『お前は来るな、よ…』

知盛はそう言って、先に行ってしまったけれど…。

ごめんね…
それは、守れないよ―――





すれ違う心





「ば…か…」

握り締めた拳に、ポタリと一粒の涙が流れ落ちた。
泣いてはいけない。
そんなこと、分かってるのに…どうしても止められなかった。

泣くな。
泣いてどうする。

自分に必死で言い聞かせて。
静かに目を閉じた。

「さよなら…知盛。…また、ね…」

また…会おうね。
あなたは来るなって言ったけど…。
それでも、私がそこに…平家の夢の都に行ったときは…
怒らずに、迎えてよね…?

「あ、れ…?」

急に視界がぐらりと揺れたと思ったら、一瞬目の前が白くなった。
同時に体が崩れ落ちるのが分かった。
でも、それは一瞬のことで。
すぐに感じたのは、後ろから誰かが支えてくれる感覚。

「大丈夫かい?」

顔だけで振り向けば、そこにはヒノエくんがいた。
支えてくれる腕は、細いのにしっかりしていて。
どこにそんな力があるのか?って思ってしまうけど…。
やっぱり男の子なんだな、って再認識してしまったり。

って、そんな事考えてる場合じゃなかった。
ヒノエくんを支えに、とりあえずしっかり立って。
彼の後ろを見れば、怒りが沸点を通り越したかのような表情のお方が一人。
望美や景時さんなんて、いつでも耳が塞げる準備万端って感じだ。

「とりあえず、勝ちました…よ?」

恐る恐る笑みを浮かべつつ、九郎さんに報告してみる。
そして、すぐさま耳を塞ぐ準備をしたんだけど。
意外にも、怒鳴り声は聞こえてはこなかった。

「見れば分かる」
「あれ…怒らないんですか?」

眉間に皺がものすごく寄ってらっしゃるけど。
いつもみたいに怒鳴る事は、全くなくて。
ちょっと拍子抜けしてしまう。
いや、別に怒鳴って欲しかったわけじゃないけどね?

「もう慣れた」

呆れたような、諦めたかのようなため息。
九郎さん、私といるとストレス溜まるだろうな、と思いつつ。
恐らく、九郎さんが心労で倒れたら、八割方私のせいだろう。

「傷、見せてくださいね」
「あ、はい…」

何とも手際よく、弁慶さんが私の傷を手当していく。
思ってた以上に、体中の傷は深いみたいだった。
弁慶さんの手が触れるたび、ズキッと痛みが走る。

「お前は何のために俺たちがいるのか、分かっているのか?」
「え?」

さっきまで諦めモードだった九郎さんが、それでも我慢できないとばかりに言った。
いつもみたいに怒鳴ったり、明らかに怒ってます、っていう感じではないんだけど。
それでも、声に威圧感がある。

「何も言わずに一人で戦って。何のために俺たちがいると思ってるんだ?」

誰かが小さく、息を飲んだのを感じた。
九郎さんの怒りを含んだ視線に、視線が外せなくなる。
私は、何も言い返せなかった。

「確かにお前は強い。だが、自分が死ぬ事は絶対に無いと、負けることはないとそう思っているのか?」
「お前がいないと気づいたとき、俺たちがどれだけ心配したと思ってる」

九郎さんに、何を言われても…本当に何も言えなかった。
言葉一つ一つが重い。

自分が負けるわけが無いなんて、そんなことは思ってない。
皆がいる理由だって、ちゃんと分かってるつもり。
でも、今回は…どうしても一人で知盛の相手をしたかった。
自分でケジメをつけたくて。
だから…誰にも言わずに、一人抜け出した。

だけど…どんな理由があっても、勝手な行動をしたことは変わらない。
どんな言葉も、言い訳にしかならない。
戦に私事を持ち込むな、だけど私をそれを持ち込んだ。

「お前は、何でも一人で抱えすぎなんだ。いい加減に気づいたらどうだ!」

一人で…抱えすぎ?
それは違うよ、九郎さん…。
一人でやろうとするのは…、私が我侭だから…。
自分で何とかしなきゃ、なんて思ってない。
自分だけで何とかしたい、そう我侭を言ってるの…。
だから、何一つとして抱えてなんていないんだよ…?

