私は知らない。
自分が何者なのか…
何故私が応龍の神子なのか…
何故捨てられなければいけなかったのか…
そして…
何故今も生かされているのか―――…
応龍の神子
「哀れよの。応龍の神子」
「なんですって…?」
馬鹿にしたような台詞に、少なからず怒りが込み上げてくる。
私が…哀れ?
何でアンタにそんなこと、言われなければいけないの?
確かに、私はアンタの暗殺を失敗したけれど。
それでも哀れだと言われる筋合いはない。
「そなたがわしを狙っておったこと、気付かぬと思っておったか?」
ずっと気付いていたってこと…?
騙していたつもりが…逆に欺かれてたってわけ、か。
いつから?いつから気付かれていたの?
昨日?一昨日?
それとも…もしかして、最初から?
「政子も馬鹿よの。わしが狙っていたものを、わざわざ送り込んでくるのだから…」
「狙っていたもの…?」
喋る度に、切り裂かれた腹部から血が溢れ出す。
でも…狙っていたものって?
「応龍の宝珠に決まっておろう?よもや知らぬとは言わせぬぞ」
応龍の宝珠?
何よそれ…。
初めて聞くその単語に、思わず首を傾げる。
でも、この口ぶり…もしかして、それのことを政子様も知ってる?
「知らない…わよ…」
「応龍の神子自身が、己のことを知らぬとはな。冥土の土産に教えてやろう。さっき言ったとおり面白い話をな…」
親切ね、とは心の中で悪態をつきながら
私は清盛の話に耳を傾けた。
昔、ある二つの一族の姫が二人行方意不明になった。
一人は星の一族の菫姫…そしてもう一人は
「一族の楓姫…。応龍の宝珠を守っていた一族じゃ」
…って私の苗字と一緒…。
それに、楓は…
私の、お母さんの名前…。
どういうこと?お母さんは、この世界の人間だったってこと?
でも、そんな話聞いたことない。
全くそんな感じはしなかったし、本当に普通の人だった。
「そして応龍の宝珠をその身に宿した者を、応龍の神子と呼ぶのじゃよ」
宝珠を身に宿した者?
その人を応龍の神子と呼ぶなら、それは…
つまり私の中には、その応龍の宝珠があるってこと?
白龍も黒龍も、一言もそんなこと言ってなかった。
でも…よく考えてみれば、自分が何で応龍の神子なのか…私はその理由を知らない。
ただ自分がそうなのだと、あの時白龍と黒龍に言われて…何の疑いもなくそう思っていた。
「あの女共…わしが宝珠を狙ってることに気付いて、宝珠ごと逃げおった…。今思い出しても忌々しいわ」
清盛が眉間に皺を寄せて、そう吐き捨てた。
だが、一瞬にしてその表情が明るいものへと変わる。
「だが、宝珠が戻ってきておるとはな。これでわしの願いも叶うというものだ。わしにはこれもある…」
これ、と言って清盛が取り出したのは黒い鱗のようなもの。
まるで黒真珠のように光っているそれに、私は見覚えがあった。
色は違うけれど、白龍の喉についている逆鱗と同じ。
「黒龍の逆鱗…?」
どうして、アンタがそれを持っているの?
黒龍は力を失って、消えたんじゃなかったの…?
「そうじゃ。この逆鱗と応龍の宝珠…この二つがあれば、我は無敵だ」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべて、清盛が近づいてくる。
神子…我らの神子…
突如響いた声。
周りの人間は気付いていないが、間違いなく私の耳に聞き覚えのある声が入ってきた。
逃げて…。応龍の宝珠を渡せば、世界が滅んでしまう…。
だから、逃げて…。あなたも死んでしまう…。私は動けない…あなたを助けられない…。
清盛が一歩、また一歩と近づくたびに大きく、ハッキリするその声は…。
黒龍、だよね…?
消えたんじゃないんだよね?
あなたはまだ、逆鱗だけの存在であっても生きているんだよね?
「さあ、応龍の神子。宝珠を渡してもらおうか?」
ゆっくりと差し出された手。
渡せと言われてもね…自分の体の何処にあるかも分からないし。
第一、大人しく渡すとでも思う?
