一体何を考えているんだ…?
何故何も言ってはくれないんだ…?

自ら敵だと言っておきながら
オレ達を手助けする

何で、一人で抱え込むんだい?
オレじゃ頼りにならない?
オレじゃお前を助けられないのか―――…?





隠した思い





「これからも暫くは一緒に行動するけど…でも信用はしないで」

顔を上げてそう言ったの目は…もう悲しさを映してはいなかった。
まるで決意したように…全ての感情を押し込めたように…。

もう何を言っても無駄だといった瞳。
の瞳は、拒絶の色を強く浮かべていた。

「ちょっと九郎さん!それどういう意味よ!?」
「そのままだ!」

オレの先を歩く彼女は、いつもと変わらないというのに。
いつもの様に九郎と言い争って。
いつもの様に楽しそうに笑っていて。

「ねぇ望美!ひどいと思わない?九郎さんったら、私のこと男みたいだって言うんだよ!!」
「誰もそんな事は言っていないだろう!?」
「言った!『お前はもっと女らしく出来ないのか』って確かに言ったじゃない!」
「だから、男みたいだなんて一言も言っていないだろう!」
「意味は一緒じゃない!」

話を振られたあげく、目の前で言い争いを続ける二人に、望美が困ったような笑みを浮かべている。
『二人とも落ち着いてよ』って宥めてはいるけれど、九郎もも全く聞く様子はない。

こういう様子を見てると、まるでさっきの事が嘘のように思える。
敵だと言ったの瞳は真剣だった。

「ヒノエ。ずっと黙ってどうしたんです?」

いつの間にかオレの横にはアイツが…弁慶がいた。
こいつなら知っているだろうか?
のことを…彼女が抱えていることを。

「アンタさ、頼朝か政子さんから何か聞いてないか?」

オレはから視線を外さずに問いかける。
一応弁慶も源氏の軍師だ。
もしかしたら何か聞いているかもしれないからね。

「いいえ、何も聞いてはいませんが?何か気がかりなことでもあるんですか?」

そういう弁慶の表情は真剣なもので。
いつものあの笑みは浮かべていなかった。
オレが人を騙すときの笑みと、そっくりなあの笑みを。
どうやら本当に知らないみたいだね。

ということは…恐らくが受けてる命令は、九郎に関係することなんだろう。
平家に関係していることなら、弁慶が知らないはずはないからね。

「一つだけ忠告しておくよ。頼朝には気をつけるんだね」

みなまでは言わない。
言わなくても弁慶は理解する。
第一、弁慶も分かっているはずだ。
力を付けすぎた九郎は、頼朝にとって脅威以外の何者でもないと…。

「十分承知してますよ。それでも、そんなことは無いと思いたいですが…。それでさんのことが気になるわけですか」

ったく、こいつも相当目聡い奴だね。
オレ達にとっての敵は、平家だけじゃないと気付いてはいた。
が合流したことで、それがハッキリとした。
それでも…考えたくは無かった。
彼女が、敵になり得るということを。

『私が合流することは、何らかの意図があると思います』

例えそう彼女自身が公言していても。

『私は…敵、だよ』

例えハッキリとそう告げられても。
未だに信じたくない。

「確かに警戒はするべきだとは思いますが…。それよりもまず、ヒノエには他の問題があるでしょう?
今回のこと、どうするつもりですか?」

弁慶が言いたいことは分かる。
確かに警戒はしておくべきだからね。
でも、何の行動も起こしてこない以上手は出せない。
だからそれよりもまずは、オレのほうの問題を解決しろと言いたいわけだ。

「さあね。多分アンタの考えてることと一緒だよ」

弁慶はオレの正体を知ってる。
現熊野別当がオレだということを。
熊野が源氏に協力するか否は、オレの判断一つで決まる。
弁慶としても気になるのだろうけど…。

「やはり協力は望めないようですね」
「まあね、源氏に協力して勝てる見込みはない。勝てない戦はしないよ」

弁慶は「仕方がありませんね」と苦笑した。
いやにあっさりと諦めるんだね。
熊野が協力しなければ、水上戦は不利だというのに。

「なら、中立の立場を破らないということですよね?」

オレが訝しげに見ていたら、弁慶はあの笑みを浮かべた。
なるほどね、つまり源氏に協力しないなら、平家にも協力するなというわけか。

「誰がわざわざアンタを敵にまわすかよ…」

ただえさえ、厄介な奴なのにと、思いっきりため息をつけば、『ならいいんですよ』とさらに笑みを深くして。
オレを不機嫌にさせたのは言うまでもない。





++++++++++++++++++++++++++++





「ここが熊野川ってわけね」

うわぁ…確かにこんな川渡ったら即お陀仏だわ。
これは氾濫してるっていうより、すでに川ですら無くなってますけど?

