『もしもの時は…私を…』
その後、彼女が何を言ったのか…
本当は…聞こえていたんです―――…
届かぬ距離
「どうやら、平家は彦島辺りに集まってるみたいだね〜」
「安徳帝は異国の船に乗っているらしいな。御座船という」
景時さんの言う通り、彦島辺りに一番平家の船の数が多い。
もちろん、そこへ向かう間にも沢山の船がいるけどね。
リズ先生の言う御座船は、朱塗りにされた大型の船で…。
これまた先生の言う通り、異国の船だったりする。
「何ていうか…もうちょっと隠せばいいのにね」
「あ、やっぱりもそう思う?」
ため息をつきつつ、ちょこっと突っ込んでみれば望美も同意した。
二人で顔を見合わせて、ねー?と言えば、隣から不機嫌そうな何とも取れない声。
「お前達は、一体何を言ってるんだ」
「何って…九郎さんもそう思わない?ね、望美?」
「うん。だって…ねぇ?」
望美も私も、九郎さんが分かってないことに驚いて。
まぁ、大したことじゃないから、気づいてないなら…いいかなとも思うし。
わざわざ話すことでもないからね。
「だから、何が言いたいんだ。お前達は…っ」
「ちょ、ちょっと。怒らないでよ!」
「怒ってなどいない」
嘘付け!って言ってやりたい気分なんですけど。
十分怒ってると思いますよ?
眉間にいつもの数倍、皺寄せて。
声を荒げかけて。
これのどこが怒ってないと言いますか。
「単純に考えれば分かることだよ。九郎さん」
「単純に?」
「そ。九郎さんがいつも通りに考えれば、分かることだって」
周りにいる皆さんは、どうやら私と望美が考えている事を、バッチリ分かっていらっしゃるご様子。
リズ先生や敦盛さんは、静かに聴いてるだけだし。
譲くんはため息をついて、景時さんと一緒に苦笑してるし。
弁慶さんは、にこにこ笑ってて。
ヒノエくんは、実に面白そうだった。
「…」
急に九郎さんの声がワントーン低くなった気がして、九郎さんの顔を見れば…。
これ以上は無理だろうっていうくらい、眉間に皺が寄っていて。
「お前は、俺が普段から単純だと言いたいのか?」
…。
……。
暫く続いた沈黙。
単純に考えれば分かることを、九郎さんがいつも通りに考えればいいってことは。
それはイコール、九郎さんが普段から単純だと言ってるわけで。
「い…嫌だな。九郎さん、そんなこと一言も言ってないじゃないですかー」
「目を逸らすな!目を!」
「あはは…」
変なところで鋭いんだから。
困っちゃうわ。
って、全く困ってないし、気にもしてないんだけどね(酷)
「と、とにかく」
話を逸らそうと、ピッと九郎さんに指を一本突きつけて。
目をパチクリさせている九郎さんに、さっきの答えをあげた。
「木を隠すなら森の中。もう、分かるでしょ?」
「木を隠すなら…?」
一瞬、何のことだか分からなかったみたいだけど。
九郎さんは、直ぐにハッとしたみたいだった。
「そんなことか…。全く、お前達は…」
「こっちは大したことじゃないと思ってたのに、聞かなきゃ気がすまなかったのは九郎さんでしょ」
ため息をつかれる筋合いわよね。
別に、重要な事だって言ったわけじゃないし。
…まぁ、大したことじゃないのに声に出しちゃったことには、反省するけど…。
木を隠すなら森の中。
これは基本中の基本。
だから、ちょっと引っかかるのよね。
安徳帝のいるのが御座船だってことが。
周りの船が、ごく普通の船の中。
たった一隻だけ朱塗りの異国船って…。
帝と三種の神器はここにいます、って公言してるようなものじゃない?
