music by 煉獄庭園







分かっているよ。
避けているのは私の方…。
あなたは何も変わっていない。
私を避けてなんていない。
ただ、私があなたに避けて欲しいと…
そう願っていただけ―――





繋がれた手





「じゃあ、俺はここまでだな」

本宮の入り口一歩手前で、将臣くんがそう言った。
そっか…始めからその約束だったものね。
『俺も本宮に用があるんだよ』って。
それで、本宮までは一緒に行こうって話になったんだけど。

「将臣くんの用事が終わるまで待っててもいいよ?」

望美はまた離れるのが嫌みたい。
待ってるから一緒にいようよ、と言っている。

望美は知らないから仕方ないんだけど…
将臣くんも、平家として協力要請に来たんだろうし…ちょいと困るわよねぇ。

「いや、遠慮しとくぜ。いつまでかかるか分からないしな。お前らも早く用事済ませろよ」
「また、会えるよね?」
「当たり前だろ」

不安そうな望美を宥める将臣くん。
その光景は、見ていて微笑ましい気持ちになる。
望美と譲くんが、将臣くんを心配していたように…やっぱり将臣くんも、二人のことを心配していたんだ…。

心配してくれる人…か。
少しだけ、羨ましく思えてしまう…。

「望美、大丈夫だよ。生きてれば絶対会えるからさ。それに、将臣くんの場合殺しても死にそうにないしね」
「おいおい…お前、一体俺を何だと思ってるんだよ?」

私の言葉に、将臣くんが不満そうな声を出した。

「これでも褒めてるんだけど?この世界で一人生き残って来れたんだから、もう簡単には死なないでしょ」

ねえ?と近くにいた譲くんに同意を求めれば…
『そうですね。兄さんなら大丈夫だと思います』と深く頷いた。
ほら、弟からのお墨付きもあることだし。

そのとき、望美が突然プッと吹き出した。
皆の視線が望美に向く。

「なんか、が言うと大丈夫なような気がしてきた。そうだよね、将臣くんなら大丈夫だよね」
「そうそう」

笑いを堪えてはいるのだが、それでも望美の目には涙が溜まっていた。
涙が出るほど、可笑しかったかな?
将臣くんも『もうどうにでも言え』と諦めモードだ。

「いいじゃない、信用されてると思えば」

私の言葉に将臣くんが口を開きかけたが、何も言わずに止めてしまった。
しかもその表情は、『お前に何を言っても疲れるだけだ』と言わんばかり。
ものすごいため息をついて、軽く額を小突かれた。

痛いって!
男の人の手って、ごつごつしてて当たっただけで痛いんですよ!

「じゃあな」

と将臣くんは一人先を進んで行った。
私はその後姿を見送りながら、少しだけ考えを巡らせていた。

『絶対に会える』と自分で言ったけれど。
それは私には言えないとかもしれない。
もしかしたら、私には次がないかもしれない…。

「ごめん!ちょっと待ってて!」

私はバッと後ろを振り返りながら、皆に両手を合わせた。
皆が驚いたような表情になる。
でも、詳しい説明をしてる暇はないし、それにする必要もない。
だって、大した用事じゃないし。

「おい、!?」

九郎さんが不思議そうに名前を呼ぶ。
その声に走り出した足を止めて、もう一度だけ振り返った。

「直ぐ戻ってくるから!」

その後はどんな声が聞こえてきても、悪いが無視させてもらった。
だって、早くしないと追いつけなくなっちゃうし。










「将臣くん!」

暫く走って、やっと彼の姿を見つけた。
全く、なんでこうも歩くのが早いのよ。
息が切れるまで走らせてくれちゃって…。
自慢じゃないけど、持久力はほとんど無いに等しいんだから!

?どうしたんだよ?」

名前を呼ばれた本人は、とても不思議そうに振り返った。
自分の目の前で、息を必死に整えている私を見下ろしている。

もうちょっとだけ待って!
ちょっとまだ…今喋ったら酸欠で死んでしまうわっ。

「あのね…ちゃんと、さよなら言っておこうと思って」

やっと落ち着いてきた呼吸でそう話す。
そうしたら案の定、将臣くんは不思議そうな顔をした。

「さよならってお前、どうせまた会えるだろ」

将臣くんは思いっきり『は?』という顔をしている。
本当に訳の分からないといった表情。
何をまた言い出すんだ?こいつ?と言わんばかりだが…
すみませんね、こっちはこれでも真剣なものですから。

