music by 我楽
生きたいって…
今まで思ったことなんてなかった。
それなのに、いざ死に直面した時…
死ねないと…もう少し生きたいと思った。
それは…
私の中で何かが変わっているということ―――…?
白龍の逆鱗
「もっと明かりを!傷口が見えません!」
屋敷に弁慶の声が響く。
オレがを連れ帰ってくると、すでに全ての用意が整っていた。
帰ってくるなり、すぐに治療が始まる。
その時はまだ、の意識はあったけれど…帰ってきたことに安心したのか、すぐに意識を手放した。
ここまで意識を保っていたこと自体、驚きだけれどね…。
意識が無いうちに治療する方が簡単だけれども…。
痛いと暴れることがないからね。
だけれど、治療の途中でが目を覚ましてしまった。
「…痛いのですが…?」
開口一番その台詞。
その台詞で、ずっと張り詰めていた緊張の糸が一気に切れた。
皆が盛大にため息をつく。
「痛くて当然でしょう?どれだけ傷が深いと思ってるんですか?」
「…さぁ?」
弁慶がそれでも多少は安心したように、ため息をつく。
だけれど、それに対してはまるで他人事のように返事を返した。
困ったものだね…この姫君は。
自分が一体どんな状態だったか分かってるのか、分かってないのか。
「痛い!痛い!!弁慶さん、ストップ!!」
突然、が弁慶の腕を掴んだ。
弁慶の顔を見れば、それはもうニッコリと笑みを浮かべている。
どうやら、治療する手に力を入れたらしい。
意外と子供っぽいことをするね、弁慶も…。
それにしても…オレが彼女を連れ帰ってきた時の、弁慶の表情。
もしかしたら、の事を大事にしてるのは…九郎だけじゃないのかも知れないね…。
弁慶はの事を昔から知っている。
オレの知らない彼女のことも…知ってるってこと、か…。
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「弁慶さん…わざとでしょう?」
絶対今のはわざとだ、と妙な確信がある。
そりゃあ、あなたの御手を煩わせたこと…反省はしておりますよ?
第一、傷の深さなんてどうやって表現しろっていうのよ!?
深さ何センチとか?普通に考えてあり得ないって。
って、この時代はセンチ単位じゃないけど。
死にかけるぐらいには深い、って答えれば良かった?
「何のことです?痛い思いをしたくなければ、大人しく寝たままの方がよかったのでは?」
いつも通りのあの笑みを、にっこりと浮かべて。
あのですね、その笑みを浮かべること自体が、肯定の意味を持ってるって分かってます?
まあ、分かっててやってるんでしょうけど。
所謂嫌味ですよね?
「…コノヤロウ…って…だからストップって言ってるでしょうが!!」
本当に小さく悪態をついてみたのだが…聞こえていたのだろうか?
再び彼が治療する手に力が入る。
「すみませんが、きみの世界の言葉は分からないものですから」
嘘をつけ!!
教えたよ昔!私の世界の言葉に興味を持って、私に尋ねてきたのはあなたでしょうが!?
あなたのその高いIQで、忘れたとは言わせませんよ!!
「それだけ元気があるなら、もう心配はないでしょう。でも、暫く暴れてはいけませんよ」
暴れてって…
私がいつ暴れたんでしょうかね?
どっちかって言うと、弁慶さんの方が十分暴れているような…。
「ちゃん…報告はどうする?」
私の布団の横に膝をついて、景時さんが小さくそう問いかけた。
清盛の暗殺に失敗したと、そう報告するのは…
「私が…自分でします」
私は曖昧な笑みを浮かべてそう返した。
これは人に頼んでいいものじゃない。
処断されようとも、自分で責任を負わなくてはいけないから。
「そっか…。それならその時は誰か一緒に連れてった方がいいよ?」
「はい」
景時さんは知ってるからね。
頼朝と政子様が今までしてきたことを。
しくじった者や、役に立たない者、裏切った者はことごとく始末してきた。
それも目立たないように…ね。
戦に紛れて、殺された人を一体何人見たことか。
私もそういう人を手にかけたこともあるし…ね。
だからせめて、誰かと一緒に行って…その場で処断されないように、気をつけろということだろう。
でも、頼めるとしたら…景時さんだけかも。
九郎さんと弁慶さんは…あの二人の本性を知らないから。
「望美…。どうしたの?何か言いたいことがあるの…?」
治療も終わり、皆が『傷に障るから』と各自の部屋へと引き上げて。
私はこの部屋に一人になったはずだった。
だけれど、未だに部屋には望美がいて。
彼女はただ、正座した自身の両の膝に拳を握って俯いていた。
何度も何かを話そうと、口を開きかけるのだが、すぐに口を噤んでしまう。
私は一つため息を小さく吐くと、スッと布団から起き上がった。
私が近づくのを感じて、望美がビクッと体を震わせたのが分かる。
「望美…。言いたいことがあるんだよね?言わないと、分からないよ?」
そっと望美の握られた拳に手をのせる。
本当は何が言いたいのか、知ろうとすればその術はあるけれど。
それで知ったんじゃ意味がないから。
だから、言いたいことがあるなら話してほしい。
「ごめん…ね…」
突然言われた言葉に、一瞬思考がついていかなくなる。
ごめん…?