「お前達が軍議の最中に、余計なことを言うからだろう」
「気にしなきゃよかったじゃない。大体、皆は私達の言いたい事、直ぐに気づいてたよ」
「、九郎さん…そこまでで、ね?」
望美が苦笑しながら、これ以上の言い合いを止めようとしたけれど。
いつもの事ながら、全く私達は気にしなくて。
こういう時、どっちも反省しなくて退かないっていうのは…困りものだと自分でも思う。
「まぁまぁ。九郎、さん。そこまでにして下さい」
で、私達が喧嘩を始めると、止めに入るのは決まって弁慶さんの役目。
これは本当に昔から変わらない。
「意外と、重要なことかもしれませんよ」
「え?どういうことです?弁慶さん」
「確かに、御座船に帝がいると情報は入ってますが…それが正しいとは限りませんからね」
にっこりと『情報が正しいとは限らない』なんて、恐ろしいことを口にして。
でも、よくよく考えるとその通りかもしれないと思った。
「ま、あんな目立つ船に帝がいるっていうのも変な話だからね」
「もしかしたら、御座船には帝はいない。その考えも頭に入れておくべきでしょうね」
目立つ船にわざわざ帝がいることが変だっていうのは、私もヒノエくんと同意見。
それに、御座船に帝がいない。
もしも弁慶さんの言う通りだとしたら…。
「もしそうなら、罠があるって考えた方がいいわね…」
「ご名答。さすが姫君、鋭いね」
ヒノエくんはにっと笑って。
弁慶さんも、九郎さんも…他の皆も頷いていた。
「オレが平家の立場ならそうするぜ。相手が帝の位置を正確に把握してない限り、確実に御座船に向かってくるだろうからね」
「じゃあ…どっちにしても、御座船には行かないといけないってことよね」
帝の位置が正確に分かってないんだから、一応御座船に向かうしかないし。
罠かもしれないと思っても、飛び込んでいくしかない。
帝の正確な位置…か。
ヒノエくんは、自分が平家の立場なら、御座船以外の船に帝を乗せて。
御座船には罠を張っておく、って言ってた。
でも…私が平家なら…帝を逃がすかもしれない…。
私だけじゃない、もしかしたら将臣くんも…帝を逃がすかも…ううん、逃がしているかもしれない。
「どうした、?」
「あ、ううん。何でもない」
九郎さんに名を呼ばれて。
ふっ、と一つ笑いを漏らしながら、頭を振った。
ここで考えたって仕方がない。
御座船にもどこにも、帝も…将臣くんもいないかもしれないけど。
それでも…『彼』はいるはずだから。
『俺はお前と戦いたいが、な。戦場で…お前を待っているさ…』
『俺が待つのは源氏じゃない…。俺を楽しませてくれるのは、お前だろう…?』
私を戦場で待つと笑みを漏らして。
源氏じゃない。
待つのは、私だと言った彼との…。
『待っててよ。ちゃんと行くからさ…。決着を付けに、ね』
約束を、守るために…。
+++++++++++++++++++++++++
「舵を左にきれ!相手の船にぶつけろ!」
「はい!」
戦闘が始まってしまえば、あっという間だった。
戦いの喧騒が辺りを包むのも。
自分で手一杯になって、周りを気にする事ができなくなるのも…。
そして、断末魔の声が響くのも…。
…本当に…あっという間だった。
さすがは水上の戦上手と言われる、熊野水軍の頭領だけある。
ヒノエくんの指示通り、敵の船に自分達の船をぶつけて。
数人、源氏にも紛れ込んでる熊野の烏が、指示を受ける事もなく操舵手を仕留める。
動かなくなった船で、混乱する敵の兵。
焦って統率をなくした彼らを、仕留めるのは…簡単だった。
「ひ…ぃ…っ。た、助けてくれ…っ」
ほとんど、周りの兵士が息絶える中、運よく生きている兵士がいた。
もちろん、彼以外にも生きている敵の兵士はいる。
ただし、もう動けないほどの重症や、虫の息の人ばかりだけれど。
「お、お願いだ…」
私はピタリと、懇願する兵士の喉に刀を突きつけていた。
その兵士は、足や腕に軽く負傷をしている程度。
生かすことは、できる…。
「…。行こう」
望美が私の肩に手を置いた。
望美の言う通り、次に行っても大丈夫…かな。
この船には、もう戦える平家の兵士はこの人だけだし。
源氏の兵士を数人残しておけば、問題ないだろう。
「そうだね…。行こうか」
こんなところで、時間をとってるわけにもいかないし。
無駄に体力を削るのも避けたほうがいい。
私の言葉に、その男はホッとしたような表情を見せた。
そんな彼に、私は視線を一つ投げかけて。
「感謝するのね。彼女に…」
望美が止めなければ、私は見逃さなかった。
たった一つの同情が、戦に大きく関わるかもしれない。
見逃した兵が、自分の大切な人を傷つけるかもしれない。
そんな戦の怖さを…嫌ってくらい知っているから。
非情だと、冷徹だと言われようとも…それが戦だと言い聞かせて。
「あ、ありがとうございます…」
私達はくるっと男に背を向けた。
後ろからは、感謝の言葉。
だけれど…。
