もう隠しておけないよね?
答えを出す時間だよ…。
どうするの?
あなたはどんな答えを、聞かせてくれるのだろう―――…?





運命の選択





「ねえ、はどう思う?」

私と向かい合ってる望美は、正座をして真剣な顔でそう尋ねた。
今この部屋にいるのは私と望美の二人。
当然、二人でしか話せないことを話しているのだけれど…。

「どうもこうも、放っておくしかないんじゃない?」

放っておくというのはヒノエくんのこと。
この先の未来を知ってる望美は、当然ヒノエくんが別当だと言う事を知っている。
だから、同じようにその事を知ってる私に『どうやってヒノエくんに白状させようか?』と聞いてきたんだけど…

「やっぱりそう思う?だよね…普通に考えても簡単には教えてくれそうにないし…」
「ヒノエくんの場合、代役とか立てて誤魔化しそうな気もするしね」

もしも絶対隠し通そうと言うなら、あり得ない話じゃない。
ストレートに『別当なの?』と聞いたところで、軽くはぐらかされるのがオチだし…
話し合いの場になれば、何となくだけど本人が出てこずに、影武者とかで代用しそうな気がしないでもない。

「そうそう、確かそうやって誤魔化された時空もあったんだよ」

と望美は頬を膨らませて、更には盛大にため息をついた。
どうやら、本当に代役で誤魔化された時があったみたい。
私はその時空を知らないから、何とも言えないけど。

「でも、望美が知る限りでは、ちゃんと正体を明かしてくれてたんでしょう?」
「うん、私が捕まった時に助けに来てくれたんだけど…。その時に明かしてくれたんだよ」

ふむふむ、つまりはこのまま放っておいても、必ず正体を教えてくれるわけでして…
なら、特別私達が焦ってアクションを起こす必要もないのでは?

「ねえ、望美は熊野の運命を何度か巡ってるんだよね?」

その問いに望美は深く頷いて…
それは望美が、さまざまな運命を変えようと時空を飛んでいることを肯定していた。
この子は一体どれだけ、辛い思いをして…重いものを背負っているのだろう…?
きっと、私なんか比べ物にならないぐらい…色んなものを背負っているのかもしれない。

「それで、この熊野以前の運命を変えた時…何かこの熊野の運命に影響はあった?」
「ううん。特には無かったよ?今回も、六波羅でヒノエくんと出会ってるし」

つまりは、ヒノエくんと春の京で出会ってから、この熊野へ来れば…
ほとんど変化無しで、望美が知ってる運命を辿ることが出来るというわけでして。
100%に近い確立で、ヒノエくんが正体を明かしてくれると言うならば…

「やっぱり、また望美が大人しく捕まるのが、一番確実じゃない?」

そういう答えになるわけよね。
女の子にまた攫われろっていうのもどうかと思うけど…
でも、ヒノエくんが助けに来てくれるなら大丈夫だろうし。

が、代わってくれる気は?」
「…無い」

即座に望美の提案を却下する。
私が攫われる役?
あり得ないでしょう。ガラじゃございませんって。

…完璧人事だと思ってるでしょ?」
「そんなことないよ。ちゃんと心配はしてるって」

不服そうな望美に、よしよしと頭を撫ぜながら答えれば、『本当に?』と更に彼女は頬を膨らませた。

「本当だよ?それに私の場合、多分大人しく攫われないと思うし。ここはやっぱり適任は望美でしょ?」

そうよ、多分私の場合…攫われるどころかやり返しそう…。
ヘタすれば、こっちが悪者になりそうだから…遠慮しておくわ。

「…そうかも…。の場合、その場で片付けちゃいそう…」

いくら自分で自覚してても…
他の人に言われると多少は腹が立つというもの。

「の・ぞ・み?それは一体どういうことかしらねぇ?」

どこぞの誰かさんのように、後ろに黒いオーラを漂わせて微笑み返す。
ああ、やだやだ…。
こうも付き合いが長いと似てくるものなのかしら?
気をつけなきゃいけないわね。

「ごっ…ごめんなさい!」

謝ること自体が、失礼なことを考えてたと肯定してるわけで…
冷や汗を流しながら、望美が部屋から飛び出した。

「望美!?待ちなさいっ!」

その望美を追いかけるように、自分も部屋から飛び出す。
きゃーきゃー騒いで追いかけっこして…
私が悪戯っぽい笑みで後ろから望美を捕まえて…
捕まった望美も、楽しそうに笑っていて…。


ああ…私はいつまで、こうやって笑っていられるのだろう……?










