「様、政子様より伝言でございます」
私の前に膝を突いた男がそう告げた。
私に仕事があるときは、いつもそう…。
必ず誰かが伝えにくる。
「話して」
しばらくこっちの生活ともおさらば、か…。
潜入
私は今、梶原邸へと急いでいた。
彼らに、早急に伝えなくてはならないから。
「福原へ潜入し平家の動向を探れ。機会あれば清盛を暗殺せよ。とのことでございます」
私への伝言内容はこのようなものだった。
実は以前も、これと同じ内容の命を受けたことがある。
だが、その時は清盛の暗殺をしくじったのだ。
というよりは…
その作戦の最中に、清盛が死んだ…。
「失礼します」
屋敷についた私は、彼らのいる部屋に急いで向かった。
そう、あの二人のいる部屋に。
「、今日は早いのね」
「おはよう、朔。皆もいたのね」
部屋の中に入れば、なぜかそこには全員の姿。
何かあったのか問いかければ、何もないとの答えだったから…
彼らの方にも何かあったというわけではないようだ。
「九郎殿、弁慶殿…本日より暫く皆様と離れます。それを伝えに参りました」
今度は私が、彼らの前に膝を突く番だ。
本来ならば、私が彼らと馴れ馴れしい口調で、話してよいものではないのである。
立場は、彼らの方が比べ物にならないほど上なのだから。
「きみが僕のことをそう呼ぶということは…仕事ですか」
「はい。申し訳ありませんが…」
周りの皆は何事かと目を見張っている。
確かに、突然いつもと違う光景を見せ付けられれば、そうなるのも当然というもの。
だけれど、きちんとすべきところはきちんとしなきゃね。
「分かった。始めからそう言っていたからな。優先すべきはそっちの方だろう」
皆あっさり承諾してくれた…
と思ったんだけれど、渋るというか心配そうな人物が一人。
「ちゃんと帰ってくるよね?」
その人物っていうのは、望美だ。
後で聞いた話によれば、どうやら将臣くんっていう八葉が離れる時も、こんな感じだったらしい。
私は将臣くんが離れた後に合流したから…その時のことを知らないけれど。
何か望美には不安になる要素があるのだろうか?
「大丈夫だよ。仕事が終わればすぐに合流するから」
そう笑顔で返したけれど。
その時の望美の不安そうな顔がいつまでも離れなかった…。
「お久しぶりでございます。清盛様」
「おお、か。久しいな。以前会った時から何年ぶりだったか?」
「三年ぶりといったところでしょうか」
清盛は怨霊として甦っていた。
それも、以前の姿とは異なる姿で…。
「よくわしだと分かったな。この姿で会うのは初めてであろう?」
「ええ。でも私が清盛様を分からぬはずがないでしょう?」
「相変わらず上手いことだ。今宵の舞、楽しみにしておるぞ」
「はい」
福原への潜入の手はずは、すでに整っていた。
以前と同じように、舞手として。
というのは、私の潜入時の偽名である。
が…
実は私の本名を、正体を知っている者がいる。
ならば何故、潜入が成功しているかと言えば…
「よう、」
「将臣くん…。その名前で今は呼ばないでくれるかな?バレたらどうしてくれるのよ」
突然、後ろから声をかけてきた人物。
赤の陣羽織に鮮やかな青色の髪をしたこの人は、有川将臣という。
そう、譲くんのお兄さんだ。
「俺は別に構わないけどな。それでも」
「あのね…。邪魔しないでとは言わないけど、するつもりなら容赦はしないわよ」
「はいはい、分かってるよ」
全く悪びれた様子もないし…。
これは先が思いやられるわ。
私と将臣くんが出会ったのは、3年前。
今と同じように私が潜入した時のことだった。
『そう…。ならば伝えて。今日中にカタをつけてそちらへ戻ると』
『分かりました』
政子様と私の橋渡し役の男に、私はそう伝えていた。
清盛を今日中に暗殺し、政子様の元へと帰るつもりだったのだ。
しかし、まさかその話を聞いている人物がいたなんて…。
そう、その人物っていうのが将臣くんだったのだ。
『お前…源氏の奴なのか…?』
どうやら、私が外に出るのを見掛けて追ってきたらしい。
その時の彼は、まだ剣などほとんど持ったこともなくて。
ただ、清盛の嫡男・平重盛に似ているからと、平家に世話になっている身だった。
だから、始末しようと思えば出来たのだ。
だけれど…私はそうしなかった。
『そうよ。本当の名前は。それで?それを知ったからってどうするつもり?
