「花火、か…」
「どうかしたの?ヒノエくん」

突然、彼は小さくそう呟いて。
その時は『何でもないよ』って、笑顔で言われてしまったけれど。
それだけじゃ、誤魔化されてあげないからね―――






遠く想うは






『ね、ヒノエくん。明日…暇?』

家に帰る途中(とは言っても、居候中の有川家にだけど)携帯の着信音が鳴った。
ディスプレイには『』の名前。

いつもはオレからかけることが多くて。
それはただ単に、オレがしょっちゅう電話しているからなんだけどね。
珍しいという程ではないけれど、彼女の方からかかってきた電話。
それが嬉しくないはずはなくて。
ちょっと急いで通話ボタンを押せば、オレの反応を待つことなくそう言われた。

「明日?特に予定はないけど?」
『ホント!?よかったー』

他の皆と何か予定が入ってたらどうしようかと思った、とはホッとしたように言った。
の言う他の皆っていうのは、一緒に有川家に居候中の奴等のこと。

九郎に弁慶。
敦盛と景時、リズ先生に朔ちゃんと白龍。
後は、居候じゃなくて家主の将臣と譲。
隣に住んでる望美。

『えっと、それならさ…明日一緒に出かけない?』

駄目かな?っては控えめに聞いてきて。
オレがお前の誘いを、断るとでも思ってるのかい?
と、少し内心苦笑した。
オレはどんな用事が他にあっても、のほうを優先させるけどね。

まぁ、本人に言えば、自分を後回しにしろって怒るだろうけど。

「願ってもないね。断るわけないだろ?」
『あ、やっぱり言うと思った』

くすくすと笑うに、自然とオレも笑みが浮かんできた。

「それで、何処に行くんだい?」

と聞けば、は少しだけ『ん〜』と考えて。
小さく、どうしようかな…なんて呟いていたから、もしかしたら決めていないのかと思ったけれど。
どうやらそういう意味ではないみたいだった。

『うん、やっぱり秘密!』

返ってきたのは、悪戯でも考えているかのような返事。
は、分かったらつまらないでしょ?と言った。

『ちょっと遠出になるけどね。でも、絶対に後悔はしないと思うよ?』
「ふふ、じゃあ期待してるぜ?」
『あ、でも案内は出来ないよ?案内役は私より適任の人がいるし』
「他に誰かいるのかい?」

二人でと思っていたけれど、よくよく考えてみればはそんなこと一言も言ってない。
だから、もしかしたら他にもいるのか?と少し顔を顰めてしまう。

『ううん。私とヒノエくんの二人だけだよ』

だけれど、やっぱりオレが初め考えていた通りで間違いはないらしい。
なら、案内の適役は誰なのか。
よく分からないと思っていたら、それが電話越しに伝わったのか。

『それも、行ってからのお楽しみだよ』

と、とても楽しそうには笑った。





++++++++++++++++++++++++





「到ー着っ」

はい!着きましたよ。
今日のお出かけスポットに。
ただ今、お昼少し前。
朝早くの新幹線に乗ったけど、やっぱり思った通り時間がかかったなぁ。

「ヒノエくん?どうかした?」

私の横で、ちょっと呆然としているヒノエくんに声をかける。
言葉は心配しているような感じだけれど…
でも実を言うと、声の調子はちょっと弾んでいて楽しそうだったりする。

行き先は秘密。
そう言ったのは、ヒノエくんがどんな反応をするのかな?って思ったから。
多分驚くんだろうって思ってたけど、やっぱりその予想は外れる事は無かった。

、もしかしてここ…」
「ふふ、もう気付いちゃったんだ」

駅から出てすぐに気付くなんて…さすがだな、って思う反面。
気付くのはもう少し後かな?って思っていたから、ちょっと残念だったのも本音。
って言っても、仕方ないんだけど。

「正解」

私は笑いながら、ヒノエくんの前へと歩を進めて。
くるっと彼の方へと向き直った。

「現代の熊野へようこそ。ヒノエくん」

私が差し出した手を、ヒノエくんは一瞬驚いたように見つめて。
だけれど、直ぐに微笑んで差し出した手をとった。

本当はね、お帰りって言うほうが正しいのかも知れないけれど。
あなたが帰るべき熊野は、ここではないから。
お帰りの言葉は、そのときまでとっておこうかな。










「なるほどね。そういうことか」

何処に行こうか、という話になって。
向こうの熊野とこっちの熊野の違いを見つけるのも面白いんじゃないか?って話になったから。
バスにのって、熊野三山…
那智大社、速玉大社、熊野本宮を巡る事にした。

「何がなるほどなの?」
「案内の適役の話だよ」

那智の滝に向かう途中、突然呟いたヒノエくん。
だから、何のことかと思って尋ねれば…
ヒノエくんは、可笑しそうに笑いながら答えた。

「あ、その話ね。どう?本当に私より適任がいたでしょ?」

熊野を誰よりも知ってる人が、約一名。
これほどの適任は、他にいないと思うんですけど?