「すごい!望美綺麗だよ?」
「うん。神子すごく綺麗」

目の前に立っている望美は、いつもと違っていた。
まるでお姫様のような格好をしていて、本当に綺麗だった。
だから白龍と二人で『ねー?』と顔を見合わせて賞賛すれば…

「白龍…まで…」

と顔を真っ赤にして抗議する望美。
そんなに恥ずかしがらなくてもいいと思うのだけれど。
やっぱり素材がいいと、こうも少しいじっただけで綺麗になるから羨ましい。
というか、いじくらなくても可愛いのだけれど。

「これでどこから見てもお姫様よ?」

と朔が微笑んだ。
そう、なぜ望美がこんな格好をしてるかというと…
事の始まりはある噂だった。

『熊野別当が白龍の神子に一目ぼれしたらしい』と。

それで、熊野の町、特に勝浦辺りでは『神子はどこのお姫様なのだ?』とか…
『どんなに綺麗なお姫様なんだろうね?』と、噂で持ちきりになっていて。

その噂を聞いた九郎さんが…
『謁見の際に、大人しく姫君を演じろ』と望美に言ったのでありまして。
こんな感じに、望美がお姫様へと変身することになったのであります。

「折角だから、皆にも見せてあげたらどうかしら?」

と朔の提案もあり、望美は一人部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送って、私も部屋を出る。
私には私の準備があるから…。

私には、時間が迫ってる…。
もうそこまで、運命が迫ってる…。

望美も『生き残った私』がいるこの熊野は初めてだと言っていた…。
つまりそれは、『二人の暗殺を命じられている私』がいる運命は初めてだということ…。
どうなるかなんて…誰にも分からない…。

「出かけるのだな」

突如何処からとも無く聞こえてきた声。
気配を探ろうとも感じ取れない…。
そんなことを出来るのは一人だけ。

「先生…」

私が名前を呼ぶと、先生…リズ先生は私の前に姿を現した。
鬼の力…瞬間的に空間を移動するその力を使って…。

「一つお聞きしたい事があります…。私はこのまま…進んでしまっていいのでしょうか…?」

聞いたって無駄だって分かってる。
先生が知っているはずが無い。
私がしようとしてることも、それをしてしまった先に待っている運命も…。

それでも、先生なら何か答えてくれるようなそんな気がしていた。
今まで導いてくれたように…。
今回も道を指し示してくれるような、そんな気がした。

「お前の運命は、私には分からぬ」

静かな声。
それはまるで私を諭すような声だった。

「そう…ですよね…」

分かってはいたけれども…
私は、進んでもよい、という言葉をどこかで期待していた。
未だに決意したと言いながら…足踏みしている私の背中を、誰かに押して欲しかった。
それが例え真実の言葉ではなくても…。
ただ一言『大丈夫』と言って欲しかったのかもしれない…。

「だが、お前は選ぶ事ができる。お前の運命は、お前自身が切り開くものだ」
「私自身が切り開くもの…」

私の運命は…私が決める…。
私以外の人じゃない、他でもない私自身が…

「お前の選択次第だ」

私の選択次第…
先生の言葉は、決して長いものではなくて…
それでも、一つ一つに意味がしっかりと込められていた。


何を迷っていたのだろう?
何を弱気になっていたのだろう?


「すみませんでした。先生、私は甘えていたみたいです」

真っ直ぐ頭を上げて先生を見上げる。
私はすでに、選択したはずだ。
後はもう、自分を信じるしかない…。
自分の信じた道を進むしかない。

「お前が選択した事ならば、何も言うまい…」

先生は優しい瞳をして、私の前から再び姿を消した。
急がなければ…
チャンスは一度きり。
熊野別当が…ヒノエくんが望美に答えを言う。
その瞬間…
それを逃せば、後はない―――…。










、悪いけど望美を頼むよ」

攫われた望美を助け出して、ヒノエくんは凱旋してきた。
ヒノエくんが熊野別当だと聞かされた望美は、少なからずやショックを受けているようだった。
確かに最初から知っていたとはいえ、ずっと黙ってられたことはショックだろう。

『何でいつまでも言ってくれなかったのか?』
『ずっと黙ってるつもりだったのか?』
『そんなにも自分達が信じられないのか?』

と聞きたい事は山ほどあるだろう。

「いいけど、ヒノエくんは?」
「オレはまだやることがあるんでね。色々とやる事が出来たからな」

やる事が出来たのは頷ける。
捕縛した奴らの処分や、水軍を動かした事の処理。
その他色々と別当殿はやることがあるのだろう。

「別当殿も大変ね。でも、仕事はそれだけじゃございませんよ?」

にっこりと笑ってビシッと人差し指でヒノエくんを指差す。
その行為に彼は少し首を傾げた。

「望美にちゃんとフォロー入れときなさいよ?」

『仮にも一目ぼれした相手でしょう?』と続ける。
その困惑した顔は、フォローの意味が分からないのか、それともその後の言葉の意味を図りかねてるのか。

『別当が白龍の神子に一目ぼれした』
その噂を聞いたとき、正直少し悲しかった。

だけれど、根拠のない噂だって、何か元が無ければ立つ事はない。
真実ならそれでも良かった。
ヒノエくんが昔の私の影を追っているというのが本当ならば…
それに先など無いから…。いいことなど一つもないから…。
だから、望美に惚れたのだというならば、その方がいいと…そう思った。

