もしかしたら…
ううん、多分…
私は貴女も好きだったんだと思う―――






決着





「そう…来てしまったの」

そう言う荼吉尼天からは、一体どう思っているのかハッキリと感じることは出来なかった。
皆が来て、追い詰められたと焦っているのか。
それとも、楽しんでいるのか。

「だから言ったでしょう?絶対皆は貴女を追ってくるって」

言ったよね?
私の仲間を安く見るなって。
必ず、皆は追ってくると、そう言ったはずよ?

「信じてくれるのは嬉しいけどな、追いかける方の身にもなって欲しいもんだぜ」
「将臣の言う通りだね。ま、それはそれで楽しいからいいけど」

はぁ、とため息をついている将臣くんの横で、ヒノエくんがくすくす笑っていた。
改めて振り向いて皆を見れば、呆れてる人が大半。
ヒノエくんはさっき言った通り、笑ってるし。
約一名だけ、黒いオーラを漂わせて微笑んでるかたがいるけど。
それは気付かない方向で!

「しょうがないしょー。今回は不可抗力なんだから」

何て、反省してる様子も無しに返す。
まさか、自分から追いかけてきたなんて言えるわけないじゃない!

秘密よ、秘密。

「荼吉尼天、貴女は私達に勝てると思ってる?」

スッと、荼吉尼天に視線を戻し問う。
そこにいた全員の視線が私達に集まった。

「あら、怨霊を喰らい、力を蓄えた私が負けるはずはないでしょう?」

嘲笑うかのような返答。
やっぱりね。
と思いつつも、ここで諦めて欲しかったとも思った。
よく分からない。
私が、この人に感じているのは…憎悪だけなのか、そうじゃないのか…。

確かに、荼吉尼天を追ってきたのは、怒りに任せてだった。
自分の手で、決着を付けたいと、そう思ったから。
だから追いかけてきた。

でも…

「変なの…」

いざ、倒さなければならなくなったら…手が震えた。
この人は、政子様ではない。
宿っていただけで、むしろ私から彼女を奪い、仲間まで殺そうとした人。

私の幸せを奪ったのはこの人なのに。

ねぇ…、どこからが政子様?
どこからが荼吉尼天だったの?

「さぁ、あなた達の魂を頂こうかしら?」

降り注ぐ雨の中、激しい爆音が響いた。










「こっちに来るぜ。九郎!気をつけろ!」
「分かっている!」

雨に混じって、足元に流れる血は誰のものなのか…。
誰が怪我をしたのか、それが酷いのか浅いのか、それすら分からないほど雨脚は強まって。
荼吉尼天の攻撃の閃光が、更に視界を奪った。

ハッキリ言って、こっちが不利。
それでも、皆が荼吉尼天に攻撃を仕掛ける中、私は一人攻撃を避けているだけだった。
刀を握り締めた手の震えが止まらない。

「近づくこともままなりませんね…」
「やっぱり、一筋縄じゃいかないか。ま、予想はしてたけどね」

分からない。

まだ、政子様が頼朝に出会う前、笑いかけてくれた政子様。
本当に大好きだった。
幸せだった。

でも…
じゃあ、その後の彼女は?

「景時さん!遠距離攻撃できる俺達で隙を作りましょう!」
「了〜解!行くよ」

頼朝の影響を受けて、人が変わってしまった政子様。
でもそれは…荼吉尼天が宿ったからで。

あれからの彼女はどっちだったの?
何で私は、彼女の命令にしたがって、側に居たの?

いつだって、逃げる事は出来たはずなのに。
一人で生きていくことぐらい、出来たはずなのに…何故?

「視界が…っ」
「敦盛、敵を見るのでは無く感じなさい」

彼女にもう一度笑って欲しかったから?
ううん、それだけじゃない。
だって…心の中では、もう戻ってはくれないと諦めていたんだもの。
認めて無かっただけで、本当に…諦めていた。

