もう、皆は目と鼻の先にいて
会いたくて仕方ないくせに…
どうして、体が動かないの?

本当はね…
皆に会うのが怖くて怖くて、堪らないの―――






伝う雫






「落ち着いたかい?」

あれから、今までで初めてじゃないかってくらい泣いて。
やっと涙が止まった私に、ヒノエくんが微笑んだ。

「ヒノエくんこそ…」

泣いた後の顔を見られるのが嫌なのと、恥ずかしいせいで俯いて。
口から出たのは、有り得ないくらいに可愛げのない言葉。

あーもう!
何言ってるの自分!

なんて、後悔したって遅い。
後悔するぐらいなら、言わなければいいのに?
そんなの、自分でも分かってる!

「ん?オレ?」

だけど、当のヒノエくんは全く気にした様子もなかったから。
あぁ、そう言えばそういう子だった…
なんて、心の中で納得してみたり。

「オレは、まだ無理だね」
「無理って…」

ヒノエくんは、そう笑顔で言ったけれど。
いやいや、十分落ち着いてるように見えますが?
言ってる事と、表情が全く正反対ですから!

ヒノエくんの顔を穴が開くんじゃないかってくらいに見つめて。
内心そんな突っ込みを入れていたら、突然ふっとヒノエくんの顔から笑顔が消えた。

「これが落ち着いてなんて、いられると思うかい…?」

そう言った彼は、さっきとは打って変わって、今にも泣き出しそうに見えた。
だから、何故だかギュッと、胸が締め付けられるような…そんな気持ちになって。
とても切なくて…涙がまた溢れそうになった。

何か言おうと口を開きかけるけど、言葉がでてこない。
でも彼にこんな顔をさせたのは、他でもない私だ…。

何て言えばいいのか分からなかった。
それでも…何も言わない、なんてことはしてはいけない気がして…。
何か言おうと口を開きかけたけど、その前に再び強く抱きしめられた。

「ヒノエくん…?」

目に映るのは彼の服の色だけになって、表情は分からなくなってしまったけれど。
ハッキリと伝わる彼の体の震え。

「ごめん…。少しだけ…」

体と同じように、彼の声も震えていて。
ポタリポタリと零れる雫が、私の肩を濡らしていく。
その一粒一粒が、私を罪悪感でいっぱいにしていった。

あぁ…私は何て事をしてしまったんだろう。
失う悲しさは、嫌ってくらいに知っていて。
残されることが、どれだけ辛いか分かっていた。
だから、皆を守ろうとしたというのに。

そのせいで…
この人にも、同じ思いをさせてしまった…。
絶対に、そんなことあってはならなかったのに。
誰よりも笑っていてほしかった人を…悲しませてしまった。

ねぇ、謝らせてくれる…?
許してなんて言わないから。
せめて…一言…

「ごめんね…、ヒノエくん…」

小さく呟いたそれが、彼に届いたかは分からないけれど。
彼の私を包む腕に、力が篭ったような気がした。










『ヒノエくん、遅いね』
『そうだな。何かあったのだろうか?』

小屋の中から聞こえてくるのは、間違いなく皆の声。
それがとても懐かしい気がする。

『オレだけじゃない。全員、お前に会うために時空を超えたんだよ』

そうやって、ヒノエくんに言われた時には、開いた口が塞がらないどころじゃなくて。
暫く思考回路停止状態だった。
嬉しかった…嬉しかったんだけど。
なんて無茶をする人たちなの?

『心配はいりませんよ。二人とも』

望美と敦盛さんに、弁慶さんがそう言った。
声からして、多分いつもの微笑みを湛えていらっしゃるのだろうけど…。
でも…

『むしろ、帰ってきてからの方が心配ですね』

その笑顔に黒い気配を感じるのは、絶対に気のせいじゃないと思う。
というか、黒いを通り越して、殺気にも近い気が…っ。

「アイツ相当、機嫌悪くなってるな…」

横にいたヒノエくんも、呆れつつも顔は引き攣っていて。
私自身も、人事じゃないと冷や汗が流れた。

だって、こんなに遅くなったのは、明らかに私のせいだし…。
あれから結局、再び私も涙が止まらなくなってしまって。
しかも、泣き止んだのがヒノエくんより相当後。
どこまで世話をかければ気が済むんだ自分…っ。

「ご、ごめんね…っ」

弁慶さんの怒りは、私が引き受けるから!
私は慣れてるし。
それに…
望美に朔でしょ、九郎さんとか弁慶さんとか景時さん。
それに先生に敦盛さんに白龍と譲くん。
あと…

『何だかんだ言っても、アイツもまだ子供だからなぁ』

何故だか居る将臣くん。
よく分からないけど、彼も一緒に時空を超えたらしい。

って、そんなことは先ずは置いといて。
とりあえず、これだけの人数の説教を受けるんだろうから…
この際、少しくらい向けられる怒りが増えたところで、痛くもかゆくもないわ!

