music by 綴り唄







『源九郎義経』

記の者の、源氏総大将の任を解く―――





始まりし本当の戦い





「九郎さん?いるよね?」

京邸の一室、私は九郎さんの部屋の前に立っていた。
声をかけても、沈黙だけが返ってくる。
だけれど、間違いなく九郎さんの気配は、障子の向こうにあった。

「入るよ?」

そっと障子を開けて中に入れば、やはりそこに彼の姿があった。
何をするわけでもなく、ただジッと書状を握り締めて。





『九郎殿に、鎌倉殿より書状が届いております』

惟盛を封印して、暫くは私達は平家の動きを探っていた。
次に戦場になるのは何処なのか。
そして、鎌倉殿…頼朝の判断も…待っていた。
そこへ、届いた書状。
誰もが、次なる戦へ向けての頼朝の考えが書かれていると思っていた。
でも、それは違った…。
書かれていたのは思いがけないこと。

『源九郎義経。記の者の源氏総大将の任を解く』

それを読んだ九郎さんは、ただ呆然として。
手は微かに震えていた。
そしてその書状に、理由は書かれていなかった。







「兄上…」

信頼していた兄に、裏切られたといってもいい内容の書状。
兄に尽くすのが全てだった九郎さんにとって、それがどれだけショックだろう。
ただ、そうやって呟く姿がとても痛々しかった。

「何故です…?俺は…俺が…」

自分自身に原因を探っているような…問いかかけるような言葉。
九郎さんの目には涙は流れていなくて。
でも…唇をかみ締めている様子が、逆に胸を締め付けた。
涙は流れていなくても…でも、彼は泣いている。

「俺が…必要なくなったのですか…?」
「それは…違うよ?」

きっと私が部屋に入ってきたこと自体、あまりきちんとは認識して無いだろう。
だけれど、私は九郎さんの側に膝を突いて、座っている彼の頭をそっと抱えた。

「ちゃんと必要とされてるから…」

頼朝は…あなたの兄は、九郎さんを必要としなくなったんじゃないの。
平家との戦に勝つためにも、優秀なあなたが必要なのは、頼朝だって分かってる。
それに…本人はきっと気づいていないだろうけど、弟のあなたが…彼にとっては必要なの。
頼朝は、九郎さんの力を信頼している。

でも…でもね?
九郎さんの力を信頼しているからこそ…怖いんだと思う。
自分に牙を向かれるのが…怖くてたまらないんだと思うの…。

「大丈夫だよ?」
…」

九郎さんは、やっと私に反応して少しだけ顔を上げた。
そんな彼に私はにこっと微笑んで。

「頼朝様は、少しだけ不安になってるだけだと思う」
「不安…?」
「そう。力をつけていく九郎さんを見ていて、自分よりも上に行くんじゃないかって…不安に思ってるだけ」
「そんな!俺は…!」
「分かってる。そんなつもりは全く無いよね」

恐らく誰もが気づいていたであろう事実を突きつけられて、叫びかけた九郎さんを宥める。
きっと、九郎さんも気づいていないようで、心の奥では気づいていたんじゃないかって思う。
自分が戦に勝てば勝つほど、兄は自分を恐れ、突き放そうとするって。
ただ…実際に目の当たりにされるまで、認めたくなかっただけで…。

「九郎さんは、頼朝様を信頼している。そうでしょ?」
「当然だろう…。俺にとっての主君は、兄上だけだ…」

ふふ、いい目をしてるじゃない。
さっきまで死んでた目じゃなくてね。
その目で、同じ言葉を頼朝に聞かせれば、信じてもらえるかもしれないけど…。
でも、それも無理ね。
きっと、あの人のことだから、九郎さんには会おうとしないだろうし。

