music by 海龍




ずっと待ってる――…




運命の先に





「これでしばらくは解放されるな」

馬を走らせながら、オレは小さくため息をつく。
それは、数日前、熊野を立つ前の話。




『何度も言わせるなよ。オレはそんな気全くないって言ってんだろ』

オレは目の前に座る親父に向かって、盛大なため息をついてやる。
そんなオレに、親父はオレ以上の盛大なため息をついた。

『だけどな、ヒノエ。お前にだって熊野水軍を束ねる別当だ。いつまでもわがままを言える立場じゃないんだぞ』
『わがままを言ってるつもりはないんだけど。とにかく、必要ないから』
『必要ない、ねぇ。お前まだ待ってるのか?あのお嬢さんのこと』

親父の言葉にオレは視線をまっすぐに向ける。

『当たり前だろ。オレはずっと待つぜ』

だって…あの時、消えていくは確かにいった。
約束を守ると。
だから、オレはそれを信じて待つ。

『だが、彼女が消えて3年以上たつ。それでもまだ帰ってくると思うのか?』
『何年経とうと関係ねぇよ。あいつは絶対に帰ってくる』

そういって、オレはおもむろに立ち上がると、その部屋を後にした。




が消えて3年以上たつ。
オレも、もう20歳になって半年以上がたった。
だからなのか、ここ最近親父や周りが五月蝿いことこの上ない。
毎日のようにその手の話をされる。

「ったく…奥を迎えろだなんて冗談じゃない」

いいかげん諦めろよな。
とそのときのことを思い出して、本日何度目かのため息をついた。







「久しぶりだな。ヒノエ」
「よ。元気そうだな」

案内された部屋へと踏み入れれば、そこには懐かしい顔。

「なんだ、敦盛と将臣ももう来てたのか」
「私達は昨日着いたんだ」
「ヒノエが着いたってことは…これで全員だな」

ということは、オレが最後だったってわけか。
和議が結ばれた後、平家は京に戻ることはなく、その拠点を福原とした。
清盛がいなくなったから、今平家を束ねているのは、事実上将臣だ。
まぁ、本人は本当の重盛ではないっていう理由から、断ったらしいけど。
他のやつらが、そんなことは関係ないと言ったらしい。
知盛や経正の後押しもあったみたいだけど。

「あ、ヒノエ君いらっしゃい」
「もう着いていたのか、ヒノエ」
「久しぶりですね」

声のほうを見れば、景時・九郎・弁慶の3人が立っていて。
実際、景時と九郎には会うのは久しぶりだけど、別段変わったこともない。

「久しぶりだね、九郎、景時」
「おや。僕には言ってくれないんですか?ヒノエ」
「アンタには、先月会ったばかりだろ」

ちょくちょく熊野に帰ってきてるやつがよく言うぜ。
帰ってこなくてもいいってのに。

「あら、ヒノエ殿。来てたのね」
「息災のようだな」

少し遅れて入ってきたのは、朔ちゃんとリズ先生だった。
リズ先生は相変わらず。
朔ちゃんは大人っぽくなった。
そんな二人にオレは、久しぶりと返す。

「それで、怨霊がでたっていうのは本当なんだろ?」

挨拶もそこそこに、オレは本題を切り出す。

「ええ。どうやら間違いないようです」
「すでに人が何人か襲われて、死者も出ている状況だ」
「数は?」
「報告では、1体だけみたいなんだけどねー」
「1体だけ?」

景時の言葉に、オレは怪訝そうな声を返す。
そんなことで、オレたちを集めたのか、と言わんばかりの声だ。

「ですが、かなり強い怨霊です」
「俺たち平家にも情報は入ってる。すでに高名な陰陽師も何人かやられているらしいぜ」
「ふーん。烏から報告では聞いてたけど、本当だったとはね」

それで、オレたちに話がきたってわけか。
あの戦で、怨霊を相手にしてきたオレたちに。

「だけど神子も…殿も今はいない。怨霊を封じることはできないと思うが…」
「ええ。敦盛くんの言うとおりです。ですが、後白河法皇直々のお達しですからね」
「何もせぬまま断るわけにもいかんだろう」
「白龍の神子、および八葉の力を持って怨霊を退治せよ。ってねー」

