『お前を失いたくなかった、それだけだ』
九郎さんの優しい台詞も…
『この里が野党に襲われるかもしれません』
望美の真剣な言葉も…
皆の言動も、起こる出来事も何もかも全て…私は知っている
だからこそ、余計に…
皆が『私』を知らないと思い知らされて…
仕方が無いと、どうしようもない事なんだと分かっているのに…
何だか、少し切なくなった
届いた温もり
衝撃の事実!私は時空を超えていた!
って、今更衝撃でも何でもなかったりするけど。
その事実に気づいてから、すでに三日目が終わろうとしていて。
ついでに言うと、ついさっき吉野の里に到着したばかりだったりする。
だけど、どんなに日が過ぎても、やっぱり違和感は拭い去れないのが現状。
別に、何が何でも死にたかったわけじゃないし…
皆ともう一度一緒にいられることは、本当に素直に嬉しいから…
応龍の宝珠に、感謝してもしきれないくらいなんだけど。
「未来を知ってることが…こんなにも苦しいなんて思ってもみなかったなぁ…」
自嘲気味の笑みを浮かべながら、思わずぼやいてしまう。
こんな苦しみを背負って望美は今まで過ごしてきたんだな、って今更だけど実感して。
今までだって分かっているつもりだった。
だけど、それは…本当に『つもり』だったんだと、自己嫌悪に陥る。
「どうかしたの?」
「あ、ううん。何でもない」
不思議そうに顔を覗きこんできた望美に、慌ててなんでもないと笑みを返す。
危ない危ない。
危うくバレるところだったわ…っ。
っていうか、いつの間に?
さっきまで私は一人で木にもたれて、考え事してたはず。
望美が横に来てるなんて、全く気づかなかった(汗)
うーん、ちょっと注意力散漫になってるかも。
これは、ちょっと気をつけなきゃね。
特に今は。
だって…まさか時空を超えてきたなんて、絶対にバレるわけにはいかないし。
望美ですら知らない未来からなんだから、尚更のこと。
「望美、お前気をつけた方がいいぜ?」
「え?何を?」
これまた、いつの間に目の前に立っていたのか。
突然、笑いながら将臣くんが望美に声をかけた。
その言葉に望美はきょとんとして、訳が分からないと首をかしげる。
「何って、こいつに」
ちょいちょい、と将臣くんは私を指差して。
私は思わず顔をしかめてしまった。
「それ、どういう意味よ?」
「そのまんまの意味だろ。まさか忘れたなんて言わないよな?お前の寝起きの悪さをよ」
「ぅわ…やな奴…」
何か、半分小馬鹿にされてる気がしてならないんですけどー?
別に将臣くんのことだから、そんな気は全くないんだろうけど。
悪気がなけりゃ、いいってもんでもないでしょー。
っていうか、そりゃね。
確かにこの三日間、寝て起きるたびに変なこと言ってたわよ。
本物か?とか。
なんで此処にいるのか?とか。
いつまでも夢に出てくるな、とか(失礼)
もう色々とね。
でも、それは私にとっては正常なの!
別に寝起きが悪いとか、そういうわけじゃないのよ!
「もう、寝ぼけたりしませんよーだ」
少しだけ不機嫌そうに顔を背けると、望美がクスクス笑っていて。
それは将臣くんも同じだった。
なんでもないことが、とても幸せだと…
そんな二人を横目で見ながら、思わず笑みが零れていた。
「さてと。そろそろ行こうか」
よっと、立ち上がった私を望美が少し首を傾げて見上げる。
将臣くんも、どこに?と聞きたそうだ。
「ほら、望美も。夜になる前に皆に言いたいことあるんでしょ?」
今夜、この里に起きる事を。
それを止めなければ、どうなってしまうかを…
皆に伝えたいんでしょう?
