music by remair
兄弟の…人の絆って、この程度のものなの?
そんなに簡単に裏切れるもの?
それとも…
これは、私を試しているの?
私の忠誠心を…。
私は…疑われている―――…?
揺れる心
「政子様…、ただ今戻りました」
私はいつもの様に…報告へ上がる際はいつもそうするように、政子様へ膝をついた。
戻ったことを伝える台詞も、政子様のいる場所も…何もかもがいつも通り。
ただ一つ…
私が任務をしくじったことを除けば。
政子様は一体何を思っている?
私に黙って背を向けたまま、何を考えているのだろう…?
「任務…ご苦労でしたわね」
その言葉に思わず政子様の顔を凝視してしまう。
ご苦労だった?
私が失敗したというのに、この台詞…?
「景時からの報告は受けてますわ。ひどい怪我をしたのでしょう?」
「はい…」
政子様の笑みもいつもと変わらない、やんわりとしたものだ。
本来なら、その態度に安心するべきもの。
だけれど、今は逆にそれが不安を掻き立てる…。
「はもしかして…しくじったことを気にしているのかしら?」
この人はそれを分かって言っている。
私が気にしていないなどと、言うはずがないのに…。
「私は気にしておりませんよ?」
政子様は当然のようにそう言い放った。
気にしていないはずが無いのに…。
どういうこと…?
今回のことは…こうなると分かっていたの?
こうなることが目的だったから…だから気にならない?
それとも、それほど重要ではなかったとでも言うの?
「そんなはず…そんなはず無いですよね?」
「あらあら、怖い顔をするのね。本当ですのよ?それとも、そんなに処断してほしいのかしら?」
困った子ね、と言わんばかりだ。
だけれど…
私が気付かないとでも思いましたか?
「政子様…『私は気にしない』とおっしゃいましたよね?それなら、頼朝様はどうなんです…?」
頼朝が今回のことに腹を立てていないはずがない。
あいつは常に言っていた『清盛さえいなければ』と。
それに、今回のことがもし情報が目当てだったのだとしても…
それほど戦を左右するような情報は、手に入ってはいない。
清盛暗殺が失敗した以上、今回のことに何のメリットも無かったはずだ。
「本当には賢い子ですわね。あの人なら、先ほどから話を聞いていますわよ?」
政子様が促した方には、頼朝の姿があった。
気付いていなかったわけではない。
もしかしたら背後から、私を始末するのではないかと警戒していたぐらいだ。
簡単には殺されるつもりは無かったから。
だから、武器を向けようものなら、私も剣を向けるつもりだった。
たとえ裏切りだと言われても、死ぬよりは、マシだったから…。
「そうだな…今お前を失うには惜しい。しかし処断無しともいかぬだろう」
「他の兵へ示しがつきませんものね」
余裕そうな頼朝の笑み…。
弁慶さんやヒノエくんとは違う…自分自身に自身があるゆえの余裕ではない。
どちらかと言えば、そう…清盛と同じ。
まるで強大な何かを手にしたような…背後に強大な何がいるかのような、そんな余裕。
「命を奪わぬというのなら…一体何を?」
この二人は一体何を考えているの?
頼朝と政子様…まるで前もって打ち合わせしていたかを思わせる態度。
命ではないというならば、何をもって処断とするのか?
「もう一度仕事を差し上げますわ。それで示して御覧なさい?あなたの必要性を…」
「仕事を…?」
一度失敗した私に、もう一度チャンスを与えるということ?
それで必要性を示せって…
示すことが出来るかどうかを見るのが…私への処断?
何て甘いのだろう、そう思ったときだった。
私はその本当の意味を知ることになった…。
「、九郎を監視し…不穏な動きがあるようならば始末せよ」
一瞬言われた意味が分からなかった。
九郎?九郎って…誰のことを言っているの…?
