になるものが無いと、全てが同じに見える。
「まさか…!」
思わずハッとして障子を勢いよく開ける。
私を撃ったのはあの時のヒノエくんの言葉からして、間違いなく景時さんのはずだ。
ならば…もしかして此処は源氏の屋敷ではないか?と焦ったのだ。
スパンッと開かれた障子の向こうに広がっていたのは、見覚えのある庭。
でもそれは、源氏の屋敷のものでは無かった。
綺麗に並べられたさまざまな大きさの石。
池で何かが撥ねる音。
丁寧に整えられた木の数々。
間違いなくここは熊野本宮だ。
どういうこと?と疑問が多々浮上してくるが…
一人で考えてたって分かるわけがない。
ここが本宮なら皆いるはずだ。
皆に話を聞くのが一番早い、と適当な方へ足を進める。
出払ってなければ、どこかの部屋にいるはずだ。
『…俺は…で…』
『でも…は…』
『…が…ない…』
暫く廊下を進んでいくと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
どうやら、話し合いの真っ最中らしい。
それに、気配の数からして全員いるみたい。
話の邪魔をしてはいけない、と一応気配を消してその部屋に近づく。
部屋の前にいって、障子に手をかけようとした時、会話の全てがはっきりと聞こえた。
「確かにそれしかないのかも知れませんね」
「ああ…は置いていく」
思わず手が止まった。
今なんて言った…?
私を…
置いていく…?
「どういうことですか?」
静かに言った私の声に、障子の向こうの空気が固まった。
誰かの息をのむ音が聞こえた気がする。
バタバタと足音がして、目の前の障子が勢いよく開かれた。
「…」
驚いたような九郎さんを私は見上げた。
静かに怒りを込めて…。
九郎さんの向こうで、皆が冷や汗を流しているのを感じた。
「もう一度聞きます。私を置いていくとは、どういうことですか?」
とりあえず部屋に入れられて、座らされた私。
皆の間に暫く流れていた沈黙を破ったのは私の声だった。
バツが悪そうに、九郎さんが顔を背ける。
「その言葉の通りだ」
言葉通り…。
置いていくという言葉の意味は分かってるんです。
私が聞きたいことは違うんですよ?
「そんな事は聞いてません。そういう考えに行き着いた理由を聞いてるんです」
置いていくと言われたことを悲しんでる場合じゃない。
置いていかれるのを黙って見過ごすわけにはいかない。
どうして生きてるのかとか、本当はそれを聞くために来たけれど…
実際生きてる今は、そんなこと後回しでいい。
物事には優先順位というものがあるんだから。
「私は…必要ない、という事ですか…?」
思わずその言葉が出てきてしまった。
さっき見た夢が…母の言葉が思い出されて…。
お前なんていないほうがいい、そう彼らも思っているの?
「九郎、僕から説明します」
説明に困っている九郎さんを制して、弁慶さんが私を真っ直ぐと見据えた。
少しもその顔は笑みを浮かべていない。
それはきっと、彼が九郎さんと同じ考えを持っているから…。
「ヒノエと景時から全て聞きました」
弁慶さんが言ったのは、本当に全てだった。
私が清盛の暗殺を失敗した事。
それを理由にして、政子様に私が逆らえない事をいいことに、ヒノエくんの暗殺を命じられた事。
そして、私が政子様を裏切ったということ。
全て。
「さん、きみは死んだことになってるんです」
全てを知られた事よりも、何より衝撃だったのはその言葉。
私が…死んだ事になってる?
「それは…私の傷が消えてる事に関係があるんですか?」
死んだ事になってる、と言う事は…
私は一度死んでると言う事になる。
「ええ…。それは景時に直接説明してもらった方が早いでしょう」
指名された景時さんは、少し困ったような笑みを浮かべていた。
「ちゃん、魔弾って分かる?」
「それって、以前に言ってたものですよね?気絶させる程度の衝撃がどうのっていう…」
傷つけるほどの威力や、殺傷能力は無いけれど…相手を気絶させて逃げる時間を稼げるんだって、景時さんが言ってたような。
「そう、それにちょっと陰陽術を応用したんだけどね」
「応用?」
「うん。簡単に言っちゃえば、ちゃんを魔弾で撃って…着弾と同時に撃った箇所が赤く染まったように見せたんだ」
あの…難しいんですけど?
簡単にって…全然簡単じゃございませんが?
