『気づかれていますよ…』
その言葉を聞いても…
不思議と私は動揺しなかった―――…
忍び寄る影
目の前で鮮やかに揺れる緋色の髪。
そして私を囲むように、全員の気配が現れた。
「大丈夫か?」
刀を構えながらも、九郎さんは私に視線を送ってきた。
おや〜?その顔は、本当に心配してたみたいですねぇ。
九郎さんなら、どうせ私のことだから大丈夫、とか思ってそうだと思ったのに。
「これが大丈夫そうに見えます?」
至る所に切り傷やら擦り傷、打撲やその他もろもろ。
結構余裕そうな顔してて、痛いんですけど〜?
「…見えるな」
「…ふざけんな」
にーっこりと笑みを返してやる。
見えるとか、思ったこと素直に言わないでよ!
「それだけ悪態がつければ…大丈夫だな」
「は?」
こめかみに怒りマークを浮かべていた私を、全く気にした様子もなく。
九郎さんは安心したかのように、ため息を一つついて。
ふっと笑みを浮かべた。
「九郎、安心したなら素直に言えばいいでしょう?」
「べ、弁慶!別に俺は…」
「言葉で否定しても、顔に出てますから。九郎の場合は」
クスクスと笑う弁慶さんに、真っ赤になって抗議する九郎さん。
お互い警戒はしたままでのやりとりだから、ある意味尊敬するけれど。
「あの〜?私、心配されるようなことしましたっけ?」
出てくるのはこの疑問でして。
だってねぇ?私、一言も法住寺にいるって言ってないし。
きっと、彼らは法住寺に怨霊が出たって聞いて、ここに駆けつけただけだろうし?
「あぁ、それはヒノエが…」
「ヒノエくんが?」
「がオレの名前を呼んだんだろ?」
私は弁慶さんに習って、ヒノエくんに視線を向けた。
見えるのは彼の後ろ姿で、表情は見えなかったけれど、雰囲気がいつもの笑いを感じさせていた。
私がヒノエくんを呼んだって…。
え〜っと…。
ああ、もしかしてあの時?
「聞こえたの?」
惟盛に手を差し出されたとき、確かに私はヒノエくんの名前を呼んだけれど。
でも、それは心の中での話だったんだけど…。
「もちろんだよ。これでも結構心配したんだけど?」
「…いやはや、申し訳ないです」
「それで、何で呼んだんだい?何かあったんだろう?」
私は少しだけ首を捻った。
言ってもいいけど、大したことじゃないしなぁ。
それぐらいで呼ぶなって言われたら、それまでだし?
「ん〜…あちらさんに、平家に寝返れって言われたから、かな?」
語尾が疑問系になっているけど、まぁそこは気にせずに。
ピッと惟盛を指差した。
で、指差された当人はものすごく不機嫌そうだったけどね。
ずいぶんと無視されたあげくに、指差されちゃねぇ…。
あ、指差したのは私だけど。
「ふぅん…オレの烏を盗ろうなんて、いい度胸してるじゃん」
「烏?この者が、あなたの?下手な冗談はおよしなさい」
「冗談じゃないけど?正真正銘、はオレの烏なんでね」
「どういうことです?源氏の女狐の駒のはずでしょう」
ピシっと再び私に怒りマークが浮かび上がる。
源氏の女狐、それは間違いなく政子様のこと。
ちょっとそれは頂けないわね〜。
いくら前の主君だからって、一時は尊敬していた人のことを、悪く言われるのは多少なりとも腹が立つ。
ま、駒だったっていうのは否定しないけど。
「当人を無視して話を進めないでくれる?」
「それなら、あなたが説明してくれるのですか?」
「不本意だけど、勝手に誤解されちゃ嫌だからね」
色々と脚色されるのも、困るし。
話の全体が間違って無くても、あること無い事付け加えられそう…。
特に、後ろで腹黒く笑ってらっしゃるお方に。
「要は、私は源氏を裏切って死んだ事になってるってことなのよね」
かなり適当に説明して、最後は
「だから、平家に寝返る必要もないのよ」
と締めくくってやった。
全く必要がないわけじゃないけど、どうしても必要って訳じゃないからね。
にしても、将臣くんもいるから、なかなか説明に困ったわ…。
だって、まだお互いに源氏と平家だって知らないわけだしねぇ。
まぁ、すでにちょっと将臣くんに微妙な顔をされてるから…多少、不審に思ってるかもしれないけど。
「なるほど、それでですか…」
「そういうこと」
「おめでたい方々ですね」
突然笑い出した惟盛に、全員の厳しい視線が向けられる。
おめでたい方々って…いや、それも否定はしないけど(しろよ)
なんかアンタに言われるのだけは気に喰わない!
