「愛してる…」
この言葉だけが真実だった―…。
忘れないで
何度も何度も、金属のぶつかる音が響く。
俺を縛りつけている鎖を彼女が…が必死で切断しようと何度も刀で切りつけていた。
阿波水軍の奴らの罠にまんまとかかって…と二人、この船に取り残されて。
奴らはご丁寧にも、俺を鎖で縛り付けて…更には火までかけていきやがった。
手が柄ですれて、血が滲んでも諦めようとしない。
俺はその様子を見ながら、ただひたすら考えていた。
生き残る方法を…。
この燃え盛る船から逃げる方法を…。
どうして気付かなかった?
奴らの策なんて、いくらだって見破る要素はあったはずだ。
―…馬鹿か俺は。熊野別当が聞いて呆れる…
心の中で自分を罵ったところで、今の状況が何か変わるわけではない。
いくら考えても、同じ答えしか浮かんではこない。
生き残る方法はある…。
だがそれは…二人でじゃない…。
「―…」
俺はの頭上に静かに声をかけた。
これしかないんだ…。
そう自分に言い聞かせて。
「今…何て…?」
愕然とした声が、俺を責めるように響く。
目の前には泣きそうなの表情…。
その表情に、思わず胸が締め付けられるような思いがした。
「ヒノエくん…っ!」
黙って視線を逸らした俺に、掴みかかる勢いでが叫ぶ。
俺は唇をかみ締めた。
「今、言った通りだよ…」
決意したように再びの視線を捕らえると、俺は静かに言い放つ。
視界の隅に…燃え盛る炎を捉えて…。
「一人で逃げろ…」
早く…早くこの場から逃げろ。
せめてお前だけでも…生き残れ…。
お前にはその道があるのだから…。
「何でそんな事言うの…っ!?約束したじゃない…。あの時…約束したじゃない…」
だんだんとの声が小さくなり、その声は炎に溶け込んでいった…。
「ね、ヒノエくん約束しよう?」
そう言って、笑顔で小指を差し出す。
重い定めをその肩に背負っているというのに、それでもいつでも明るい彼女…。
そんなが、いつしか俺の中で大切な人になっていた。
「一体何を約束するんだい?」
俺のその問いに、は悪戯っぽい笑みを浮かべて…
スッと俺の小指を差し出した自分の小指で絡みとった。
「いつまでも一緒にいようねって約束だよ」
ふんわりと笑ったが、とても愛しくて…
俺は素直に
「ああ、約束するよ」
と軽薄にも答えてしまった。
ほとんど深く考えてはいなかった。
ただ愛しいと思う彼女に『いつまでも一緒にいようね』と言われて…
俺も、もう離すつもりも…元の世界へ帰すつもりもなかったから…
だから約束すると答えた。
「ヒノエくん分かってる?」
さっきの笑顔とは裏腹に、はすこし不満そうな表情をした。
その質問の意味が分からずに、俺は少し首を傾げる。
その様子に、が『やっぱり』と言った表情をした。
「ずっと一緒ってことは、死ぬ時も一緒って事だよ?」
真剣な瞳が俺を捕らえる。
暫くの…とは言ってもほんの少しの間だったけれど、俺達の間には沈黙が流れた。
それを破ったのは俺の方。
「ちょっと、真剣に言ってるんだからね!」
笑い出した俺に、が頬を膨らませて抗議した。
「分かってるさ。俺は片時もお前を離すつもりはないぜ?姫君…」
そう囁けば、は頬を紅潮させた。
何か反論しようと口を開きかけたが、上手く言葉が出てこないらしい。
「それに、俺を一緒に連れてってくれるなんて光栄だね」
と微笑む。
まあ、俺はお前を死なせるつもりなんてないけどね。
お前は俺が守るのだから…。
だが俺の言葉を聞いて、が何を言うんだ?って顔をした。
「私がヒノエくんについて行くんだよ?」
と。
『自分が死ぬ時に、ヒノエくんを道連れにするはずないでしょう?』
そう微笑んだ。
「それじゃあ、約束が違うだろ?」
俺が死ぬときには一緒についてきて…
彼女が死ぬ時に俺は一緒には行かせてもらえない…
それでは約束にならないんじゃないのかい?