聞き違いであってほしかった。
だけれど考えれば考えるほど、私の知る人物に九郎という名の人は一人しかいない。
「どういうことですか?九郎さんを始末しろなどと…。彼はあなたの弟であり、今まで源氏のためだけに…
一途に働いて来たではありませんか!その彼をまるで疑っているような…」
「まるで、ではない。疑っているのだ」
「も知っていますわね?平敦盛の話を」
平敦盛。
確かに知っている。
数日前の朝、初めて会ったけれど…とても大人しくて、優しい人だった。
言葉を交わすのだって初めてだった私を気遣ってくれた人…。
「行かれるのか?」
白龍と話をした日の朝、私は皆が起きる前に屋敷を出ようとした。
傷は痛むが、報告の方が大事だったから。
それに、景時さんの
『誰かと一緒に行ったほうがいい』
っていう忠告も無視させてもらった。
誰かを連れて行ったら、それこそその人物の命の保証ができない。
誰もいないと思っていた庭には、初めて見る人物がいた。
私と目が合ったとき、彼は…敦盛さんはそう言った。
「ええ…。これも仕事なものですから」
望美から逆鱗のことと一緒に話だけは聞いていた。
新しい八葉が仲間になったと…。
それが敦盛さんだということを。
平家の公達の一人として、情報だけは知っていたが…
まさか彼が八葉の一人だったとはね。
「体はもういいのだろうか?」
「え?」
問われた意味が一瞬理解し損ねて、思わず聞き返してしまう。
体って誰の?
私の?
もしかして…心配してくれてるの?
「ありがとうございます。心配してくれてるんですね」
素直にお礼を言ったら、敦盛さんが少し驚いた表情をした。
そんなに驚くことかしらね?
心配してくれたのならば、お礼を言うのが普通でしょう?
って、今まで勝手に思ってたんだけど…
よくよく考えたら、心配してもらったことが数えるほどしかないから…正しいことは分からないや。
「あ、いや…その…」
まさか心配じゃなかったとか言わないよね?
なんだか返事に困ってるみたいだけど…。
「気をつけて…」
少し頬を染めて、彼はそう言った。
もしかして…表現するのが苦手なだけかな?
口数は少ないけれど、一つ一つの言葉にしっかりと感情が篭ってる…
それが敦盛さんという人物なのかもしれないね。
で?それで…その敦盛さんが一体なんだと言うの?
まさか…
「平家の者を…いくら寝返ったとはいえ無断で仲間にしたこと。それは疑うに値すると、そういうことですか…?」
いくら今は違うとはいえ、平家の公達だった人。
その彼を独断で仲間にし。
しかも源氏の兵として迎え入れなかったことを、疑っている?
九郎さんが自身の私兵を増やして、反旗を翻そうとしていると…?
「本当には鋭いですわ。その通り…。そこまで分かっているのなら、もう全てお見通しでしょう?」
今回の三草山の件、それでハッキリした。
九郎さんの実力が…。
そして彼を慕っている兵が圧倒的に多いことも。
今の源氏の兵は、おそらくほとんど全てと言っていいほど、頼朝を慕って集まった兵ではない。
頼朝は、九郎さんを恐れているんだ…。
だから、何かと理由をつけて…彼を始末しようと動き出した。
それの第一手が、私と言うわけですか?
「そうそう、景時もこのことは知っていますわ。協力してもらいなさいね?」
「景時さんが?もしや、同じことを景時さんにも命じたのですか?」
もしそうなら、私だけの問題じゃなくなる。
私だけなら、いざとなれば裏切ることも可能だ…。
そう…裏切ることも、ね…。
九郎さんか、それとも頼朝と政子様か。
もし最終的に後者を裏切ることになっても、最後は私の判断一つ。
しかし景時さんも同じ命令を受けていたなら?
私が裏切って、それで終わりというわけにはいかなくなる。
「いいえ?景時には少し違うことを命じましたわ。九郎ともう一人…ある人物を監視するようにと」
私と少し違うこと。
つまりそれは、彼が行うのは監視だけ。
私のように、直接手を下すことは、命令の内に入っていないということか…。
「お前の働き、期待しているぞ」
「…失敗は許されませんよ?あなたなら大丈夫でしょうけど…」
相変わらずの二人の笑み。
その笑みに背筋が凍る思いがした。
そういうこと、か…。
疑っているんですね?私のことを。
私の忠誠心を…試しているのでしょう?
