長い
とても長い夢を
見ていた気がするの―――…





夢の中で






、そろそろ時間でしょ?遅れるわよ」
「分かってるよ、姉さん」

ドアを開けて顔を出したのは、私の姉。
分かってると返事はしたものの、実はちょっと焦ってたり。

「あー、もう!診察の時間に遅れる!」

私はバタバタと階段を下りて、そのままの勢いで靴を履くと
急いで玄関から飛び出した。

「気をつけて行くのよ!」
「大丈夫だって!」

で、診察って何のことかって?
それはですねー、もちろん病院に診察の予約が入ってるんですよー。

だって…私には…











「それで、あれから何か変わったことはありましたか?」
「いいえ、特には。頭痛もなくなりましたし」
「何か思い出したことは?」
「そっちもさっぱりですね。まぁ、何だかこのままでもいいかなーって思い始めてますけど」

あはは、と主治医に笑ってみせる。
先生も『それだけ元気なら、大丈夫そうですね』と笑った。

「ゆっくり思い出していけばいいですよ。焦るとむしろ思い出せなくなりますしね」
「はい。分かりました」

そう言って一礼すると、私は診察室を後にした。
そう、私には記憶が無い。
それこそ、随分と長い間の記憶が。
というより、生まれてから今までの記憶全てがない。

覚えているのは、海と紫苑。
そして、暖かな緋色だけ。

私が姉と呼んだ人。
あの人が本当に私の姉かどうか、私には分からない。
ただ、そうだと言われたから。
ほかに身よりもないと言われたから。
だから信じるしかなかっただけ。

とは言っても、自分でも似てると思うから嘘をつかれたっていことは無いと思うんだけどね。
それに、無一文の私に嘘ついたって何の得にもならないと思うし。
それに、姉さん…楓姉さんはとても優しくて暖かいから。
怒るとそりゃもう怖いけど!

「ま、生活に支障はないし?別にこのままでもいいしね」

なんて考えてたり。
ただ、小中学校・高校・大学…だっけ?
その辺の記憶もないから、寂しい気もするけど。

実際、私が持ってた知識なんて、7歳児と同レベルくらいらしいから。



!?』
『先生!患者さんが目を覚ましました!』

私の記憶は、この場面から始まる。
目を覚ましたら、真っ白な天井、壁。白い服を着た、何人もの人。
私は、病院(っていうのは後から知ったんだけど)のベッドに寝かされていて。
私の手を握り締めて、泣き崩れる女の人がいた。
まぁ、その女の人は楓姉さんだったわけだけど。

『これはね』

姉さんは、何も分からない私に色々なことを教えてくれた。
目が覚めてからというもの、生活に必要な知識はもちろん、多少の勉強も教えてくれた。
そのときの姉さん、『姉』というより『お母さん』みたいだったから…
そう言ったら、微笑んではいたけれど…
なんだか、少し悲しそうだった…。

「どうしてだったんだろ…?」

お母さんって言われるほど、歳はとってないって言いたかったのかな?
それにしては、ちょっと…?
そのとき、私の目に綺麗なツリーが目に入る。

「もうすぐクリスマスかぁ」

実際あまり実感が湧かない。
だって、覚えてないんだもの。クリスマスっていうものが何なのか。
自分は今まで、どんな風に過ごしてきたのか。
誰と、過ごしていたのか…

『くり、すます?何だそれは』
『聖なる夜。まぁ、簡単に言えばイベント…お祭りですよ』

「え?」

突如、覚えの無い映像が頭に蘇る。
…あの人はだれ?
私の目の前にいた、オレンジ色の長い髪の…。
なんだろう、とても懐かしいよう、な…。

「…だめだ、思い出せない」

でも、なんか着物着てたし。
時代的に、なんか可笑しい気がする。

「記憶、勝手に作りはじめちゃったのかしら?」

なんて、ちょっと危ないことを思ってみたり。
あ、もしかしたら昨日見たテレビの影響かも!
と考えていたら、前から歩いてくる高校生の姿が目に入った。

「譲君、テストどうだった?」
「まぁまぁですよ。いつもとあまり変わりませんでした」
「譲君、成績いいから羨ましいなぁ。私なんていつも徹夜だよ」
「もうすぐ受験なのに、何弱気なこと言ってるんですか。先輩」
「だって…。試験に出るのが日本史だけなら良かったのに」
「それも、源平合戦限定でしょう?」

源平合戦、ねぇ。
源氏と平家について、なんて習ってるんだろう?
和議を、結んだことになっているんだろうか?
それとも、どちらかが滅ぶまで…続いたんだろうか。
あの戦いは…。

「あ、れ?私今…」

なにを考えてた?源氏と平家が和議?
どうしてそう思ったの?私…源平合戦自体知らないはずなのに。
っていうか、和議って?