私には、何に対して謝られているのか、全く想像もつかない。
だって、望美がここに残っていたのは、私に怒りたいことがあるからだと思っていたぐらいだから。
帰ってくるって約束を破りそうになったこととか、ね。
「私のせいで…。が怪我をしたのは…私のせいなの…」
「え?」
予想もしていなかった内容に、思わず聞き返してしまう。
冗談…ではないわよね。
望美はそんな子じゃないし…第一怯え方が尋常じゃない。
「は…もし、私がこうなることを知ってたって言ったら…どうする?」
こうなることっていうのは、私が怪我をするってことだよね?
もしそれを望美が始めから知っていたら、ということなんだろうけど。
「どうするもこうするも、その話を信じるだけよ?」
私に記憶を見れるって力があるように、望美にも白龍の神子として、そういう力があったとしても不思議ではないしね。
望美には未来とか、これから起こることが分かっても、彼女がそう言うのなら…
信じるだけでしょう?
「そういうことじゃなくて…っ」
え?
違った??言いたいことってそういう事じゃなくて?
それなら何なんだろう?
駄目だ、どんなに考えても何が言いたいのか分からないわ。
「恨んだり…怒ったりはしないの…?」
まるで搾り出すような声。
ああ、そういうことか。
望美は、私が怪我をしたのは自分のせいだと言っていた。
それはつまり、彼女が責任を感じているということ。
こうなることを知っていたのに、止められなかったのは…自分のせいなのだと。
「あのね、何でそうなるの?私が怪我をしたのは私の責任。だから全く望美が責任を感じる必要はないんじゃない?」
「でもっ…」
「でも、じゃなくて。私はいくら望美があの時止めたとしても…絶対に福原へ行くのを止めなかったよ?」
諭すように、望美の目を見つめながら話す。
彼女が何を思っているかは知らないけど。
それでも、私に対して責任を感じる必要はないのだと、少しでも伝わればいいと…そう思ったから。
「あの時何を言われても、今の結果は変わらない。それに…望美は変えてくれたでしょう?私の運命を」
その言葉に望美が目を見開いたのが分かった。
望美が私の運命を変えた。
それは私の想像でしかなかった。
ヒノエくんの話を聞いて…そして私が皆と別れるときの、望美の表情から推測したに過ぎない。
でも、どうやら当たりのようね。
「ヒノエくんが言ってた。望美は私が怪我を負うことも、福原にいたことも知ってたって。それに…三草山のことも」
三草山で山ノ口が囮だと、望美が言ったこと聞いたよ?
まだ土地勘も無い望美が…地図から察して、相手の策を見破ったってことはありえないよね?
どう考えても、その先に何が待っているのか知ってたとしか思えない。
「は…鋭いんだね…。これ、何だか分かる?」
そう言って望美が差し出したのは、真珠のような光を放つもの。
清盛が持っていたものと対を成す、白龍の逆鱗だった。
「白龍の逆鱗だよね?でも、どうしてそれを望美が持ってるの?」
だって、白龍は生きているよね?
逆鱗を失えば存在できない白龍が、今ちゃんと存在している。
何で、白龍の逆鱗が二つ存在してるの?
「これは、ここではない時空で白龍からもらったものなの…」
ここではない時空と彼女は言った。
それは逆鱗の力を使って、彼女が時空を超えてきたことを意味する。
その逆鱗を見つめる望美の瞳は…どこかとても寂しそうで、悲しい色を含んでいた。
望美が色々と話してくれた。
自分が見てきたことや、もうすでに何度も時空を超えていることも。
三草山の罠。
福原攻略の失敗、そして先生の死…。
京が平家に襲われ、望美を除く全員が死んでしまったことも。
「その未来で…も死んでしまった…」
望美は言った。
私はその火に囲まれた京で、知盛から皆を逃がすため戦い、そして負けて死んだのだと。
そして、その未来を変えるために…一度戻ったもとの世界から、再びこの世界へ帰ってきたのだと。
「だけれど、再び巡った運命で…は帰ってこなかった…」
「それは、今回のこと?」
「うん…。今までは福原への仕事の後、三草山で合流していたの…。
それなのに…その時はいつまでも帰ってこなかった…」
三草山で合流していた…?
ということは、仕事が成功していたということだ。
なら、どこでその運命が変わったというの?
何かが、運命に影響した…?
