さようなら…
私の…大切な人―――…
断ち切る想い
ガキィィィンッ
辺りに激しくぶつかり合う金属音が鳴り響いた。
の攻撃を寸でのところで、ヒノエくんが受け止めたのだ。
ギリギリと競り合いになる。
「!やめて…!」
私は必死に叫んだ。
どうしてだか分からなくて…
どうしていいのか分からなくて…
叫ぶ事しか出来なかった…。
なんで?
どうして?
なぜがヒノエくんに斬りかかっているの?
突如、二人がお互いに弾かれるかのように距離をとった。
競り合いになれば、カタールは分が悪いとヒノエくんが判断し刀を弾いたのか。
それとも力で押される前にと、がカタールを弾いたのか。
『男と女じゃ絶対力に差がでるでしょう?当然競り合いになれば不利よね?』
『だったら、男より身軽なのを利用して、スピードを高めればいいよね?』
いつだったか、が私に教えてくれた事…。
その言葉通り、は何から何まで速かった。
その身のこなし。
判断力。
読みの速さ。
あのヒノエくんが、ついていくのがやっと…?
私の目の前で何度も、二人の武器が交わり離れる。
二人ともその目は真剣だった。
の行動に動じているのは、私だけ?
ヒノエくんは、まるで知っていたかのように。
この時を狙って、が現れるのを知っていたかのように、冷静だった…。
『さようなら―――…』
がそう言って地を蹴った時、ヒノエくんは一瞬だけ微笑んで。
『それを言われるのは二度目だね…』
そう言ったのを私は聞き逃さなかった。
でも、微笑んだヒノエくんの表情は、すぐに真剣なものへと戻って。
気づいた時には、二人が武器を交えていた。
「なんで…」
の刀が、ヒノエくんの首を狙ってなぎ払われる。
その攻撃は、当たることなく空を斬った。
ヒノエくんが瞬時に身を屈ませたから…。
「どうして…」
の攻撃を避けたヒノエくんが、の懐に飛び込む。
その手からカタールが突き出された。
刹那、二人の動きが止まる。
否、私を含め…その場の時が止まったかのようだった。
ヒノエくんのカタールが…を…貫い、た…?
『望美、覚えておいてね?速さが増すと、いいことがあるんだ』
その言葉を思い出したとき、私の足はヒノエくんの元へ走り出していた。
その時は一体『それ』がどんなことか分からなかった。
一体『それ』がどんなものか想像も出来なかった。
可能かすら怪しくて、笑う事しかできなかった…。
でも、今なら分かる。
なら、可能だ…っ。
ヒノエくんの背後へ…彼に背を向けるように走りこむ。
私が剣を構えるのと、目の前に人影が現れるのは…ほぼ同時だった。
これがが言っていたこと…
『それはね…』
一際大きく、刀同士がぶつかり合う音が響いた…。
『残像だよ―――…』
「望美…」
ヒノエくんと私の間に立ちふさがるのは、まぎれもない彼女。
望美は悲痛な表情をして、私の攻撃を防いだ。
「どきなさい」
静かに…だけれど威圧するような声で言い放つ。
お願いだから、どいて…。
私は、あなたまで巻き込みたくないの…。
「どうしてなのっ?どうしてが…」
どうして?
そんなの決まってるじゃない。
私には守りたいものがあるから…。
望美にもヒノエくんにも、守りたいものがあるのと一緒だよ…。
「どくの?どかないの?」
今にも泣きそうな…泣くのを我慢しているかのような望美。
その彼女を突き放すような物言いをする。
「どかないって言えばどうするの…?」
その言葉に、私は軽くため息をついた。
ヒュッと私と望美の間の空気が揺れ…舞ったのは数本の髪…。
そして、望美の首に一筋の血が流れた。
「どかすだけよ」
冷たい言葉に、望美が目を見開いた。
体が小刻みに震えだしたのが確認できる。
「望美、もういい」
そんな望美の肩に、ヒノエくんが手を置いた。
望美が自分を庇ったことに驚きながら、ずっと私と望美のやりとりを見ていた彼…。
「でも…っ」
望美はそんなこと出来るわけないといった様子。
当たり前だよね。
仲間であるヒノエくんが…私に殺されるかもしれないんだもの…。
「動かないで」
一言それだけを言い放ち、私は刀を真っ直ぐと構え…
そしてヒノエくんの懐へと飛び込んだ。
「ヒノエくん…!!」
ハッとした望美が、悲痛な叫びを上げる。
ザンッ…
私とヒノエくんの影が重なり…
飛び散った鮮血…
「ヒノエくん…?…?」
望美が愕然として…何かを確認するかのように名前を呼んだ。
私の刀は、ヒノエくんの左脇をすれすれのところですり抜けていた。
すり抜けた先…そこで刀に突き刺され血を流しているのは…
黒装束の男…。
福原の潜入命令の際、私に命令を伝えに来た男だった…。
「何、故…」
「何故?さぁ、何故かしらね…?」
男の問いに、冷たく返す。
私はずっと待っていた…。
こいつが…こいつ等が姿を現すのを。
何故?