「望美、あまり川に近づかない方がいいよ。見て分かるとは思うけど、普通じゃないからね」

川に近づいた白龍を追って同じように近づいた望美を、ヒノエくんが自分のほうへと引き寄せた。
望美は顔を赤くして。
ズキンと私の心が悲鳴をあげた。

何で傷ついてるの?
さっき自分から敵だと告げたばかりだというのに。
私にはもう関係のないことでしょ…?

「もし、そこの方々。その川を渡るのはお止めください」

突然現れた女の人。
綺麗な人だけれど…どこか違和感を感じたのは気のせいだろうか。

「どうしてですか?」
「先日、私の夫と舎人もこの川で亡くなり…私だけが助かったのです」

ふーん…。
旦那さんと付き人がねぇ。

「なあ、ならなんでアンタは逃げないんだ?ここに残ってる理由なんざねえだろ?」

と将臣くんは不審そうだ。
いいところに気がついたよね。
確かに、彼女にはもうここにいる理由なんてない。

「ひどい…私はただ次に来る人達に危険を知らせようと…」
「将臣!そういう言い方はないだろう!?」

女の人は一人になってしまって気の毒なのにと、九郎さんはそう言いたげだ。
でもね、九郎さんはもう少し人を疑うことを知るべきだよ?

「危険を知らせたいのならば、ここでは遅すぎませんか?」

危険を知らせるならば、もっと前にすればいいこと。
ここはもう川岸、言われずとも危険なことは分かるし。
いくらなんでも、こんな川を渡ろう何て馬鹿はいないでしょ?

!?お前まで…」
「九郎さんは黙っていてください」

咎める九郎さんを制すように言うと、私は更に続けた。

「この川までは一本道です。入り口で、とは言いませんが…せめて道の途中で忠告すべきではないですか?」

そう、あの貴族の人のようにね。
それに…本当ならば入り口付近に住んでる人に、危険だと忠告するように言えばいいことでしょ?
どれにしても、彼女がここで一人わざわざ残っている必要はない。

この人は何を考えている?
何を思ってここにいる?

「将臣くん、何があっても直ぐに対処できる準備しておいて」

そう小さな声で告げる。
目の前にいる女の人には聞こえないように…。

「何するつもりか知らないけどな…無理すんなよ。まだ傷治ってないんだろ?」

今それを言いますか。
会った時には傷のことなんて忘れている風だったのに。
それでも、少しは悪いと思ってたみたいね。
別に将臣くんは悪くないのに…仕方のないことでしょ?

「分かってるって」

そう言って、私は少しだけ後ろを振り返った。
ずっと感じていた視線のほうに…。
そこには観察するようなヒノエくんの瞳があった。

私の行動が理解できない?
敵だと言っておきながら…何も変わらない私が、分からないのかな?
直ぐに視線を女の人に向けなおす。

「少し失礼」

すばやく女の人に近づき、その腕を掴む。
女の人が驚き小さく悲鳴をあげた。

意識を瞬時に集中させると、一気に記憶が流れ込んでくる。
でも、その記憶のどれもが水の中の映像…。
そして、唸る怨霊らしき声。

!いいかげんにしろ!」

私の肩を九郎さんが思いっきり掴んだ。
それに対して無意識に抵抗する。
更に記憶を読もうと、意識を集中させた。
そして見えたのは…黒い影…。
まるで穢れのような。
もしかしてこの人は、怨霊?

!九郎さん!その人から離れて!」

私が理解するのと、望美が叫んだのは同時だった。
私が掴んでいた女の人の腕は、見る見るうちに異形のものへと変化する。
怨霊の姿を現すのに数秒とかからなかった。

「ちっ…」

私は舌打ちすると、刀へと手をかける。
まるで蛙のような姿をしたその怨霊は、その長い舌を私と九郎さんの元へすばやく伸ばした。
九郎さんがそれを刀で受け止めるが、逆に刀に舌が巻きついた。
それを私は切り落とす。

「まさか怨霊だったなんて…」

九郎さんは信じられないといった顔をしていた。
私も怨霊だとは思わなかったけれど。
でもね九郎さん、これで分かったよね?