「い…っ、いた…っ」

突如襲ってきた激しい頭痛。
思わず、片手で頭を抑える。



『じゃあ、な…。…』
海へと消える彼に、いくら手を伸ばしても、届くことはなくて。

『おい、譲。俺の方がコイツのこと、お願いされる方だろ』
そういって笑った彼は、敵だったのに。

『もう、を失いたくない…。あの人のように…』
彼女は、強い決意を秘めた漆黒の瞳を私に向けて。

『お前の選択次第だ』
いつも、私を見守って…後押ししてくれた。

『でももし…ちゃん、きみが命令に背くようなら…俺は…』
私達に向けられる笑みは、いつもどこか悲しそうだった。

『あ、いや…その…。気をつけて…』
口数は少ないのに、紡がれる言葉はいつも優しくて。

『僕はさんに生きていてほしいですから…』
鋭すぎる彼は、私にとってとても苦手な存在だったのに。

『お前を失いたくなかった、それだけだ』
ずっと、どんなときでも側にいてくれた…私の兄のような存在。

『私達は…もうすぐ消えてしまう…』
それでも、私をいつも助けてくれた…優しい龍神たち。

『嘘も偽りもないさ。オレは…、お前が好きだよ』
そして…誰よりも、何よりも大切だった人。



ズキンッ
次々と、蘇る記憶に頭が悲鳴をあげる。
それでも、なんだろうこの…なんとも言えない感覚は。
自分が、自分に戻っていく感覚。

どうして忘れていたの?
どうして思い出さなかったの?

こんなにも、こんなにも大事な思い出なのに。
何よりも、大切で…守りたかった人たちのことを。

どうして今まで、思い出せなかったんだろう。
『何だかこのままでもいいかなーって思い始めてますけど』
どうして、あんなことを思ってしまったの?
忘れたままでいいはずはないのに。
そんなこと、あってはいけないのに。

何よりも大事だった。彼らが私の全てだった。
そして…そのうちの二人は…

「……?」
「どうしてここに…?」

目の前にいる―――…。










!?だよね!?」
「どうしてここにいるんですか!?」

私の目の前で歩みを止めた、二人の高校生。
それは…白龍の神子だった望美と八葉の一人だった譲君で。
二人とも、驚きを隠せない様子だった。

まぁ…当たり前よね。

「望美に譲君、だよ…ね?」
「そうだよ!忘れちゃったの?」
「ううん、違うの。今は…ちゃんと覚えてる」
「今は?」

私の言葉に、譲君は不思議そうな顔をした。
そんな彼に私は小さく頷いた。

「うん…。今、本当に今さっき…全部思い出したの」

つながった記憶を頼りに、私は少しずつ説明をする。
皆を京に戻してから、記憶をなくしたこと。
そして1年間、何も思い出せないまま、この世界で生きてきたこと。
たった今、記憶が戻ったことも全て。

「そんな…。でもどうして記憶が?」
「それは…」

蘇るのは、あれからの記憶。
私が、皆を京へ帰して。そして…消えたあの後の記憶。




『もうすぐ…消えるのね…』

その空間はとても不思議なところだった。
真珠色の空間には、痛みも苦しみもなくて。
ただ、時間だけが静かに過ぎていく。
だけれど、その時間さえ私には感じることができなかった。
感じられるのは、みんなの前から私が消えて、大分経つということだけ。
そして一つだけ確かなのは…
もうすぐ、自分のその意識すらなくなってしまうということ。

『やっぱりするんじゃなかったな。約束』

苦笑気味に小さく笑ったところで、なにも変わらない。
もしかしたら…そう願った小さな希望すら、叶わないだろう。
この空間に辿りついて、それこそ色々できることはした。

それでも、この空間から出ることは出来なかった。
この空間は、応龍の宝珠そのものだろう。
宝珠は力を抑えておく必要はなくなった。だって応龍は復活したんだから。
そして、私の…応龍の神子としての役目も終わった。