「んー、そうとは限らないから言いに来たの」
「どういうことだよ?」

ますます、どういうことか分からないといった顔をする将臣くん。
どういうことって言われてもね、そのままの意味なんだけど…。

私には次がないかもしれない。
将臣くんが再び合流する時に、私はいないかもしれないから。
将臣くんと仲間でいられるのも…きっとこれが最後。

「私が皆と一緒にいるのは、この熊野で最後かもしれないから。だから、会うこともないかもしれない」

『だから、これでバイバイかも』と言ったら、将臣くんが少し驚いた。
でも、彼は少しだけため息をついて、私の頭に手を乗せた。

「お前も大変だな」

という言葉と共に…。
将臣くんは、何に対して大変だと言ったのだろう?
彼は私の仕事を知っているから…それに対して?
それとも…彼は何か気付いているのだろうか?
ううん…そんなことは、無いよね…。

「まあね。将臣くんも大変だけど…気をつけてね?」
「お前が言うには、俺は殺しても死なないんだろ?」

さっきのことを引っ張り出して、嫌みったらしく言われた。
むむ…意外に根に持つタイプだったりする?
でも、将臣くんの表情は笑っていて、気にしている風ではない。

「それと、一つだけ聞かせて?将臣くん、もしかしてあの時のこと知ってた?」
「あの時?」
「私が清盛を殺そうとしてた時のこと」

ずっと不思議に思ってたことを、意を決して聞いてみる。
もしかしたら、もう聞くことができないかもしれないから。
聞けるものは今のうちに聞いておこう。

「どう考えても、あのことを知ってたとしか思えなくて。だから先に三草山から帰ってきたのかなって」

どうやら図星だったらしく、将臣くんが言葉に詰まっている。
すぐさま否定しなかったってことは、肯定してるってことでOKだよね?
さて、白状してもらいましょうかね。

「譲くんから聞いた。将臣くんって星の一族なんだってね」

京で星の一族の話を聞いた。
その姫君は…いなくなってしまっていて、そしてその人は私達の世界に来ていた。
そう…私の母と同じようにね。
そして、星の姫君は…将臣くんと譲くんのお祖母さんだった。

「星の一族は、占いで未来を占う…。もし占いをしなくても…未来を見れるほどの力があるなら…」
「俺が何らかの方法で、未来を知ったとしても不思議じゃないってか?」

ずっと黙って聞いていた将臣くんが、私の言葉を遮った。
私の言いたいことをそのまま代弁して…。
私を見つめる目は、真剣そのもので…少し恐怖すら覚える色をしていた。

「夢だよ」

暫く見詰め合ったままだった私達。
沈黙を先に破ったのは将臣くんの方だった。

「夢?」
「ああ、たまに夢に見たことが現実に起こるんだ。ま、所謂正夢ってやつだな」
「あの時のことも…?」

そう私が尋ねれば、将臣くんは頷いた。
将臣くんが言うには、あの日…三草山に着いて直ぐ、私が清盛を殺す夢を見たらしい…。
それで嫌な予感がして帰ってきたというわけ。

「それと、お前こと一応心配してたんだぜ?」
「え?」
「死んだんじゃないかって。でも、お前が生きてるって望美から聞いたからな」

その言葉に思わずキョトンとしてしまう。
瞬時に言われた意味が分からなかった。

望美から聞いたって…いつ?
だって、ずっと望美は一緒にいたはずだし。
望美と将臣くんが再会したときには、私も一緒にいたわけだし…?

「もしかして…それも夢で?」

そう言えば聞いたことがある。
こっちの世界の夢って…相手が会いたいって思ってくれれば、夢の中で出会うことも可能だって。
それが本当だったってこと?

「ああ。物分りが早くて助かるぜ」

『面倒なことは嫌いなんだ』って…
いや、そういう問題じゃない気が…。

「この世界の不思議には、もう慣れたはずだったんだけどなぁ…」

と思わず思い切りため息をついてしまう。
その様子を見て、将臣くんが吹き出した。

「俺だって未だに驚くこと多いぜ?」
「私はもう12年もこの世界にいるんだから、将臣くんの比じゃないの!4倍よ?4倍!」
「悪い悪い」

軽いカルチャーショックを受けて、頭を抱えた私。
将臣くんも悪いとは言うものの、これは絶対に反省なんかしてない!