「源氏を裏切って、身を隠すために熊野の烏になったのでしょうけど」
「まぁ、そんなところだけど?」
「あの喰えない輩が、気づいていないとでもお思いですか?」
喰えない輩っていうのは、恐らく頼朝と政子様のことだろう。
「二人が、が生きていると気づいていると言いたいのか?」
「お祖父様は、…あなたの行動を全て見通していましたよ?」
「どういうことよ?」
「あなたがこの世界から暫くの間消えた事も、戻ってきた事も全てね」
『あなたの力が強まったおかげで、存在を捕捉しやすくなったと言っていましたよ』
と惟盛は笑って。
どうやら、私の力が強まった頃から、ハッキリと私の行動を把握できるようになったらしい。
誰もが息を飲むのが分かった。
ただし…私を除いて。
「それが?」
「何ですって?」
「それがどうしたって聞いてるんだけど?」
惟盛と私の睨み合う視線がぶつかる。
お互い逸らすことなく、沈黙が流れた。
先に破ったのは、私の方。
「気づいていようが、気づいてなかろうが…今は追ってきてないんだから、大した問題じゃないでしょ?」
ニッと余裕の笑みを浮かべて答えた。
『あの喰えない輩が、気づいていないとでもお思いですか?』
そう惟盛が言った時に、全員が驚きの表情をしていた。
でも…一人だけ、同じ驚きでも、違う種の驚きを浮かべていた人物がいた。
景時さん…。
頼朝たちが、私が生きていると気づいているかもしれない、ということに驚いていた皆に対して…
景時さんだけは、頼朝たちが気づいていると知られていたことに、驚いているようだったから…。
恐らく…私が生きていると、とっくの昔に気づかれているんだろうね。
そう言われたところで、不思議と焦りも不安も無かったし。
それどころか、驚きすらなかった。
「あの二人が…ううん、政子様が気づいていないっていう方が、逆に変な感じよね」
「は意外に冷静なんだね」
ヒノエくんがクスクスと笑っていて。
同じく弁慶さんも笑って、更には『さんの言う通りですね』って私の意見に同意していたり。
「あの、分かってます?私が生きてるって気付かれてるって事は、皆危険なんですよ?」
裏切り者にされる可能性もあるし。
それは、分かってるでしょうに。
「確かに安全ではないだろうね」
「でも、さんも分かってるんでしょう?」
「何をです?」
「おや、分からないフリは良くないですよ?」
「賢い姫君なら、分かってるだろう?」
あー…それは自分で言えってことですか。
二人揃って威圧して…。
こういうときだけ仲良しなんだから…。
「気づいていても手を出してこないってことは、何か目的があるから。その目的が果たされるまでは安全、でしょ?」
裏切り者として、消し去ろうっていうなら、気づいた直後に追っ手が差し向けられてるはずだしね。
それをしなかったってことは、何かやらせたい事があるんだろう。
「ならば、余計に平家へ寝返るべきだと思いますが?」
「惟盛、ちょっとしつこい気がするんだけど?」
「が生きてると気づかれているからこそ、余計に寝返る必要がないんだけどね」
「ヒノエくんの言う通りね。今更私が皆から離れたところで、皆が私を匿ってくれた事は変わらない」
私が離れたって、皆が危ない事には…追われるかもしれない危険は変わりが無い。
気づかれていると分かるまでは、気づかれないようにするのに必死だったけど。
気づかれたからには、それなりに方法を変えるだけ。
「頼朝たちが皆に手を出そうって言うなら、今度は私が皆を守る番。悪いけど、気づかれた以上は皆の側を離れるわけにはいかない」
刹那、激しく上がった炎と共に、爆発音が辺りを包んだ。