だから…

もうすぐ、宝珠の中に溶けて消える。
消えて、なくなる…。
龍神の力も、宝珠の力も強大で。

『所詮、私に太刀打ちできるものではなかった…ということ、か』

だけど、もう…いいよね?
出来ることはした。やらなければいけないことも、残ってはいない。
悔いは…ない。

私は、ゆっくりと目を閉じる。
抗うことをやめるように。
溶けていく、その力に身をゆだねるように。

『本当に、それで…いいの?
『諦めるとは、貴女らしくないのではないか?』

その空間に響くように聞こえた二つの声。
それは…間違えるはずもない、白龍と黒龍の声だった。

『願って、

その言葉に、私はゆっくりと目を開ける。

『願うって、何を…?』
『貴女の本当の願いを、だ』
は、私達の世界を…そして私達を救ってくれた』
『だから、我らも叶えよう。貴女の願いを』

私の願いを、叶える?
そんなことが…本当にそんなことが…

『できる、の…?』

もしも
もしも、それが本当だというのなら。

『宝珠との同化を、私達の力で解くよ』
『今の我らなら、可能だろう』

私が宝の力を使ったことで、応龍として復活はしたけれど。
それでも復活したばかりの力は、とても弱く。
だから、ずっと力が戻るのを待っていたとそう言って。

『だけど…』
『だけど?』
『宝珠との魂を分けるには、相当の負荷が掛かるから…』
『どうなるのか、それは我らにも分からぬ。ただ言えることは、無事にすむ確立は低いということ』
『それは、何らかのリスクがあるということよね?』

私の問いに、一瞬龍たちは黙って。
それでも、小さく答えを返した。

『何もないかもしれない、でも魂が耐えられず壊れるかもしれない。それこそ…』
『失敗すれば、死ぬ』

口ごもった白龍の言葉を引き継ぐように、はっきりと黒龍が言う。
それは私に突きつけられた現実。
でも…だけど…

『…りたい…』

たとえ、どんな結果になろうとも。
失敗して、死ぬことになろうとも。

『私…みんなのところに、帰りたい、よ…』

帰りたい。みんなに会いたい。
皆と…そして、ヒノエくんと生きたいよ…。

思わず顔を覆ったけれど、それでも涙は止まることなく溢れ出た。
涙と共に溢れたのは、私の本当の心。

『『ならば叶えよう、我らの神子よ』』




あぁ、そうだ。
そして、私は目覚めたんだ。あの白い天井と壁に囲まれた、あの場所で。

「つまりは、同化を解いたリスクとして、記憶を無くしてしまったってこと?」
「そういうことじゃないでしょうか。さんの言う通りなら」
「私にもよく分からないんだけど、ね」

でも、それしか考えられない。
負荷がかかったことで、記憶を失った。そう考えるのが妥当だろう。

「でも、戻ったんだよね?記憶」
「うん。ちょっと不鮮明なところがまだ残ってるけど。大体は」
「なら…早く帰らなきゃね」

そう望美は微笑んで。
譲君は、隣でやっぱり言うと思った、と言わんばかりに笑っていた。

「でも、どうや…」
「はい。これ」

私の言葉をさえぎるように、望美が取り出したのは、一枚の鱗。
真珠のように光るそれは、間違いない。

「これ、白龍の逆鱗…?」
「そうだよ。刀も、戦装束も着物も、全て消えてしまったけど、これだけは消えなかったの」
「先輩も不思議がってたんですけど」
「でもやっと分かった気がする」