ったく、あのたぬきじじい。
心の中で文句を言ったところで、何も変わらないけど。
一言何か言わないと、気がすまない。

「でも、何で怨霊が出たんだ?応龍の加護が京に戻ってから現れてなかったのによ」
「おそらく、以前起きた現象が原因でしょう」
「現象?」

九郎、景時を除いた奴らからの視線に、弁慶が説明をする。
弁慶によれば、数ヶ月前に五行の力が大きく歪んだことがあったらしい。
それこそ、天候にまでその影響が現れるほどに。

「ほんの数刻の間だったが、天候は荒れ、川が氾濫した」
「五行が歪んだせいで生じた陰の気が集まって、人々の負の感情に宿り、怨霊が生まれてしまったんだろうね」

五行の力が歪んだ。
それは、応龍の力がその力を弱めたということ。
安定していたその力が、何らかの原因で崩れた。
だから、五行の力も歪んだということだ。

「歪んだ時間は短かった、だから陰の気自体もそこまで大きいものではなかったのだろう」
「リズ先生の言うとおりだと思うよー。だから今まで気づかれなかったんだろうね」
「おそらくこれまでの間に時間をかけて、大きくなってしまったんでしょう」

少し、厄介な話かもね。
俺たちには、すでに八葉の宝珠はない。
朔ちゃんは、怨霊を鎮めることはできても、封印はできない。
白龍の神子である望美はいない。
そして…もう一人、封印が出来る人物…もまた、もうこの世界にはいない――…。

「それでも、やるしかねぇだろ」

将臣の言葉に、誰もが小さく頷いた。




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「怨霊、ですか?」

京に戻ってきた私に、最初に飛び込んだ話は、信じられないものだった。
なんでも、最近京に怨霊が出現するらしい。

「龍神様の加護が戻ってからは、そんなことなかったのにのぉ」
「そうなんですか…」

一体どういうことなのか。
応龍の加護が戻ったことは、確かだ。
そして、それによって怨霊が現れるということもなくなった。
それは、このおばあさんの話からも分かる。
でも、だったらなぜ、今頃怨霊が現れるのか。
応龍の加護は今も続いているはずなのに。

「何か不思議なこととか、他に起こってないんですか?」
「不思議なことかい?そうだねぇ、もう何ヶ月も前に天候が荒れたことはあったねぇ」

あれは、尋常なものではなかったのぉ、とおばあさんは言った。
おばあさんによれば、晴れていた天気が急激に荒れたらしい。
雷を伴い、風が荒れ狂ったそれは、わずか数刻の間で収まったらしいけれど。

「あれはきっと、龍神様がお怒りになったんじゃ」
「どうしてそう思うんですか?」
「何年も前、怨霊がこの世界に頻繁に現れるようになる直前も、ああやって天気が荒れたことがあったんじゃ」
「同じようにですか?」
「そうじゃよ」

怨霊が頻繁に現れる前。
ということは、応龍の加護が失われる前、ということだ。
以前、白龍が言っていた。五行の力はそれこそ、天候も司るものだと。
つまり…何らかの原因があって、五行が崩れたんじゃ…?
それで、怨霊が現れた、と。
ちょっと時間的に開きすぎてる気もするけど…他に原因が考えられない。

「どこに現れたかご存知ですか?」
「もちろんじゃ。下鴨神社じゃよ」
「ありがとうございます!」
「え、ちょっと待ちなされ!危険じゃよ!今はだれも近づきゃせん!!」

