「道具?それとも…仲間?」
私の言葉に、彼はピクッと反応して。
返ってきたのは
「お前は平家をどう思ってる…?」
寂しそうな彼の微笑みだった―――…。
怨霊の心
「ん〜…ここもハズレかぁ」
長岡天満宮の一角で、私は盛大にため息をついていた。
朝早くから一人、京邸を出て。
京の外れの方にある、長岡天満宮まで来たはいいけれど…。
どうやらここも、怪異の元凶とは無関係みたいでして。
さすがにちょっと、落胆の色は隠せないわよねぇ…。
いや、別にここが最有力候補だったわけじゃないけれど。
だけれど、早めに事は済ませてしまったほうが、私としても楽なわけでして。
ちょっと期待していたのも事実だったり。
「仕方ないか」
私はもう一度軽くため息をついて、その場から離れた。
「清水寺と法住寺は明日、調べに行くとして…」
今日は大人しく帰りますかね。
だって、記憶を読むのって…やっぱり意外と疲れるんだもの。
力が強まったのはいいけれど。
これは、少し体力つけたほうがいいかもしれないわ。
と、内心ため息をつきつつ…
「当面の問題は、これよね」
片手で軽く頭を抱える。
体力を消耗してしまうのは、別に力が強まったのだけが理由じゃない。
ま、関係あると言えばあるけれど…。
立ち止まって目を瞑れば、知らない声と映像が浮かび上がってきて。
『お母さん!早く早く!』
『そんなに急いでは転んでしまいますよ』
ごく普通の親子の記憶が見えた。
今まで人の記憶を覗いていたように、力を使えば土地の記憶を見ることができるから…
だから、自分はちゃんとコントロール出来てる、って思ってたけれど。
どうやら完璧ではないようで。
たまに、今みたいに勝手に土地の記憶が見えてしまう。
「そのせいで、体力の消耗が激しいんだよね」
ただえさえ、体力を削られるというのに。
意思とは関係なく力が現れるのは、少々困る。
というより、大分困るのよね。
「体力よりも、コントロールの方が先かな」
やれやれ、と苦笑しつつ、再び歩みを進める。
今日は、他に行くつもりもないから…ちょっとコントロールの特訓でもしようかな、と思って。
「弁慶さんに手伝ってもらおうかな?」
昔そうしたように。
弁慶さんならきっと、昔みたいに興味深々で手伝ってくれると思うけれど…。
以前の事を思い出して、思わず眉間に皺を寄せてしまった。
「やっぱ…止めよ」
今でこそ記憶が薄れつつあって、遠い思い出になっているけれど。
昔、力をコントロールできるように特訓してくれた時の…あのスパルタ教育。
絶対に、二度と経験したくない。
一人で何とかしよう、と決心した時だった…再び声が聞こえたのだ。
『ミコ…コロス…』
私は再び、ピタリと歩みを止めた。
何、今の?
毎度のことながら、勝手に見えた記憶だったけれど。
見えた内容は、いつもみたいに私達に関係無いものではなくて。
『ドコニ…イル…』
見えるのは、ここ長岡天満宮の景色なのに。
その一部分は明らかに、黒く淀んでいて。
春でも無いのに、桜の花びらが舞っていた。
『怨霊よ』
新しく聞こえた声と共に、現れたのは誰かの後姿。
それに私は見覚えがあった。
比叡山へ向かう途中、京の町中で見えた映像に、同じ後姿があった。
『可愛い鉄鼠の餌になりなさい…』と言った人物の後姿…。
『そんなに神子を殺したいですか?』
『コロス…ミコ…ドコダ…』
『私に力を貸せば、神子を殺す事ができますよ?』
その人物は、笑いを含んだ声でそう言って。
怨霊は、その言葉に反応するようにハッキリと姿を現した。
桜の花をその身に纏った女の人のように見えて、美しいのだけれど…でも、その気は黒く禍々しくて。
桜花精…、私はすぐにその名前を思い出した。
以前、噂に聞いたことがある。
どんな陰陽師さえも、勝つことは叶わなかったという怨霊…。
景時さんも立ち向かった陰陽師の一人だけど、やはり敵わなくて。
力を弱める程度だったと言っていた。
『力をお貸しなさい』
『ギ…ギ…』
桜花精は、頷くような仕草をして。
その反応に、その人物が笑ったような気がした。
顔は見えないから、雰囲気が笑ったっていった方が正しいけれど。
『ならば、鉄鼠の餌になっていただきましょうか』
その言葉に私も、そして…桜花精も驚いたのが分かった。
前にも聞いたその台詞。
その台詞と同時に、その人物と桜花精の間に、巨大な怨霊が現れた。
『ギ…ギャァァァァァ…』
目の前で桜花精が、鉄鼠と呼ばれた怨霊に喰われて…取り込まれていく。
桜花精は、必死に逃れようとしているけれど…その願いは叶わなくて。
私はただ、目を見開いてその様子を見ているしか…出来なかった。
…嫌…私はまだ、消えたくない…。