それでも、側に居たのは…。

「そっか、私…」

今更気付いても変わらない。
違う、多分最初から気付いていても、変わらなかった。

「望美!」
「神子!!」

荼吉尼天の攻撃をギリギリでかわした望美に、間髪居れず次の攻撃が仕掛けられた。
だからね…
貴女が、皆を傷つけようとする限り、この結果は変わらないの。

一瞬だけ、フッと笑って。
次の瞬間、飛び込むように地を蹴って、私は望美を力の限りつき飛ばしていた。

…?」

ポタリ、ポタリと血が腕を伝って、地に落ちては雨に流されていく。
その様子をジッと見て、私は望美へと微笑んだ。

「大丈夫。かすり傷だよ」

そう言って、左手を負傷した右肩へと当てた。
次の瞬間、傷口が淡く光りだす。

「相変わらず勇敢な子…。迷わず攻撃に飛び込むなんて」
「私の前では誰一人として、死なせるつもりありませんから」

にこりと微笑んで、そっと左手を離した。
光が収まったところに見えるのは、傷が消えた右肩。

それを荼吉尼天も皆ですら凝視した。

「姫君のあの力か…」
「そっか、ヒノエくんと望美は見たことあるもんね」

一度、熊野で見せている。
にしても、ホント久しぶりに使ったわ、この力。
あんまり大きな怪我してると、力使えるほど体力無いし。
まぁ、多少は使ってたけど。

「そう…あなた、時間を戻すことが出来るの」
「よく分かったわね。さすが神様と言ったところかしら?」
「その力…人間が持っていいような力ではないわよ」

そんなこと、言われなくたって分かってる。
怨霊の時間を戻すのも、怪我をする前の時間に戻すことも。
土地に残る記憶の時間を遡ることも。

そのどれもが、人間の持っていい力の範疇を超えてる。
それでも

「貴女も、似たようなものよ」
「私が?」
「神として、やってはいけないことを犯し…」

そして…

「結果、自分の手に余るほどの力を手にしてしまった」

持っていい範疇を超えて、力を手にしてしまったのはあなたも同じでしょう。





++++++++++++++++++++++++





「貴女も同じよ」

の視線は鋭いものだったけれど、どこか違和感を感じたのはオレだけだろうか。
その違和感が何かと聞かれれば、答えることなんて出来ない。
それでも、何か不安を覚えさせる、そんな瞳だった。

「ふふ、そうね。だけれど人間と神、この差は大きいわ」

再び爆音が響き、が居たところは大きく崩れていた。
その攻撃を難なくかわすと、は九郎の側へと舞い降りる。

「皆にお願いがあるんだけど、いい?」
「どうせろくな事ではないんだろう」
「またそういう事言うんだから…」
「言ってみなよ、姫君」
「やっぱり、ヒノエくんの方が協力的だなー。どっかの誰かさんとは大違い」

フフンっと、ちょっと小ばかにしたような視線を、は九郎に向けた。
それに、九郎の眉が少し寄る。

「って、冗談は置いておいて」

冗談には見えなかったけど?
とは思いつつも、今はそんなこと言ってる場合じゃない。

「わわ!九郎、何か作戦があるなら早くしてよ〜」

荼吉尼天の攻撃を避けながら、景時が九郎へと叫ぶ。
それに
『分かってる!』
と九郎は怒鳴り返した。

「簡単に言えば、荼吉尼天の視界を奪うように派手に攻撃して欲しいの」
「派手にって…、大したダメージは与えられないんじゃないか?」
「将臣くんの言う通りよ。別にダメージを与えることが目的じゃないの」

確かに、近づけないからと術も使ってはいた。
それでも、荼吉尼天はほとんど効いていなくて。
だからこそ、余計に倒す事が出来るのか?と不安を抱かせていた。

「じゃあ、何が目的なんだい?」

それでも、彼女は全くそんな事を気にしてはいないみたいで。
倒す方法が分かっているから大丈夫だ、と言わんばかりに余裕だった。

「荼吉尼天を追い込むまでの、目くらましだよ」

その後、が言った作戦に、誰もが待ったをかけたかったけれど。
でも、他に手があるとも思えなかった。










「何のつもりかしら?」

荼吉尼天は、自分に仕掛けられる攻撃に怪訝そうな声を出した。

炎が襲い、大地が隆起する。
風が吹き荒れ、雷が迸り

そして、その攻撃の間を埋めるように矢と陰陽術が降り注ぐ。

「そんなもの、何の意味も無いと言うのに」

くすくすと、笑う荼吉尼天。
その笑みは、自分の勝利を信じて疑わないものだった。

でも、それは間違いだぜ。
アンタは俺達に…
いいや、彼女に負ける。

「意味ならあるわよ」

攻撃で立ち込めた土煙が晴れ、ピタリと荼吉尼天に突きつけられた刀が二本。
喉もとにはの、背にはリズ先生の刀。

そして、荼吉尼天の目の前には白龍と、その両脇に望美と朔ちゃんが。
更に3人を守るように、敦盛が立っていた。

「動かないほうがいいわよ。動けば痛い思いをするだけだから」

どうせ、消えるなら痛くない方がいいでしょ?
は言って。

「強大な力は必ず争いの種になる。だから…消えてもらうしかない」

だけれど、やっぱり感じるこの違和感はなんだ?

