オレは彼女が怖かった。
あの日からずっと…
お前は覚えているのだろうか…?
オレと出会ったあの夜を。
あの日のことを…
オレは絶対に忘れない―――…
あの日
「北条政子が源頼朝の元へ嫁いだらしい」
オレの親父の元へ届いたその情報が、オレの耳に入ったのは偶然だった。
当時まだ7歳だったオレは、まだこの藤原姓の示すことを理解していなくて。
だから、禁じられてはいても屋敷をよく抜け出していたし、親父に黙って船に一人で乗っていたりもしたぐらいだ。
その日も、親父が誰かと謁見する、そう聞いていたからオレは屋敷を抜け出すつもりでいた。
そんなオレの耳に、偶然通りかかった部屋から聞こえてきた情報。
当然、好奇心に勝てるわけもなく、オレは烏を一人連れて頼朝の元へと向かった。
そして…
そこで彼女…と出会った…。
「誰?」
何日かの旅を経て、辿り着いた当時の頼朝の屋敷。
そこにいたのは北条政子ではなく、オレとそう歳の変わらないであろう少女だった。
「なんで、刀なんか持っているんだ?」
不思議でならなかった。
頼朝の屋敷にこんなに少女がいることもだが…
それ以上に、女の身でありながら剣を取っていることが…。
「この世界で生きるためには必要だと言われたから」
この世界…。
その言葉に多少の違和感は感じたが、それ以上に彼女の正体に興味があった。
まるで、人を信じていない目。
孤独を知っている目、それに惹かれていたのだ。
「出て行って…。そこの人と一緒にね」
突然感じた殺気。
少女が放つようなものではないほど凄まじい…。
それを彼女はぶつけてきたのだ。
それに、彼女が指差した先には烏がいた。
オレの供をさせてきた烏が…ずっと『潜んで』様子を伺っていたのだ。
訓練を受けた熊野の烏が、気配を察知された…。
いつも一緒にいるオレでさえ、感じ取れるか否かの瀬戸際だったというのに…。
あっさりと少女は気付いたのだ。
怖いと感じた…。
未知の者に…自分の想像を遥かに超えた人物を目の前にしている、そう思ったら…
今まで感じたこともないような恐怖がオレを支配した。
「出て行かないと言うのなら…消えてもらうわ」
オレを捕らえていた殺気が消えた。
否、消されたのだ、意図的に…。
不思議に思う気持ちと、ホッとした安心感。
それを感じたときには、目の前に小さな影があった…。
小さくても、大きな威圧感…そして
「さよなら」
冷たい声…。
目を見開いた俺の目に、彼女の刀が映し出された。
「湛増様!!」
突如響いた金属のぶつかり合う音。
オレの喉ギリギリのところで、彼女の刀は止まっていた…。
烏が寸でのところで、邪魔をしたのもある…
が、それだけではなかった。
「湛増…?」
彼女が意図的に刀を止めたのだ。
それでなければ、間違いなく俺は死んでいた。
人を殺めることを躊躇わない、彼女の刀によって。
「あなたが…熊野別当の息子?」
オレのことを知っているなんて思わなかった。
オレの存在はその時はまだ、あまり公表されていなかったのだから…。
呆然としていたら、刀を彼女は下ろした。
何故かは言わないが、殺気が感じられない。
オレを殺すのを…止めた、のか…?
「まだ何か?」
スッと彼女は目を細めて、オレを見つめる。
本当に、少女には似つかわしくない目だと思った…。
彼女は一つため息をつくと、未だ呆然と立ち尽くしているオレと烏の腕を掴んだ。
そして、信じられないような言葉を発したのだ。
「早く帰らないと、抜け出したことバレるよ?もう遅いかもしれないけど…。それと、あなたもまた主に従っていていいの?」
何故知っている?
オレが抜け出してきたことを…。
さらに『また』とも彼女は言った。
オレが以前にもこの烏を連れて、屋敷を抜け出したことを知っている…?
