music by Happy day







『楓』

まさかその名前を…
こんなところで聞くことになるなんて思わなかった―――





鍵を握る者





「こりゃぁ初っ端からついてるぜ」
「上玉だな、こいつぁ」

嫌な笑みをニヤニヤと浮かべ。
挙句の果てには舌なめずりされて。
私の不快度は最高値に達しそうになっていた。

「こんな里にいたってつまんねぇだろ。俺達と来れば可愛がってやるぜ?」

予想通り、人数は結構な数がいる。
そいつら全てをザッと見回して、私は一つため息をついた。

「私って、目の環境にいい場所にいたのね…」

目の前の野党たちの誰を見たって、同じような笑みを浮かべていて。
同じような格好をしているものだから、ハッキリ言って皆同じに見えるし。
ついでに言わせてもらえば、さっきの台詞通り自分は常に目の保養になる環境にいたのだな、と今更ながら実感して。
生まれ持った人様のルックスに、文句を言ってはいけないとは分かっていても、ため息の一つつきたくなるものである。
せめてその笑みだけでも消してくれれば、多少は違うのだろうけど。と失礼極まりない事を思ってしまう。

「何が言いてぇんだ?」

私の言葉の意味を、全く理解する事が出来ない様子。
まぁ、確かにそれもそうだろうな、と思いつつ。
言ってもいいものかどうか、首を捻る。

「先に言っておくけど、あなた達が悪いわけじゃないのよ?ただ、私の周りにいる人達が、見目麗しいだけの話で」

何が言いたいと言われても、と悩んだ末に思ったことを口にする。
普通の人が相手なら、きっともっとマシな言い方を考えたんだろうけれど…
相手は野党。
そんな奴らのために、頭を働かせるのが面倒になってしまって、そのまま口にしたのはいいけれど…。

「てめぇ…」

相手を小馬鹿にしたような返事で、神経を逆撫でしてしまったことは、少々反省すべきだろう。
だけれどそうは思いつつも、

「女一人に寄って集ってその程度なの?」

と、ひょいひょい攻撃をかわしながら言うあたり…
自分は実は性格が悪いんじゃないかと考えていた。

「これは、弁慶さんのこと言えないかもしれないわ…」

微妙にショックをうけて。
かなり盛大にため息をついた。

「僕が何です?」

後ろに飛び退りながら、相手の攻撃を避ける私の横を、スッと誰かが通り過ぎた。
誰か、というよりこれは間違いなく弁慶さんしかいないのだけど。
弁慶さんの長刀が孤を描き、たった一振りで3人を一気に仕留める。

「いえ、別に…」
「おや?それならさっきの言葉は僕の空耳でしょうか?」

何にもございませんよ?
という顔をしてやったら、弁慶さんはにっこり微笑んで。
でも…相変わらず恐ろしいほどのプレッシャーを感じるのですけど…?

「ええ恐らく。弁慶さんももうお歳なのでは?」
「ふふっ。きみは本当に勇気のある方だ」

わざとらしいほどの笑みを浮かべて、弁慶さんは『敬意を表しますよ』と言ったけれど。
勇気のある…
それはつまり、怖いもの知らずだ、と暗に言っていて。
要は…

「後で覚えておけよ、って意味ですかね?」

という意味でありまして。
その言葉に弁慶さんが、それはもうすごく嬉しそうに微笑んだ。

「きみは賢くていいですね」
「すみませんが、最近物忘れが激しくて。多分忘れてますよ」

と、向かい合っていたならば、再び笑顔の攻防戦が始まりそうな答えを返す。
でも、今までの会話全て、野党を相手にしながらなので…
私よりも弁慶さんよりも、憤慨していたのは野党たちの方だった。










「これでこちら側にいたのは全員ですね?さん」
「はい。多分そうだと思います」

あれから、景時さんとリズ先生が助太刀に来てくれて。
数に手間取った事は手間取ったけれど、誰一人かすり傷負うことなく、私達の方半分は片がついた。

「九郎たちの方はどうなったのかな〜?」

景時さんが里の反対側に視線を向ける。
でも、ここから建物のせいで見えるはずも無い。

「まだ、片はついていないようだ」
「先生もそう思いますか?微かですけど、まだ音が聞こえますよね?」

私の問いに、リズ先生は『うむ』とだけ頷いた。
耳を澄ませてみれば、微かにだがまだ金属のぶつかる音がする。
でも、片がつくのも時間の問題だと思うけど。

「こいつらどうします?」

私が動けないでいる野党たちを指差すと、ほとんどの野党たちが小さく悲鳴をあげた。
勘弁してくれ、許してくれ、と懇願の声も上がる。
致命傷になる傷など受けてはないものの、足がやられているため直ぐには逃げられないようだ。

