願い事、いつか話すって約束だったよね?
ちゃんと守るよ。
その約束。
でも…願い事は…
少し違うけれど―――…
長くもかなと
「はい、これに着替えて」
私は知盛へドサッと着物を手渡す。
知盛はそれを、嫌がるわけでもなければ、お礼を言う事もなく受け取った。
「ほら、早くしないと風邪ひくよ?それに皆帰ってきちゃうから急いで」
そう言って、知盛を部屋へと押し込める。
何故風邪をひくかと言いますと。
私たちは時空の狭間から抜け出して、ちゃんと京に戻ってきた。
だけれど…
落ちた先が、神泉苑の池だったのよねぇ。
『龍神に深く関わっている場所っていうのは知ってたけど…何も池に落とさなくても』
と内心ため息をついてしまう。
まぁ、そのおかげで怪我はしなかったけどね。
『どうやら、無事に戻ってこれたみたいだな』
最初に会ったのは、将臣くんで。
偶然、神泉苑にいたらしい。
だから、最初に会ったっていうよりは、居合わせたって言うほうが正しいかもしれない。
『お前らが消えたって聞いた時は、驚いたけど。ま、無事で何よりだな』
その言葉は、私達が元の時空に戻ってきた事を示していて。
他の時空に飛ばされたらどうしよう?と不安に思っていたけれど、安心した。
『いた!!』
呼び声と共に、駆け寄ってきたのは…男の人。
見たこともない人で…またまた綺麗どころが一人増えたか?と思ったけれど、すぐにそれが誰だかわかった。
この神秘的な雰囲気は…間違いなく白龍のもの。
『力を取り戻したの?』
と聞けば、白龍は頷いて。
でも、まだ完全ではないらしい。
後から追いついてきた皆の話によれば、私達が時空の狭間で流されそうになってるのを感じた白龍が、どうやら力を使ってくれたらしいのよね。
で、気づいたら大人の姿になってたというわけ。
何とも分かりにくい説明だったけれど…
とにかく、龍脈に力がもどりつつあって、五行の力が高まってるのは事実だから。
『あれ?そう言えば、知盛はいっしょじゃないの?』
望美の言葉に、全員がハッとした。
ここにいる全員が、知盛が一緒にいたことを知っているから。
私しかいないことを疑問に思ったんだろう。
その問いに、私は将臣くんと顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
皆が近づいてくる気配を感じて、悪いけれど知盛には気配を悟られないようにして、隠れていただいた。
だって、特に九郎さんが厄介そうだし。
いらぬ騒ぎは起こさないほうがいい。
『置いてきたんですか?』
さらっと、怖い事を口にしたのは弁慶さん。
どうしてそうなりますかね?
私が極悪人みたいじゃないですか!
『まさか、弁慶さんじゃあるまいし』
『なら、何故奴はいないんだ?』
『時空の狭間ではぐれたんですよ。九郎さん』
とりあえず、そういうことにしておいた。
きっとその頃、影から聞いていた知盛は、不服そうな顔をしていたことだろう。
で、その後はとにかく八葉も神子も全員が集まったという事で、早速怪異の話になった。
どうやら話から察するに、将臣くんも目的も本当に一緒だったらしく。
この後も暫くは一緒に行動するらしい。
『この京の全体を把握してる人に、話を聞くのが一番手っ取り早いと思うけどね』
ヒノエくんの提案通り、ここは後白河法皇に話を聞くのが早いという事で。
皆して、法住寺に向かう事になったんだけど…。
『は…』
『見ての通りすごいことになってるから…。景時さんの家で待ってるよ』
自分の格好をほら、と見せれば全員が納得した。
私も知盛と一緒でびしょ濡れだったから。
これで法皇様の前に行くのはどうかと思うし。
『それって、向こうの世界の着物かい?』
私の着ている服を珍しそうにヒノエくんが見る。
『そうだよ』と返事をしつつ。
着ていたのが着物じゃなくて、良かったかもと思ってた。
だって、着物って濡れると半端じゃなく重いし…。
ま、でも荷物として持って帰ってきてた着物も、濡れちゃっているから…荷物としては重くなってるんだけどね。
『風邪を引く前に、早く着替えた方がいいわ』
と朔に言われて。
私は法住寺へと向かう皆と別れた。
『…安心したよ。もう、離れるなよ?姫君』
去り際に言われた言葉に、赤面する。
だって、不意打ちだったんだもの!