「簡単に人を信じない方がいいよ…?」

私の言葉に九郎さんは何かを言いかけた。
その言葉を聞くのが怖くて、私は直ぐに戦闘に参加する。

そう…簡単には信じちゃ駄目だよ?
いくら付き合いが長くても。
それが例え自分の肉親であっても、ね…。





++++++++++++++++++++++++++





「望美、あまり川に近づかない方がいいよ。見て分かるとは思うけど、普通じゃないからね」

氾濫する川へと近づいた望美を、オレは自分の元へ引き寄せた。
そのとき少しだけ見えたの表情。
どうしてそんな顔をする?
お前は言っただろう…?

『これからも暫くは一緒に行動するけど…でも信用はしないで』

と…。
がオレの敵になると、そう決めたのなら、オレは何も言えない。
オレだって決めたことを簡単には覆さないように、きっともそうだろうから…。

お前はオレの敵になることを…選んだんだろう?
それなら、諦めさせてほしい。
への気持ちがこれ以上大きく、確かなものへとなる前に…。
興味があるだけだと…言い聞かせられるうちに、ね…。


将臣と何か話していたが、ふいにオレのほうへ視線を向けた。
ずっとオレの視線に気付いていても無視していたのに…。
どうしたのかと思えば、彼女は少しだけ微笑んで、すぐに視線を前へ戻した。

「危険を知らせたいのならば、ここでは遅すぎませんか?」

そう言ったときのは、完全に女の人を疑っていた。
まあ、この人を疑ってないのなんて九郎ぐらいだろうけどね。
オレの横にいる望美ですら、不審そうな顔をしているぐらいだ。

「少し失礼」

そう言って女の人の腕をが掴んだ時、彼女がしようとしていることを理解した。
力を使う気だ、と…。

その力を、以前のオレは恐れていた。
でも、今は…その力が欲しいとさえ思ってしまう。
だけれどオレにはその力は無い。
だから、…オレはお前から全てを聞きたい。
ちゃんと全てを、真実を知りたいんだ…。





+++++++++++++++++++++++++++++++





―――オオオオオオンッ

辺りに一際大きく怨霊の声が響いた。
その声と共に崩れ落ちた怨霊は、見るからに弱っていた。

「封印するなら今ですね」

弁慶さんのその言葉に、望美が強く頷いて怨霊へと近づいた。

「巡れ天の声…」

望美が言の葉をのせてゆく…。
そのときだった、怨霊が最後の力を振り絞って望美を突き飛ばした。
幸いそんなに強い力ではなく、望美は軽い擦り傷を負っただけだったが。

「望美、大丈夫?」

倒れた望美に手を差し伸べる。

「うん。でも…」

望美は川へと視線を向けた。
怨霊の姿はなく、どうやら川へと逃げ込んだらしい。
一際淀んでいる部分があるから、その辺りにいるのは間違いないだろうけど。

「水属性の怨霊を川の中まで追いかけるのは…馬鹿のすることだね」

ヒノエくんの言う通りだ。
水属性の怨霊にとって、水の中は完全なテリトリー…。
なんの策も持たずに追ったところで、餌食になるのが関の山だ。

「だからと言って、このまま放置もできないだろ?」

で、確かに将臣くんの言う通りだとも思うのよね。
このまま放置したところで、本宮へは行けない。
怨霊が回復してまた現れるのを待つ?
いくらなんでも冗談じゃない。

「仕方が無い…。ここは私が行きますかね」

私なら何とかなるでしょ。
八葉の誰かが行ったら、怨霊を岸に引きずり出さなきゃいけないし。
水の中で封印しようと思うなら、望美か私かのどちらかが行かなきゃいけない。

「お前なあ、すぐそこの…コンビニにでも行くように言うなよ」

将臣くんが呆れたような声をだした。

「こんびに…?」

九郎さんが不思議そうな顔をしているけれど。
一々説明するのは面倒なので。

「将臣くん、責任持ってコンビニの説明はしておいてね。ちょっと行ってくるから」

と面倒なことから逃げるように、後ろ手に手を振りながら川へと足を踏み入れる。

!危ないよ!」

望美の制止の声が聞こえる。
その声に振り向くと『大丈夫』と返事を返す。

「さあ、出て来なさいよ」

腰が完全に水につかるくらいまで入ると、そこで足を止める。
水が淀んでいるところの一歩手前だ。
荒れる波が何度も顔にかかる。

私の声に反応するかのように、水が一際大きく渦巻いた。
そしてその波に、私は飲み込まれる。

一瞬何が起こったのか分からなかったが、直ぐに理解できた。
水の中に完全に引き込まれた私の足には、怨霊の舌が絡み付いていて…動けなくなっていた。

『早めにカタをつけないと、水死しちゃうわね』

と意外にも冷静な自分の頭。
確かに水の中に引き込まれるのは、ちょっと予想外だったけれどね。
それでも予定通りにことが運べそうだから…大丈夫。

私の目の前に怨霊の顔が現れた。
今…助けてあげるからね?
あなたは一体、何の未練を残してしまったの?