そう走り出した私の背にかけられた言葉。
それに私は体をひねって、手を振る。
大丈夫ですよ、とそう叫んで。
あぁ、皆よりも先に怨霊と再会することになるなんて。

「うわぁ…すごい嫌な感じがする…」

下鴨神社につくなり、思わず顔を引きつらせてしまった。
これは相当強い怨霊がいるわね。

「とりあえず、探しますか」

怨霊が相手となれば、一般の人には無理だろうし。
封印ができるのは、私か望美だけだからね。
…ってまだ、封印できればいいんだけど。
宝珠、もうないし。

「って…あれ?」

陰の気が強くなる方へ足を進めて、私はあることに気がついた。

「人の、気配がする?」

怨霊とは違う、間違いなく生きている人の気配。
それも複数。
どういうことだろう、こんな怨霊の出る場所に人だなんて。
あのおばあさんも、誰も今は近づかないって言っていたのに。

「一体、誰が…」

怨霊を退治しに来た、陰陽師とか?
そう思いながら、歩を進める。
そして、私の目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。

「み、みん、な…?」

巨大な鬼のような形をした怨霊の周りに、倒れている人たち。
それは、間違いなく私の知っている人たちだった。
辺りに飛び散るのは、血。
怨霊の血じゃない。
だって、怨霊は傷ひとつ無いもの…。じゃあこの血は…彼らの…?

「くそっ…今の俺たちでは敵わないのか…?」
「諦めるには早いぜ、九郎」
「ですが、いくら傷を負わせても回復してしまっては…」
「やはり、神子の封印の力が無ければ…」
「でも、望美もも、もういないわ」
「俺の陰陽術でも、封印は出来ない」
「それでも、我々がやるしかないだろう」

皆はゆっくりと、体に鞭を打って立ち上がる。
どうして、なんで皆がここにいるの?
どうして、あんなに強い彼らが、傷だらけなの?

だめだ。

落ち着け。落ち着くのよ、
皆が血を流して倒れていたことに、動揺した心を落ち着かせる。
大丈夫、まだ死んだわけじゃない。
だけれど…

許さない

皆に怪我をさせたこと、絶対に許さない。
私の心が、ピリピリとしたあの懐かしさすら覚える感覚に染まっていく。
同時に感じた、大きな力。でもそれもとても懐かしくて。
あぁ、そうか。私にはまだ…

「オレたちが諦めたら、終わりだろ」

そう言って、ヒノエ君は武器を構えた。
ポタリ、ポタリと流れた血が地面に赤い染みを作っていく。

「いけません、ヒノエ!」

武器を構えたヒノエ君にまず狙いを定めたのか、怨霊の視線が彼に向く。
その瞬間、私は地を蹴ってまっすぐに駆け出した。
他の誰に目を向けることもなく、ただ真っ直ぐに怨霊めがけて。

「下がって」

ヒノエ君の横を通り過ぎるその瞬間、私は彼にそう言った。
そして同時に鞘を抜き捨てる。
怨霊の手が私目掛けてなぎ払われた。
その瞬間、私は地を蹴って跳躍し、一気に懐へと飛び込む。
同時に刀を首目掛けて突き立てる。

グァァァア…っ

怨霊独特の地鳴りのような声がして、怨霊は背から地面へと倒れる。
そんな怨霊の胸の上にのり、喉に突き刺した刀を抜くことはしない。

「動けない?そうよね、陽の気にあてられてるだろうから」

私が、私の内から感じているのは、まぎれもない応龍の宝珠と同じもの。
その陽の気によって、動きが封じられているんだろう。

「私、怒ってるの。だから情けはかけないわ」

そういって。
静かに、言霊を乗せる。

「天に巡りし白き龍、地に響きし黒き龍、時空遡りてこれを無に帰せ」

淡い光に包まれて消えていく怨霊に、それでも一言
安らかに、それだけは伝えたけれど。






…?」

後ろからかけられた声。
以前より、幾分低くなったその声に、私は光を追うように見上げていた視線を戻て。
そして、ゆっくりと振り向いた。
そこには、驚きを隠せないでいる彼らがいて。

一瞬、どうしていいのか分からなくなったけど。
だって、こんな再会予想してなかったから。
小さく、照れくさいような困ったような笑みを浮かべた。

「ただいま」

その瞬間ヒノエ君に腕を引かれ、私は暖かな温もりに包まれていた――…。








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あとがき
ちょっと色々可笑しくなってます。
が、次でラストです。
っていうか、文章力なくなってるな、私(汗)