「ただし…」
私が言いかけたと同時に響いたのは…。
ガキィ…ッ。
聞こえるはずがない、金属のぶつかり合う音。
私の頭上でギリギリと、刀の競り合う音がする。
左手に握られた私の刀は、男が振りかざした刀を受け止めていた。
その様子を、振り返って一歩下がりながら、驚き見つめる望美。
「ただし…次に刀を向ければ、容赦はしないよ」
左に体をずらして、相手の刀を受け流す。
次の瞬間には、鮮血が舞っていた。
「ころ…しちゃったの…?」
望美の声が震えているのが分かる。
そんな彼女に、私はため息を一つついた。
「…どうしてって言葉は聞かないから」
冷たいようだけど、ここから先、進めばこんなことはいくらでもある。
見逃してもらえるチャンスを、一度棒に振って再び刀を向ければ…二度もチャンスをもらえるほど戦場は甘くない。
そして、同情や親切心から見逃した敵が、目の前で自害する事もある。
「覚えておいて。船上の戦いは、地上戦とは違うって事」
今までは地上戦だったけれど、今回は違う。
船上の戦い方と、地上の戦い方。
それは全く別物だということを…忘れないで。
「当たり前のことだけど、船の上じゃ行動範囲は狭まる…。だからもちろん、乗り込める味方の人数も限られてくるの」
狭い船の上で、地上と同じように戦うのはほぼ不可能。
船の上に、乗り込めるだけ乗り込めば、味方同士首を絞めるだけ。
敵より少数、もしくは同数で乗り込み、船を制圧していくしかない。
それはつまり…
「自分以外、自分自身を守れる人はいないよ」
ということ。
固まって戦えない分、誰もが自分の敵に集中するしかなくて。
自分以外に構ってはいられない。
「それと、たった一人の敵でも…制圧された船を、取り戻す事は可能って事も忘れないで」
元々乗り込んできた人数が少ないのなら、たった一人でも…取り返そうと思えば…出来ない事はない。
特に、制圧できたと相手が安心した時は…絶好のチャンスだ。
「…殺さずに済むような急所を狙えなかったのは…私のミスだっていうのは認めるけどね」
望美だって、いくらでも戦場を見てきた。
だから、私の言っていることが分からないわけじゃないだろうけど。
でも、まだこの世界にきてたった一年。
全てを理解して…納得しろっていうのも無理な話だろう。
私が苦笑を浮かべれば、望美は
「…分かった」
一言そう言って。
『今は納得する』と呟いた。
++++++++++++++++++++++++++++
「そろそろ、赤間関が見えてくるぜ」
「ええ。恐らく、そろそろ手強い相手がいるでしょうね」
満珠島を出て、田浦を抜けたここまで…源氏に被害が無かったわけではない。
大打撃とは言わないまでも、それなりに打撃は受けていた。
「清盛までの第一関門ってところか」
「多分そうなりますね。赤間関を突破できなければ、彦島まで到達できませんから」
ヒノエの言う通り間違いなく、それなりの将が配置されているだろう。
「平知盛か…経正か…。アンタはどう思う?」
「おや、きみが僕に意見を求めるなんて、珍しいですね」
いつもの調子で、笑みを返せば。
やはりいつもの様に、ヒノエもため息をついた。
いいから答えろ、とでも言いたそうだ。
そういうところが、可愛い甥だと言われる由縁なんですけどね。
『弁慶さん、それはからかうと面白いからでしょう?』
そうやって、さんに言われたこともありますが。
くすくす笑えば、ヒノエがさらに不機嫌そうな顔をした。
「何だよ」
「いえ、何でもありませんよ」
「アンタの『何でもない』ほど、信用できないものもないんだけど?」
「おや、僕も相当信用がありませんね」
「アンタが信用して欲しいって思ってるようには思えないけどね」
ヒノエは呆れたように言った。
確かに、全てを信用して欲しいとは思ってませんね。
敵を欺くには、まず味方から。
これも基本ですから。
「そうですね…、還内府がいるってことはないでしょうね」
突然話を戻した僕に、ヒノエはさらに盛大にため息をついて。
苦笑にも近い笑みを浮かべた。
「ま、それはオレも同意見だよ」
と、船の進行方向に視線を向けた。
それに倣って、自分も視線を前方へと向ける。
「還内府がいるなら、清盛の側だろうからね」
「ええ。恐らく赤間関にいるのは…知盛殿か経正殿…あるいはその両方っていうところでしょう」
どちらにしても、そう簡単には通してはもらえないでしょうね。
特に、知盛殿だった場合…彼の中に『退く』の二文字はないでしょうから。
「ついでに一つ聞きたいんだけど」
「本当に珍しいですね。明日は雨ですか?」
「あのさ、大人しく聞けないわけ?」
「いいですよ。どうぞ?」
はー、と一つため息をついて。
でも直ぐに、ヒノエは真剣な瞳を僕に向けた。
「アンタ、と二人で話したんだろ?」
「あぁ、知ってたんですか」
内心、少し穏やかではなかったけれど、平静を装って返す。
「熊野の烏は優秀でね」