「九郎殿!こちら全て片付きました!」

源氏の兵士が一人現れて、九郎さんにそう叫んだ。
周りを見渡せば、平家の船はほとんど沈み、残っているのは源氏の船がほとんど。
かろうじて残っている平家の船も、人は残っていなかったり、制圧されたものばかりだった。

「分かった」

一言返して。
バツが悪そうに…何か言いたそうな視線を私に一瞬だけ向けて。
だけれど結局、言葉を飲み込んで目を逸らした。
そして九郎さんは、次の指示を出すために兵士と共に他の船へと行ってしまった。

「怒らせちゃいましたね…」

怒られて当然だ。
勝手をしたのは、今回が初めてじゃないし。
今まで、咎められなかったのが不思議なくらい。

「ええ…。ですが、僕も九郎のように怒っているわけではありませんが…、九郎の気持ちは分かりますよ?」

弁慶さんだけじゃない。
だれもが、そう思っているようで…。
皆が思い思いに、頷くのを感じた。

「すみませんでした…」

今までもずっと、申し訳ない気持ちはあった。
一人で何でもやろうとして。
相談なんてほとんどしなくて。
勝手ばかりやって…。
迷惑ばかりかけてきた。
それが分かっていても…

相談しよう。
そして、皆の力を借りよう。

そう思わないのは…、きっと…
私一人で何とかなる間は…皆を巻き込みたくない。
その我侭が、あまりにも強いせいだろう…。









一人船の上で、柱の一本にもたれながら夜空を見上げて。
考えていたのは、さっきのこと。

弁慶さんは、自分は怒ってないと、そう言っていた。
他の皆も、同じように九郎さんみたく怒ってるわけではなかったけれど。
たった一人だけ、九郎さんと同じように怒ってる人がいた。

『清盛のところに着くまで、休んでなよ』

その言葉は、心配してくれてるものだったけど。
言ったときの彼の表情は…、柔らかさが微塵も感じられなくて。
怒りたいくせに…、文句を言いたくて堪らないって顔してるのに…。
それを抑えて、挙句には心配する言葉までかけてくれてしまって…。

「どうせなら…、怒ってくれればいいのに…」

いっその事、その方がいい。
あんな顔をさせてしまっているのは、私だけど…。
『そんな顔しないで…』
そう思ってしまう我侭な自分がいる。

カタン

背後で鳴った物音に、一瞬ビクッと反応してしまう。
どうやら、私がもたれてる柱の反対側に、同じように背を預けた人物がいるようだ。

こんなに近くに来るまで分からなかったなんて…。
誰だろう…、普通の兵士じゃないよね…?

そう考えたけど、落ち着いて気配を感じ取ってみれば、簡単だった。
この気配の質。
間違いなく、彼のものだ。

「休んでなくて、大丈夫なのかい?」

かけられた声も、間違えようもない彼…ヒノエくんのもので。
言葉だって、やっぱり心配する優しいものだった。
どうして…?
何で、怒ってくれないの?

「大…丈夫。今はそんなに痛くもないし」
「そう…」

暫くの間、何とも言えない沈黙が私達の間を流れた。
先に沈黙を破ったのは、ヒノエくんの方。

、さっきの事だけどさ。もう一度同じ事を聞くよ」
「何…?」

聞き返さなくたって、本当は分かってる。
九郎さんに問われて、だけど答えることが出来なかった質問。
それを、もう一度聞く、と言ってるんだろう。

「お前はさ、何のためにオレ達がいると思ってるんだい?オレ達は、にとって何?」
「皆は私にとって、仲間…だよ」

お互いを助け合うため…足りない部分を補うために、一緒にいる仲間。
そう思ってるよ…?