耳元での囁きが不意打ちって…っ。
私が何かを言う前に、ささっと去ってしまったから何も言えなかったけど…。
不敵な笑みが、あれほど悔しく感じたのは初めてかもしれない。
「まったく…」
思い出したら、文句の一つつきたくなるもので。
ため息をつきながら、自分も着替え終えて部屋を出れば、そこにはすでに知盛がいた。
「帰るの?」
私が出てくるのを確認すると、すぐに知盛は立ち上がった。
私の問いに、知盛がクッと笑いを漏らす。
「早くしないと、仲間が帰ってくるんだろう…?」
「いや、まぁそうだけど…」
確かにそう言ったのは私だけど…。
でも、いざ別れるとなると…。
「何て顔をしてる…」
「だって…」
私が何かを言いたそうな顔をしていたら、案の定知盛に突っ込まれた。
口にしようとして、言葉を飲み込む。
言ったら馬鹿にされそうだし…それに言ってもいいものかも分からないし…。
「何だ…?」
促すような、不振そうな声。
表情を窺えば、表情も全く同じ色を浮かべていた。
「次に会うのは…戦場なんだなって思って…」
一緒にいる時間は短かったけれど、それでも…敵だと思えなくなるには、十分の時間だった。
次で会うのは戦場。
会ったらお互いに刀を向けて、殺しあわなきゃいけない…。
「俺はお前と戦いたいが、な。戦場で…お前を待っているさ…」
「戦場で、私を待つ…?」
「俺が待つのは源氏じゃない…。俺を楽しませてくれるのは、お前だろう…?」
結局、知盛と戦わなきゃいけないのは変わらないけれど…
それが、辛くないと言ったら嘘になるけど…でも…
あなたが待つと言うなら、きっと…私は赴くんだろうね…。
「待っててよ。ちゃんと行くからさ…。決着を付けに、ね」
私が微笑んだら、知盛は満足そうな笑みを浮かべて。
「次の逢瀬…楽しみに待ってるぜ…?…」
そして、その場を立ち去った。
彼が去った後に、残していった向こうの世界の服を…私はただ、黙って見ていた…。
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「下鴨神社と鳥羽離宮、それに仁和寺ですか…?」
と再会してすぐに、慌しく彼女と別れて法住寺へと向かったオレ達は、そこで怪異の情報を手に入れた。
下鴨神社・鳥羽離宮・仁和寺の三ヵ所で怪異が起きていると。
その怪異を収めるために、法皇は祈祷を上げていた。
「そうじゃ。京の民も皆不安がっておる…。早急に対処せねばなるまい」
その割には、騒ぎを広げないように目撃者に口止めして…。
こんなところに篭りきって、効くか効かないか分からないような祈祷をしてるなんてね。
と少し悪態をつきたくなったが、それは心の中に留めておく。
『ま、何もしていないよりはマシか』
何もしなければ、民は不安がる。
とりあえず気休めではあっても、何もしないよりはいいからね。
「私共が原因を探って参ります」
「おお、さすがは京を預かる源氏の総大将だの。頼りにしておるぞ、九郎」
三ヵ所全てで、何度も怪異が起きているというならば、行けば何か分かる可能性は高い。
怨霊が留まっているのか、それとも何か呪詛が施されているのか…。
「お主…どう思った?」
法皇の御前を去ろうとした際、オレは法皇に呼び止められた。
「何のことでしょう?」
一瞬言われた意味が分からなくて、思わず首を傾げる。
オレを見返す法皇は、真剣そのもので。
だけれど、続きを言うには憚られる、といった表情をしていた。
「そなたの、婚約者のことじゃよ」
「のこと、ですか…」
は、死んだ事になっているから。
源氏から法皇の耳へ入っていても可笑しくない。
婚約者のことを、どう思ってるか?