「つまりは、聞いていたということですか」
あの時、船の上に烏がいたということだ。
気づかなかったのは、自分の失態だろう。
「まぁね。それで…一つ気になることを聞いたんだけど」
「何をです?」
「に生きていて欲しい、ってアンタそう言ったんだろ?どういう意味だよ」
ヒノエの目は、嘘はついても無駄だと。
誤魔化されはしないと、そう言っていて。
これは…話すしかないですね…。
「話してもいいですが…。さんには気づかれないようにして下さいね」
ヒノエは僕の言葉に、訝しげな顔をした。
でも…さんに気づかれていいことではない。
ヒノエに、彼女と宝珠の関係を話したことを…。
「さんは、きみには知られたくないみたいですから」
「何でだよ」
「理由は後から分かりますよ」
さんが…どうしてきみに知られたくないのか。
賢いきみなら、最後には気づくでしょうからね。
「つまり…宝珠を失えば、は死ぬって事かよ」
「そういうことになります」
応龍の宝珠とさんの関係を話せば、やはりヒノエは直ぐに理解した。
「もう分かったでしょう?ヒノエに何故このことを知られたく無かったのか」
「オレがと同じ立場なら…そうだろうからね」
大切な人ほど、そんなことは知って欲しくない。
知らないまま通るなら、知らないままでいて欲しい。
それは普通のこと。
自分は辛い、悲しい…どうしてそんなことが言えるだろうか。
「本当に少し妬けますね」
「今更、アンタに渡す気はないぜ?」
「分かってますよ。ただし、奪わない保証はしませんが」
「望むところ」
向けられたヒノエの笑みに、自分も笑みを向けて。
こういうところは、本当に僕に似ている気がしてならないけれど。
それは、本人に言うのは止めておくとしましょうか。
今度は不機嫌にさせるどころでは、済みそうにありませんから。
「もしもの時には…私を…」
「え?」
ヒノエが口にした言葉に、思わず動揺してしまう。
「この後、は何て言ったんだ?」
「烏が聞いていたんじゃないんですか?」
一筋流れた冷や汗を、悟られないようする。
これだけは…教えられない。
この後言った彼女の言葉…それだけは…。
「聞いてなかったから、アンタに聞いてるんだろ」
「実は僕にも分からないんですよ。聞こえなくて聞き返したんですが、誤魔化されてしまいました」
笑みを返せば、ヒノエの疑ったような視線。
…本当は聞こえていた。
彼女の台詞、全てが…ちゃんと聞こえていたんです。
『もしもの時は、私を…殺してください』
咄嗟に、聞き取れなかったフリをして。
聞き返したときに、違う答えが彼女から返ってきたときには…正直ホッとした。
もしも同じ言葉を言われたなら、今度こそ…認めなければいけなくなる。
聞こえなかったでは、済まされなくなる…。
それが、怖かった。
彼女が何を考えてるのかは…分からない。
でも…さんがそれを僕に言ったという事は…。
信用されるのも…辛いものですね…。
彼女は僕を信用しているんだろう。
僕ならできると。
彼女を殺すことができると…そう信じているんだろう。
そして彼女自身、それは断腸の思いで頼んだことだから…あんなに辛そうな顔をしていたんでしょうね…。
それじゃ…彼女を責める事もできないじゃないですか…。
「弁慶…アンタさ」
「見えましたね」
ヒノエの言いかけた言葉を遮って。
視線をヒノエから、船の前方へと向ける。
「…結構な数がいるじゃん」
「そうですね。やはり一筋縄ではいきませんか」
はぐらかされたことに、小さく舌打ちをしつつも、仕方がないといった感じのヒノエ。
「それでも、負けるわけにはいきませんよ」
「さん」
僕たちの横に、颯爽と立ったさんの姿。
見えた平家の船に向ける真剣な瞳。
こんなに近くにいるのに…。
触れることも、捕まえる事も可能な距離にいるというのに…。
何故か…
手を伸ばしても届かない、そんな気がした―――…。
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あとがき
無駄に長く・意味不明…二つの項目で新記録更新しました!的な作品と化しました。
というか、ヒロイン…怖い。
でも、戦場を知ってる人って…こんな感じじゃないかなって思うんですよね。
ちょっと、抵抗がある人がいたら申し訳ないですが…。
そして、今更ですが、弁慶視点は難しい!
何が難しいって口調が難しくて、滅茶苦茶になるんですよ(汗)
それと…あと10話前後で終わるとか言っておきながら、全くそんな感じじゃありません。
恐らく、今でも『あと10話前後』と答えそうな勢い(殴)
意外に書き始めると、もっとここは書き込みたい!ってところが出てくるんですよ。
もうちょっと続きそうですが、最後までお付き合いいただけると幸いです!
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。