「本当にそう思ってるのか?」
「当たり前じゃない。どうしてそんな風に言うの?」

言葉の端に、お互い喧嘩腰になりつつあるのが窺える。
怒ってるのは向こうなのに。
私は怒られる側なのに…。
どうして、こんなにもムッとくるんだろう。

「オレには、がオレ達を仲間だって思ってるように思えないからね」

一瞬、声が出なかった。
顔が見えない分、言葉全てが重く圧し掛かってくる。

「どう…して?」
「自分が一番良く分かってるんじゃない?」

確かに、勝手な行動ばっかりして…怒られるのは当然だけど…。
何で私の気持ちまで否定されなきゃいけないの…?
皆を仲間だと思ってる。
その気持ちを、疑われなくちゃいけないの?

「本当に仲間だって思ってるなら、普通はオレ達を頼らない?」

頼る…?
だって…それは…。

「仲間なら、何も言わないのは変だと思うんだけどね」

何よ…。
ヒノエくんだって…皆だって、同じじゃない…。
私と…

「一緒じゃない…」

ヒノエくんの言葉に、とうとう私の中で抑えていたものが爆発した。
口をついて出た言葉に、完全に抑えがきかなくなる。

「ヒノエくんだって…私に何も言ってくれないじゃない…!怒りたいなら怒ればいいのに、そうやって我慢して…言わないのは私と一緒じゃないの!?」

まるで子供のように叫んで。
だけれど溢れそうになる涙だけは、何とか抑え込む。

「…どうして…何も言わないと仲間じゃないの?仲間なら頼らなきゃいけないの…?」

返ってくるのは沈黙だけで。
答えに詰まっているのか、呆れているのかは分からないけれど…。
今は、その沈黙が私を不安にさせる。

仲間なら、頼るのが普通?
何でも言えるのが、当たり前…?
違うよ…。

「仲間だから…言えなくて、頼れないことも…あるよ…」

大切な人たちだからこそ、言えないことだって沢山あるんだよ…?
傷つけたくなくて、困らせたくなくて…黙ってるのは、悪い事なの…?

…」

さっきまでとは明らかに違う、困ったような声に…ハッとして。
思わず自己嫌悪に陥る。

「ごめん…、ちょっと頭冷やしてくるね…」

逃げるように立ち上がる。
これ以上一緒にいたら、何を言うか分からない。

彼は悪くない。
悪いのは私なのに…。

私自身を抑えられない自分が嫌だ…。
こんな風にみっともなく、八つ当たりして。
困惑させるような事も、平気で言ってしまう…自分が嫌い…。

!」

背後から呼ぶ声に、立ち止まりそうになったけれど。
決して振り向くことも、立ち止まることもなかった。

こんな気持ちで…顔なんて見れない…。

グッと何かを堪えて、近くの仲間の船に飛び移った。
様?』
そう言って、不思議そうな顔をする兵士に
『何でもないよ。気にしないで、今は休んで』
とだけ返して。

言えばよかったの…?
本当は知盛を死なせたく無かった。
皆を大切だって思うように、知盛のことも大切だったから…。
皆と知盛が…大切な人同士が戦って欲しくなかった…。
私一人なら、知盛が逃げる事も出来るかもしれないって思ってたってことも…。
言えば、黙って一人行かせてくれたの?

そして…
この戦の先で、皆や九郎さんを守りたいから…私はまた一人勝手な行動をするんだって。
そう言えば良かったの?

言えるわけ…ないじゃない…。
誰がそんなこと、言えるのよ…。

「ヒノエくんの…馬鹿…」

でも…
だけど…

「一番の馬鹿は…私、か―――…」





++++++++++++++++++++++++++++





『清盛のところに着くまで、休んでなよ』

知盛との戦いで、冗談にも軽いとは言えない傷をは負った。
清盛との戦い自体に、参加するのは無理じゃないかと思えるくらいに…。
だけれど、は一人大人しく退くなんて考えは、全くないようだった。

だから、休んでろ。
そう言ったんだけど…。
それさえも、大人しく聞き入れてはくれなかったようだった。
船の柱にもたれてる彼女を発見して。
これでもかってくらい、盛大なため息をつきたくなった。

