私はこの『力』が嫌だった
この世界に来てから現れた力
この力があるから、必要とされた…
この力があるから、必要とされなかった…
どちらも経験していたから…
だから、好きにも嫌いにもなれなかったの―――…
力
「ある一行と行動なさい」
私の主にあたる、政子様に命じられたのは数日前。
彼女の言う、ある一行とは九郎さんたちのことだった。
久しぶりにあう彼は一体どんな顔をするのだろうか?
『京へ参るのならば、迎えをよこす』
私が彼らに合流することを書状で伝えた際、同じように九郎さんからも書状でそう返事が来た。
昔からどこか彼は心配性で。
それは私がまだ幼かったからかもしれないけれど、本当の妹のように接してくれた。
今でも心配してくれるのは変わらないけどね。
でも私はもう、一人で旅が出来ないほどこの世界のことを知らないわけでもないし。
ましてや、力がないわけではなかった。
だから嬉しかったが、その申し出は断ったんだけど…
遅かった…。
「おはようございます、さん」
鎌倉の屋敷を出立しようとした朝。
それも早朝、辺りはまだ暗いというのに、すでにそこには人がいた。
にっこり笑っているその人物は、周りから見れば好青年そのものだろう。
でも、私はこの人…弁慶さんが苦手だった。
政子様とは違った意味でだけど。
「おはようございます…」
ほぼ条件反射で挨拶を返したが、頭は混乱していた。
私は、迎えを断ったはずですよね?
なら、何でこの人がここにいるのでしょうか…?
「本当は、九郎自ら来ると言い張ったのですが…彼も色々と準備がありまして」
代わりに僕が、と相変わらずの笑みで言っているけれど…。
弁慶さんだって忙しいはずだと思うんですけど?
「あの…弁慶さんは頼朝様に用があるんですよね?」
そのために訪れたのだと、そう言って欲しかった。
だって、彼と京まで一緒に旅をしたら…。
またどんな探りを入れられるのか…っ(汗)
「いいえ?さんを迎えに来たんですよ。それとも…僕ではご不満ですか?」
変わらぬ笑みをたたえたままですけど…目が笑ってませんよ?
こ、怖い…っ。
「いいえっ。滅相もございません」
慌てて首を振って否定すれば、再びにっこりと彼は笑った。
後で仕打ちがあるかもしれないけど、とにかくこの場は切り抜けられたと安心する。
「そうですか、それならいいんです。それでは行きましょうか」
弁慶さんが自身の馬に跨ったので、私もそれに倣って自らも自分の馬へと跨る。
「上手くなりましたね」
「弁慶さんが教えてくれたからですよ」
そう、私に馬を教えたのは他ならぬ弁慶さん。
この人、見かけによらずスパルタタイプだったのよね…。
何度殺されかけたことか…。
それどころか、出会ったばかりの彼は今みたいに優しくはなかった。
荒法師だったというだけあって、それなりに性格は曲がっていたんだよねぇ…。
「馬にすら乗れないとは…話にならないな」
言葉遣いだって、今みたいな丁寧なものじゃなかったし…。
だから、その時のイメージが強すぎて、今でもどうも苦手意識が抜けない。
そして…九郎さんと弁慶さんの二人だけは、私が異世界から来たことを知っている。
それは弁慶さんが、博識だったことに関係しているのだけれど…。
「昔…九郎さんと争っていたんですね…」
思わず言ってしまったこの一言で、彼らに全てを話さなくてはならなくなった。
馬から落ちた時に、私は彼に受け止められた。
その拍子に見えてしまったのだ。
彼の記憶が。
彼がしてきた事が…。
そういうことは、その時までもたびたびあった。
人の記憶が見える。
その時は、どうしてだか分からなかったけれど…。
「何故それを知ってる?」
そう言った弁慶さんはとても怖かった。
その時の彼は、普段から怖い人だと思っていたけど…さらに輪をかけて怖かったことは今でも忘れないわ。
だけれど、意外な面も発見した。
それは、彼が意外と博識だったということ。
「記憶を見る力…考えられるのは、応龍の神子の可能性だが…」
彼曰く、応龍というのは京を守護している神様で。
白龍と黒龍が合わさったものらしいのよね。
そして、その応龍の神子っていうのは、応龍が再び生じる時に、異世界から来るという人。
「だが、が異世界から来ていたらの話だろう?第一ただの言い伝えではないのか?」
九郎さんが、にわかにも信じられないのは当然というもの。
だけれど、この二人は少なくとも私の力は信じてくれた。
といっても、何度か二人の記憶を読まされたけど…。
「そう言えば…の出生地はどこなのか、兄上も知らないとおっしゃっていたな」
「政子様も知らないと言っていたが…」
二人の視線が私に向いた。
これは…言えということですか?