「将臣の奴…」

ヒノエくんは、思いっきりため息をついて。
かなり嫌そうに眉を寄せていた。

「ヒノエくんってさ、子供扱いされるの嫌いだよね」
「そりゃね。男で子供扱いされて嬉しい奴なんていないと思うけど」
「そうかなぁ?可愛くていいのに」

そうやって言えば、ヒノエくんはさっきよりも大きなため息をついた。
『分かってないね…』って聞こえた気がするけど、そこは聞こえないフリ。

「これ以上、アイツ等を怒らせる前に入ろうか」

ヒノエくんは苦笑しながら、戸に手をかける。
でも、その手を思わず掴んで引き止めてしまった。

?」

不思議そうなヒノエくんに、慌てて『何でもない』って返したけれど。
そんなことで誤魔化されてくれる彼じゃなくて。
う…。
そんな目で見られたら、白状するしかないんですけど…っ。

「ただね…どんな顔して会えばいいのかなって…」

皆が怒っていて当然。
だから、怒られるのが嫌だとか言うんじゃない。

いや、度が過ぎるのは嫌だけど。
特に大将と策士さんね。

「会いたいけど…少し、怖い…」

いくら皆を守るためとはいえ、私がしたことは許されることじゃなくて。
それは、ヒノエくんの涙を見たときに…痛いほど実感したから。
合わせる顔が無い。

「大丈夫だよ。何も心配する事ないと思うけど?」

だけれど私の心配を他所に、ヒノエくんは笑って。
そして、突然戸から手を離したかと思うと、私の手をとって戸から少し距離をとった。
それを不思議に思って、どうしたのか聞こうとしたんだけど…
突然聞こえてきた、景時さんの焦った声によって遮られてしまう。

『く、九郎!?』

次の瞬間、バンッ!と目の前の戸が勢いよく開かれた。
九郎さんと、状況についていけずに呆然としていた私の目が合う。
瞬間、九郎さんの瞳が驚きで見開かれた。

…なのか…?」
「え、あ…うん」

あまりに突然のことに、返さなくてもいい返事を律儀に返してしまう。
九郎さんの後ろから、皆が急いで姿を見せたけれど…
私は暫く目を逸らす事も出来ず、呆然と固まってしまっていた。










「馬鹿かお前は!」

再会早々、第一声がコレってどうなのよ。
こっちは、皆に酷いことしたってすごく後悔してて。
だから、どんな顔して会えばいいのかとか。
会いたいけど、怖くて…
会ってもいいのかとか、真剣に悩んでたっていうのに。

会った瞬間に、いつものごとく馬鹿と言われて。
事実なだけに、言い返せないのが悔しくて。
さっきまでの、ちょっと後ろ向きな気持ちはどこへやら。
思わず自分のことを棚に上げて、一言文句を言いそうになった。

でも、それよりも何より…。

「九郎、じゃなかったらどう誤魔化すつもりだい?」

くすくす笑っているヒノエくん。
うん、私もそれを言いたかったのよ。
私が言っていいことじゃないような気がしないでもなかったから、黙ってたけど…。

「そ、それは…」

やっと気がついたのか、九郎さんはすぐに焦りの色を浮かべた。
そうだよね。
だって本当なら、今ここにいるのは皆の知ってる『私』じゃないはずだもの。

実際は私も時空を超えているから…
馬鹿って言われても仕方ないって思ってるし、何でそうやって言われるのか分かってるからいいんだけどね。
本当なら、この時空の私は馬鹿って言われることはしてないはず。
うん、あくまでハズだけど。

「あれ…ヒノエくん。それって…」
「さすが姫君は賢いね」

どうやら気がついた様子の望美に、ヒノエくんが笑みを向けた。
少し遅れて、全員が『じゃなかったら』そのヒノエくんの言葉の意味に気がついたようで。
驚いて呆然としてしまう皆。
そんな皆を、私は困ったように…ヒノエくんは面白そうに笑って見ていた。










感動?の再会の後、何よりもまず、私が生きてることに驚かれて。
だから、自分でもよく分かって無いことを、何度も何度も説明した。
結局、結論は宝珠の力で時空を超えたから、死なずに済んだ。ってことになったんだけど。
やっぱり辻褄が合わないというか、理解不能な部分が多すぎる。

それは皆も同じ気持ちなご様子。
だから最終的には、今あるこの状況を素直に受け入れることにしようってことになった。

で、その後散々全員からお叱りを受けた私。
とは言っても、先生と白龍、敦盛さんは怒ったりしなかったけどね。
むしろ、あまりにも心配されるし優しいし、…逆に申し訳なかった。