「詰問するにしても、この人数じゃ全員に聞くわけにもいかないしね〜」
「確かに私もそう思います」

本当に、この人数全員に話を聞こうと思ったら、一体どれだけ時間がかかるものやら。
でも、かといって何もしないで逃がすのもどうかと思うし。

「ね?あんた達の頭って誰?」

手近にいた男に適当に話しかける。
男は座ったまま、勢いよく後ろへと下がり、私との距離をとった。
失礼ね…と内心怒りを燃やしたが、顔には出さない。
この程度で態度に出したら、世の中渡っていけないというものね。

「こっ…こちら側にはいない…。あちら側の方にいるはずだ…っ」

焦ったように反対側を指差す。
つまりこっちはハズレってことでして。
九郎さんたちの内、誰かがその頭を殺めていないようにと願うしかない。

「仕方がありませんね。行きましょうか」

ふう、と軽くため息をついて弁慶さんが向きを変えた。
助太刀の必要はないかもしれないけれど…とりあえずこの場に残っていても仕方がない。
結局、野党たちも『逃げたければ逃げるでしょう』という弁慶さんの判断によって、その場に放っておく事になった。

「いいんですか?放ってきちゃって。あいつ等またこの里を襲うかもしれませんよ?」

ああいう輩は懲りるということをしませんし。
殺す必要は無いとは思いますけど、それなりに脅しておくべきだったのでは?と思ったり。

「いいんですよ。もうそんな気も起こらないでしょう」

これまたにっこりと笑う弁慶さんの表情に、私は瞬時に悟る。
弁慶さんの言葉は、そんな気が起こらないようにしておきましたから、と言っているようなもので。
きっと、九郎さんたちの方に私達が視線を向けたとき、弁慶さん一人だけ野党たちに何かを言っていたみたいだから…
きっと何か恐ろしいことでも言ったんだろうなと、少しだが野党たちに同情してしまう。

「やっぱり、まだ私は弁慶さんのこと言えるかも…」
「さっきも言っていましたね。僕が一体どうしたんです?」

ポツリと呟いただけなのに、数メートル前にいた弁慶さんが振り向いた。
地獄耳ですね、と内心苦笑いを浮かべ舌打ちする。

「要はですね、私はまだ弁慶さんより性格悪くないから、大丈夫かなと」

まるで遠慮のない内容に、弁慶さんのコメカミに青筋が立ったような気がした。
笑顔も心なしか黒いオーラが漂ってきてるような…。
自分で言っておいてなんだが、ちょっと不味かったかな…と。

「心外ですね。僕はきみより良い性格だと思いますが?」

その一言がなければ、私はきっと謝っていたんだろう。
でも、弁慶さんの言葉は、私に対して失礼というもので。
私の言葉に対しての、さりげない復讐だと分かってはいても、黙って引き下がるのは癪だというものだ。

「否定はしませんよ?弁慶さんの方が『ある意味』いい性格をしてますから」

自分が先に相手を怒らせたのは事実なので、後々ちゃんと謝罪するにしても…。
やっぱり一言言い返さなきゃ気が済まないのは、やはりちょっと直すべきだなと。
ちょっと自重しようと心に決めた。










「お、やっと来たな」

私達が九郎さん達の方へと辿りついたとき、すでに片はついていた。
やはり助太刀の必要は全く無かったわけで、皆が私達より手こずったのも、野党の人数がこっちの方が多いからだったみたい。

「そっちはどうだった?」
「粗方片はつきました。もう里を襲うこともないでしょうね」

ざっと見渡す限り、こっちも私達の方とあまり大差は無いようだ。
数だけで実力は大したものじゃない、といった感じ。
その証拠に、こちらも全員かすり傷一つ負っていない。

「こっちにこいつ等の親玉がいるって聞いたんです。九郎さん」
「この中にか?」

そう言って、九郎さんが野党たちの元へ近づく。
向こうの奴らと同様、皆して後ずさりしたけれど。

「頭は誰だ?」

と九郎さんが問いかけると、全員が示し合わせたように一人の人物を指差した。
指差された本人は『お前等っ…!』と焦りと怒りを浮かべていて。
子分全員に裏切られたようで、少し気の毒になった。
とはいっても、同情する必要はないのだけれどね。

「とりあえず、この人に話を聞けばいいわけですよね?」

望美がポンっと手を叩いた。
確かにその通りで、出来れば早くしたいのだけれど…
非難した里の人たちを、まずは里に帰らせてあげるのが先というわけで。
場所を知るヒノエくんの案内で、迎えに行く事になった。