まだそんな物が私の中にあるかも、半信半疑だけれど…
それでも、もしあるのならば…渡すわけにはいかない。
黒龍の言う通りなら、絶対に渡せない…。
「将臣くん、今すぐ手を放して。放さないなら……殺すよ?」
『、よろしいこと?人を殺すときは躊躇ってはいけませんよ?例え、親しい者であっても…』
『あなたは私の可愛い人形なのですよ…?』
頭のに甦る、政子様の言葉。
私は、人形…。
政子様の言うことだけを聞く…それ以外に存在する価値などない。
ただの人形…。
カチャリ…
と音がして、私の手には再び剣が握られていた。
「!?」
将臣くんが突然驚いたように声をあげる。
私の剣は、将臣くんの首すれすれを通って空を切った。
でも、それは彼が咄嗟に避けたから。
もし、避けなければ間違いなく私は彼の首を落としていた…。
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「将臣くん、今すぐ手を放して。放さないなら……殺すよ?」
未だの手を掴んだままの俺に、彼女はそう言い放った。
清盛をジッと睨み上げたまま…
だけれど、その目からだんだんと色が失われるのを、俺は見逃さなかった…。
避けれたのは本当に奇跡だったと思う。
いつもの…俺の知っているではないと、そう思ったから。
だから避けれた。
もし、それに気付くのが一瞬でも遅かったら…間違いなく今、俺はこの世にはいなかっただろう。
剣筋が見えなかった。
それだけじゃねぇ…。
その動作そのものが、全く見えなかった。
「まるで…別人、だな…」
知盛の嬉しそうな声。
その場にゆっくりと立ち上がったは…確かに別人だった。
俺でさえ動けなくなりそうなほどの殺気をその身に纏い。
傷口から流れ出る血が、畳に赤黒い染みを作ろうとも、全く気にした様子もない。
まるで、痛みを感じていないような。
それどころか、傷を負ってることすら忘れているような…そんな瞳。
「退け」
そう発した声すら、今までの彼女のものではなくて。
出口という出口全てを固めていた兵が、動けないでいる。
もし、今のに斬りかかろうものなら…恐らく全員でかかっても、敵わないかもしれねぇ…。
あの知盛ですら、動くタイミングを掴めないでいる。
そして、清盛ですら…な。
俺達はただ、何事も無いかのように去っていく、の後姿を呆然と見ていることしか出来なかった…。
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「やっちゃった…」
福原からすでに大分離れた森の中、私はひたすら京へ向けて歩を進めていた。
時間ばかりかかっている割には、意外と進んでいないけれど。
将臣くんが何故三草山から戻っていたのかは分からない。
源氏が負けた、その可能性だってある。
とにかく今は、想像だけしていてもしょうがない。
急がなきゃ…急いで戻らなくちゃ…。
そう思うのに、足が進んでくれない。
「血を流しすぎちゃったか…」
昔に戻るのはいいんだけど、そうすると全く体の感覚がなくなるのが欠点よね。
それと、その間のこと忘れてればいいのに、意に反してハッキリ覚えてるから、毎度自己嫌悪に陥る。
あの頃に戻らないように、ずっと押さえているはずなのに。
ふとしたことで、呼び覚まされてしまう。
「それにしても、余計なことをペラペラ話してくれちゃって…」
清盛の話…
もしあれが真実だとすれば、私の母はこの世界の人間だったってことだ。
そして応龍の宝珠を清盛から守るために、宝珠ごと向こうの世界に…。
なら、何故それが私の中にあるの?
何故、母は私を捨てたの?
それに…世界が滅んでしまうほどの力を持った応龍の宝珠って?
分からないことだらけ、だね…。
でもただ一つハッキリしてることは、清盛が宝珠を狙っているっていうことだけ。
「私の役目って、一体何なんだろうね…?」
まぁ、もうそれも関係ないかもしれないけど…。
一応止血はしたけれど、それでも傷口からは未だ少しだが血が流れ続けていた。
斬られてから大分時間もたつのになぁ…。
そろそろ、視界もぼやけてきて。
おまけに熱もあるかもね…これは。
こりゃ、京までもたないかも。
『ちゃんと帰ってくるよね?』
ずっと離れなかった望美の言葉。
彼女は知っていたのだろうか?
こうなることを、私がいなくなることを…、だからあんな表情をしていたの?
