私が覚えている母は、いつも悲しそうで…
いつも泣いていて…
優しかった母の記憶なんてほとんどない。
でもそれは、私が覚えていないんじゃなくて。
私が思い出そうとしなかっただけじゃないかって…
そう思えてきた―――…
記憶に残る思い出
「の様子はどうなんだ…?」
九郎が心配そうに、オレの顔を見るなり問いかけた。
その問いにオレは静かに首を横に振る。
「呼びかけても返事をしない…」
あの後、オレの顔を見たまま呆然と立ち尽くしてしまったを、オレはほぼ引きずるように連れて戻った。
男の怯えぶりと首の傷、それを見て全員が何かあったのか?と目を見張って。
オレは後ろのに視線を向ける。
『何があったんです?』
と尋ねる弁慶に皆が一度視線を送って、すぐにへと視線が戻る。
は暫く黙っていて…
そしてたった一言…
『少し、一人にして下さい…』
とだけ言い残して、その場を離れた…。
オレの手を自分の手から放して。
本当は引き止めなければいけないのを、誰もが分かっていたけれど。
それでも誰一人として立ち去るを、引き止められずにいた…。
「ヒノエ、お前何か知らねぇのか?」
オレはつかつかと、部屋の隅で怯えて蹲っている男の元へと向かった。
「お前、アイツに何言った?」
オレが男の前に立つと、男がビクッと肩を震わせた。
ゆっくりと視線を上げて、俺の顔を見るその表情は、相変わらず恐怖の色を浮かべていた。
「お、俺は何も…っ。ただ知ってることを言っただけだ…!」
『それなのにあの女…』
『俺が何をしたってんだ…っ』
全員の視線を向けられて、男が完全に取り乱していて。
質問の答えなんて返ってこない。
焦っては駄目だと…今は話を聞くことの方が大事だと、そう思ってはいても…
「アンタのことなんて聞いてねぇよ。アイツに何を言ったのか、それだけ答えろ」
イライラだけが募っていく。
男に刀を突きつけたの様子は尋常じゃなかった。
辺りに立ち込めた殺気が一瞬一瞬…違うものに…
昔のの殺気に…立ち戻っていくのを感じた。
『もしもあの時、一瞬でもオレが止めるのが遅かったら…』
もしかしたらは、この男を殺していたかもしれない…。
ただの脅し…そう思いたかったけれど…
それでも、危険だと思わせるほど…あの時のは普通では無かった…。
「俺はただ…っあの女の母親の話をしただけだ…っ」
平知盛がの母親を追っていた…。
その話を聞いたとき、オレは皆が引き止めるのを無視して、のいる家へと向かう。
『何故の母親の事を、この世界の人間が知っているんだ…?』
そんな疑問も浮かんだけれど、そんなことよりも…が一人いなくなるような気がして…
オレの歩調は速まっていった…。
+++++++++++++++++++++++++++
「また後で来るよ…」
一人にしてほしいと去ってきた私を、ヒノエくんは追いかけてきてくれたけれど。
私は何を聞かれても首を振ることしかできなくて。
それどころか、ヒノエくんの顔を見ることも出来なくて…。
「最低な人間だな…私…」
自分のことで手一杯になって、周りの人を困らせて。
それではいけないと分かっているのに…
いつもの私を装う事すらできないなんて…。
でも…一人で考えたかった。一人になりたかった…。
私はただ、ヒノエくんの出て行った戸の向こうを見つめていた…。
「気にしないようにしていたのに…」
膝に顔を埋めて呟く。
母の話を聞くと冷静じゃいられなくなる…。
心の傷が深すぎて…母を思い出させるもの全てを消し去ろうとしてしまう…。
それがたとえ人であっても…。
思い出したくない、忘れたい…その気持ちが強すぎて…。
「参ったなぁ…」
あのときヒノエくんが止めてくれなかったら…用が無くなって、もう私の傷を抉る存在でしかなくなった男を…
私は殺していたかもしれない…。
それではいけない、過去から進まなきゃいけない。
そう思ったからこそ、一人で考えようと思った。
今まで思い出さないようにしてきた事を…思い出して、何か手がかりを他に探そうと試みる。
何か、何かあるはずだ。
母との記憶に…少しでも真実に近づくヒントが…。
『お前なんかいないほうがいいのよ!アンタがいるから、私は…ッ!!』
私はゆっくりと、記憶を探るように…母の思い出を思い出していく。
何度も何度も、私の頭に響いて…決して忘れる事のなかった言葉…。
「どうして…私を捨てたの…?お母さん…」
何度問いかけたって、答えが返ってくることなんて無かった。
お母さんはこの世界の人間で…宝珠を守って向こうの世界へと逃げ延びて…。
それほどまでに宝珠が他の人間の手に渡るのを、恐れていたのに…
どうして…宝珠を宿した私を捨てたの…?