「突然攻撃してくるなんて、相変わらず卑怯な奴!」
「おや、余裕ですね。さん?」
「そりゃもう、鉄鼠の攻撃はある程度読んでますから」
右からの爪を弁慶さんの長刀が受け止め。
左の爪は私が刀で受け止める。
ギギッと力の競り合いになったけれど、目の前で鉄鼠の口が開かれた。
集まるのは炎の塊。
「ちょっと…マジですか?」
直撃なんてくらったら、間違いなく三途の川を渡ってしまうわ。
それは勘弁とばかりに、弁慶さんは右の爪を飛び越えて、私は上へと跳躍して炎を回避する。
「そうだ、言い忘れてましたけど」
トンッと着地したのは地面ではなく、鉄鼠の背中。
そして、懐から短刀を取り出すと鞘から引き抜き、鉄鼠の背に思いっきり突き刺した。
ガキィッ
と何とも景気のいい音がして。
見事に折れた短刀を指差す。
「こいつの皮膚は、ありえないくらい丈夫なんで。ちょっとやそっとじゃ傷つきませんからね?」
鉄鼠が不快そうな顔をして、身を大きく振った。
ぐらり、と足場が揺れて、勢いよく振り飛ばされる。
空中で体勢を整えて着地したけれど、待っていたのは炎の攻撃。
「おっと…っ」
横に一転・二転として避けて。
止まったところは、ちょうどヒノエくんの横だった。
「ねぇ、何か鉄鼠…私ばっかり狙ってない?」
それもあの黒焦げになりそうな、炎の攻撃で。
他の皆が攻撃してきても、煩わしそうにするだけで、視線は私にすぐさま向く。
「何か恨みを買うようなことでもしたのかい?」
「まさか、どこかのお二方じゃあるまいし」
「その二人は誰のことだろうね?」
「あら?天下の熊野別当殿がお分かりになりません?」
「ああ、ぜひ窺ってみたいね」
「実は仲良しの二人って言えば分かるかしらね?」
そのやり取りの間も、爪やら尾やらの攻撃をひらりと避けていまして。
どっからどうみても、余裕で馬鹿にしてるとしか思えないよなぁ…。
「アイツと仲がいい?そろそろ冗談でも止めてくれよ…」
「なんだ、自分と弁慶さんのことだって分かってるじゃない」
思いっきりため息をついたヒノエくんに、くすりと笑みを向けて。
さっさと二人揃って鉄鼠から距離をとる。
「で、どうやって倒します?」
「武器が効かないとなると…術しかないでしょうね」
「やっぱ、アンタもそう思うか」
ふ〜ん…やっぱ術で吹っ飛ばすしかないのかぁ。
それじゃ、私はお役に立てないわね。
だって、私は術なんて使えませんし?
「それなら、前に言ってた術…試してみたらどうです?」
「前に言ってた術?ああ、明王のやつかい?」
「そうそう。あの防御力じゃ、術でも強力なのじゃないと駄目でしょう?」
「いい考えですね。いい機会ですし、やってみましょうか」
『姫君のお願いじゃあね』
と、ヒノエくんもため息一つで了承してくれた。
でも何気に嫌そうじゃないのよね〜。
狙うは鉄鼠…なんだけど、どうせなら一発で片付けたい。
ってなわけで、私は役に立てるところで立ちますかね。
「皆は鉄鼠の気を引きつけておいて」
こそっと九郎さんたちに小声で言って。
私が向かったのは…惟盛の背後。
『鉄鼠に守られてるからって、安心しすぎは駄目よね』
心の中で笑みを作って。
ピタリと惟盛の喉に、銀色に光るものを押し付けた。
「戦いに油断は禁物よ?」
「な…っ」
主人の危機に気づいたのか、鉄鼠が私達へ視線を向けた。
「おっと、残念でした。私を攻撃すれば、主人もお陀仏だけど?」
「ギ…」
「ごめんね?悪党の常套手段で。悪いけど、大人しくしててくれる?」
にっこりと鉄鼠に笑いかけて。
ぼそりと九郎さんが『本当にな…』と呟いた事は、今はこの際聞こえなかった事にしてあげよう。
今は、ね?