考えられることは…
「私が三草山で合流した時の運命…。その時にはもしかして還内府は三草山にいた?」
「いたと思うよ…?姿は見なかったけれど…経正さんがそんなようなこと言ってたから…」
運命に影響したのは…もしかしたら将臣くん?
でも、それじゃあ…彼は知ってたことになる。
私がやろうとしていたことを。
でも、将臣くんにも望美のような力があるというの?
「が数日後に遺体で発見された時、私はまた時空を超えたの…。運命を変えるために…」
「それで知ってたわけね。私が何処にいるのかも全て…。それで、三草山で合流しなかった上に
屋敷にも帰ってきてなかったから…探したわけね」
だから、ヒノエくんにお願いしたわけか。
って、そこで何でヒノエくんにお願いするかは理解しかねるけれど。
九郎さんとか弁慶さんとかでも良かったような…?
「だから…ごめんなさい…」
「はいはい、もう謝らないの。第一望美は謝るほうじゃなくて、お礼を言われるほうじゃない?」
よしよし、と頭を撫ぜると望美はポカンとした顔をした。
何故お礼を言われる側なのか?といった顔だ。
「だって、望美がヒノエくんに頼まなかったら…私は死んでたわけでしょ?だからね?…ありがとう」
生きたいと思った私を、生かしてくれたのはあなただから。
だから、ありがとう望美…。
暫くずっと呆然としたままだったけれど、望美がやっと笑顔を浮かべた。
「どういたしまして」
と…。
さて、こっちの問題は解決と。
もう一つあるよね。
どうしても知っておかなきゃいけないこと。
「白龍、ちょっといい?」
私は皆が寝静まったころを見計らって布団を抜け出した。
誰かに見つからないように、急いで白龍の部屋へと向かう。
とは言っても…望美と朔もきっと部屋に一緒にいるんだろうけど…。
「?いいよ?」
障子を開けると、そこにはちょこんと座った白龍がいた。
望美と朔は…どうやら起こしてはいないようだ。
二人を起こしてはいけないから、と白龍を自分の部屋へと連れて行く。
「あのね、白龍が知ってることだけでいいから…応龍の神子と宝珠について教えてくれる?」
そう切り出した私に、白龍は少し戸惑ったようだった。
今話していいものかと思案しているような様子。
でも、私が清盛から少し聞いたと言えば、決心したように話し始めた。
「応龍の神子はその体に宝珠を宿した者だよ」
内容はほとんど清盛が言っていたことと同じだった。
だけれど、私の質問にはある程度答えてくれて。
どうやら、本当に私の体の中には応龍の宝珠が存在しているらしい。
そしてその宝珠は、白龍と黒龍、両方の力を受けているためにその力は計り知れない…と。
それこそ使い方によっては、世界を守ることも逆に滅ぼすことも可能。
「宝珠を守っていた一族の姫は、行方不明…。その姫はの母親だよ」
やっぱりという念が頭を巡る。
私の母親は元々この世界の人間だった…それは間違いではなかったということだ。
でも、それが確実になったことで…
どうしても『何故捨てたのか?』という疑惑の念が強くなる。
「、気をつけて。応龍の宝珠を狙う人はいっぱいいる。清盛だけじゃない…多分源氏も」
白龍の目は真剣だ。
分かってるよ。
もし本当に宝珠にそんな強大な力があるとしたら、あの人たちが…頼朝と政子様が見逃すはずが無い。
まだ、私が応龍の神子だと知られていないのが救いか。
これは後で、九郎さんと弁慶さんに口止めが必要かしらね。
「ありがとう、白龍。何かスッキリしたわ。つまり私の役目はとりあえず、この宝珠を守ればいいってことよね?」
「うん、そうだよ。私はの役に立てた?」
「もちろん」
もう、そんな笑顔をしたら襲うよ?(ぇ…)
って冗談だけどね。
ある程度のことは分かったから、後は自力で調べますかね。
そうすれば、なんで私が捨てられたのかも…もしかしたら分かるかもしれないし。
それにこれ以上のことは、白龍にも分からないらしい。
どうやら前の龍のことだから…ということらしいが、どうにも理解の範疇を超えてるので…
難しいことはパス。
それでいいのかって話だけれど、今はとりあえずはいいんじゃない?
急ぐことでもないし、焦ってもいいことないでしょう?
そういえば…
もう一つ一番大きな問題が残ってた…。
政子様への報告。
もしかしたら、その結果によって折角助けてもらったこの命…
無駄になっちゃうかもしれないね…。
でも…もう、簡単には死ぬつもりはないけれど―――…。
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あとがき
望美ちゃん、実は逆鱗を持ってましたってな話でございます。
いつからかって?
それはですね…実は決まってないんですよ(ォィ)
神泉苑の時にはまだ持っていなくて…
三草山の前にはすでに持っていたぐらいでお願いします!!(かなり適当…)
ヒノエ夢なのに…ヒノエがほとんど出てこないっ…。