「どうしてそんな話になってるんだい?」
「さあね。自分の胸に手を当てて御覧なさいな?」

悪戯っぽく微笑んでその場を去る。
その私の後姿を、ヒノエくんがため息をつきながら見ているとも知らずに…。










「望美は分かってるよね?ヒノエくんが何で黙ってたか」

宿に戻って、とりあえず望美を着替えさせる。
その後で未だ落ち込んでいる望美に問いかけた。
何度もこの運命を巡ったのならば、絶対に分かってるはずだ。
彼が黙っていた理由も、それが私達を信用してなかったからではないという事も。

「ヒノエくんには熊野を守る責任があるから…だよね」
「そうだよ。彼は本当にこの熊野が好きだから…だから何よりも一番で、何よりも守りたい」

私の言葉に望美は『うん』と相槌を打って聞いている。
分かってはいても、いざ目の当たりにすると頭の整理がつかないんだよね。
でも、もう大丈夫でしょう?

…私答えを聞きに行ってくる」

私を見据える望美の瞳は、強い光を宿していた。
ヒノエくんの答えは、望美が知っているものかもしれない…
だけれど、違うかもしれない…。

その期待と不安を持って、望美は飛び出して行った。

「ごめんね…望美」

私は望美の後姿が見えなくなると同時に、自身もその場から消える。
気付かれないように、望美の後を追って…
彼に会いに行くために…。










望美がヒノエくんと会う事ができたのは、宿を飛び出してから約一刻ほどの後だった。
望美は勝浦の市や浜辺を回り、この渚へとやって来た。
一つ一つ、ヒノエくんが守ろうとしているものを確かめるように。

「その…悪かったね」

少し言いにくそうに謝るヒノエくんは、黙っていた事に少なからず罪悪感を感じているみたいで…
申し訳なさそうにそう言った。
でも、反対に望美の顔は微笑んでいた。

「もういいよ。ヒノエくんにはこの熊野を守る責任があるんだから」

花の様な笑顔を咲かせる望美は、とても輝いて見えて…
彼女の人間性、器の広さを物語っているようだった。

全てを考え抜いて、前に進んでいく強さ。
人を思いやり、気遣っていける優しさ。
そのどちらも私には無いものだから…。

「参ったな…」

望美の答えを予想していなかったのか、ヒノエくんが苦笑を浮かべる。
だんだんと、私の心臓の音が大きくなる。

もうすぐ答えが出てしまう。
彼の気持ちを考えるならば『協力して』なんて言えない。
だから私は…。

「黙っていたお詫びとは言わないけどさ…」

その言葉に一瞬体がビクッと震える。
落ち着け、と自分に言い聞かせ、静かに次の言葉を待った。

「熊野は協力できないけれど、オレはこれからも一緒に行くよ」

『それじゃ駄目かい?』と微笑むヒノエくんの顔が、今までで一番眩しく見えた。
答えが出た。
早く出て欲しいと思っていた答え。
出て欲しくないと思っていた答え。

それが、あなたの考え…。

「それがヒノエくんの答えなんだね…」

スッと姿を二人の前に現す。
私の声に反応して二人の視線が向いた。

!?どうしてここに?宿にいたはずじゃ…」

望美の驚きの声。
彼女は私が宿にいるものだと思っているから、仕方がないこと。

も聞いていたというわけか。なら、分かるだろう?聞いた通りのことがオレの答えだよ」

ヒノエくんがその時、何を感じていたのかは分からない。
でも、そう答えるヒノエくんはいつもの笑みなんて微塵も浮かべていなかった。
様子を窺うように目を細めて…私をジッと見つめていた…。

「そう…」

私はスッと自身の刀に手をかける。
鞘からゆっくりと引き抜くと、その切先を…

ヒノエくんへと向けた…。

!?」

望美が私の名前を叫ぶ。
だけれど私はそれを気にせずに、彼を…ヒノエくんを見据えていた。

ヒノエくんはただジッと私の目を見返していて。
その様子にふっと笑いが漏れた。
まるであの時のよう…。
あの日会った時のことを、もう一度見ているようで。

だから彼も対して動じていないのだろうか?
刀を向けられるのは二度目だから…だから落ち着いていられるのだろうか?
それとも、このことを予想していたの?
彼は鋭いから…こうなると気付いていたのだろうか?

『でも、もうどうでもいいね…』

心の中で呟く。
私は静かに、地を蹴った…。


「さようなら―――…」


あの時と同じ言葉と共に…。







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あとがき
久々に、というかほとんど初めてなくらいで先生登場(笑)
白龍も久しぶりですね。
今更ですがハッキリした事…私に逆ハーは絶対無理だという事です!
いっぱい登場人物が書けないんです…。
ああ、場面が変わるのも難しい…。