「ったく…、そろそろ皆待ってるから戻るけど。本当に元気でね」

さすがにちょっと時間をかけすぎたので、そろそろ戻らないといけない。
直ぐ戻るって九郎さんに言っちゃったし。
あの人、気が短いからなあ…先に行っちゃってるとかありそう。

「ああ、お前も元気でな。また会えたら会おうぜ」
「うん、会えたらね」

会えるといいけど、会えないかも知れない。
今はまだどっちとも言えない…。
だから会えると願ってるよ。
だからそれまで…

「バイバイ、将臣くん」

その言葉に、彼は去りながら手を振って…
今度こそ本当に行ってしまった…。










「で?ちょっとこれは酷いんじゃない?」

将臣くんと別れて戻ってこれば、嫌な予感的中。
見事にそこには誰もおらず、置いていかれました。
どうせ言い出したのは九郎さんだろうけど。

「…早く追いかけよう…」

辺りを見回しそう呟く。
本宮の入り口から本宮の境内までは、木に囲まれた道だ。
そんなに距離はないのだが…

未だに…忘れられない、のか…。

こうも木に囲まれたところに、一人でいるとあの頃の記憶が甦ってくる。
母に置き去りにされたあの森を…
政子様に出会うまで、一人彷徨ったあの森を…
鮮明に思い出して、いたたまれない気持ちになる…。

「それに、女の子一人置き去りにするってどういう神経してるのよ!?」

でも、何故か湧き上がるのは怒りばかりで。
それでも少しは成長したのかなと思いつつ。
逆に退化してるのかな?とも思う。
だって、怒りに任せて叫ぶって…子供のすることじゃない?
まあ、誰もいないって分かってるから叫んでみたんだけど。

「そんなに怒鳴って、姫君のすることじゃないんじゃない?」

突如聞こえた声。
その声は呆れ半分、面白半分といった感じを受けた。

が、

いや、これは幻聴だよね。
だって私は一人のはずだし。
それに、一番あり得ない人物の声にそっくりのような気もするし。

が気配に気付かないなんてね」

と目の前に降り立った人物を見れば、間違いなくそれはヒノエくんだった。
鮮やかな緋色に、この軽い身のこなし。
彼以外に誰がいるというのか。

「何でここにいるの?」
を迎えに来たんだよ。皆もう本宮に着いてるぜ?」

迎えに来たって…置いていったことに反省の色は無しですか?
っていうか、何でヒノエくんが来るのよ?
今までみたいに避けてればいいじゃない。

「それはどうも。それじゃあね」

迎えに来てもらっておいてこの態度…
ああ、可愛くないって自分でも思う。

「なんで避けるんだよ?」
「は?」

思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
何を言ってるんだこの人は?と彼を上げれば、ヒノエくんの表情は真剣なものだった。

なんで避けるかって…?
そんなの決まってるじゃない…。

「敵、だからよ…」
「違うね。お前が避けてるのはオレだけだ」

ヒノエくんは私の答えをすぐさま否定した。
確かに、避けているのはヒノエくんだけ…
でもそれは、ヒノエくんしかあの事を知らないから…
私が敵に回ったのだと…知ってるのはヒノエくんだけだから…

「まだ…他の皆は知らない…」

自分で自分に言い聞かせるように呟く。
そうよ…だからヒノエくんだけを…避けているの。

でも…本当にそれだけ…?
それだけの理由…?

「それだけじゃないって思うのは、オレだけかい…?」

ヒノエくんの言葉にハッとする。
彼も他に何かあると、気付いているの…?

真剣に私を見つめるヒノエくん…。
その瞳が怖いと思ってしまった…。
彼がどんどん私の中に入ってくるようで、私の心を読まれているようで…

これ以上深く関わってはいけない―――
関わったら…戻れなくなる…
気持ちを抑えることが出来なくなってしまう…。
それが怖いから…私は彼だけを避けているの…?

「忘れないで、私は…もう前の私じゃない」

私は突き放すように言葉を発した。
ヒノエくんは一瞬だけ傷ついたような表情をして、一つため息をつく。

「言いたくないならそれでもいいさ。でも一つだけいいかい?」
「何?」

聞き返したはいいものの…
ヒノエくんが発した次の言葉は予想外のものだった。

「お互いに避けるのは止めないか?」

一瞬理解が出来なくて、キョトンとしてしまう。
何て言った?
避けるのをやめようって…?

「姫君に避けられるのは結構辛いんだけどね」

ヒノエくんは冗談交じりにそう言った。
でも、真意はそうじゃないだろうけど。
お互いが避けてると、周りに怪しまれるってことだろうね。
でも、それでもヒノエくんには害はないのに…
どこまでこの人は優しいのだろう…?