「ああ、そうだね。熊野のことなら何でも知ってるけど?」

でしょう?
熊野はヒノエくんの生まれ故郷。
もっと言うなら、庭同然。
まぁ、それでも多少は色々違ってたりするけれど。
それは仕方ないし。
その違いを見つけようってことで、熊野三山を巡ってるわけだしね。

「それにしても、長い階段だなぁ…」

向こうじゃ馬を使ってたから…こんなに長い道のりだなんて気付かなかった!
しかも、この階段じゃ馬は通れそうにないし…。
綺麗に整備されるのも、ちょっと問題だな…何て、ほんの少しだけど思った瞬間だった。

「467段あるらしいからね」

その数字を聞いて、あからさまに嫌そうな顔をした私に、ヒノエくんはくすくすと笑って。

「疲れたなら、オレが連れてってあげるけど?」

もちろん、抱きかかえてね。
なんてサラッと言ってくれるもんだから。
ただえさえ、夏で暑いって言うのに…ますます体温が上がってしまった(泣)

「冗談はいいから。はい、早く行くよー!」

そんな照れ隠し、彼に通用するはずは無いんだけどね。





<那智大社〜那智の滝にて〜>

「那智の滝かー。そういえば、ここで望美が落ちそうになったんだっけ?」

ここっていっても、本当は向こうの那智の滝での話しだけど。
確かそんなこと言ってたような気がする…。

「それで将臣が助けたって話かい?」
「うん、そうそう。まぁ、涼むには持って来いかもしれないけど…。ちょっと落ちるのは嫌だな」

下は水だから、怪我はしないだろうけど。
落ちた後が大変そうだからなぁ…。
涼むなら他でもできるし。
って、望美は故意に落ちそうになったわけじゃないけど。

が落ちそうになったら、オレがいるだろ?」

いや、うん。いるんだけどね?
ヒノエくんの場合…助けてくれる可能性と、面白そうに見てる可能性が半々というか…。
そんな危ない橋、渡りたくないなぁ。

「っていうか…、その前に落ちないから!」

失礼な!
そんなドジ踏みません!
大体、向こうの滝は人があんまりいないけど、こっちはほぼ観光地化してるから…当然人も多い。
そんな恥さらしてたまるか!

「そう?それは残念だね」
「あのね…そこ、残念がるところじゃないから」

冗談なのは分かってるけど。





<速玉大社にて>

権現前バス停から、歩いて2分。
速玉大社に到着。

「何だかんだ言って、一番長く滞在してた場所だよね」
「そうだったかい?本宮にも同じくらいいただろ?」
「まぁ、私達はね。でも、望美たちは速玉大社の方が明らかに長いでしょ」

別当は速玉大社にいる。
そう言われて、さきに速玉に行ったし。
まぁ、それはただの噂でしかなくて。
本物の別当であるヒノエくんは、その時その場にいたんだけど。

「おまけに…謁見拒否が続いたし」
「さり気無く嫌味に聞こえるんだけど。気のせいかい?姫君」
「さぁ?どうでしょう?」

笑って返してあげれば、ヒノエくんは苦笑して。
別に嫌味じゃないんだけどね、ホントは。
あれは、仕方のないことだったわけだから。

「あ、見て見て。何か色々展示してあるよ」

中に入れるところがあったから、試しに入ってみたんだけど。
どうやらそこには、色々な物が展示されてるところだったみたい。

「へぇ…かなり古いものばかりだね」
「国宝ばっかりみたいだからね」
「あぁ、こいつは宋で作られた物か」

ヒノエくんが目に留めたのは、一つの壺みたいなもの。
だけど、目に留めたのはそれだけじゃないみたいで。

「ねぇ、もしかして…見覚えある物ばっかりだったりするの?」
「ん?まぁね。オレたちも宋とは取引してたし」
「そうなんだ…」

生きた歴史書がここに居たよ…っ。





<本宮にて>

本宮大社前のバス停で降りて、鳥居を潜って。
石段を登れば、直ぐ目の前に本宮。
檜皮葺の古風なたたずまいは、向こうもこっちも変わりない。

「やっぱり、懐かしいね」

そう言って本宮を見つめるヒノエくんは、嬉しそうで。
だけれど、やっぱり少し寂しそうにも見えた。
懐かしいと言うほど、こっちの世界に来てから時間が経ってるわけじゃない。
まぁ、半年もあれば十分かもしれないけど。