たとえ私が大切ではなくても…宝珠は大切にしていたはずなのに…。
それほどまでに、私の事が嫌いだったの…?
『お母さん?どうしたの?』
その頃の母は、毎日のように泣いていて…。
いつも笑顔で、泣いた事なんかなかったから…心配だった。
『どうして…?どうして私ばかり…』
両手で頭を抱えて、母はそう繰り返して…。
近づいた私の腕を、母は思いっきり掴んだ。
掴まれた部分が痛いと思ったけれど、それで母が泣き止むならと我慢して。
そんな日が暫く続いたある日…。
『お前なんかいないほうがいいのよ!アンタがいるから、私は…ッ!!』
突如そう言われた…。
何を言われたのか分からなくて、呆然とする私を母は連れ出して…
森の中、私を降ろして車で去っていく母の姿…
それが私が母を見た最後だった…。
何度も何度もその言葉だけが頭を巡って…私は耳を塞いで蹲った。
どうして、そんな事を言うの?
何で何度もその言葉ばかり響くの…?
『お前なんかいないほうがいいのよ!アンタがいるから、私は…ッ!!私は…を失って辛い思いをしなきゃいけない―――…』
思わずバッと顔を上げた。
今…なんて…?
私を失って辛い…?
『初めからいなければ…、あなたを失う悲しみを…味わう事はなかったのに…』
私を失うことが悲しい…?
その言葉を思い出した途端、それまで思い出すことの無かった…
甦る事のなかった記憶が、ふたを開けるように甦ってきた。
『、忘れないでね…?お母さんは、どんなことがあってもが大好きだからね?』
夢で見たときには思い出せなかった言葉…。
そうだ、母はそれを忘れないでと私に言ったんだ…。
『でもね』と続けて…
『お母さんとは、いつか離れなきゃいけないの…』
ごめんね、と母は謝って…私を抱きしめて涙を流した。
あの時すでに、母は私を捨てる事を…
あの森に捨てる事を決めていたのだろうか?
『向こうの世界で…幸せに―――…』
その台詞にハッとした。
私を森に置いて、一人車に乗り込む際に母は小さくそう言って。
泣きながら精一杯の笑みを浮かべていた…。
嫌いで捨てたのなら…幸せなんて願うだろうか?
あんなにも辛そうに、悲しそうに微笑むだろうか?
どんなことがあっても私を好きだと…
失う事が悲しいと…
その言葉が真実ならば…?
私をあの時捨てたのには、どうしてもそうしなければいけない理由があったんじゃ…?
ううん…そうとしか思えない。
そうとしか…思いたくない…。
『向こうの世界で…』
それは今のこの世界を指しているとしか思えなくて。
母は私がこの世界に辿り着く事を予想していた?
あの場所に置いて行く事で、私が彼らに出会ってこの世界に来ることを…知っていた?
そこまで考えて、私は一つの仮説に辿り着く。
母が私を捨てたのは、私をこの世界に来させなければいけない理由があったためで…
何らかの方法で、あの日あの場所で彼らに…望美たちに出会う事が出来ると知って…
私を一人置いていったのではないか…
と…。
『いい?、この事は絶対に忘れては駄目よ?』
真剣な母の瞳に、私は頷いて。
母は何かを決心するかのように、話し始めた。
『の中には大切な物があるの。それを絶対に人に盗られては駄目よ?』
どうして?と言う私に、母は困ったように笑みを浮かべて。
『それはまだ言えないの。ううん、知らなくてもいいことよ』と答えた。
「知らなくていいことのはず無いよね…」
自分のことで、知らなくていいことなどない。
知らないままでいいはずがない。
自分の心の傷を、忘れようと必死になってるだけで…結局何も変わらなくて。
これからも、母の話が出るたびに取り乱して…周りの人を傷つけて、迷惑をかけるの?このまま逃げ続けるの?
駄目だよ、私は前に進まなきゃいけない…。
今までみたいに、足踏みしているわけにはいかないよね…。
今まで見えなかった道が、開かれようとしているのに…それを自ら閉じてどうする。
「平知盛か…」
あの人が何かを知ってる可能性は高い…。
今は彼しか手がかりがない。
ならば…彼に会うしかないでしょう…?