「もしかして、陰陽術の応用って色をつけるってことですか?」
「まあね。そんな感じかな。実際に色をつけてるってわけじゃなくて、色が付いたように見えてる幻なんだけどね〜」
「はぁ…」
なんか、陰陽術の知識の無い私は少し理解に苦しむけど…。
とりあえず、本当に撃たれたわけじゃないってことで、よしとしときましょう。
うん、難しい事は重要なところだけ分かればOKってことで。
「景時がきみを撃ったところを見たのは、ヒノエと望美さん。それと…」
「生き残った奴らですね」
ちゃんと生き残った者がいるはずだ。
これでも一応手加減したのだから。
というか、ほとんどが重症でも死んではないはず。
「奴らが報告して、それを聞いた頼朝も政子様も私が死んだと思う。心臓を撃たれて生きてるはずが無いからと…。そういうことですよね?」
だから、私は死んでる事になってる。
そういうことだ。
「ええ、きみが賢くて助かりますよ」
裏切った私は間違いなく二人によって殺されてしまう。
だから、そうならないように…私が死んだと見せかけた。
そういうことなんだろう。
「これで分かっただろう?死んだはずのお前を戦場に連れてけばどうなるか」
「九郎さんたちは裏切り者とされ…私は再び命を狙われることになる…」
「ああ」
だから、私を連れて行けないと…そういうこと?
私は…皆を守るために政子様を裏切ったというのに…
それなのに、一緒にいられなくなる?
そんなのってない…っ。
「私は…」
一緒に行きたい…。
ヒノエくんのことが落ち着いたからと言って…まだ九郎さんのことは片付いてない。
いつ新しい刺客が送られてくるか分からない。
きっと、その刺客は私のように暗殺の術を身につけた者だろう。
なら、私が一番その手の内に感づく事ができる。
ヒノエくんの事だって、報告の際に一緒に彼の正体を報告されれば…まだまだ狙われる可能性はある。
まあ、それはきっと平家との戦が終わってからだろうけど。
彼が九郎さんといる限りは、源氏に水軍を協力させる可能性があるしね。
「姫君には暫く、熊野に身を潜めてもらうよ」
「そんな…っ」
「もう、皆に話はついてる。親父も協力するから安全だよ」
安全…?
そんなことどうでもいい。
私の安全なんて…。
私はただ…皆の側で、皆を守りたい。
「嫌だよ。私は何が何でもついていくから」
「!?」
九郎さんが怒ったように声を上げた。
何を言い出すんだと、なぜ分からないといった顔。
分かってる…。
私だけの問題じゃない…
私がついていくことで、守りたいと思う皆を危険にさらすってこと…
ちゃんと分かってる。
「九郎さん、源氏の兵は私の顔をまだ知らないよね?」
私はまだ、兵と共に行動した事なんてない。
三草山の戦も一緒に行ってないし、政子様と一緒にいるときも一般兵とは顔を合わせた事なんてないから。
源氏の中で私の顔を知ってるのは、数えられるほどしかいない。
「なら、問題は政子様と頼朝、それと私の顔を知ってる者にばれなければいいわけだよね?」
九郎さんたちを除外すると…
残りはせいぜい頼朝と政子様、それと生き残って私の事を報告しに戻ったであろう者たちだけ。
「それはそうだが…。ばれない保証はない。兄上と政子様は今はまだ戦場に顔を出してはいないからいいとしても、生き残った者が戦場に現れないとは限らないからな」
「彼らはもう、戦場に来ることはないよ」
「なんだって?」
来る事なんてない。
いくら邪魔者が入ったからといって、命令を遂行し損ねた彼らが…見逃されるはずがないから…。
『頭領』
何処からとも無く聞こえた声。
声はするが姿はなく、気配も…ほんの僅か。
場所を特定するにはいたらないほどの気配は…間違いなく烏だ。
「なんだい?」
ヒノエくんはその声に、視線を向けるわけでもなく答えた。
『急ぎ報告致します。頭領を襲った者達、全員の遺体が沖よりあがりました』
「何だって!?」
その報告に驚いたのは九郎さん。
ヒノエくんは『そうか。下がっていいぜ』と至極冷静だ。
きっとこうなる事を予想していたんだろう。
そして当然、私も冷静だった。
「聞こえたよね?これで私の顔を知る人は、戦場にまだ来てはいない二人だけになった」
「だから、連れて行けと言うのか?お前は」
「私も自分の行動を無駄にしたくないから」
意を決して政子様を裏切って…
あなた達を守ろうと決心したのに…
それを無駄になんてしたくない。
「だが…お前の姿を少しでも見られたらどうする?兄上たちにお前がわざわざ近寄る事はないと思うが、二人が一瞬でも目撃しないとは言い切れないだろう?」
「確かに、二人が戦場に顔を出した時…目撃されないとは限らないよね」
「なら…」
「でもそれは一瞬のことでしょ?」
私は絶対に彼らの目の前に顔をさらけ出すようなヘマはしない。
一瞬たりとも目撃されない自信もある。
「本当なら、その一瞬さえ目撃されない自信はあるよ。でも、万が一ということに不安を持つというなら…一瞬では分からなくするだけの話」
皆の視線が集まる中、私は短刀を一つ取り出した。
すっと鞘から抜き取る。
「…、何を!?」
「こうするの」
ザッと音がした。
私の手には、切り裂かれた髪の束。
背中まであった私の髪は、ほんの少し朔より長い程度の長さになっていた。
「これで、遠目にパッと見ただけじゃ私だって分からないよね?」
呆然としている皆に、にっこりと笑ってやる。
この時代、髪をここまで短く切るのは尼となる時だから…。
驚くのも無理はない。
「無理を言ってるのは分かってる。皆を危険にさらす事だって理解してるよ?でも、私は皆と一緒に戦いたい。仲間でいたいの…。だから…私を信じて欲しい」
髪を切ったことだって、気休め程度でしかないことも…分かっているけれど。
それでも、絶対に私が生きてると二人に知られない、という私の言葉を…
どうか信じてほしい。
「分かった…。お前がそこまで言うならいいだろう」
「全く、さんには負けますよ。昔から言い出したら聞きませんしね」
「オレは、そういうところが姫君のいいところだって思ってるぜ?姫君がついて来てくれるほうが、俺としては嬉しいね」
九郎さんも弁慶さんも、やれやれと苦笑した。
ヒノエくんは事の重大さが分かってる?