「だって、私はヒノエくんに生きていてほしいんだもの」
その時のの笑顔が忘れられない。
約束…
確かにしたさ…。
でも、今それがお前を縛っている…。
なら俺は…
「約束…?何のことだい…?」
お前を突き放さなきゃいけない…。
あの時は、お前が俺についてくると言っても…深く考えもしなかった。
『私はヒノエくんに生きていてほしいんだもの』
俺だってお前に生きていてほしいさ…。
それでも、俺が死ぬ時は自分も一緒だというに何も言わなかったのは…
思い込んでいたから…。
俺が死ぬことなど有り得ない、と…そう思っていたから。
「ヒ…ノエ…くん…?」
そんな顔をさせたいわけじゃない…。
「覚えて…ないの…?」
どんなことからも守ってやるつもりだった。
全ての危険から、遠ざけて…
いつだって笑っていられるように…
俺はの笑顔を、守ってやりたかった…。
俺はお前に生きていて欲しい。
俺と一緒に死ぬなんて事を許せはしない…。
だから…
「知らないね…」
傷つけると分かっていても…
突き放すしかないんだ―…。
「どうして…?何で…ヒノ…」
「お喋りの時間は終わりだよ、」
呆然として、涙を流したに更に冷たい言葉をかける。
俺達を囲むように広がった炎が、もうすぐそこまで迫っている。
もうすぐ、の背後に残る退路も断たれてしまうだろう。
もう、時間がないんだ…。
「嫌だ…!一人で逃げるなんて…できるわけないっ…」
「…」
俺に突き放されたことに混乱して…
ほとんど泣き叫ぶかのような。
「そんなっ…そんなこと…」
「!」
俺の呼びかけにがハッとするように肩を震わせた。
呆然と俺の顔を見つめる。
「行くんだ」
最後にどんなに憎まれようとも…
嫌われようとも…
それでもいいから…
刹那、俺との間に炎が立ち上がる。
「行け!」
炎の壁の向こうで、未だどうしたらいいのか迷っているを一喝する。
その声に押されるように…
諦めたかのように…
が船縁に手をかけた。
「それでいいんだ…」
少しだけ微笑んで、小さく呟く。
そして、最後の言葉をにかけた。
「、俺のことは忘れろよ…」
そして…幸せになってくれ…。
でも…だけど…
本当は忘れてなんてほしくない…。
俺のことをずっと覚えていて欲しい…。
俺がいたことを。
お前の側にいたって事を…忘れて欲しいはずがない…。
それでも、俺はお前の重荷になりたくないんだ…。
「忘れないよ」
「私は絶対に忘れない…」
泣き声が混じってはいたけれど、凛と響いて俺に届いた言葉。
炎のせいで、はっきりとは確認できなかったけれど…
は確かに微笑んでいた。
『一人で逃げろ』
本当は共に逃げて…生きたかった…。
『約束…?何のことだい?』
本当は忘れてなんていなかった…。
お前と交わした約束を、忘れるはずがなかった…。
『俺のことは忘れろよ…』
忘れて欲しいはずがない。
それでいいはずがないのに…
…お前に言ったのは、全て偽りの言葉…。
お前を逃がすために言った…偽り。
せめて…最後の言葉は…
「愛してるよ……」
真実の言葉を言わせてほしい…。
手を伸ばせばまだ届きそうな場所にいるのに…
それすら叶わない…。
もう二度とに触れることは許されない…。
その声が届いたかどうかは分からない。
俺の耳に届いたのは、の言葉ではなく…
海へと彼女が身を躍らせた水音だった…。
でも、もし届いたのならば…
忘れないでくれ…
俺がお前の側にいたこと…
そして…
俺がお前を愛していたことを―…
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あとがき
えっと…白状します。
実は「せつない」と「シリアス」のボーダーがあやふやなんですっ…。
し・か・も・
私、この束縛イベントのBADENDを見てないんですよ。
見たいけど…怖くて見れなかったんです(汗)
見たっていう友人の話を元に、こんな感じ?で仕上げました(ォィ)
ブラウザバックでお戻り下さいね。