そんなこと、分かりきったことでしょう?
私はあなた達を…政子様を裏切った。
私が彼を…ヒノエくんを守りたかった。
ただそれだけのこと。
一気に刀を引き抜くと、男が地面へと倒れこんだ。
それを合図にするかのように、辺り…物陰のいたるところから黒い針が飛んでくる。
私達に向かってくるそれを、望美とヒノエくんは避け、弾き回避し…
私は避けながらも数本を指で挟むように受け止め、来た方向へと投げ返した。
くぐもった声がして、また一人男が倒れるように姿を現す。
「飛針を使うのはいいけれど…忘れないほうがいいよ?あなた達に戦術全てを教えたのは、この私だって事」
男へ更に一撃を加え、完全に地へとひれ伏させる。
こいつ等は皆、私と同じような立場にある者達…。
さっき使われた針…。
暗殺用隠し武器の一つ、通称『飛針』。
隠し武器っていうだけあって、太さも長さも大したことはない。
だけれど、そんな殺傷能力の低いものでも、急所に当たればアウトだったりする。
その人体の急所を彼らに叩き込んで…
飛針の使い方や暗殺の方法・戦術、それら全てを教えたのは…他でもない私。
だから、私にはあなたたちの手の内が…考えてる事が手に取るように分かるのよ?
私をなめてもらっちゃ困るわね。
「熊野別当!覚悟!」
その声と同時に斬りかかる別の男…。
その攻撃をヒノエくんは、ふっと笑って軽くかわす。
「その程度でオレの相手になると思ってるのかい?」
余裕の言葉。
確かに、そんじょそこらの連中じゃ、彼の相手にはならないだろう。
「私も加勢するよ!」
「望美!」
すでに何人かは望美に倒されていて、思わず苦笑がもれる。
三人でお互い背中合わせに立った私達の周りを、倒された男達と同じように黒装束を纏った奴らが囲んだ。
軽く30人はいるわね…。
「ヒノエくん…もしかして気付いてた?」
私は何を、とは言わなかった。
でも、気付いていたでしょう?
私が何を狙っていたのか、私がヒノエくんを殺すつもりが無かった事を…。
そうじゃなきゃ、こいつ等の攻撃に冷静に対応することも…それどころか、動揺すらしないなんて有り得ない。
「オレをなめてもらっちゃ困るね、。当たり前だろう?」
お前のことで分からないことなんて無いさ…と、この状況でも戯れの言葉を囁く。
「…後でちゃんと聞かせてもらうからね。それよりも二人とも大丈夫そう?」
「余裕だろう?」
「そうそう、こそしっかりしてよ?」
『終わったら言いたいこといっぱいあるんだから』と望美に言われ、思わず苦笑い。
二人の顔は見えないけれど、声の調子からして…かなり余裕そうなのが分かる。
一斉に飛び掛ってくる男達…。
さあ、かかってきなさいよ…。
実力の差、分からせてあげる。
数分の後、私達は無傷でその場に立っていた。
辺りには苦しそうなうめき声だけ。
「一件落着っと」
わざとらしく手をパンパンはたいてそう言えば、返って来たのは不服そうな言葉。
「どこが一件落着なの?さんざん心配させてくれて」
あはは、やっぱり?
結構ご立腹ってところですか。
「ヒノエくんも、がしようとしてること知ってたなら教えてくれてもよかったじゃない!」
「そうだ、何でヒノエくんは気付いてたの?私一言も言ってないよね?」
私は間違いなく彼に敵だと宣言して。
警戒心を煽っておいたはずだ。
「何かあるって気付いたのは、がオレに刀を向けた時だよ」
「どういうこと?」
「に殺気が感じられなかったからね」
ごく普通に言い放つけれど…
それは間違いのような?