『記憶を…見せてね?』

私はゆっくりと怨霊の額へと手を伸ばした…。





+++++++++++++++++++++++++++++





が水に飲み込まれてからどれくらいたっただろう。
オレ達はただ荒れる川を見てることしか出来なかった。

…」

時間が経つにつれて、望美の顔が青くなっていくのが分かる。
望美だけじゃない、その場にいた全員がそうだった。
余りにも余裕そうに、川へ自ら歩を進めていったから。
だから、大丈夫だと思っていた。

「あいつ…大丈夫なのか…?」

さすがの将臣も不安そうな顔をしている。
オレの脳裏にあの時のことが思い出されていた。
福原へとが行った時のこと…。
あの時も、なら大丈夫だと、そう思い込んでいて…あの結果になったんじゃないのか?

オレの脳裏に不安がよぎる。
その時だった、川が爆発するような音をさせて水柱を上げた。

!?」

望美がその中心を指差した。
水柱が弾けとび、そこにいたのは間違いなくだった。
彼女と怨霊取り囲むように水が渦巻く。

「天に巡りし白き龍…」

の口から静かに紡がれるのは、望美とは違う言の葉…。

「地に響きし黒き龍…」

淡く光りだした怨霊は、大人しくしていて…
泣いているようにも見えた…。

「時空遡りて、これを無に帰せ…」

一際強く光り輝いたかと思えば、怨霊の姿はなくて。
いたのはさっきの女の人だけ…。
その人は幸せそうに微笑んで消えていった。

これが…の封印の仕方…。

でも…何故オレ達を助ける?
自分の命を危険にさらしてまで、敵であるオレ達を…。





++++++++++++++++++++++++++++++++





『見えた…』

さっきの女の人は、あなたの本当の姿なんだね…。
あなたは…死んでからも、この川で一緒に亡くなった旦那さん達を探していたんでしょう?
見つけようと必死だったんでしょう?

でも、ここにはもう探している人はいないよ?
だから、本当に居るべき場所に帰ろう?
そうしたら、きっと皆に会えるから…。

私の心の声に反応するように、怨霊の力が放出された。
私達の周囲の水が、水柱のように上がった。
さらに、その水柱が爆発し私達の周囲を囲むように渦巻く。

私の肺にやっと酸素が供給された。
これで言の葉を紡げる…。

「天に巡りし白き龍、地に響きし黒き龍…」

その怨霊は泣いていた。
辛かったんだね…悲しかったんだね…。
もう、苦しまなくていいよ?
会えるから、皆にちゃんと会えるから。
だからもう泣かないで―――…?

「時空遡りて、これを無に帰せ…」

やはり現れたのはさっきの女の人で。
嬉しそうに笑って、そして消えていった…。

私は…助けられた?
あの女の人を…ちゃんと救ってあげれたのだろうか…?

「…っ!」

怨霊を封印すると同時に一気に水が元に戻った。
忘れてた…!
ここは川の中心。
怨霊の力で分かれていた水が元に戻れば当然、飲み込まれるというわけで。

突然のことで思わず水を飲んでしまう。
挙句の果てに…

『なんで水草が足に絡まるのよ!?』

見事に水面に出ることが出来なくなる。
刀は錆びると嫌だからって、岸においてきちゃったし。
これって…もしかして絶体絶命?

『ヤバイ…息が続かなくなってきた…』

そのとき、私の横に人影が現れた。
その人物は、小さな刀で私の足に絡みついた水草を切っていく。

どうして…?
なんでヒノエくんが、助けに来てくれるの…?
信じられなかった。
私がいなくなれば、危険因子は減るというのに。
ヒノエくんはそのことを知っているはずだよ…?




何で、諦めさせてくれないの…?

気付き始めていたあなたへの気持ち。
まだ引き返せる、気付かなかったことに出来ると…そう思ったのに。

私のことは放っておいて…
お願いだから…私にあなたを諦めさせて―――…。










BACK TOPNEXT
-----------------------------------------------------
あとがき
何度も何度も同じことを言っていて…少々うるさいような…?
すみません…私が書いてて忘れるんですよ。
何を書いたかを…。
一応読み返して削除してはみるんですが…それでも残る部分が…。
そこはかる〜く流して読んでください(汗)