「ごめんね…。望美…」
とうとう立ってることもできなくなって、近くにあった木に背を預け、ずるずると座り込んでしまう。
帰ってくるかと言われて、もちろんと答えたけれど。
その約束、守れそうにないかも…。
今までのことが頭に甦ってくる。
優しかった頃の母…
政子様との出会い、九郎さんと弁慶さんに出会ったときのこと…
色々と甦ってきたけれど。
その中でも一番楽しかったのは、望美たちと出会ってからのことかもしれない。
本当に短い間だったけれど、一番楽しかった。
その時ふと思い出したのは…『彼』だった。
私のことを嫌いなんかじゃないと言った彼…。
「死にたくない…。まだ…死ねない…」
どうしてだか、分からない。
それでも、彼の…ヒノエくんのことを思い出した時、どうしても『死ねない』と思った。
だけれどこの傷で、どうしたら生き残れる?
周りには人一人いないこの森の中で…。
生き延びる術はあるの?
「!」
あーあ、とうとう幻聴まで聞こえてきたか…。
走馬灯の次は幻聴、それなら…この次は幻覚かな…?
「!おい!返事しろよ!」
ほらね、いるはずの無い人が見えるし…。
鮮やかな緋色…。ヒノエくんがここにいるはずないでしょう?
今彼がいるのは、京か三草山のどっちかだろうし…。
あんまりにも、会いたいって思ったから…
幻覚になって見えてるのかなぁ…?
++++++++++++++++++++++++++++++
三草山の戦を終えて、京へ帰ってきた俺達。
三草山では平家の罠が仕掛けられていたけれど…
「山ノ口は囮なんです」
望美のその言葉で、オレ達はその罠に掛からずに済んだ。
どうしてそれを知っていたのか、望美は言わなかったけどね。
彼女が知っていたのは、それだけじゃない。
平敦盛…あいつのことも知っていた。
敦盛を探しに行ったときには、まるで森のあの場所にいることを知っていたかのように…。
どうにも、オレ達には理解できない力を持っているとしか思えない。
「ヒノエくん…」
あれこれ考えていたオレの元へ、望美が青い顔をして入ってきた。
が離れてから、少し様子がおかしいとは思っていたけれど…。
これはただ事じゃないかな…。
「どうしたんだい?気分でも悪いのか?」
そう問いかければ、望美は首を勢いよく横に振った。
まあ、違うことは何となく分かってるけどね。
一体何なのか?と思っていたら、望美が突然オレに詰め寄った。
「が…っ。このままだと…がいなくなっちゃうかもしれないの…っ」
オレの肩を掴んで下を向いてしまった望美はすでに泣いていた。
がいなくなる…?
そんなこと、あるはずないだろ…?
「止めればよかった…。あの時止めていれば…」
あの時とは…が離れた時だろうか。
望美、お前は一体何を知ってるんだい?
何が見えているんだ…?
「が…死んじゃう…っ」
望美に聞きたいことはたくさんある。
が、今はそんな場合じゃない。
望美はこんな冗談を言うような奴じゃないからね…。
「望美、の行き先…お前なら知ってるんだろう?」
その質問に、望美がバッと顔を上げた。
彼女としてもオレがこの話を信じるかどうか、賭けだったのだろう。
「福原…。は福原にいるはず…」
「弁慶に準備させておいて。直ぐに連れて戻る」
話は後でいい。
今はとにかく一刻を争う時なのだから…。
オレはどこかで思っていた。
彼女なら、無事に仕事を終えて戻ってくると。
だからがオレ達から離れると言ったとき、特に何も反対しなかったし、注意を促すこともしなかった。
だけれど…この世界で『絶対』と言えることがあるだろうか?
昨日まで隣にいた奴が、今日はもういないかもしれない。
そんな世界だというのに…。
もし、最初から目的地が福原だと知っていたら、オレは止めたか?
いや、きっと止めなかっただろうね…。
思い込んでいたから…彼女なら絶対に大丈夫だと。
出来ないことはないと…。
「チィ…っ」
オレは一番早い馬を借りて、福原へ向けて馬を走らせた。
休むことなく、ただひたすらと…。
もしも傷を負っているならば、人目につかないところを通っているはずだ。
そう思って、オレがもし状況になったならば通るであろう所に馬を走らせる。
何処だ?