さっきの言葉も、今の言葉も…まるで…
そう、自分に言っているような…。
そんな気がしてならない。

「終わりよ」

の言葉を合図とするかのように、白龍が荼吉尼天へと手をかざす。
そして、白龍へ力を貸すように
望美は白龍の逆鱗を、朔ちゃんは黒龍の逆鱗へと力を込めた。

「貴女の負けだ。荼吉尼天」

荼吉尼天を、白龍の力が包み込む。
溢れる力の眩しさに、誰もが目を細めた。

それでも、光の中心に見える荼吉尼天の姿が消えるまで、目を逸らす事はなかった。

だんだんと、光が小さくなっていく。

「分かってる…。私の力も同じだって…」

そして…その光が消える時に届いた言葉は、空耳だったのだろうか。





++++++++++++++++++++++++





「貴女の負けだ。荼吉尼天」

いくら神子と八葉と言えども、このままでは荼吉尼天勝てない。
神に勝てるのは、神だけ。
私達は、白龍を手助けするしかない。

そう思ったから、気付かれないように荼吉尼天の動きを封じる作戦を立てた。

倒すだけじゃ駄目なんだ。
消さなければ…。
強大な力は、必ず争いを呼ぶ。
災いの元になるから…。

『そう…あなたの勝ちね。…』

光の中で、姿が薄れていく荼吉尼天。
でも、その表情はどこか優しく微笑んでいたように見えた。

「本当は、貴女を倒す事を迷っていたの」
『なぜ?私の事を憎んでいたでしょう?』
「そう、ね…」

私は確かに貴女を憎んでいた。
私の幸せを奪った貴女を。
だけれど…
それ以上に、恐らく好きだったんです。

貴女が宿って変わってしまった後も。
例え、私に接していたのが政子様だろうが貴女だろうが。
そんなのはどちらでもいい。

どちらでも、私を必要としてくれてたことは変わりないから。

どんな形でも、必要としてくれていた。
いらないと、そう言わないで側にいさせてくれた。

だから…

「私は、貴女のことも好きだったのよ」

そう微笑んだ私に、荼吉尼天は驚いたような顔をして。
少し微笑んだ後、目を伏せた。

『強大な力は争いを呼ぶ、そう言ったわね』
「ええ」
『だけれど、それは…、あなたにも言えること』

真っ直ぐと向けられた瞳が、何を語っているのか分からなかったけれど。
でも、敵意が無いのは分かったから。
私はただ、微笑んで。

「さようなら、ね…」
『そうね…』

本当に、もう姿を確認するのすら困難なくらい荼吉尼天の姿は薄れていて。

『私も、あなたが好きだったわ…』

届いた声は、決して聞き間違えなんかじゃない。
そう思いたい。

強大な力は争いを呼ぶ。
それは私にも言えること。

「分かってる…。私の力も同じだって…」

だから…、争いを引き起こしてしまう前に…。










「一件落着だね〜」
「全く、一時はどうなるかと思ったけどな」

なんて、ほのぼの?とした会話が交わされてるけど。
現状はちょっと、そんな落ち着いてる場合じゃなかったり。

「それにしても、問題はどう帰るかだな」
「そんなに急ぐ必要はない、と言いたいところですが…そういう訳にもいきませんしね」
「ああ、今すぐ戻れるのなら戻らなければならないだろう」

頭を悩ませる源氏総大将と軍師の二人。
そうなのよね、いつまでもこの世界にいるわけにもいかない。
こっちの時間と、あっちの世界の時間がどれくらい差があるのか分からないけど…
のんびりしてはいられないから。

「まぁまぁ。実は方法が一つだけあったりするのよね」

にっこり笑う私に、全員の驚いたような視線が向けられる。

「それは本当ですか?さん」
「あら、私が嘘をついたことがあります?」
「おや、それはきみが一番よく知ってるのでは?」
「さぁ?何のことでしょうかねー?」

嘘?あったけ?
冗談はいっぱいあるわよ。
でも、その冗談を本気にするからいけないんじゃないですかー。
だから嘘はついたこと無いですよ!嘘は!

「ま、そんなことより、浜の方に移動しませんか?」

私があなた達に出会った場所に。
幼い私が待っている、あの海岸に―――










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あとがき
い、一ヶ月半ぶりの更新になります…っ。
ごめんなさい!
しかも、大分話を急いでる感が(汗)
いえ、別に急いでるわけではないんですが。

さて、予告いたしますと後3〜5話程度で連載も終わりです。

更新遅いので、何だか1年以上もかかってますが。
もう少しで最終話ですので、どうぞ最後までお付き合いくださいませ!