「早く帰りたい?」

やっぱり心配なんだろうな。
こっちの世界に来たはいいけれど、戻る方法が見つからないままだし。
早く帰りたいに決まってる。

「帰りたくないって言ったら嘘になるかな。でも、ま…こっちの生活も楽しいけど」
「ホント、順応力高すぎだものヒノエくん…」

何日も経たないうちに、一人で携帯手に入れてきちゃうし。
いつの間にかお金まで持ってるしさ。
新聞の経済欄見て、株にまで手を出してるみたいだし?
絶対、サバイバルに強いタイプだと思う!
冗談抜きで。

「それにしても、ちょっと建ってる場所が違うみたいだけど」
「うわぁ…そこまで分かるんだ」

確かに昔、洪水にあって…無事だった社をこの場所に移したらしいけど。
周りの雰囲気も変わってるのに、そんなことまで気付くなんて…
さすがと言うのか、何と言うか。

「まぁね。もう少し向こうだろ?」

ヒノエくんが指を指したのは、間違いなく以前本宮が立ってた方向。
拍手どころの騒ぎじゃないと、本気で思った。










「やっぱり、結構時間かかったね」
「熊野って一言で言っても広いからね」
「本当は一泊すると、もっとゆっくり回れるんだけど…」

誰にも泊まりになるって言ってきてないし、そんな準備もしてないから。
それは無理だしね。

「オレは別に泊まりでもいいけどね?」
「よくないでしょー…」

むしろその方がいいと言わんばかりに、ヒノエくんは微笑んで。
だけれど、本気じゃないのは分かるから、こっちもため息だけで返す。
って…もしかしたら、半分本気かもしれないけど。
うん、でも厄介だから冗談ってことで決定。

「電車の時間もあるけど…、もう一箇所行ってもいい?」
「もちろん、良いに決まってるだろ?姫君の仰せのままに、ね…」
「全くもう…。でも良かった」

そんな会話を交わして。
捕まえたタクシーで向かったのは、七里御浜海岸。
どうしても、今日熊野に来たかったのはこれに訳があったりする。

「綺麗だねー」
「ああ、そうだね。本当に姫君達の世界には、こんなものが普通にあるんだな」
「だから、言ったでしょ?」

前に景時さんの陰陽術で、花火にそっくりなものを見たときに、誰もが初めて見るそれに驚いて。
私も望美も、将臣くんや譲くんも懐かしいって喜んだ。

「実はね…」

突然、そう切り出した私にヒノエくんは視線を向けて。
反対に私は視線を向ける事はしなかったけれど。

「ヒノエくんが見たいんじゃないかなーって思ったんだ」

だから、今日誘ったの。
と笑ったら、ヒノエくんは驚いたような顔をした。

「ほら、前に新聞見てたときに言ったでしょ?」

確かに言ったよね。
花火、か…って。

「なんでもないって言ってたけど…ホントは気付いてたんだよね」

新聞の広告に出てた花火の案内。
それをヒノエくんが見てたこと。

その花火が行われる場所が、熊野だったから…。
だから…

「あの時のこと、懐かしいんだろうなって思ったし…。それに、向こうの熊野のこと考えてるんだろうなって」

そう思ったから、少しでも気が休まればなって、今日誘ったんだよね。
とそう言えば、ヒノエくんは少し目をパチパチさせていて。
だけれど、直ぐに微笑んだ。

「本当にお前はサイコーの姫君だよ」
「え?何でそうなるの??」
「自覚がないところが良いところ何だけどね」

ふふっと笑うヒノエくんに、全く意味が分かってない私。
最高の姫君?
私が?
そんなこと、あるわけないって。
探せばいくらでも、いい女の人はいっぱいいるから。うん。

「向こうに戻る時、お前を攫って行こうかな」
「攫うって…大人しく攫われたりしませんけど?」
「ふふ、確かにそうだろうね…」

だけど、とヒノエくんは私に笑みを向けた。

「攫わなくても、一緒に来てくれるんだろう?」

なんて、自信たっぷりに言われて。
何か、心の奥底を見透かされたような気になって、ちょっと悔しかった。

「…秘密。ほら、昨日も言ったじゃない。言ったらつまらないって」

行かないかもしれないよ?という意味を込めて、笑みを返す。
だけれど、ヒノエくんの自信に満ちた笑みが消える事はなくて。

あぁ…やっぱり敵わないなって思った。
だけど、それも嫌じゃないんだから…自分で自分が手におえないかな―――…。












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あとがき
沙羅双樹 刹那様、38000Hitおめでとうございます!
そして、リクありがとうございました。

ヒノエ夢の日常。
現代で二人っきりでデート
場所は、熊野に行ってみたい。

とのことでしたが、いかがでしたでしょうか?
色々なところを回りたい!と思って書いたら、相当支離滅裂なことになりましたが(苦笑)
こんなのでよければ、貰ってやってください!

刹那様のみ、お持ち帰りOKとさせて頂きます。