この世界に、まだ縁の薄いあなたには関係のないことのはずよ』
知っていたから…将臣くんが私と同じ世界から来たということを。
だから殺さなかった。
この世界で、一人になった孤独を…苦しみを知っているから…。
『確かにそうだけどな…。でも俺にも平家には恩がある。もし、お前が何かするって言うなら…俺は止めるぜ?』
恩…か。
拾ってもらった恩ってところでしょうかね。
私もあなたも、その恩だけは仇で返せないといったところか…。
『出来るかしらね?今のあなたの腕前で。それを私に向けるのならば、容赦はしないわよ…?』
将臣くんが持ってきていた大刀に手をかけようとしていた。
だから、牽制のつもりでそう口にしたのだが…。
彼はやめるつもりは無いようだった。
仕方ない、と私も懐の小刀を取り出す。
否、取り出そうとした時だった…
『こんなところにいたのか!大変だ!!清盛様が…!!』
その一言で、緊張が私達の間に走った。
とにかくさっきの事は後回しにして、私達は清盛の元へと急いだ。
しかし、その時にはもう清盛は…。
『これから、どうするつもりよ?』
『さぁな…。俺はここ以外行くところもねぇし…』
『私と一緒に来るつもりは?』
『それもいいかも知れねえけど…でも、俺は…』
『恩を…拾ってくれた恩を返したいんでしょ? 』
私と一緒に来るのも、ここに残るのも…彼の選択次第だし。
決めるのは彼。
『あぁ…』
そう言って、彼は私とは一緒に来なかった。
彼にも、捨てられないものが出来ていたから。
「それで?今回は一体何が目的なんだ?」
「これまた、ストレートにものを聞くわね」
簡単に白状すると思ってるのかしらね?
自分だって、聞かれたら素直に答えないでしょうに。
「素直に言うと思う?それより、望美たちが心配してたよ?将臣くんのこと」
「ま、言わないわな。それに…何で望美たちのこと知ってるんだよ?」
「だって今、彼女達と一緒にいるんだもの。将臣くん、八葉なんだってね」
望美が将臣くんと別れる時に、心配してたのはこれが理由なのかしら?
ま、平家に戻るって聞けばそりゃ心配もするだろうけど。
「まあな。それより、俺が平家にいることあいつ等に言うなよ」
平家にいることを言うな?
それって…
「え?それじゃあ、皆は将臣くんが平家にいること知らないの?還内府ってことも?」
つまり、知らないってことだよね?
皆は、将臣くんが一緒に行動できない理由を知らないってこと?
そりゃ、九郎さん達には言えないだろうけど…源氏の総大将や軍師や軍奉行が揃ってるからね。
でも、望美は知ってるかと思ってた…。
「お前なぁ…当たり前だろ?それに、何の関係もないのに言う必要もないだろ?」
「まぁ、確かにね」
何の関係もない?
それはつまり…もしかしたら将臣くんも、彼らが源氏だって知らないのかもしれない…?