頼朝、あなたが九郎さんを恐れているのなら…
政子様…あなたは私が九郎さんについて、あなたに牙を剥くことを恐れている。
だから…そのどちらも、消し去ろうとしているのでしょう?
違いますか?
私は見事にハメられたんだ…。
私が清盛の暗殺を失敗することは、予想していたことで。
その処断として、失敗を見逃す代わりに九郎さんの暗殺を命じる。
そうすれば、必ずどちらかを消せるものね。
私が命に従えば、九郎さんが消え…従わなければ、私が処断され消える。
そして、私が裏切った時のために、景時さんに命じたのでしょう?
九郎さんともう一人の人物…私を監視せよと。
「分かりました…」
小さい声でそう返事を返す。
何が分かったのかとは言わない。
自分でも分かっていなかったから。
命令を実行する意を込めて言ったのか。
それとも、彼らの考えを理解して、裏切るつもりで言ったのか…。
そのどちらもが、私の頭を巡っていて。
自分でも、何が何だか…どうしたらいいのか分からなかった。
「それともう一つ、お前の実力を買って頼みたいことがある」
これ以上何を頼もうと言うのか。
また何処かへの潜入か、それとも暗殺か。
「熊野への協力要請、お前も共に行き、もし熊野が協力しないようならば…熊野別当を殺せ」
信じられない、信じたくない言葉が聞こえた気がした。
聞き間違いであってほしかった。
だけど…悔しいくらいに、私の耳にはハッキリとその言葉が聞こえていて。
その命令は…
頼朝のその言葉は、私の思考を止めるのには十分だった…。
熊野別当を…殺せ―――…?
それはつまり、私に熊野別当を…ヒノエくんを殺せということで…
九郎さんを…ヒノエくんを…殺す?
私、が…?
この人は、また私から大切な人を奪おうというの?
私から、あの頃の政子様を奪ったにもかかわらず。
今度は…やっと出来た大切な人たちを、仲間を…奪うの?
私はゆっくりと視線を政子様へと向けた。
昔の笑みとは全く違う種の笑みを浮かべた彼女。
「ふふっ。頼みましたよ?」
この人はもう、私の知ってる彼女ではない?
もうあの頃のようには笑ってくれない?
私が慕っていた政子様ではない。
あの頃に戻ってはもらえない。
私の頭の中には、淡い期待と…絶望に近い確信が渦巻いていた。
私は…どうすればいい?
何を信じて動けばいいの?
「御意」
混乱している頭とは裏腹に、返事だけはしっかりしていて。
二人が満足そうに微笑んだのを、私は見逃さなかった。
「それでは、そろそろ戻らねばなりませんので。失礼致します」
そう言って逃げるようにその場を去った。
どこか遠くへ行ってしまいたかった。
そうすれば、今聞いたこと全てが無かったことになるような、そんな気がしたから…。
でも、逃げたって変わらない。
私がやらなければ、他の誰かがやるだけの話。
それなら…私がやる…。
「九郎さん…ヒノエくん…」
京へと戻る間中、ずっと彼らのことを考えていた。
政子様への恩を返すため、今まで通りに従うと言うなら…私は彼らを手にかけなければならない。
だけれど、これでいいの…?
いいわけ、ないよね…?
だけれど、疑われて監視を付けられた私に、彼らを守る術はあるの…?
その時の私の心は揺れていて。
そして…私に運命の選択が近づいていた―――…
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あとがき
八葉が一人しかでてこないですね…
これではたしてドリームと言えるのか(苦笑)
でも、次からはどんどん出演してもらいたいと…そう思っております!!
やっと次は熊野ですね。
これでヒノエと絡み放題!!(ぇ…)