「離れてると、ふと絆を信じられなくなるときがあるのよ。不安になって…頼朝様は今回のような行動に出た。でも、なら…その不安を取り払ってあげればいい」

ね?と微笑んで。
そんな私に、九郎さんはきょとんとした顔をした。

「だが…どうやってやればいいんだ?」

方法は、ほとんど無い。
戦で功績を挙げるという手もあるけれど、でも、力を恐れられている今は…得策じゃない。
それどころか、逆効果になることもある。
それに、総大将の任も解かれちゃってるしね。

頼朝に会って、弁明するのが一番いいけど、恐らくそれも…九郎さん本人が行っても会ってはくれない。
それに、次の戦場…屋島で平家の動きがある以上、鎌倉へ九郎さんが行っている時間もない。

誰かに弁明の書状を届けさせるにも、それなりに説得できる…九郎さんの思いを伝えられる人物じゃないといけない。
簡単に引き下がるような人じゃ、軽くあしらわれて終わりだから。
だからといって…弁慶さんや景時さんに頼むわけにはいかない。
九郎さんが大将を解任された今、彼らが源氏の軍を離れるわけにはいかないから…。

「私が、頼朝様のところに行くわ」

私が、あなたの思いを…伝えてくる。

「馬鹿…!お前が行ったら…」
「逆効果だって言いたいんだろうけど、それがそうでもないのよね」

心配する彼を他所に、意外にも余裕な私。
にこにこと笑みを浮かべて、ぽんぽんと彼の頭を叩いた。

「それで、一つお願いがあるんだけど…」









「私は、頼朝様と政子様の元に戻ります」

全員を一つの部屋に集めて、開口一番にそう言った。
誰もが言葉を失って、あの弁慶さんですら、何も言えなかった。

「お話はそれだけですので」

そうやって、逃げるように立ち上がる。
何か言われる前に、そして引き止められる前に…私はその部屋から去った。

「ちょっと待ちなよ、

部屋を後にして、向かった先の厩。
そこで馬に蔵をつけ、出立の準備をしていた私を引き止めたのは、やっぱり彼だった。

「ヒノエくん、何か用?」
「分かってるだろ?」
「さぁ、何のこと?」

表情から察するに、どうやらご立腹の様子。
って、当たり前か…。

「頼朝のところに戻るっていうのが、どういう意味か分かってるだろう?」
「分かってなかったら、こんなことしないわ」

殺されるかもしれない。
二度と、皆に会えないかもしれない。

「ヒノエくん…ごめんね?」

あなたの烏として、ずっと側にいるって約束したのに。
皆を守るって、決めていたのに。
一方的に離れて…振り回して、ごめんね…。

「何で…謝るんだよ」
「なんでだろう?自分でも分かんないけど…でも、謝らないと気がすまなかったから、かな」

苦しそうな、苦い表情をするヒノエくんに、私も苦笑を返して。

「どうして、が行くんだよ…?」
「私が一番適任だから。これ、何だか分かる?」

差し出したのは、一通の書状。
それを受け取って、目を通した彼は目を見開いて驚いた。

「これ…」
「頼朝に、九郎さんのことを信じてもらうには、私が効果的な材料なの」

九郎さんに頼んで書いてもらったのは、簡単には弁明書。
だけれど、少し違うのは…私の処遇が書かれていること。

九郎さんは、熊野で大怪我をした私を助け、側に置いていたこと。
でも、そのことを頼朝に隠すつもりはなかったこと。
今までずっと、頼朝のもとへ戻るように説得をしていたということ。

簡単には、こういったことが書かれていた。

「間違っても勘違いしないでね?九郎さんは私を売ったわけじゃないから」
「九郎に限ってそんなことは無い、って分かっているけどね…。この内容じゃ…」
「二人とも危ないって言いたいんでしょ?」
「ああ」

確かにこの書状だけじゃ、大した効果はないだろう。
口ではなんとも言えるもの。

「だから私の出番だってわけよ」
「なるほどね…。不十分な部分は、言葉で補うってことか」
「ご名答。実を言うと、少し不十分なのはワザとなのよね」
「紙に書かれたことよりも、人の言葉の方が効果はあるから、ってところか」
「ま、そんなところね」