それは、が死んだ事をどう思ってるかということで。
「今でも信じられませんよ…」
と、曖昧な笑みを浮かべておく。
まぁ、実際は彼女は生きてるのだけれど。
それを今、法皇に悟られるのは困るからね。
「の願いは…叶わなかったというわけじゃな…」
『再び、口に出来る日が来なかったか…』
法皇は寂しそうに目を細めて。
だけれど、オレは驚きを隠せなかった。
「の願い…法皇様はご存知なのですか?」
オレの質問に、法皇も驚いて。
『よもや、お主が知らぬとは…』と…。
どうして、法皇がの願いを知っている?
「あの子は、幸せだったか?熊野の…」
唐突に投げかけられた質問。
が幸せだったか?
それは…
「それは、彼女にしか分からないことですよ。院…」
そう、彼女にしか分からない。
の幸せは、しか知り得ないこと。
人それぞれ、幸せに感じるものは違うから…。
「そう、じゃな…。今となっては、知り得ぬことか…」
「ええ…」
「だが、もし幸せだったのなら…。願いが叶ったという事じゃな…」
幸せなら、願いが叶ったという事?
それは一体どういうことなのか。
「の願いが何だったか、お聞きしてもよろしいですか?」
「お主は、知る権利があるのかもしれんな…」
オレの問いに、少し一瞬だけ考えるような仕草をして。
法皇は、ゆっくりと口を開いた。
そして…
オレの耳に飛び込んできた言葉は、あまりにも意外で…。
驚くべきものだった―――…。
++++++++++++++++++++++++++++++
「ね、何かあったんでしょ?」
私は目の前に座っているヒノエくんに、首をかしげていた。
彼が私のところに来たのは、ついさっき。
一人遅れて帰ってきたから、少し心配だったけれど。
法皇に、何か余計な事言われたんじゃないか?とかね。
「いや、何でもないよ。に会いに来ただけだからね」
「嘘だね。何でもないって顔してないよ」
あのね、いくらなんでもその嘘は、もう通じませんけど?
何かあったかどうかぐらい、分かるだけの時間をもう一緒に過ごしてる。
隠しても無駄ってことですよ。
「言いたいことがあるなら、何でも聞くよ?」
『皆もそうだったし』と続ける。
ヒノエくんが帰ってくる前に、皆から色々言われたのよね。
怒られるし、文句は言われるし。
どっかの誰かには、嫌味を言われるし。
望美と朔には泣かれるし。
敦盛くんと、リズ先生がいつもより何倍も優しく感じたわ…。
だから、ヒノエくんも何かあるなら遠慮なくどうぞって感じよ。
でも、どうやら彼の言いたいことは違ったらしい。
「姫君、一つだけ聞いてもいいかい?」
聞きたいこと?
私に何かあるの?
…って、彼はハッキリ言ってるんだからあるんだろうけど。
「?いいよ。何?」
一体何なんだろう?と思って頷いたけれど。
聞かれたことは、予想外のことだった。
「は今、幸せだと思うかい?」
「え?」
一瞬何を聞かれたか、分からなかった。
だって普段、人にするような質問じゃない気が…。
普通に答えれば、何事も無く終わってたかもしれない。
幸せだと聞かれて、幸せだと答えれば良かったのかも知れない。
でも、その質問の裏に隠された意味に気づいてしまった。
「ヒノエくん…聞いたんだね」
「何をだい?」
「いいよ、隠さなくても。法皇様から私の願い事聞いたんでしょう?」
私に『幸せか?』と聞くなら、それしか考えられないから。
私の願いを唯一知る、法皇様に会ってきたのなら…考えられない事じゃない。
「ああ…そうだよ」
やっぱり、と苦笑を浮かべる。
法皇様が私の願いを知ってるのは…以前、一度だけ口にしたのを聞かれていたから。
それは本当に偶然だったんだけれど。
「本当なのか…?は、自分が幸せな時に―…」
「死んでいきたいと思ってるなんて?」
ヒノエくんの言葉を引き継ぐ形で、続ける。
私を見つめるヒノエくんの瞳が、複雑な色を浮かべた。
悲しみとも怒りとも取れる色。
「本当だよ」
母親に捨てられたと思っていた私は、絶望の淵にいて。
だけれど、政子様の下で再び幸せだと感じた。
でも、同時に…再びその幸せを失った時に訪れる絶望に、恐怖心を抱いていて。
幸せなときに…幸せだと思えるうちに消えたいって…死にたいって思ってた。
「今も…そう願っているのかい?」
「ヒノエくん…今の私が幸せかって聞いたよね。答えは『はい』だよ」
政子様と一緒にいて、幸せだと思ったときには願いは叶わなかった。
そして、恐れていた通りに再び、孤独という絶望を味わって。
今やっと、皆っていう仲間ができて。
あなたに…会えて…。
これって、すごい幸せだよね?