「前は私を自分から避けてたくせに…」

まるで拗ねた子供のような返事をしてしまう。
それにヒノエくんは苦笑した。

「参ったな。あの時は悪かったと思ってるよ」
「本当に?」
「ああ、本当さ。そうだな…」

ヒノエくんはそこまで言うと、自分の顎に軽く手を当てて何かを考え出した。
私はその様子を首をかしげて見ていた。

そして暫くして、ヒノエくんが突然手を差し伸べた。
私はその手とヒノエくんの顔を交互に見比べてしまう。

「誠意の印に、本宮までご一緒します。それで許していただけますか、姫君?」

お前はどこの王子様だって突っ込みたくなるような台詞。
でもヒノエくんが言うと、全然変だとは思えないから不思議である。
それでも笑いを堪えることは出来なくて…失礼だけど笑いが込み上げてしまった。

「もちろん」

笑いながらではあったけれど、それでも彼の手をとれば…
ヒノエくんは満足そうに微笑んでくれた。





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本宮に着いた後すぐに『挨拶してくる』と皆と別れた。
その足での元へと向かう。

を待つことに、痺れを切らした九郎が彼女を置いて来たから…
は今一人だ…。
話をするには、ちょうどいい。

すぐにを見つけることは出来た。
でも…声をかけることが出来なかった…。

『どうして…そんなに悲しそうな顔をしているんだ…?』

聞こえない声で呟く。
木の上で気配を消してるとはいえ…オレの存在に気付かないなんて。
一体何を思って…そんな顔をしているんだい…?

「それに、女の子一人置き去りにするってどういう神経してるのよ!?」

でも、それも一瞬のこと。
突然思いっきり息を吸い込んだかと思うと、出てきた言葉は怒気を含んだものだった。

「そんなに怒鳴って、姫君のすることじゃないんじゃない?」

オレが彼女の目の前に降り立てば、一瞬驚いたような表情になった。
でもすぐさま不機嫌そうな顔へと変わる。

が気配に気付かないなんてね」

オレが面白がるような視線を向ければ、彼女はさらに不快そうな表情を深くした。

「何でここにいるの?」

オレが迎えに来たと言えば、ありえないといった顔をして…
さらには、さっさとオレの横を通り過ぎようとした。

「それはどうも。それじゃあね」

突き放すような返事に、オレは言いたかった言葉をぶつける。

「なんで避けるんだよ?」
「は?」

オレの言葉意味を図り損ねたのか、素っ頓狂な返事が返ってきた。
言っておくけど…オレはお前を避けてたつもりはないぜ?
避けていたのは、…お前のほうだ…。

「敵、だからよ…」
「違うね。お前が避けてるのはオレだけだ」

当たり前のことを聞くな、と言わんばかりの顔。
でも、それが通じると思うのかい?
気付いていないとは言わせないよ?
何故…オレだけを避ける?
お前が敵だというならば…避けるべきは皆だろう?

「まだ…他の皆は知らない…」

まるで言い聞かせるような、そんな返事。
オレに向かっての返事じゃない…
自身への…言い聞かせの言葉に聞こえた。

「それだけじゃないって思うのは、オレだけかい…?」
「忘れないで、私は…もう前の私じゃない」

オレの質問に返ってきたのは、の真剣な瞳。
もう前のじゃない?
オレには…そうは思えない。
お前がオレ達を見る目は、敵に向けるものじゃない。
どうしても…オレ達には、オレには言えないのか?

でも、それならそれでもいい。
今は言えないのなら…いつか、必ず聞き出すだけの話…。
オレは諦めの悪い人間でね。

とりあえず、今一番言いたいのは…

オレが避けるのを止めようと言えば、一瞬彼女が固まった。
何をいいだすんだ?と言いた気な表情。
そのままの意味なんだけれどね。

「姫君に避けられるのは結構辛いんだけどね」

これは本音。
姫君に…というよりはに避けられるのは辛かった。
敵だと言われて…
が離れて…初めて気付いた。
もう、手を離すことが出来ないところまで…来てしまっていたことに。
いくら敵だと言われようとも…

「前は私を自分から避けてたくせに…」

まるで拗ねたような返事に、少なからずや安心する。
また突き放されるのは少々、さすがのオレでもきついからね。

「参ったな。あの時は悪かったと思ってるよ」
「本当に?」
「ああ、本当さ。そうだな…」

まだどこか疑うようなの様子に、何かいい案はないかと考えを巡らす。

「誠意の印に、本宮までご一緒します。それで許していただけますか、姫君?」

オレは少しふざけ口調でそう言って、に手を差し出す。
その手とオレの顔を交互に見つめて、暫くの後…
が突然笑い出した。

「もちろん」

オレの手をとったは、まだ笑ったままで…
それでも、それが久しぶりにオレに向けられた彼女の笑顔だった。





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「それで?さっきは何で悲しそうな顔をしてたんだい?」

本宮へ歩を進めながら、突然問いかけられた。
一瞬いつのことを言われているのか分からなくて、首を傾げてしまう。
さっきって…いつのことだろう?