「何で、知って…」
驚きを隠せない望美に、にっこりと笑って。
スッと手を差し出して、望美を立たせた。
「さーて、何ででしょう?」
別に大したことじゃないと言う様に、軽い口調で返す。
それに誤魔化されてくれたのか何なのか。
望美はまだ少し首をかしげていたけれど、それ以上は何も言わずに、自分の中で納得したみたいだったし。
不思議そうな顔をしていた将臣くんは、大したことではなさそうだって、気にするのを止めたみたいだった。
皆がいるであろう、里の人に借りた家に戻って。
望美の口から話されるのは、これから起きる事実。
「この里が野党に襲われるかもしれません」
再び、運命が廻りだす―――…。
「こりゃぁ初っ端からついてるぜ」
「上玉だな、こいつぁ」
嫌な笑みをニヤニヤと浮かべ。
やっぱり、前と同じく舌なめずりまでしてくれた野党達。
そんな彼らを前にして、私は一人呆れてしまっていたりする。
同じ運命。
同じ人。
言動が同じになって当たり前だし、同じでも不思議じゃないから、別にいいんだけど。
でも、もうちょっとレパートリーってものは無いの?
「あー、はいはい。それで、あなた達のところに行けば可愛がってくれるって?」
思いっきりため息をつきながら、以前言われた言葉をそのまま先に言ってみる。
すると、野党たちは
『分かってるじゃねぇか』
と、ますます嬉しそうな顔をして。
今までで最大であろうため息を、思いっきりついてしまった。
「私って、目の環境にいい場所にいたのね…」
紡いだのは、これまた全く前と同じ台詞。
当然、返って来る反応も全く同じ。
何か…やっぱり変な感じ。
その後すぐに駆けつけてくれた弁慶さんたちと共に、野党たちを一掃して。
まだ戦っているであろう、もう一方の方へ駆けつけた。
「そっちはどうだった?」
「粗方片はつきました。もう里を襲うこともないでしょうね」
前の運命と全く同じように、事は進んで。
誰一人として、かすり傷一つ負うことなく事なきを得た。
「頭は誰だ?」
その九郎さんの言葉に、野党たち全員が同じ方向…たった一人を指差して。
そんな部下達に『お前ら…っ』って焦る頭は、何度見ても少し気の毒。
でも、ごめんなさい。
やっぱりちょっと笑える。
…一度死んでも、私の性格の悪さは直らなかったのね…(苦笑)
って、多分時空を超えただけで、死んではないとは思うけど。
なんて、ちょっと場違いなことを考えていたら、話は随分と進んでいた。
いつの間にやら、頭を残して部下達は逃げちゃってるし。
「とりあえずさ、里の人を迎えに行ってあげた方がいいんじゃないかな〜?」
「景時の言う通りですね。まずはそれが優先でしょう」
「こいつに話を聞くのも、どれくらいかかるか分からないしな」
「じゃあ、オレが案内するよ。見張りを一人残しておけば、ここは問題ないだろ」
といった具合に、もういい!と言いたくなるくらいに、同じ展開になってまして。
で…多分この後九郎さんが…
「こいつを見張るのは…」
ほら、やっぱり言った。
これで、見張りに残るのは私だったんだよね。
「私がやるよ。九郎さん」
だから、同じように申し出た。
もちろん、皆承諾してくれて。
里の人を迎えに行く彼らを見送った後、私は残された頭に向き直った。
顔を真っ青にして、小刻みに震えている男。
その理由を私は知ってる。
でも、安心して?
前みたいに、刀を向けることはしないから。
「楓。知ってるんだよね…母のこと」
もう、会うことはない母のことを。
あなたが母の事を教えてくれたから…。
知盛が追っていたと話してくれたから、私はこの先の未来で母に会えた。
だから…今では感謝してるんだよ。
+++++++++++++++++++++++++++
「それで…ここはいつなんだ?」
九郎の疑問は、誰もが思ってることだった。
望美の持っている白龍の逆鱗の力と、白龍の力を借りて時空を超えたオレ達。
白い世界が広がっていたかと思えば、気づけば森の中で突っ立っていた。
周りを木に囲まれた状態で、今の状況を把握するのは困難だった。
「もいない…」
望美が不安そうな声で呟く。
森の中にいるのは、神子姫達とオレ達八葉、それに白龍。
は…いなかった。
「もしかして…超えられなかった…?」
「違うよ、神子。私達は時空を超えたはずだよ」
不安そうな望美に、白龍が微笑んだ。
確かに時空を超えたというなら、何故がいないんだ?