ずっとこのために生きてきた。
願いを叶えようと、必死に生きてきた。
「でもね…私の願いはまだ叶わない」
「どういうことだい?」
幸せな時に、この世からいなくなる…それが私の願いだったというならば…。
幸せだという今、願いが叶うはずだから…。
まだ叶わないと言われれば、当然意味を測りかねるというもの。
「私の願いは、少し変わってるから…」
ヒノエくんは黙って聞いている。
変わってるんだ。私の願い事。
私の中で色々と変わっていって、それもその内の一つだった。
私は微笑むと、ゆっくりと口を開いた。
「君がため、惜しからざりし命さへ…長くもかなと思いけるかな」
にっこりと笑みを浮かべれば、ヒノエくんが驚いたような顔をした。
「これが、今の私の願いだよ」
とは言っても、少し前半部分が違うような気もするけど。
でも、これが今の願い。
『まだ、死ねない…』
福原で傷を負ったときに、思った言葉。
それが今、ハッキリと甦る。
あの時から、すでに変わり始めていたのかもしれない。
気づいていなかっただけで…ね。
「そうか…」
ヒノエくんはそう言うと、いつものあの笑みを浮かべた。
自信たっぷりの余裕そうな笑みを。
「それは、愛の告白だと思っていいんだろ?」
一瞬呆然としたあと、言われたことにハッとする。
「ちょっと、どうしてそうなるの!?」
「今、の口にした和歌の意味。そのままだけど?」
一気に顔の熱が上がるのが分かる。
言っておいて遅いけれど、失敗した…っ。
「嬉しいね、姫君の気持ちが聞けて」
「ちっ…違ーう!!」
「ふふっ。本当に違うのかい?」
グイッと腕を引かれて、更にはふわりと腰に手を回された。
至近距離にあるヒノエくんの顔は、明らかに面白がっていて。
「残念だね…」
と、突然悲しそうな表情をされたら、自分が悪者のような気がしてきてしまう。
う…っ…その顔は反則でしょ…(泣)
「いや、あの、違うってわけじゃないけど…。でも違わないとも言えないような…」
しどろもどろ、返答に困っていたら、ヒノエくんはくすくすと笑い出した。
ちょっと…失礼じゃなくて?(怒)
「ヒノエくん…?」
ちょっというか、かなりだけど殺気を込めて睨んでやる。
でも、彼自身は悪びれた様子もなくて。
突然スッと、私の左耳辺りの髪を手で梳くって。
何事かと思っていたら
「お前はオレだけの姫君、だろ…?」
唇が耳に当たるくらいの距離で、囁かれて。
私の顔を覗きこんだヒノエくんの、あの明らかに面白がってる笑みを見て。
絶対いつか泣かせてやる、と心に決めた瞬間だった。
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あとがき
なんか、大分最初の方がはしょりまくってありますが(汗)あんまり気にしないで下さい…っ(土下座)
しかも…なんかさん、最後怖い事言ってますよ?
ヒノエを泣かせるですって!私は逆に泣かされそうな気がするので…できませんが(笑)
和歌の意味ですが『あなたとお会いするためなら、たとえ捨てても、けして惜しくない命だと思っていました。でも、こうしてあなたと会うことができた今は違います。あなたともっとお会いするために、いつまでも生きていたいとそう思うのです』
って感じですね。
中学国語便覧って役に立ちますね〜。
めちゃくちゃ愛の告白!
ちなみに、さんは『幸せな時に死ぬ』ではなくて『幸せな時を生きる』という意味で言ったってことで。