「オレが声をかける前だよ。そんなに置き去りにされたのが嫌だったかい?」

ヒノエくんに言われて、やっと理解した。
ああ、あの時のことを言ってるのか。
って…いつからあそこにいたのよ?

「そんなに子供じゃないよっ。ちょっとね…思い出しただけ」
「何を?」

今度は、私の言葉に彼が首を傾げる番だった。
私はどうしようか頭を悩ます。

言っても困ることではないけれど…
でも誰にもまだ話したこと無いんだよね…。

「言いにくいことなら、無理には聞かないぜ?」

ヒノエくんはしまったといった顔をした。
申し訳なさそうにする彼に、私はゆっくり横に首を振った。
誰にも話したことはないけど…
ヒノエくんになら…話してもいいかな。

「私ね、向こうの世界で母親に捨てられたの…」

私の言葉に彼が驚いたのが分かった。
まさか、そんな言葉が出てくるなんて思わなかったんだろう。
反応に困っている彼を、横目にさらに続ける。

「森の中に捨てられて…彷徨って。気付いたら…この世界に来てた」

この時空じゃない時空で…皆に出会ったから、私はここにいるの…。
でも、それはまだ内緒にしておくね。
きっと、今言っても困らせてしまうから。

でも、本当に捨てられたのかは…ハッキリしない。
宝珠を守って向こうの世界に逃げた母。
その母が…宝珠を宿した私を、何の理由もなしに捨てるだろうか…?

私は…何か理由があったんじゃないかって信じたい。
たとえ甘いと言われようとも…。

「だからかな。こうやって木に囲まれたところに一人になると…ちょっとね」

それでも、もう昔のことだからと、ヒノエくんに笑顔を向けた。

「悪いこと聞いたね…」
「ヒノエくんが謝る必要ないよ。もうあんまり気にしてないし。大丈夫だって」
「無理して笑う必要は無いんじゃない?辛い時は泣けばいい…」

どうして、彼は気付いてしまうんだろう?
私が…無理して笑ってるって…。
本当は気にしてないなんて嘘だって…。

私を見つめるヒノエくんの瞳があまりにも優しくて…
思わず涙が溢れてきた。

今まで我慢していたものが全て…
関を切って溢れ出す…。

「よく頑張ったね」

彼は繋いだままの私の手を引いて、その腕の中に引き寄せた。
ただひたすら、子供のように泣く私をあやす様に…
頭をぽんぽん叩きながら…。










「すみませんっ…」

私は地面に額がくっつくんじゃないかってくらい、頭を下げてひたすら謝っていた。

なんて恥ずかしいことをしてしまったの!?
人前で泣いたあげく、年下の男の子に慰められるなんてっ…。
穴があったら入りたい(泣)

「謝る必要はないよ。どっちかっていうと役得かな」

どこが役得なのっ!?
こんなに子供みたいに泣き付かれて…
私だったら迷惑なことこの上ないんですが?

「なんなら、もう一回泣いてみるかい?」
「なっ…何言い出すのよ!?そんなことしませんって!」

思わず再び顔が赤くなってしまう。
まったく、本当にこれで17歳なのかしら?

「そうかい?残念だね。泣いた顔も可愛かったけれど…」
「あー、もう!うるさいっ!うるさーい!!それ以上言わないで!!」

私は赤くなった顔を見られたくなくて、さっさと先を歩いていこうとする。
絶対、歳をごまかしてる!
こんな17歳がいたら、世の中破滅よ?(何が?)
第一、歳に関係なく…こんなこという人普通いないって!

「ふふっ…泣き顔も魅力的だけど、やっぱり笑顔の方がには似合うね」

思わずその言葉に振り返ってしまう。
呆然としていたら、ヒノエくんは私の横に来て…
そして再び私の手をとった。

「これで森の中でも寂しくないだろう?」
「べ…別に寂しくなんか…っ」

私の否定の言葉に『そういうことにしておくよ』と笑って…
ヒノエくんは私の手を引いて歩き出した。

私は繋がれた手をただ見つめていた。
繋がれた手が、とても温かくて…
華奢に見えるのに、意外と大きな手で…
どうしてだろう?とても安心する…





ねえ、ヒノエくん…?

最後には自分が傷つくのに…
それでも私の手を取っていてくれるの…?

私は…もう少しだけ、この手を取っていて…
繋いでいてもいいですか―――…?










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あとがき
ヒノエと仲直りしましょう編ですね。
というか、仲直りしちゃって大丈夫なのか!?
さあて、次は…
どうしよう(汗)