助けて欲しいの…白龍の神子に…助けて欲しいだけなのに…。
嫌だ…
助けて…。
どこからともなく響いた声は、紛れもない桜花精の…
ううん、桜花精になってしまった人の声。
『助けて…』
その言葉と共に、伸ばされた手。
まるで私へ助けを求めているかのように、真っ直ぐに伸ばされた手を、私は掴む事は出来なかった…。
掴めるものなら、掴みたかった。
助けてあげたかった…。
でも、記憶を見ているだけの私は…本当に無力で。
私はそこに存在していないから…。
『ふふ…あと少し、ですね』
嬉しそうに鉄鼠の頭を撫ぜて。
その人物は、ゆっくりと振り向いた―――…。
長岡天満宮から帰ってきた私を、すでに帰ってきていた皆が迎えてくれた。
「あ、。おかえり!」
「お疲れ様、。暫くしたら夕食だから、それまで休んでいていいわよ」
どうやら、今は譲くんが買出しにでているらしい。
少し材料が足らなくなったみたいだ。
それで、望美が手伝ってるみたいなんだけど…包丁さばきはちょっと怖い。
いつか手を切るんじゃないかって、見てるこっちがハラハラしてしまう。
「ただいま」
望美の手つきに少々苦笑しながら、返事を返して。
とりあえず、今日の首尾を報告してくる、とその場を後にする。
もちろん、望美に軽く注意を促して。
『手、切らないようにね?』
『大丈夫だって、。いつも、包丁よりもっと危ない刀を扱ってるから』
『朔、よろしくね?』
『ええ、もちろん』
大丈夫だと言い張る望美に、私と朔が苦笑して。
望美が頬を膨らませたけれど、それはまぁ、気にしない気にしない。
「九郎さんいる?」
九郎さんの部屋の前で一声かけると、中から出てきたのは弁慶さん。
「おや、僕の事は聞いてくれないんですか?」
と微笑んで。
九郎さんと弁慶さんは部屋が一緒だから、別に私としてはどっちを呼んでもよかったんだけど。
でも一応、総大将殿をお呼びしたほうがいいかな、と思っただけで。
「じゃあ、弁慶さんいます?」
「おや。では今、きみの目の前にいるのは誰だと言うんです?」
僕の事は聞いてくれないんですか、って言うから聞いてあげたのに。
ヒノエくんの言葉じゃないけど、本当にああ言えば、こう言う人ね(怒)
「あ、ヒノエくんもいたんだ」
「ちょっと不本意なんだけどね」
そう言ったヒノエくんは、見るからに不機嫌そうな顔をしていて。
どうしてオレが弁慶と一緒にいなきゃいけないんだ、と言いたそうだ。
「へぇ…じゃあ新しい術が使えるようになったんですね?」
「ええ、軍荼利明王の力を借りて」
鳥羽殿で怪異を解決できただけじゃなくて、そんな力まで手に入れたなんて。
すごいというか何というか。
「それって、ヒノエくんと弁慶さんだけが使えるんですよね?」
「はい、僕とヒノエは同じ朱雀の守護を受けてますから」
『だから、僕とヒノエでしか使えないんです』
と弁慶さんは何やら楽しそうだけれど。
「よりによって、アンタと協力しなきゃならないなんてね」
と、反対にヒノエくんはかなり面白くなさそうで。
素直になれば、お互いに良い叔父と甥になれるんだろうけど…。
何となく『良い叔父と甥』の図を想像して、思ったこと。
この二人に当てはめたら、違和感あることこの上ない。
うん。
「そうか、ならば後は清水寺と法住寺を調べるんだな?」
「うん。そのどちらもハズレだったら、他も当たらなきゃいけないけど」
「でも、恐らくその二つの内どちらかが当たりだろうね」
ざっと首尾を報告して。
やっぱり、三人とも私と同じ意見のご様子。
「怪しい人物の目星はつきましたか?」
「いえ、それがまだ…」
弁慶さんの質問に、私は少し曖昧な笑みを浮かべて。
分かり次第報告すると約束すると、その部屋から出て行った。
「何だ?元気ないな」
部屋から出た後に、その足で向かったのは将臣くんの部屋。
そこには、幸いなことに彼しかいなかった。
軽くため息をつくと同時に、話がある、と切り出す。
「元気はあるんだけどね」
「疲れてるなら、ちゃんと休めよ?」
「分かってるよ。大丈夫、ご飯食べたら休むから」
少しの間、差しさわりのない話をした。
平家のこと。
九郎さんたちのこと。
そんな風に簡単な話をして。
ある人物の話が出たとき、私はやっと話を切り出した。
「将臣くんが追ってるのって、その平惟盛だよね?」
私の質問に、将臣くんが一瞬目を見開いた。
でもすぐに、笑みを浮かべる。
「もうそんなところまで調べたんだな」
と…。
「あのさ、将臣くんは知ってたの?惟盛がどうやって、怨霊を強くしているか」
他の…京にいる怨霊を喰らわせて、強くしてるって知ってたの?
知っていて…それで…何とも思ってなかった?