「すぐ終わるから」
私が自信をたっぷりに視線を向けた先には、朱雀の守護を受けた二人。
二人の周りに神気が立ち込めているのが分かる。
力が…集まっていく。
「「軍茶利明王呪」」
立ち上った紅い気。
強大な力が鉄鼠と惟盛を襲った。
私は惟盛をギリギリまで拘束して、瞬時にその場を離れる。
「そ…そんな…。私が、この私が負けるなんて…」
ボロボロになった惟盛と鉄鼠。
どちらももう、戦う力など残ってないようだった。
「、望美」
その様子をジッと見ていた将臣くんが、私と望美を呼んだ。
「封印してやってくれ」
その言葉に、望美はただ『うん』と頷いて。
すぐに惟盛たちに近づいた。
「いいの?将臣くん?」
私も後を追おうとしたけれど、将臣くんの隣で一度立ち止まる。
封印したら、二度と会えなくなる。
そんなことは彼も知っているはずだけど。
どうしても、ちゃんと確認しておきたかった。
「ああ…」
ただ一言、了承の言葉を紡いで。
私もそれ以上は追及せずに『そっか…』としか言えなくて。
そして歩を進めると、望美の横に立った。
「巡れ天の声…」
「天に巡りし白き龍…」
「響け地の声…」
「地に響きし黒き龍…」
「かの者を封ぜよ」
「時空遡りて、これを無に帰せ」
同時に紡がれるのは、違う言の葉。
でも、怨霊を封じる事のできる、同じ力を持った言の葉。
浄化される寸前、光の中に何人もの人が見えた。
その中に、桜花精となった人の姿も見えて。
全ての怨霊が浄化されていくのだと…そう思った。
「仲間…ですか。あなたには仲間がいるのですね」
「あなたもいるじゃない」
最後に見えたのは、惟盛の姿。
その姿は、さっきまでとは違って…怨霊となる前の、あの優しい心を持った、惟盛のような気がした。
「将臣くん…心配してたよ?だからあなたを探しに…止めにきたんだから」
「そう…ですか…」
惟盛は寂しそうな、でもどこか優しい笑みを浮かべて。
将臣くんへ向けた視線には…謝罪と感謝の色が浮かんでいるように思えた。
「あなたは…仲間を守れますか…?」
消えると同時に聞こえた声。
『仲間を守れますか…?』
そんなこと、決まってる。
「無論、必ずね」
どんな手を使ってでも、守ってみせる。
私は私なりに、精一杯ね。
「一件落着、はいいんですけど」
「なんだ?まだ何かあるのか?」
「一言、どうしても言いたい事があるんですよ。九郎さん」
「?俺に?」
「ええ。私の聴力、人並み以上なのでお忘れなく」
これまたにーっこりと笑って。
「口は災いの元。特に、私みたいな悪党に向かっては、ね」
「…き、聞こえてたのか?」
「もちろん。なめちゃいけませんよ?」
ふふっ、と笑う私に、九郎さんは冷や汗を流していて。
それを遠巻きに、皆が苦笑しながら見ていた。
「だから…明日から、背後には気をつけて下さいね?」
BACK /TOP /NEXT
-------------------------------------------------------------
あとがき
何気に惟盛好きだったりします。ええ、ここまで貶しておいて(苦笑)
最近読み返して思ったこと…さんの性格が変わってるよ!?
いやぁ、周りの影響ってすごいですねぇ…(違う)
弁慶さんとヒノエくんの術を発動する時 『軍茶利明王呪』 と言ってますが…本当は違うんですよね〜。
勝手に変えちゃってますが、そこはお許しくださいませ(汗)
ちなみに物語りも結構終盤に来てます。
でも、もう少し続くんですけどね。どうぞ最後までお付き合いくださいませ。