「休んでなくて、大丈夫なのかい?」

背中合わせに、柱を挟んでもたれれば、背後でビクッとが反応した。

「大…丈夫。今はそんなに痛くもないし」
「そう…」

痛いとか、痛くないとか…そういう問題じゃないんだけどね。
本当に、無理をする姫君だな…。

、さっきの事だけどさ。もう一度同じ事を聞くよ」
「何…?」

暫く流れた沈黙を、オレから破って。
さっき、聞きそびれたことを再び問いかけてみることにした。

「お前はさ、何のためにオレ達がいると思ってるんだい?オレ達は、にとって何?」
「皆は私にとって、仲間…だよ」

案の定、というより当然の答えが返ってきた。
仲間…、そう彼女が思っていないはずはないのに…。
それなのに…

「本当にそう思ってるのか?」
「当たり前じゃない。どうしてそんな風に言うの?」

疑うような言葉を投げかけてしまう。
オレの言葉に、気を悪くしたのか、の声色が心なしか下がった気がした。

「オレには、がオレ達を仲間だって思ってるように思えないからね」

本当は、そんなこと思ってないのに、責めるような言葉が口をついて出てきてしまう。
どうして、こんなにもやりきれない気持ちになっているんだろうか。
本当に、自分でもよく分からなくて…。

「どう…して?」
「自分が一番良く分かってるんじゃない?」

まるで、を追い詰めようとしているような言葉に…
自分でも嫌になる。

「本当に仲間だって思ってるなら、普通はオレ達を頼らない?」

オレが怒っているのは、に対して?
違う…オレは…

「仲間なら、何も言わないのは変だと思うんだけどね」

オレ自身に怒っているんだ…。
頼れないことがある。
話せないことがある。
そんなこと、オレも分かってるっていうのに…。

頼れない、言えない、そんなことだからこそ…。
オレが気づいて、手助けして…支えてやらなきゃならないのに…。
一体、が何に苦しんでいるのか。
何を言えずにいるのか。
それを、言われなくては分かってやれない自分に…怒ってる。

「一緒じゃない…」

ポツリと小さく呟かれた言葉。
声が震えていて、泣いているんじゃないかと思った。

「ヒノエくんだって…私に何も言ってくれないじゃない…!怒りたいなら怒ればいいのに、そうやって我慢して…言わないのは私と一緒じゃないの!?」

泣くのを我慢するかのように、叫ばれた言葉。
言わないのは…オレも一緒…。
それは、完全に的を射た言葉だった。

「…どうして…何も言わないと仲間じゃないの?仲間なら頼らなきゃいけないの…?」

そんなことない、そう言ってやりたいのに…
声が出てこなかった。

「仲間だから…言えなくて、頼れないことも…あるよ…」
…」

馬鹿か、オレは…っ。
オレなんかより、ずっとのほうが辛かったはずなのに。
そんな彼女を、支えて助けるどころか…責めてどうするんだよ…。

「ごめん…、ちょっと頭冷やしてくるね…」

が立ち上がって、さっさとその場を立ち去ろうとする。
行かせてはいけない。
何故だかそう思うのに…

!」

追いかけることができなくて。
名前を呼ぶことが精一杯だった。

オレの呼ぶ声に、が立ち止まる事はなくて。
向こうの船へ飛び移った彼女は…
振り向くことなく、夜の闇へと溶け込んでいった…。





溶け込んだの後姿が…
『二度と会えないかもしれない』
何故だかそんな不安を、オレに感じさせて。

そんなはずない、ただの思い過ごしだ。
自分に言い聞かせて、苦笑したけれど。

そのときのオレは…
『二度と会えなくなる』
そんな日が迫ってるなんて、夢にも思っていなかった―――…。










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あとがき
なんか、笑い事では済まされないくらいの文の乱れっぷりですね(汗)
ヒノエって、口喧嘩とかしなさそうですが、ちょっとやらせてみました(ォィ)
って、弁慶とは口喧嘩じゃないの?って突っ込まれそうですが。
あれは、一種のコミュニケーションってことで(笑)
久しぶりにヒノエがでてるってのに、喧嘩させるあたり…
私って夢書きとしていいのか!?って感じですね(遠い目)