「呪詛のことか?」
「それ以外は?」
「いや、知らねぇな。は知ってるのか?他に何かあるって」
将臣くんは眉を軽くひそめて。
どうやら、本当に知らないようだ。
そのことに少しホッと胸を撫で下ろす。
「惟盛は、その怨霊に…他の怨霊を喰らわせてるわ…」
「―――…っ!」
将臣くんがあきらかに動揺したのが見て取れた。
『あいつが…』
そう呟き、唇をかみ締めた。
「どうしても聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと?」
「うん…」
それを聞かなきゃ…私は…平家憎んでしまう。
惟盛のやったことを、私は許せない。
怨霊にも魂が存在して…心があるのに…。
さっき、弁慶さんたちに犯人のことを話さなかったのは、知っていたから。
平家には惟盛のような人だけじゃない、将臣くんや知盛のような人がいるのを、私は知っていたから…。
だから、感情的になっているときに話すんじゃなくて、落ち着いて確認してから話そうと思った。
あの時話していたら、私はきっと…まるで平家全ての人を憎いと、そう言ってしまっただろうから…。
『平家全てが憎い』そんな風に、言いたくなかった。
「平家にとって怨霊は…道具?それとも…仲間?」
私の問いに、将臣くんがピクッと反応した。
暫く、私と彼の視線がぶつかる。
「お前は平家をどう思ってる…?」
「どうって…」
「怨霊を使っている、酷い奴らだって思ってるか?」
将臣くんは、寂しそうに微笑んで。
怨霊を使ってる酷い奴ら…。
そう思うかと聞かれれば、私には…
「否定も肯定も出来ない」
「どういう意味だよ?」
「確かに怨霊を使っているのは事実で。上辺だけ見れば酷い人たちになるんだと思う」
少しだけ、彼は悲しそうな顔をした。
やっぱり、と言った顔。
「でも、私は平家の中にも、怨霊の気持ちを考えてる人がいるって思ってる」
「怨霊の気持ち?」
「怨霊のことを考えて…道具としてじゃなくて、仲間としてみてる人もいるって、信じてるから」
『たとえ怨霊であっても、仲間なら一緒に戦って当たり前でしょ?』
と私が微笑んだら、将臣くんは一瞬驚きの表情をした。
でも、今度は笑いを堪えるように、喉の奥で笑った。
「え…?何か変なこと言った?」
「、お前本当に変な奴だな」
『普通の奴は、そんな風に考えないぜ?』と本格的に笑って。
全く、失礼な人だこと!
私は普通じゃないって言いたいんですかね。
「そうだな…お前は俺をどっちの人間だと思う?」
「道具だと思ってるのか、仲間だと思ってるのかってこと?」
「ああ」
将臣くんがどっちの人間と聞かれれば、当然答えは決まってるわけでして。
「そりゃ、仲間だと思ってる方でしょ?」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって経正さんも、他に何人もの人が怨霊でしょ?」
経正さんが討たれたことは知っていた。
そして、怨霊として甦った事も。
「それに、惟盛も。仲間だと思ってなかったら、止めになんてこないでしょ?」
何処で何をしていようと、ましてや封印されようとも、放っておけばいいんだもの。
惟盛の勝手な行動を止めに来たのは、惟盛のことを心配した気持ちがあるんだと思うから。
「そうだな…。俺は少なくとも、怨霊だからって考え方はしてないつもりだぜ」
全員が全員、人の姿を保てているわけじゃないから、だから多少の抵抗はあるのかもしれない。
全員を仲間だと思ってるか、と言われれば全面的に肯定は出来ないのかもしれない。
でも…きっと彼は、生きていようが怨霊になってようが、平家は皆、仲間だと思ってるんじゃないかって…そう思う。
「よかった。将臣くんが道具だって答えなくて」
「何でだよ?」
「言ったら、張り倒してやろうかと思ってたから」
にっこりと笑みを向けたら、彼は一瞬目を見開いて。
そして直ぐに、盛大にため息をついた。
「ったく…。よかったはこっちの台詞だぜ」
『お前に殴られたら、命が無いからな』
と苦笑したけれど。
将臣くん?それは一体どういう意味かしらね〜?(怒)
あなたは、私を一体なんだと思ってるんですか?
「将臣くん?」
相変わらずの笑みを浮かべ、だけれどコメカミには青筋を立てて。
「悪い悪い、冗談だって」
悪びれた様子もなく、笑う将臣くんに怒る気も失せた。
っていうか、怒ってる方が馬鹿みたいに思えてくる。
「いいよ別に。この怒りは惟盛のためにとっておくから」
私が怒りたいのは、将臣くんにじゃないもの。
平惟盛…私はきっと、彼を許す事は出来ないような気がする。
あの記憶を見てしまったから…。
『助けてあげられなくて…ごめんね…』
ただそっと、そう心の中で呟くしかできなかった―――…
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あとがき
無駄に長い…。
一週間も書かないと、こうも駄目になるものなのかと反省中です。
しかも言ってることが、支離滅裂というね。
救いようの無い作品になってしまいましたヨ…。
というか、何でこんなに暗くなってしまうのかが不思議…。
いや、書いてるのは私でけれども(汗)
あ、ちなみに桜花精は封印されてないというか、望美たちに会ってないってことで(苦笑)