知盛の殺気に空気が揺れて
周りの兵も動けずにいて…
逃げようと思えば逃げられるのに…
そうしないのは、もしかしたら…
私もあなたと同じなのかもしれないね―――…
戦いの中で
ドクンッ…ドクンッ…
心臓の鼓動が大きくなっていって、頬を冷や汗が一筋伝った。
全身の神経が筋肉が緊張しているのが分かる。
知盛の殺気は…まるで血に飢えた猛獣を前にしているかのようで。
一瞬でも気を緩めれば、食い殺される…そんな気さえした。
『落ち着け…』
私はギリッと刀を握る手に力を入れた。
知盛は確かに強い…
でも…負けてなんていられない。
「俺を、楽しませてくれよ…」
知盛と私が地を蹴ったのは同時だった。
ガキィッ
と刀のぶつかり合う音が響き、一瞬の競り合いの後、お互い同時に後ろへ弾かれる。
一瞬早く知盛が体勢を立て直し、右手の刀を振り下ろした。
目の前に振り下ろされる刀が迫る。
「チィッ…」
舌打ちしながらも、その刀を左手で握った自身の刀で受けて。
ほぼ同時に、右手で左腰から鞘を引き抜く。
ガッ
鈍い音がして、知盛が一瞬…ほんの少しだけ目を見開いた。
横へ薙ぎ払うように仕掛けられた知盛の左手の刀は、見事に私の鞘に食い込んでいて。
「やはり…いい反応をするな…」
知盛はニヤリと楽しそうに…笑みを浮かべた。
ギリギリと刀を押し返されて…
それでも、私は笑みを返した。
「悪いけど、なめないでくれる?」
言うと同時に後ろへと飛び退る。
知盛の刀が反発していた力が無くなったために、地面へと突き刺さった。
私はすぐさま知盛へと斬りかかる。
左から斜めに振り下ろした刀は、知盛の肩を掠めた。
「剣筋も悪くは無い…」
知盛は自分の右腕に伝う血を見ながら言った。
でもその言葉はどこか、何かを確認しているように感じた。
知盛から距離をとって、その様子を訝しげに見る。
「だが、まだまだ…だな」
視線を私に戻し、知盛が目を細めた。
まだまだ…?
一体何が…?何を言いたいの?
私が睨むと、知盛はクッと喉の奥で笑った。
「あの時のお前は…今とは比べ物にならなかったな…」
「何ですって…?」
その言葉にピクッと反応し、さらに殺気をこめて睨む。
それでも、知盛は全く気にした様子もなく。
「早く、本気になれよ…」
そして、スッと私へ切先を向けた。
本気になれよって…それは私が本気になってないとでも、言いたいんですかね?
と心の中で文句を言ってみる。
「悪いけど。本気じゃなかったらとっくにあなたに殺されてるわ」
自分は本気をだしているっていうのに、他の人に『本気になれよ』とか言われたら…
そりゃ誰だって腹が立つというもので。
戦いの最中に、こんな会話をすること自体可笑しいのは分かってるけど、言い返したくなる。
「嘘だな…」
ふっと知盛の影が動き、再び金属のぶつかる音がした。
交わる刀の向こう側に、知盛の挑発するような視線があった。
「嘘じゃないわ…。これが今の私の本気だもの…」
「クッ…今の私か。なら、昔のお前はどうなんだ?」
言葉の揚げ足をとられたようで、一瞬ムカッとくる。
そして、同時に少し悲しいような、情けないような気持ちが込み上げる。
必要とされるのは、いつも昔の私なんだ…。
誰も今の私を必要としてくれない。
政子様も自分に忠実な…自分の人形である私を必要としていて。
周りの人も、政子様に忠実な…源氏のために働く私を必要としていた…。
「知盛もそうなんだ…」
思わずポツリと言葉がこぼれた。
浮かべた笑みは自嘲的な笑い。
知盛が戦いたいのは、何も考えずに、ただ殺す事だけを考えている私で。
知盛に必要とされたかったわけじゃないけれど…
―――…馬鹿みたい
「今のままの私が相手じゃ不満ってこと?」
「ああ、物足りないな…」
「知盛に勝てるって言っても?」
「今のお前には無理だな…」
無理…、その言葉に胸が締め付けられる思いがした。
知盛が言ってるのは、私が知盛に勝つのは無理だってことなのに…
それでも、まるで今の私じゃ何も出来ないと言われてるみたいに思えてきて。
ギリッと唇をかみ締める。
「俺が戦いたいのは、今のお前ではない…」
その台詞は止めに近かった。
知盛の表情は落胆にも近い色を見せていて。
その瞳は完全に私を必要ないと言っていた…。
「そっか…」
少しだけ目を伏せて、交わる刀へと視線を戻すことなく、知盛の刀をググッと押し返す。
途端に、知盛が刀へ加える力が強まったのが分かった。
それでも、私は気にすることなく力を込める。
知盛が二刀で押さえ込んでいるのにも関わらずに、だんだんと刀が押し返されていく。
ふと、ほんの少しだけ知盛の抵抗する力が弱まる。
そして、その次の瞬間だった…。
ドス…ッ
鈍い音がして、知盛の二刀の内一刀が私の右肩を正確に貫いていた。
刀は見事に貫通していて、後ろにも前にも血が広がっていく。
でも、私は至極冷静で…。
ガッと肩に刺さる刀を素手で掴んだ。
そしてゆっくりと視線を知盛へと向ける。
刀を掴んだ片手から血が滲みでてくる。
あなたが必要としているのは…あの時に見せた私なんでしょう?