望美は私の手をとって、白龍の逆鱗を置くと、私の手を包み込むように握った。

「これを使って、皆のところへ戻って。が望んでいるあの世界に」
「この逆鱗はきっと、さんが使うために残っていたんだと思います」

二人の言葉に、私は手の中の逆鱗に視線を落として。
そして、ギュッと握りしめた。











「お母さん!!」

バタンッ
と、なんとも勢いよく玄関を開けて、私は姉さん…ううん、母の元へと走る。

「お、お邪魔します」
「失礼します」

となんとも律儀に挨拶をしながらも、私の後ろから望美と譲君も続く。

「あら、お帰りなさい。
「ただいま…って、そうじゃなくて!」

私の様子に母は、目を丸くして。
どうかしたのか?という視線を向けた。

「あ、あなた達は…」

私の後ろにいる二人に気づいた母は、何か察したようだった。
そんな母に、私は大きく一度深呼吸すると、まっすぐと視線を返す。

「あのね、私…思い出したの」
一瞬見開かれた瞳。
でもすぐに、悟ったように伏せられた。

「全て、思いだしたの」
「そう。あなたなら、いつか思い出すと思っていたけれど…」

再び私に向けられた視線。
そして

「思ったより、時間がかかったわね。

続いた言葉は、私が全く予想もしていなかったもので。
微笑む母は、どこか嬉しそうに見えた。
そして、母はスッと立ち上がると、部屋の押入れをあけた。
その手に持っていたのは、私の着ていた着物と…刀だった。

「預かっていたものよ」

それを私に手渡す。
刀を鞘から抜くと、カチャリと鍔鳴りがした。
この鍔鳴りの音、柄の感触、間違いない…これは私の刀だ。

「お礼を言わなくてはね」

そういって、母は後ろの二人へ視線を向けた。

の記憶を取り戻してくれて、ありがとう。白龍の神子、そして天の白虎」
「え!?私達のこと、分かるんですか?」
「ええ。これでも、応龍の宝珠を守ってきた一族の末裔ですもの」

微笑んだ母に、私は内心すごく驚いていた。
私の母親って…すごい人だったのね(失礼)











「楽しかったわ。この一年。本当に…」

夢のようだったと、少し寂しそうな笑みを浮かべて。

「嬉しかったわ。あなたが生きていたこと。それがたとえ…」

全ての記憶を失っていたとしても。
と、そう続けた母。

「私はあなたに幸せを貰った。だから今度は、あなたが幸せになる番よ。

今度こそ、本当にもう会えなくなる。
それを分かっていても、お互いに口には出さなかった。

「皆も、絶対にのこと待ってるよ」
「そうだといいけど」

彼らのことだから、忙しすぎて私のとなんて忘れてそうだわ!
特に九郎さんの頭じゃ、とーっくの昔に忘れてるんじゃないかしら(酷)

「でも、多少の覚悟はいると思いますよ」
「え?」
「そうだね。特に弁慶さんは怖そうだよね」
「う…。それは言わないで…」

帰る決心が揺らぎそうだわ。
といったら、3人皆して笑ってくださいましたけど!
人事だとおもって!!

「それと…ヒノエ君は、すごく喜ぶと思うよ」
「一番会いたがってると思います」

記憶をなくしても、覚えていた鮮やかな緋色。
それは、今も変わることは無くて。

「そうだと、いいな…」
「絶対にそうだよ!だから…今度こそ、幸せになってね」

あの世界に初めて行ったときには、私は何も持ってなかった。
大切なものも、守るべきものも。
だから、こんな風に誰かに『幸せになってほしい』と言われる日がくるなんて思ってもみなかった。

「ありがとう…」

ただ、お礼を言うことしかできないけれど。
少しでも、私のこの気持ちが伝わるといいな。

さん、一つお願いしてもいいですか?」
「うん。なに?」
「兄さんに、あまり無理はしないように、と伝えてください」
「もちろん。ちゃんと言っとく」
「将臣くん、放っておくと無茶ばっかりするからね」

って、それは望美に言われたらおしまいなような…。
と内心苦笑しつつ。

「それじゃあ、行くね」

これ以上は、別れが惜しくなってしまう。
別れ難くなってしまうから。
だから、行こう。

「元気でね、。あまり無理はだめよ?」
「分かってる。お母さん。そっちこそ、元気でね」

もう会うことはない。

「怪我とかしないようにね!いくらが強くても、女の子なんだから!」
「その言葉、そのままそっくり返そうかしら?」

それでも

「兄さんのことよろしくお願いします」
「譲君の頼みじゃ仕方ないなー。譲くんも望美のことよろしくね」

あなたと共に過ごしたことは変わらない。
私にとって、あなた達が大切な人だということは、今までも
そして…
これからも変わらない事実。

私は手にした逆鱗に、思いを込める。
光りだした逆鱗は、暖かな光で私を包んでいった。

「ありがとう…それと、行ってきます」











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あとがき
長い間、お待たせして本当に申し訳ありませんでした!
あと2話で最終話です。
最後までお付き合いいただけると幸いです。