何処にいるんだ?
僅かな人影も見逃さないように、暗い森の中に視線を走らせる。
京と福原の中間辺りの森の中に差し掛かったとき、突如ある臭いが鼻をついた。
鉄の錆びたような…そんな臭い。
血だ…。
まさかと思って、その臭いを頼りにその出所を探ると、探していた人物がそこにいた。
木にもたれ掛かっている彼女…はかなり弱っていて。
オレが声をかけても、ほとんど反応しなかった…。
乱暴に止血された傷口からはじわじわと血が染み出していて、その傷の深さを物語っている。
死んでいるのかとも思わせる様子…。
かろうじて呼吸をしているのが確認できるが、このままでは危ない。
「幻覚が見える…」
うっすらと開いた瞳にはオレが映ってるのか、映っていないのか。
幻覚?オレが?
冗談じゃない。
「!」
もう一度名前を呼んで、軽く頬を叩く。
すると彼女の意識がだんだんとしっかりしてきた。
「ヒノエくん…?」
オレの名前を呼んだ彼女の目には、今度こそしっかりとオレが映っていた…。
+++++++++++++++++++++++++++++++
「本物…?」
何でここにいるのか?とか、どうしてここが分かったのか?とか、聞きたいことはいっぱいあるのに。
口をついて出た言葉は、気の抜けるようなものだった。
「本物に決まってるだろ?大丈夫かい?」
未だペシペシと私の頬を叩いているヒノエくん。
現実に戻って来いと言わんばかりだ。
だけれど、その手が暖かくて…これが幻覚ではないと、まだ自分は生きているのだと確認する。
とはいっても、きっとその行為が止まれば、意識を保ってることができないだろうけど。
「あんまり…」
とにかく、何でもいいから話をしようとする。
そうやって脳を動かすことで、なんとか持ちこたえようというのだ。
こういうとき、あまり話さないほうがいいというけれど…逆に黙ると危ない気がするのは私だけ?
「だろうね…。とにかく止血し直して、急いで戻ろうか」
あはは、やっぱりあんまり止血の意味をなしてないのかな?
それでも、笑える余裕が出来ているのには驚きだ。
さっきまで、死にそうに辛かったのに…それでもヒノエくんが現れたことで、落ち込んでいた気分が楽になっている。
「全く…心配させてくれるね。この姫君は」
思い切りため息をつく彼は、よくよく見ればうっすら汗をかいていて。
もしかして、急いでここまで駆けつけてくれたのだろうか?
というか…
「心配…したの…?」
「当たり前だろう?」
何を言い出すんだ?と言わんばっかりに返されて、思わず顔が赤くなってしまう。
いえ、分かってはいますよ?
いつも彼が言う口説き文句とは違うって。
これは赤面すべき台詞じゃないってことぐらい。
でも…
「何を赤くなってるんだい?」
「別に…っ」
だた、心配してくれる人もあまりいなかったから。
だから、面と向かって心配したって言われると、慣れてないから恥ずかしくて。
本当に、この人たちといると初めてのことが多いわ…。
「辛いだろうけど…出来れば寝ないでくれよ」
「はぁい…」
寝ませんよ。
寝たら、二度と起きそうな気が自分でもしないんで。
私が反応しなくなったら、死んだと思ってくれて結構よ。
ジッとして体力の消耗だけは抑えとくわ…。
それに…
この状態じゃ寝れませんって。
ヒノエくんに抱えられるようにして、馬に乗せられている私。
かなり恥ずかしいから、傷とは違う意味で辛い…っ。
京へ戻る馬の上。
私は頭の中を整理していた。
ぐるぐると色んな可能性だけが頭を巡る。
でも、とりあえず知れるところは…知っておくべきだよね…?
私は一体何なのか、と―――…。
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あとがき
何だかよく分からない代物に…。
しかも、ヒロインのお母さんの名前を勝手に決めつけ…星の一族が菫なら…
ヒロインの一族は楓という単純さ…(遠い目)
そして、京と福原って馬でどれくらい時間が掛かるかも分からず…
一体ヒロインはその傷で何日生き延びてたんだ?状態に…。
すみません…スルーでお願いしますっ…。
ああ、日本語って難しい…。