福原で…見せた私と戦いたい。
あなたはそう言ったけれど…
「…仲間もろとも…死にたいの?」
あなたに明日は来ないよ…?
++++++++++++++++++++++++++++
「早く、本気になれよ…」
いつまでそうやって、出し惜しみをするつもりだ?
本当のお前はこんなものではないはずだろう?
「悪いけど。本気じゃなかったらとっくにあなたに殺されてるわ」
「嘘だな…」
俺が仕掛けた二刀を、自身の刀で受け止めて。
交わる刀の向こうに、真剣瞳があった。
その瞳は嘘偽りなど何もなかった。
「嘘じゃないわ…。これが今の私の本気だもの…」
「クッ…今の私か。なら、昔のお前はどうなんだ?」
その目からして…今のお前の本気はこれで偽りは無いのかもしれないな…。
だが、お前は今、自分で口にした。
今の本気がこれならば…昔の本気はどうなんだ?
あれこそが、お前の本当の実力だろう?
「知盛もそうなんだ…」
自嘲気味に笑って突如呟いた言葉。
俺はその言葉の意味が分からなかったが…
この女の表情はどこか悲しそうな色を浮かべていた。
まあ、俺にはどうでもいいことだかな…。
「今のままの私が相手じゃ不満ってこと?」
「ああ、物足りないな…」
物足りないさ…。
俺の血を沸き立てるようなお前を…俺に見せてくれないのだからな…。
あの姿を知った俺には、今のお前は…物足りない。
「知盛に勝てるって言っても?」
「今のお前には無理だな…」
勝てる?今のままで俺に勝つつもりか?
確かにいい反応はする。
そこらの兵士では相手にならないだろうが、な…。
だが、俺はそこらの兵士じゃないぜ…?
「俺が戦いたいのは、今のお前ではない…」
俺が戦いたいのは…あの時のお前だ…。
福原で見せた…あの禍々しい殺気を放つ…。
「そっか…」
何かを諦めたかのような声色とは逆に、刀へと力が込められたのが分かった。
ググッと俺の刀を押し返す力は、さっきとは明らかに違った。
不審に思って俺が力をさらに加えても、少しずつ俺の刀を押し返してくる。
瞬時に、一刀を女の肩めがけて突き出す。
鈍い、突き刺さる音がして、刀が女の肩を貫いていた。
『どうして避けない…?』
いくらでも避けられたはずだ、と不審に思う。
それどころか…刺されても気にしていない…?
突如、突き刺さった刀を女は素手で掴んだ。
振りほどこうと刀を引くが、それをこの女が許さない。
掌から血が滲み出てきていたが…それすら気にしていないように見えた。
俺を見返した瞳が、だんだんと色を失っていくようだった。
「…仲間もろとも…死にたいの?」
同時に放たれた殺気に、全身が総毛立つ。
そうだ…俺はこれを待っていた…。
今度こそ、俺を楽しませてくれるんだろう…?