私はスッと立ち上がり、戸に手をかけた。
母が私を捨てた理由と応龍の宝珠…。
解決したいこの二つの問題は…深く関係してるのではないか?とも思う…。
とにかく…
私の立てた仮説が正しいのかを確かめなければ…
そして、母が知らなくてもいいこと、と言ったのは一体何なのか…。
その答えを、知盛は持っているのかもしれない―――…。
「!」
一人里を立ち去ろうとした私は、その声に立ち止まった。
振り向くことなく返事を返す。
「何…?」
と…。
相手がはぁ…はぁ…と肩で息をしているのを感じとれる。
「どこへ行くつもりなんだい…?」
その言葉にやっと後ろを振り返った。
そこにはやはり、息を切らせて薄っすらと汗を滲ませたヒノエくんがいて。
私はその様子と、問いに苦笑した。
「聞かなくても分かってるんでしょう?」
私が何処かへ行くと思ってここに来たならば、彼にはその心当たりが多少なりともあるわけで。
きっと、あの男に何か聞いて鋭い彼は何かに気づいたんじゃないかって思った。
「平知盛のところへ…かい?」
疑問系ではあるけれど、彼の瞳は確信しているのだと語っていて。
ヘタな誤魔化しなど効かないと理解する。
「行ってどうするんだい…?」
「もちろん、母の話を聞くのよ」
私はため息を軽くついて、ヒノエくんを見つめ返す。
ヒノエくんはその視線をそらすことなく、私を見つめていた。
「どうして一人で行こうとするんだ…?」
「これは私の問題だからよ」
だから、一人で何とかするしかない。
関係の無い人を巻き込むつもりはない。
人を頼るなんてこと、今までしなくてもやってこれた…。
だから今回の事も、自分で何とかしてみせる。
「ヒノエくんも聞いたんだろうけど、私の知りたかったことを知盛が知っているかもしれない。だから行くの」
「アイツに会うなら、俺達と一緒にいるのが一番確実じゃないのかい?」
確かにヒノエくんの言う通り…知盛は間違いなく戦場に現れるのだから、その方が確実だろう。
今から私が知盛の元へ行ったとして、会えるかどうか分からない。
それどころか、無事で済むかも分からない。
でも…
「私は皆と一緒に戦場へ行くつもりはないわ…」
その言葉に、ヒノエくんが動揺したのが分かった。
私は彼から少し視線を外し、更に続ける。
「私が源氏として…皆の側にいることは、皆を危険に晒す。たとえほんの少しでも、危険が及ぶ可能性があるなら…私はそれを避けたい」
『前はついていきたい、って言っておいて勝手だってことは分かってるけど…』
そう言って再び視線をヒノエくんへと向ける。
「は…俺達を危険に晒したくないから、一緒には行かないと言う訳か…」
「そうよ…。もうこれ以上…私の事で迷惑はかけたくない」
だから、私はこれから一人で行動しようと思う。
もう迷惑をかけないように…離れようと思う。
俯いて、唇を噛んだ。
一人になるのが、寂しいなんて思ってはいけないのに。
ヒノエくんの顔を見ていると、そう本音が出てしまいそうで…。
「でも、もしそのことが無ければ俺達と一緒に来る気があるんだろ?」
意外な言葉に思わず顔を上げた。
一瞬意味を理解し損ねる。
「それはあるけど…」
ヒノエくんが何かを思いついたように笑みを浮かべた。
そりゃ…戦場に行けるのならその方が色々と都合がいいし。
何より皆と一緒にいれるのならば、一緒にいたいと…そう思う。
仲間と…大切な仲間と離れたくない…。
でも…
源氏の一員では無くなってでもなお、戦場に出入りできる方法なんてないよ…ね…?
と思っていたら、ヒノエくんがスッと手を差し出した。
「ついておいで、」
どうすればいいか戸惑っている私の手を、ヒノエくんはとってさっさと歩き出す。
里の中へと戻る彼の背中を見つめながら…
私は彼が一体何を考え出したのか?と思考を巡らせていた。
でも全く想像なんてつかなくて。
まさかその後、ヒノエくんがとんでもない提案をするなんて思ってもみなかった―――…。
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あとがき
なんか意味が分かりにくくてすみません(汗)
文章力なさすぎだな〜と泣きたくなりました。
まぁ、要は…さんの母親は、彼女を捨てたくて捨てたわけじゃないと。
本当は大切だったんだと。
そういうことが言いたかったわけですね。
あ、書きたかったことが一言で片付いたっ!
何かあまりにも意味不明な気がして、もしかしたら時間があるときに書き直すかもしれません〜。