「私はから殺気を感じてたけど…」
望美の言う通り。
私は間違いなく、殺気を放っていたはずだ。
感じられないわけが無い。
「オレが言ってるのは、あの時と同じ殺気が感じられなかったってことだよ」
あの時…。
おそらく、初めて会ったときのことを言ってるのだろう。
本気で、躊躇無く相手を殺すつもりの…そんな殺気。
「あの時?」
「あー…、話すと長くなるからそれはまた今度ね」
不思議そうな顔をする望美に、私は曖昧な笑みを浮かべる。
出来れば話したくないのも事実だから、後回しにして忘れてくれるように願っているのが本音。
「オレからも聞きたいね。こうするつもりなら、なんで仲間じゃないなんて言ったんだい?」
「え?だって、仲間だと思っていた相手に突然武器を向けられたら、冷静に対処できなくなるでしょ?だから
先に仲間じゃない、自分は敵なんだって宣言して、いざってときに冷静に対処してもらおうって思って」
そしたら、攻撃されてもとりあえずは防ぐ事もできると思うし。
と、言えるのは今だからこそ。
そう、所謂今言ったことはこじつけ。
実際その言葉を言った時には本気だった。
「つまり…あれだけ辛そうに敵だって宣言したのは、演技だったってことかい?」
「うん、まぁそうなるかな」
答えを曖昧に濁す。
実を言えば、演技ではない…。
私はギリギリまで悩んでいたのだから。
裏切るのは…
主か、仲間か―――…。
「それと、私がヒノエくんと戦ったのは所謂時間稼ぎね」
そう、私についている監視が何人なのか…。
その気配をはっきりと確認するまでの時間稼ぎ。
「でも、どうせ裏切るなら…わざわざ戦う必要無かったんじゃない?」
「大有りよ?私がもっと早い段階で裏切ったのがばれたら、監視についてたこいつ等が間違いなく、ヒノエくんの暗殺を謀っただろうしね」
だから、そうならないように…
私が暗殺を実行すると思わせておく必要があったわけでして。
それに一度にこいつらを始末する必要もあった。
熊野別当がヒノエくんだと知った奴らを、無事で帰すわけにはいかないから。
今後のためにね。
「でも、なんでさっき手加減無しでヒノエくんに攻撃したの?」
「こいつ等は私の教え子みたいなものだからさ、私の実力をある程度知ってるのよね」
私は周りの男達を指差す。
「だから手加減したら裏切ろうとしてるのがバレて、こいつ等がヒノエくんに手を出すかもしれでしょう?人数が把握できるまで、それは避けたかったのよ」
と笑ったら…
望美がやられたっ、といった顔をした。
「でも、ヒノエくんも私を手加減無しで攻撃してたから、気付いてないと思ってた」
人のこと刺したっていうのに、残像だと分かる前も意外と平気そうな顔してたし…。
私のこと仲間だというわりに、実はそんなこと思ってないんじゃないかって疑問に思う。
そりゃ、手ごたえはなかったかもしれないけど!
「これでも内心は動揺してたぜ?表に出さなかっただけだよ」
ホントかしら?と怪しげに見れば、ヒノエくんは苦笑した。
「いいけどね。それより望美、ちょっと首見せて?」
望美は言われた通りにする。
彼女の首には、小さいとはいえ傷が出来ている。
そう、私がつけた傷が…。
「ごめんね?痛かったでしょう?」
そっとその傷に触れる。
望美は『別に気にしなくていいよ。大して痛くないし』と笑うが、私が彼女を傷つけた事に変わりは無い。
『少しジッとしてて』と私は言うと、静かに目を閉じた。
傷に触れてる部分に意識を集中する。
「傷が…」
ヒノエくんが驚いたような声をあげた。
一瞬光に包まれた望美の傷は、光が収まると綺麗に消えていて…望美自身も驚いているようだった。
「この力は…?」
「封印の力の応用術ってところかな」
私の封印は時間を元に戻す事が出来る。
ならば、封印以外でも時間を戻す事はできないか?と思って特訓した結果の応用術だ。
ほんの少しならば、物の時間を戻す事が可能。
それが命でなければ…。
死んだ人の時間を戻し、生き返らせるのは不可能だから…。
「今のはつまり、その部分の時間を傷が付く前に戻したってことかい?」
「そういうこと。でも詳しい事は自分でも分かってないんだけど」
そうなのよね。
偉そうに言っておきながら、実はよく分かってないって言うのが事実。
本当に時間を戻してるのかも怪しい。
ただ、多分そうなんじゃないかって思うだけで。
「本当に不思議な姫君だね。ますます興味が湧いてくるよ…」
「まったくもう…」
今日は何も言わないけどね。
演技とはいえ、酷い事をしたあとだし。
今日だけは何を言っても許してあげるわ。
パァンッ…
辺りに響いた一つの銃声。
「え…?」
何かの衝撃を体に感じて、目線を下げれば…左胸が朱に染まっていた…。
だんだんとその朱は広がっていって…
「!?」
ヒノエくんの叫び声が聞こえた…。
自分でも体が崩れ落ちるのが分かる。
「!?!!」
何度も呼ばれる名前…。
ヒノエくんが体を支えてくれてるのが、かろうじて分かった。
霞む目で、望美の泣き顔が唯一確認できたが…それも一瞬の事…。
「しっかりして…!目を開けてよ…!」
閉じた瞼の向こうで、望美の声だけが聞こえる…。
でも、開けられない…。
目を開けようと思っても、体が言う事を聞かない…。
「景時…お前…」
薄れる意識の中で、最後に確認できたのは…
ヒノエくんの怒りを含んだ声だった―――…。
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あとがき
えー…何も言うまいと思いつつ、言い訳をかましてしまう私です。
意味不明な文ですみませんっ。
突っ込みどころ満載ですが、ここは好例のスルーで行きましょう!
まあ、あえて言うなら…こんな回りくどい事をしなくても良かったですよね(苦笑)
そうそう、冒頭の『大切な人』は政子とヒノエ、どちらでも当てはまります。
裏切ってしまう政子に?(昔は慕ってましたからね一応)
殺そうとしているヒノエに?(実際殺すつもりはなかったのですが)
色々好きに解釈して下さいね。