「第一、お前もなんであいつ等といるんだよ?そっちも仕事か?」
彼は私が源氏だって知ってるし。
今、仲間だからなんて言ったら…ちょっとマズイわね。
「ま、ね。一応仕事かな」
とりあえずは適当に答えておく。
お互いに隠してることを、私がわざわざバラす必要もないだろうし。
そんなことしたら大変なことになるからね…。
「じゃあ、俺は用事があるから行くぜ」
「ああ、うん。分かった。また後でね」
これから暫くは、清盛を暗殺する下準備と、機会を窺うつもりだ。
動向を探れ次第、実行に移す。
それまでに何度か顔を合わせることもあるだろう。
「それと、知盛。あいつには気をつけろよ…。もしかしたら、何か感づいてるかもしれねぇからな」
「それはどうも…」
感づいてるって…もしそうなら油断できないかな。
それよりも、敵にそんなこと言っていいのかしらね?
そういうところは、平家になりきれてないって感じがする。
「何度見ても、すばらしい舞だな」
「もったいないお言葉、恐れ入ります」
今夜、私は清盛に呼ばれていた。
舞を見せろということなのだが、これから毎日これだと思うと少々疲れる。
仕事だから仕方がないけど…。
「少々お待ちいただけるかな…?お嬢さん…?」
夕食の席も終わり、部屋に戻ろうとした時に声をかけられた。
振り向けば、銀の髪に紫の目をした男…。
さっきの席でも、清盛の横にいた人物だ。
「知盛様…。何か御用でございますか?」
引き止めるなど、何かあると思ったが…
それでも、いたって冷静に答えを返す。
するとクッと喉の奥を鳴らすような、笑いが返ってきた。
「一体何を企んでいるのか…。その身のこなし…普通の者ではないだろう…?」
人を馬鹿にしたような笑い方だが、確実に私を探っている…。
私の言動、どんな些細なことからも正体を見破ろうと…。
「何のことでしょう?私が普通の者ではないなど…冗談がお上手なのですね」
この人の前では些細なミスも許されないか…。
それに、剣も向けられていないのにこの殺気。
やり合ったら勝てるかどうか、微妙なところね…。
「白を切るか…。まあそれでもいいさ…。お前は俺を楽しませてくれるのだろう…?」
「ご期待には添えそうにありませんわ」
正直この場を早く離れたい。
顔には出さないが、内心は穏やかではないのだ。
見えない凶器を突きつけられているような…。
生きた心地がしない…。
「これが、将臣くんの言ってた意味…ね」
失礼します、と逃げるようにその場を去ってきた。
部屋に戻ると、思わず床に座り込んでしまう。
知盛の殺気は、ぶつけられただけで死をイメージさせられた…。
この人には敵わないと、そう思わされた。
あれで、きっと本気ではないのだから恐ろしい。
それから何日かして、それなりに情報を集めた。
平家が三草山から京に攻め入る作戦を立てていること。
三種の神器の内の一つは、すでに失われてないということ。
平家の中ではすでに生身の人間が少なくなっているということも、色々とね。
書状ですでに、その情報を鎌倉と京の皆の元へと伝えた。
こちらもそろそろ、計画を実行に移さなければならないかな…。
今、還内府の将臣くんと平経正さんが不在なのだ。
彼らは兵と共に、三草山へと行っているから、最大の好機といったところか。
「将臣くんには悪いけど…そろそろ実行に移しましょうか」
そう決めた私の元へ、待ち構えていた情報が耳に入った。
三草山の戦闘が始まった…と。
これを待っていたのだ。
これで、将臣くんたちが今すぐに帰ってくることがないと、確実になった…。
私は、政子様と私を繋ぐ役目の男を呼んだ。
「今夜決行すると…伝えて」
全ての手はずが整ったと…その言葉を待っている政子様の元へね。
「今宵も頼むぞ」
私は夕食の席に呼ばれた。
刻々と時間が迫ってくる…。
舞用の剣を本物の剣へとすり替える。
そして懐へは数本の小刀。
だけれど…
部屋に入った私は驚きを隠せなかった。
「何で…」
入った部屋にはいるはずのない人物。
見間違えるはずもない、三草山にて戦の中にいるはずの人物が…。
「どうした??」
清盛が呆然と立ち尽くしている私に声をかける。
ここまできて、怪しまれるわけにはいかない。
「いいえ。なんでもありませんわ」
そう言いながら、舞の準備を始めたが…
どうして…将臣くんが帰っているの?