「お前、名前は…?」
不意について出た言葉。
彼女は振り向きざまに
「」
そう告げて去って行った。
冷たい笑みとともに…。
それがオレと彼女…との出会いだった…。
久しぶりに見た彼女は、以前とは比べ物にならないほど優しい・明るい笑顔を見せていた。
出会ったあの日から、ずっと気になっていた。
どうしてあんな冷たい目をしているのか。どうしてあそこにいたのか。
そして、何者か…と聞きたいことはいくらでもあった。
だが、それも聞くのが戸惑われるほど…彼女の表情は変わっていたのだ。
まるで別人、そう感じさえした…。
「彼も帰って来にくいと思いますし」
突如オレに彼女の視線が向いた。
一瞬だったけど…間違いなくオレに気付いてる…。
オレの気配に気付くなんて、驚いたよ。
あのとき烏の気配を感じ取ったのは、偶然ではないというわけか…。
お前はオレが姿を現せば、また全てを見透かすのかい?
オレはそれを恐れてる。
今、まだ明かせないことをオレは抱えているからね…。
そして…
オレは誰にも本当の心を…心の奥底を見せてこなかった。
心を許すことなどしてこなかった。
それが今の…別当となるためには必要なことだったからね…。
だけれど、築き上げたそれを…
隠してきた『オレ」』を、お前に見透かされる。
そんな気がして、不安なんだ…。
だから、お前に会えない―…。
++++++++++++++++++++++++++
会いたくないとか言っておいて、庭に潜んでいるなんて…
一体どういうつもりなのかしらね?
「ヒノエくんは説得するから、やっぱり一緒にお世話になろうよ」
「そうよ、私達に遠慮するこのないのよ?」
そう望美と朔に引き止められた。
が、私は丁重にお断りした。
別に遠慮していたわけではないし。
『彼も帰って来にくいでしょ?』
と嫌みったらしく言ったのだって、彼が聞いているのに気付いていたからだしね。
これくらいの仕返しは許されるでしょ。
「宿も直ぐ傍に取れているから、何かあればすぐに来れるし。朝に屋敷に伺うから大丈夫」
いいですよね?と九郎さんと弁慶さんに許可を求める。
「そうですね。さんとしてもその方が何かと動きやすいのでしょうし」
「こいつは言い出したら聞かないからな」
九郎さんの諦めモードはいいとして…
弁慶さん、相変わらず…さり気無く嫌味言うわよね。
「ええ、どこかの誰かの傍よりよっぽど」
にっこり笑顔で嫌味を返してやれば
「おや、それは誰でしょうね?」
と更に笑顔で返してくるのだから…手に負えない。
そんな私と弁慶さんの笑顔の攻防戦を、冷や汗をかいて皆が見ていたというのは別のお話。
「神泉苑?」
そういえば、雨乞いの儀があるって言ってたっけ。
明日はそれが行われるってことか。
「ああ、後白河法皇がどうしてもお前に会いたいと言っていてな」
「それで、私にもその儀式を手伝えと?」
「まあ、そういうことだ」
ったく…。
あの狸に会うことになるなんて…。
あの人は一体何を考えているのか分からないから、どうにも好きになれないのよね。
「断れば九郎さんが大変な思いをするんでしょ?だったら、断るわけ無いじゃない」
いくらなんでも、兄代わりの九郎さんを裏切る真似は致しませんよ?
「助かる」
こういう時は素直なんだから…。
本当にどんなに口が悪くても、憎めない人だよなぁ。
「明日の朝、迎えに行く」
明日の朝、か…。
明日までに何とか、鋭気を養っておきますか。
後白河法皇の相手をすると…どうも気力を吸い取られる気がするのよね。
いや、彼は妖怪の類ではないけれど。
「彼も来るのかな…」
未だに会えない八葉の一人。
私が避けているのではなく、彼の方が避けているのだからしょうがない。
会いたいわけではないけれど、せめて顔ぐらいは知っておきたい。
神泉苑でもしも姿を現してくれたのなら…
そのときにはせめて、理由だけでも聞かせていただきましょうか?
一言嫌味を言うかもしれないけれど…
それぐらいは多めに見てよね―――…。
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あとがき
ヒノエがカッコよくない…
しかも…このときに頼朝が住んでいた場所が分からないのでスルーしてしまいました(汗)
この時、ヒロインがこの世界に来て2年たったところですね。
政子様が一体何歳なのか、よく分からないというね。
頼朝と結婚したのって何歳だったのか…、昔日本史でやった気がするけど…。
ちゃんと調べろって話ですね…。すみません。