肩に刺さった刀を女は引き抜くと、グイッとそのまま引く。
交えていた刀もバランスを崩し、女が俺の懐へと飛び込む形になる。
俺の右肩を貫かんと繰り出された刀を、身を屈める事で避け、同時に後ろへと飛び退り距離をとる。
掴まれた刀が、女の手から引き抜かれた。
「知盛様!お下がりください!」
暫く、この女の殺気で動けずにいた兵が俺と女の間に入り込む。
だがこの女は周りを取り囲まれてもなお、顔色一つ変えなかった。
女に刀を向ける兵の手は震えていた…。
誰が飛び掛るわけでもなく、ただ沈黙だけが流れる。
俺も、黙って様子を見ていた。
この女がどう動くか、をな…。
「敵襲ー!!」
沈黙を破ったのは、危険を知らせる叫び声。
辺りが一気に喧騒に包まれる。
「ちくしょう…っ。こんな女一人に構ってる時間なんかねぇ!」
「そうだ!かかれ!!」
「女一人に何が出来るってんだ!!」
源氏に攻められて、いつこの神社前に来るか分からぬ状態。
兵達が焦りの色を浮かべ、女へと一斉に飛び掛る。
しかし、女はまるで嘲るように右へ左へと攻撃を避けて。
相手にならぬと言わんばかりに、一発で急所を突いていく。
やはり…俺とお前は同類だな…。
だが…一つ違うところがある、な…。
宴は楽しむものだぜ…?…。
女の周りには、兵が倒れていて。
立っている者など一人もいなかった。
「一人も殺さなかったのか…」
俺の言葉に、立ち尽くしていた女が視線を向けた。
その目には、どこかまだ微かに迷いの色が浮かんでいた。
「本当のお前に戻る事に…躊躇う必要などないだろう?」
++++++++++++++++++++++++++++++++
「本当のお前に戻る事に…躊躇う必要などないだろう?」
飛び掛る兵士を全て片付け、立ち尽くす私にかけられた言葉。
知盛は『一人も殺さなかったのか…』とつまらぬと言わんばかりに言った。
でも…
何かが違う、そう私の中で誰かが言っていて、だから一人も殺せなかった…。
「本当の私…」
本当の私って何…?
昔の私?今の私?
どっちが本当の私なの…?
「そうだ…。俺と同じように、戦いの中でしか生きていると…存在を実感できないお前にな…」
戦いの中でしか、存在を実感できない…。
それはつまり…昔の私が、本当の私…?
『こそ間違えるなよ?現在も過去も、全てひっくるめて自分だってことをね』
不意に甦った言葉は、いつかヒノエくんが私に言ってくれた言葉だった。
ヒノエくんが好きになったのは昔の私だ、と言った私に…それは違うと言ってくれて。
昔があるから今があると…そう教えてくれた。
『俺にはが必要だよ』
自分は必要ないんじゃないかって悩んだ私に、ヒノエくんはそう言ってくれて。
彼だけじゃない、九郎さん達もみんな…
みんなが私を必要だと言ってくれた…。
昔の私じゃない、今の私じゃない。
『私』を必要だと言ってくれたから…。
なら…私は…本当の私は…。
「どういうつもりだ…?」
顔を上げて真っ直ぐと知盛を見返した私に、彼は訝しげな表情をした。
禍々しい殺気を放つのを止めて、一体どういうつもりだ?と聞いているんだろうけど。
「あなたのおかげで思い出せたわ」
「何をだ…?」
「昔の私も今の私も、どっちも本当の私じゃないってこと」
知盛は眉を潜めて、一体何が言いたい?といった顔をした。
ま、確かにすぐには意味分からないと思うけどね。
「昔があるから今がある。そう言えば分かるかしら?」
昔も今も…その両方を背負っているのが本当の私。
どちらかだけじゃ、本物なんかじゃない。
「戯言だな…」
「私はそうは思わないけどね。悪いけど…あなたの求めてる私はもういない」
「お前の中に…眠っているだろう?」
「呼び覚ますつもりは無いわ。あなたには…私自身を認めさせてあげる」
ゆっくりと刀を知盛へと向ける。
そして…
私の中で…何かが変わろうとしていた―――…。
BACK /TOP /NEXT
------------------------------------------------------------
あとがき
もう少しだけ知盛と戦ってください、さん!
さんなら大丈夫!(無責任)
にしても、やっぱり戦闘シーンは難しい…。
動きを文字にしようと思うと、言葉が出てこないです…。
それに、最近このヒロイン…自分で書いてて恐ろしくなっているという(苦笑)
ちなみに、今回…自分で痛い痛い!と叫びながら書いてました。
恐らくお隣の住人さんは、私を変人にランクインしているのではなかろうかと。