「こいつを見張るのは…」
「あ、私がやるよ。九郎さん」

逃げる途中に怪我を負った人や、お年寄りもいるということで、見張り一人を残して全員が行く事になった。
見張りを誰がやるか?といった話になったとき、私は名乗りを上げる。
それには少し理由があった。
『そうか?ならば頼む』と歩いていく彼らを見送って、私は男へと視線を向ける。
周りの野党たちは、九郎さんたちが離れていくと同時に逃げ出して、しっかりと縛られている親玉一人だけになっていた。

「何か言いたいことでもあるの?」

私はスッと目を細めて、相手を観察する。
でも、男はどうやらだんまりを決め込んでいるようだ。

「気づいていないと思った?私を見た瞬間のあなたの表情に」

その台詞に、男の頬に一筋の汗が伝った。
私を見た瞬間、この男はまるでこの世のものでは無い物を見たかのように驚いたのだ。
一瞬小さく声を上げて。

「―で…えが…」

震える小さな声。
その声が聞き取れなくて

「何?」

と聞き返した。
男がバッと上げた顔に…浮かんでいたのは焦りと恐怖の色。
その様子に少し驚いたが…
もっと驚いたのはその後の言葉だった…。

「何で…何でお前がここにいる!?楓!?」





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「もう安全ですよ」

人々を里へ連れ帰ってきた俺達は、野党の親玉を捕らえたこと、その仲間も引き返したことを伝えた。
復讐に来るのでは…?と不安そうな顔をする人々に、弁慶は

「そんな気が起こらないように、十分しておきましたから」

と微笑んで。
弁慶の本性を知らない人々も、その笑顔に何か感じ取ったのか、冷や汗を浮かべて礼を言った。
ったく、里の人まで威圧してどうするんだよ。
と軽くため息をつく。

「弁慶、どうせなら里の人々にもあの男の話を聞かせたらどうだ?」
「ええ、そうですね」

今後のためにも、多少役立つこともあるだろうと。

「オレが連れてくるよ」

そう言って、オレはの元へと出て行く。
少し気になっていた事があった。
男の見張りで残ると言った時のの表情。
いつもとなんら変わらないのに…なぜかとても嫌な予感がしていた。

「考えすぎだといいけどね…」

とにかく急いで、の元へと向かう。
しかし、自分の視界にの姿を捉えたとき…一瞬その殺気に足が止まる。
そして…嫌な予感が的中してしまったと理解した…。





++++++++++++++++++++++++++++++





「言え。何でお前が母を知ってる?」

私は男の喉に刀の切先を突きつけながら、静かに言った。
こいつは確かに言った…

楓』

と…。
切先を突きつけられた男は、何か言おうとするが恐怖で顔が引きつっていた。

「お…お前…あの女の娘なのか…?」

私はその問いには答えず、グッと刀を握る手に力を入れる。
私の手が少しでも横にぶれ様ならば、間違いなく男の喉は掻き切れるだろう。

「言わなければ…分かるな…?」
―――…詳しいことは知らねぇ!ただ知盛様が…」
「知盛…?」
「そ、そうだ。一族の楓を殺せと知盛様が命じられていたはずだ…」

知盛が…命じられていた?
それでどうなったか?と問いただしても、男は知らないと答え。
その焦りようからして、本当にこれだけしか知らないらしい。
この男は偶然、母の顔を見たことがあるだけで…
どうやら似ているらしい私を、本人と間違えたというわけだ。

「あの男が…」

ギリッと唇を噛む。
刀を握る手も、強く握りすぎて爪が食い込み、血が滲んでいた。
こいつが言う通りなら…
知盛が何かを知ってる事になる…。 あいつが何かかしら鍵を握っている…。

「こっ…殺さねぇでくれ…」

搾り出すような声に、視線を向ける。
男の喉は、もう少しの筋肉の震えも許されない状態になっていた。
私は男の喉に、少し先を埋めた剣をジッと見つめた。

…」

そっと刀を握る私の手に、誰かの手が乗せられる。
その手は私の手をゆっくりと開かせ、刀を取り上げた。

「ヒノエくん…」

私はゆっくりと視線を向けて。
でもその時の私は混乱して、呆然としていて…刀を握っていた手も戻すこともできず、彼の名前を呟いただけだった。
そして、私を心配そうな色を浮かべて見つめる彼の瞳は…
どうしたんだ?何があった?と私に語りかけていた―――










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あとがき
意外にもすらすら書けました。
ですが、ヒノエ好きとしてやってはいけないことをしてしまっていたと反省しております。
ヒノエの一人称『オレ』なのに…ずっと『俺』で書いていた私…。
やってしまったと自己嫌悪に陥っております(泣)
今から全て修正します。すみませんでした…っ。