経正さんはいないみたいだけれど、彼だけで…戻ってきた?
何の為に?
『どうする?知盛一人なら…と思っていたけれど…』
『将臣くんまで清盛の横にいたんじゃ、近づくのは得策じゃない…』
『でも、もう退けないところまで…来てしまっているし…』
舞を舞っている間、ずっと考えを巡らせていた。
私の正体を知っている将臣くんは…きっとこの席の間中、私が清盛に近づくことを許してはくれないだろう。
ならば、チャンスはこの舞の間しかない…。
将臣くんが突然立ち上がり、私に背を向けたのが横目に入った。
知盛も清盛と話をしている…。
隙ができた…今しかない。
懐へと手を差し入れ、小刀を清盛へと投げる。
辺りが一気に騒然とした。
「清盛様!」
清盛の顔面に刺さると思った瞬間だった…
ガキィィッ
と音がして、全ての小刀が弾かれる。
「将臣くん…」
「悪いな…」
弾いたのは紛れもない将臣くん…。
はめられたのだ…。
私が清盛を狙っていることを感じ取って、わざと隙を見せた…。
「チッ…」
だけれど、一度失敗したからといってここで退くわけにはいかない…。
私は剣を構えなおすと、清盛へと駆け出した。
周りの人間が何人か飛び掛ってきたけれど、構わず斬り捨てる。
狙うのは清盛一人。
だけれど邪魔をするなら、容赦はしない。
あと少し。
そのところで、視界に入ったのは…銀色だった…。
あの、身も凍るような殺気と共に…。
知盛の攻撃を防ぎながら、後ろへと一転する。
だが、知盛が攻撃をやめることはない。
体勢を立て直す暇も与えてはくれない。
「お前の力は…その程度、か…?」
「そんなわけないでしょう…っ」
悪態をつけるのならば、まだ余裕があるのか?と思えるが…
全くそんな余裕などない。
攻撃し返すどころが、防ぐのがやっとだ。
「あなたの相手をしてる場合じゃないのよっ」
決死の覚悟で知盛の横をすり抜ける。
当然目指すは清盛。
この場から逃げなかったこと、後悔させてやる…。
ザシュッ…
何かが切り裂かれるような音がした。
同時に生暖かい感じ…。
切り裂かれたのが自分だと…血を流しているのが自分だと気付くのに数秒をようした。
「ここまで、か…」
傷は決して浅くはない。
今すぐ止血をしなければ…間違いなく死ぬだろう。
「助けてやっても良いぞ?そなたの知る情報、全てを渡すのであればな」
清盛はあざ笑うかのように笑い声をあげた。
助ける代わりに、情報をよこせ?
「冗談じゃない…」
誰があんたなんかに…
そんな屈辱、受けるくらいなら…
私は自らの耳に手を当てる。
外したのは一つの耳飾。
銀色に光るそれは、人間が口にすればたちまち死に至る猛毒だ…。
「あんたの思い通りなんかに…させるものですか…」
耳飾を口に入れようとしたとき、その腕を掴まれた。
その人物を睨み上げれば、真剣な表情をした将臣くんがいて。
どういうつもりよ…。
私の邪魔をするだけじゃ満足しないわけ?
「そう、焦るな応龍の神子。一人で乗り込んでくるその勇敢さに敬意を表して、一つ面白い話をしてやろう」
「面白い話…?」
突然予想外のことを言い出した清盛。
だけれど…次に言われた言葉は、もっと予想外のものだった―――…。
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あとがき
変なところで切ってしまった…
だけれど…続きを書くともっと長くなってしまうので…
とりあえずはこんなところで切ってしまいました(汗)
ちなみに、人物をいっぱい出そうと思うと…
難しいことが判明…。