景時さんは怒ってるの半分、心配半分といった感じだったけど
『俺がもう少ししっかりしてれば…』
って、落ち込ませちゃった挙句、謝られてしまったから相当焦ったわ…っ。

「もう!いくら言っても足りないくらいなんだよ!」
「まぁまぁ、望美。そのくらいにしておいてやりなよ」

ずっと、人事の如く (実際人事だけどさ) 見ていたヒノエくんが、助け舟を出してくれた。

「オレ達の目的はと会うことと…もう一つあっただろ?」

ヒノエくんの言葉に、私を除いた全員が頷いた。
話が見えない私に、全員の真剣な視線が向けられる。

「もう二度と、あの運命は繰り返さない。繰り返すわけにはいかないの」
「もう、を失いたくない…。あの人のように…」

運命を変えるために、時空を超えたと望美が言って。
朔が、黒龍の逆鱗を握りしめた。

「今度こそ、僕達もきみと共に戦います」
「お前だけが背負うなんて、馬鹿な話があるか」
「ほら、前にも言ったよね。歩む道は一緒ってね〜」

弁慶さんは言ってる事は物騒だったけど、笑顔はとても柔らかくて。
九郎さんは相変わらず眉間に皺寄りっぱなしで、それでも声はとても優しかったし…
景時さんの笑顔は、やっぱり癒された。

「僕達も頼ってください」
「お前は自分の信じる道を進みなさい。だが、一人ではない」
殿、あなたが一人で抱え込む必要はないと思う」

譲くんに『頼ってもいいの?』と小さく返せば、当たり前だと言われ。
先生は、皆へ視線を向けて微笑んで。
敦盛さんは、そんな先生に強く頷いて、優しい笑みを向けてくれた。

「お前は、オレ達を守れればそれでいい…運命を変える必要なんて無いって言うかもしれないけど…。
そんなの、オレたちは納得出来ないしね。今度はオレ達がお前を守る番だ」

ヒノエくんは『守られるっていうのは、ガラじゃないしね。オレ達全員』なんて言っていて。
その言葉に、私は一瞬呆然としてしまった。
再び目頭が熱くなって、涙が溢れそうになるのを必死で堪える。
だけれど、泣きそうなのに…私は自然と微笑んでいた。

「皆、を助けたくて時空を超えたんだよ」

そう言って、白龍は微笑んだ。
元の世界に帰ることも諦めて、全員で時空を超えたいと望美が願い。
誰一人として、戦に再び身を投じることに躊躇う事もなかったと…。

「まぁ、でも…俺達にとっちゃ、この時空は好都合かもしれねぇな」

将臣くんが言ったことの意味を、すぐに理解したのはきっと私だけだと思う。
だから、次の言葉に驚く事はしなかったけれど…
でも、皆はそうはいかないみたいだった。

「今からなら和議…結べるだろ」

今このときなら、まだ和議を結ぶ事が出来る。
それは、私も考えていた。
このために、この時空へと跳んだんじゃないかってそう思えるくらいに。
皆も知盛も…そして政子様も、誰一人として失うことなく、この戦を終わらせるためには…和議しかない。

だけれど、その前に一つ問題をクリアしなきゃならないみたいだった。
それは…将臣くんの正体のこと。
下手すれば…血を見ることになりそう…っ。

「何故、お前が和議のことを知っているんだ?将臣」

皆も九郎さんと同じように思っていたようだ。
それはそうよね。
将臣くんは、以前は和議を結ぶ時に居なかったし。
ましてや、その話が出たときにも居なかったんだから。
知っているはずがない。

加えて言うなら、皆が源氏だと将臣くんに誰も言ってないはず。
だから、やっぱりどう考えても、将臣くんが和議を知ってるはずはなくて。
皆は将臣くんが還内府だとは知らないから、疑問に思うのも仕方が無いことだと思う。
まぁ…将臣くんは、皆が源氏だと惟盛の件で気づいてるけどね。

「お前は話も聞いていなければ、和議の場にもいなかっただろう?」
「いたんだよ。俺も福原にな…」

将臣くんの小さなため息は、一体何に対してのものなのだろうか。
ほんの少しだけれど、将臣くんは躊躇うように口を閉ざして。
だけれど直ぐに真っ直ぐ、九郎さんに視線を向けた。
響いたのは、いつもと違う…威厳と風格に溢れる将臣くんの声。

「平重盛…還内府は、俺だ」















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あとがき
や、やっとここまで話が来ました。
第一話が大団円の後から始まってるところから、気づいてた方もいらっしゃると思います。
大団円で始まったからには、大団円をスルーしてはいけないでしょう!
というわけで、和議までやっと辿り着きました。
とはいいつつ…ちょっとまだ企んでたりするので(笑)
後何話で終わるのかは、ちょっとまだ予測不能(ォィ)