分かってるんだろうけど…顔には出さないあたり、彼らしい。
「他の皆は…いいの?」
と辺りを見回す。
3人は了承してくれたけれど、他の皆は?
だって、自分達の命に関わる事かもしれないんだもの。
ちゃんと全員から許可をもらえないと、ついてはいけない。
そこまで無責任じゃない。
でも皆は不安そうな私に微笑んでくれた。
『もちろん』
『当たり前でしょう?』
『いてくれた方が心強いですし』
『ちゃんを信じるよ』
『私も異論はない』
『お前の選択ならば』
『私もがいた方が嬉しい』
と皆さまざまな言葉を言って。
私は彼らに在り来たりだけれど、ありがとうの言葉しか出てこなかった。
ついて行っていいといってくれて…
信じると言ってくれて…
本当にありがとう。
「、もう一つはっきりさせておく」
望美に抱きついて喜んでいた私に、九郎さんが咳払いをした。
何?と顔だけ振り向けば…
不機嫌そうな顔。
まだ何か問題があるのか?と不安になった。
「お前を必要ないなんて思ったことは一度もないからな」
意外な言葉が出てきた。
照れたような怒ったような表情で顔を背けた九郎さん。
「もしかして…私が必要ないのか?って言った事…気にしてくれてたの?」
意外だった。
そんなこと微塵も気に留めてないのかと思ってたから…。
「当たり前だろう?気にしないほうがおかしい」
思わずポカンとしてしまう。
えーっと…
何を言ったらいいか、瞬時に思いつかなくて…
でも、九郎さんの顔を見ていたら笑いが込み上げてきた。
「何が可笑しいんだ?」
不満そうな九郎さんの声。
いやいや、すみません。
別に九郎さんが可笑しいというわけじゃないというか…
でも九郎さんが可笑しいというか…。
とにかく、そうやって気にしてくれるのが意外で、それが嬉しくて。
笑いが込み上げてるだけで。
「何でもない。ありがとう、九郎さん」
「私達ものこと、必要だと思ってるよ!九郎さんだけじゃないんだから!」
望美が頬を膨らませて抗議した。
一体何に敵対心を燃やしてるのか。
「分かってるよ?望美も皆も本当にありがとう」
もう一度お礼を言って、微笑んだ。
「おっと姫君、忘れないでもらいたいね。一番お前を必要としてるのは、オレだぜ?」
「またそういう事を平気で言うんだから…」
「オレは本気だけどね…?オレにはお前が必要だよ?」
耳!
耳元で囁かないでちょうだい!
今度こそ本当に心臓が止まってしまうわ(泣)
「そういうことにしておくわ…」
顔が熱くなってるのが分かるけれど…
精一杯気にしてない風を装う。
「全く、本当につれない姫君だね」
「つられても困りますし。つられるつもりもないですから」
わざとらしく敬語で話してやる。
その言葉にヒノエくんは微笑んで。
結局は何か負けたような気がした。
でもね…
一番とか何とかいう言葉は放っておいて…
必要だと言ってくれたのは本当だろうから…
素直に嬉しかったよ―――…?
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あとがき
えー…無駄にだらだらと書いてしまった一品。
でも、今回の話の内容からしてきっと書き直しても変わらないというわけで…
書き直さずにUPすることにしました(ぇ…)
しかも終わり方が適当という。
ヒノエ夢なのに、ヒノエと絡まないし。
次の話はヒノエと絡んでもらおうかなと思って…
きっとこの話を無かったことにするために、さっさとUPするんだろうなと。
きっと明日には次の話がUPされてるかと。