ひらりと準備の整った馬へと跨る。
そして、ヒノエくんの手から書状を受け取って。

どんな言葉で、頼朝と政子様を説得するのかは言わない。
言えば、恐らく鎌倉へ行かせてもらえなくなる。
九郎さんにだって言ってない。
万が一の時に、九郎さんが少しでも責任を感じないように…。
絶対に大丈夫、上手くいくと…策はあると…そう言って、この書状を書いてもらったのだもの。

「ヒノエくんの烏も、今日までだね」
「バカ言うなよ。はずっとオレの烏だろ?」
「こんなに身勝手で、主人のたった一つの命令も守れないのに?」

ヒノエくんの側にいる、それが私の唯一の仕事だったのに。
それすらも守れない私なんだよ?

「大人しくしている姫君じゃないだろ?」

眩しいくらいの笑顔で、彼はそう言った。

自分に出来る事が沢山あるのに、それを大人しく見ているなんて。
問題をどうにかしようと、行動しないなんて。
それは…私じゃないって、そう言ってくれた。

自分に出来ることは、自分で何とかしようとする。
危険だと分かっていても、動かずにはいられない。
傍観者でいることなんて出来ない。
そんな、危なっかしいのが、私なんだって。

「危なっかしいって…ずっとそんな風に思ってたの?」
「ふふっ、まぁね」
「帰ってきたら…九郎さん共々、覚悟しておいてね?」

二人とも、背後には気をつけなさいよ〜。

「ああ、覚悟して楽しみにしてるよ」
「楽しみにしてるって…それは私の台詞だけど?」
「いや、オレの台詞だね。だから…ちゃんと帰って来るんだぜ?」

ヒノエくんから差し出された手。
その手と彼をきょとんと、一瞬だけ見つめて。
ニッと、すぐさま笑みを浮かべた。

「当然でしょ。待っててよね」

再会を約束するように、お互いに握手を交わして。
私は馬を走らせた。









「はぁ…戻ってきちゃったよ…」

覚悟して出てきたことは、出てきたんだけど。
やっぱり目の前にすると気が重い。
ああ…誰が好き好んで、修羅場に足を踏み入れにゃいかんのだ。
だからって、このまま遠目に見てたって仕方がないんだけど。
ってなわけで、行きますか。

「お前は!」
「い、生きていたのか!?」

ジャリッ、と地を踏みしめる音をさせて。
私は門の前へと歩みを進めた。
私の姿を見た門番は、まるで幽霊を見たかのように驚き、怯えた。
失礼ね!と内心怒りを燃やしつつ、表情はいたって冷たかった。

「頼朝様と政子様に伝えなさい。たった今、が帰ってきたとね」

『開門!』
門番の声と共に開かれた門は、私の目には地獄の門に見えた。
ゆっくり…だけれど足取りはしっかりと、私は門の中へと足を踏み入れた。

…あなたは仲間を守れますか?』

頭の中で木霊するのは、惟盛の言葉。
言ったでしょう?
私は守ってみせる、必ず。
どんな手を使ってでも守ってみせるって、決めたもの。
見てなさい…。

歩みを進めた先、左右を武器を構えた兵士が囲んだ。
だけれど私の歩みが止まることはなく、そして臆する事もなかった。

兵士で左右を囲まれて、作られた一本道。
その先に現れたのは、見間違うはずも無いあの人の姿。
ふわりと微笑んだ彼女の前に進んだ私は、ある一定の距離で立ち止まる。

「久しぶりですわね、。来ると思っていましたわ」

ザァァ…
私と政子様の間に、風が一際強く吹き抜けた。





さぁ…始まる。
私の本当の戦いが―――…。










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あとがき
何だか、どんどん話がややこしくなってますね〜。その辺は軽く読み流して下さいネ(ォィ)
ヒノエ!そんなに簡単に、さんを行かせちゃっていいのか!?
皆も止めなくていいのか!?ってな感じですが、いいってことでよろしくです(汗)
あはは…(笑い事じゃねぇ!)