彼女一人だけ、オレ達から離れた時なんて…
「あ、お姉ちゃん達!」
突然、声がしたかと思えば、近くの洞窟から女の子が飛び出してきた。
その後を、少し焦ったように追う老人。
その二人には見覚えがあった。
確か…あの時の…。
「悪い人達、行っちゃった?」
悪い人達、それは恐らく野党のこと…。
それにこの二人、この場所。
間違いない。
ここは…この時空はあの夏の終わり。
秋の始まる季節の境目。
「吉野の里ってことか…」
オレの言葉に、全員が小さく頷いた。
これで、この場にがいないことも合点がいった。
彼女は今、野党共の頭の見張りに残ってるはずだ。
目と鼻の先にがいる。
そう思ったら、落ち着いてなんていられなかった。
「ヒノエ、忘れてはいませんよね?」
そんなオレの様子に気がついたのか。
弁慶が真剣な瞳を向けた。
「さんに会っても…」
「分かってるさ…」
弁慶にオレも真剣な視線を返す。
分かってる。
時空を超えたなんて、知られてはいけないことぐらい。
混乱させるだけだしね…。
だから、何があっても今まで通り…何も無かったかのように普通に振舞わなきゃならないことも。
ちゃんと、分かってるさ。
だけど…
「分かってるけどさ。悪いね、弁慶。保証は出来ないぜ」
フッと少し苦笑気味に微笑んで、弁慶だけじゃない、全員に視線を向ける。
全員が驚いていたけれど、誰も文句なんて言わなかった。
それどころか、九郎や将臣なんて同感だと頷いていたし。
望美を初め、他の奴らも全員が苦笑しながらも『やっぱり言うと思った』といった顔をしていた。
つまりは、アンタ達も思ってたってことだろ?
頭では『自然に…』と分かってはいても、を目の前にしたら抑えられる自信は無いぜ。
に怪しまれることになっても。
どんなに不思議がられても。
冷静でいられるわけが無い。
オレは…彼女に会うためだけに、時空を超えたのだから。
「ヒノエ、を迎えに行って来い」
里の人間を全て連れ帰り、後はを連れてくるだけとなったとき、九郎がオレに向かって言った。
確かに、前もオレが彼女を連れに行ったからその方がいいだろうけど…。
でも…
「いいのかい?九郎」
彼女に会いたいのは、オレだけではないのに。
全員が、今すぐにでも会いたい、そう思っているはずだろ。
「全く…お前らしくないな」
「そうそう、ヒノエくん。行っておいでよ」
九郎は軽くため息をつきながら苦笑して。
望美は、オレの肩を軽く叩きながら微笑んだ。
「全員で行ったら、何事かと思われますしね。それに、今更変な気遣いは無用ですよ」
「べ、弁慶。もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないかな〜」
「いいんですよ、景時。ヒノエはおいしい所を持って行くんですから」
「ふふ、弁慶殿は少し機嫌が悪いみたいね」
ったく、アンタこそ今更変な気遣いは必要ないんだけど。
ま、駄目だって言われても行くけどね。
「きみが嫌だと言うなら、いいんですよ?僕が行っても」
「冗談じゃないぜ。他の奴らならまだしも、アンタだけは御免だね」
それにしても、皆と同じように素直に『行け』と言えないのか。
いや、素直に言われたら言われたで、違和感があるけれど。
「行ってくるよ」
オレはそう言って、その場から走り出した。
もうすぐ…もうすぐに会える。
気持ちばかりが焦って。
本当に直ぐそこに彼女がいるのに、そこまでの距離がとても長く感じられた。
近づくにつれ、聞こえてくる愛しい彼女の声。
角を曲がり、真っ直ぐと向けた視線の先に…
ずっとずっと、会いたくてたまらなかった姿があった。
「今度はずっと…皆の側にいたい、な…」
近づいて直ぐに飛び込んだ、信じられない言葉。
オレの思考が一瞬真っ白になる。
そして、オレにとって最高の形の再会が待っていた。
++++++++++++++++++++++++++
「お、お前…あの女の娘なのか?」
「そういうこと。れっきとした楓の娘」
母の事を知っているんだろうと問いかければ、男はこれでもかってくらい驚いた。
恐る恐るかけられた質問に、ケロッと返せば、男は暫く固まっていた。
「ね、そんなに似てる?母と私って」
「あ、あぁ…」
「ふーん。そっか」
まぁ、似てないことは無いよね。
というか、自分でも似てると思うし。
知盛の記憶を覗いて、若いころの母を見たときには、一瞬自分がいるかと思ったし。
この男が、私と母を見間違えても仕方ないか。
「だ、だが…あの女は知盛様が…っ」
「そうだよ。知盛に追われて、遠いところに逃げ延びた」
遠い遠い、異世界に逃げなければならなかった。
そして…その原因を作ったのは…
私の父親を殺して、私達を追い詰めたのは…
他でもない、知盛だった。
忘れていたわけじゃないけど…それ以上に知盛の優しさに触れる時間が長すぎて。
恨むなんて気持ちは全く無かった。
それでも、いざ口に出してみると、知盛のことを知っている分とても切なくて。
何だか、複雑な気持ちになる。
「知盛か…」
この時空だと、まだ知盛は生きている。
だけれど、このまま運命が繰り返されれば、また彼は死んでしまうだろう。
きっと…再び、私が彼を殺してしまう。
助けたい…。
そう思うのは変かな?
父親を殺して、母と私を追い詰めた人。
だけれど、とても優しくて。
誇り高い人。
「運命…変えられるかな…」
小さく呟いた。
このまま再び同じ運命を辿っても、私は皆を守れる。
それだけで十分なはずなのに。
それでも、この時からやり直せるなら、知盛も助けたい。
死なせたくない。
なんて我侭なんだろう…。
自分でも呆れるくらい、我侭だよね。
だけど…
再び皆の側にいられるなら、今度は何があっても離れたくない。
それが、一番の我侭かもしれない。
「今度はずっと…皆の側にいたい、な…」
自分の命を懸けてでも、皆が生きていてくれるならそれでいい。
そうやって、私はこの先の運命で皆を守った。
その守り方が間違っていたとは思わない。
それでも…もしチャンスがあるなら…
他に方法があるのなら…皆と一緒に生きたい。
『オレと一緒に熊野に来いよ』
あの時そう言ってくれた彼と、一緒に生きていきたい。
今度こそ、叶わない夢だと諦めたくないの…。
「…?」
直ぐ側から聞こえた声に、思わずビクッと反応してしまった。
下に落としていた視線を上げれば、そこには鮮やかな緋色。
「…だろ?」
ヒノエくんから視線が外せない。
咄嗟に言葉が出てこない。
だって…私に向けられる視線は、ここ数日間向けられたものと同じものじゃなかったから。
今だって、ただ名前を呼ばれた訳でも…
ましてや、私の言葉を不思議に思って聞き返してる訳でもなかった。
『…だろ?』
その問いに…
今私の目の前にいるのは…さっきまでいたヒノエくんじゃない。
直感的に、何故だかそう思って。
誤魔化してはいけない。
誤魔化す必要はない。
…そんな気がした。
「なん、で…ヒノエくん、が…?」
口から出たのは、肯定の言葉。
あり得ない。
ここにヒノエくんがいるはずがない。
いや、いるんだけど。
いなきゃいけないんだけど。
でもそれは、『私』を知ってるヒノエくんじゃない。
『私』を知ってるヒノエくんがいるはずがない。
私、また夢でも見てるの…?
「…っ!」
何かに包まれる感触と、伝わる熱。
それが私に、夢じゃないと語っていて。
「ホントに、ヒノエくんなの…?」
「ああ…間違いなく、オレだよ」
「…嘘じゃないよね?夢じゃないんだよね…?」
私を包んでいるヒノエくんの腕に、恐る恐る触れる。
すると、ヒノエくんの腕に更に力が込められた。
「嘘でも夢でもないよ。オレはここにいる…」
何でここにヒノエくんがいるのか分からない。
でも、そんなの今はどうだっていい。
私の前に、彼がいる。
それだけで…いい。
それだけで…十分…っ。
「ヒノエくん…っ」
ギュッと小刻みに震える手で、彼の着物を握る。
関を切ったかのように、涙が止める術もなく溢れ出した。
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あとがき
言い訳はしまい。
というか、言い訳し始めたら終わらないほどあるので(苦笑)
いつか書き直そう。
とりあえず、それだけ決定で(汗)