とはいっても…九郎さんも弁慶さんも、私が政子様に拾われたことを知っているし…。
上手く誤魔化そうとしても、きっと嘘だと気付かれるだろう。
だって、私は鎌倉しか知らないもの…。
政子様と出会ったあの森が、どこにあるのかさえも知らない…。
だけど…
信じてもらえるだろうか?
この突拍子もない話を…。
私がこの世界に来る事になった経緯を…。
「私が生まれたのは…」
そう意を決して切り出した私の話に、彼らはこれでもかっていうくらい驚いていた。
信じてもらえなくてもいい…
とにかく話すだけ話そうと、そう思って話したのだが…
「なるほどな…にわかには信じがたいが、かといって完全に否定できるものでもない…」
「が応龍の神子だという可能性も、無いわけではないのか…」
彼らは頭から否定する気はないようだった。
それ以来、彼らとの距離が少しだが縮まっていったのも事実。
今では話してよかったと、そう思っている。
「もうすぐ京ですね」
「はい…」
来てしまいましたよ、京に。
自分で行くと決めておいてなんだけれど…少し戸惑われるのも本音。
間違いなく私が彼らに合流することは、政子さまに何らかの意図がある。
だから、私が合流すれば彼らにも多少なりとも迷惑がかかるのだから…。
「さん、皆と合流する前に一つ聞いておきたいことがあります」
「聞いておきたいこと…?」
聞き返しはしたのだが…なんとなくは分かっている。
私が感じていることを、彼が感づかないはずがないのだから。
あまりにも鋭すぎる人…。
これも私が彼を苦手とする理由。
「今回のこと…政子様に何か命を受けているのですか?」
聞かれて当然だ。
九郎さんは兄である頼朝を信頼しきっているから…今回のことも深く考えてはいないのかもしれない。
でも、弁慶さんは違う。
彼は…
彼が信頼しているのは、九郎さんであって、頼朝でも政子様でもない…。
彼は頼朝と政子様を警戒している…。
弁慶さんも気付いているんだね…この二人はおかしいっていうことに。
「いいえ…、特には何も。ですが私が合流することを命じたのは政子様ですから、何かしらの意図はあると思います」
隠す必要などない。
隠したって無駄だということを私は分かっているから。
それに、私はもしもの時には…政子様を止めたいと思っているから…。
だから、そのためには主を裏切ることもいとわない。
「素直に言ってしまっていいのですか?」
「もちろん。私も、今の政子様に恩はあれど、好意は持ってませんので…」
弁慶さんは、暫く私の顔を見つめていたが、一つため息をついた。
「そうですか…。本当に君は不思議な人ですね」
私からしたら、あなたの方が十分不思議な人ですけど…。
昔と今、何処をどうしたらそんなに変われるのかしら?
私は…未だに昔にとらわれたままだというのに。
「それと気をつけて欲しいことが二つあるのですが。いいですか?」
「はい?」
真剣な面持ちで話す彼からは、一つは予想できていた言葉が出てきた。
「必要なとき以外は、記憶を読まないように気をつけて下さいね?」
これは、前にも言われたことがある。
記憶を読めるということは、それなりに利用価値があるらしい。
だから、その力がバレでもしたら…その力を狙う者が出てくるというわけだ。
まぁ、その利用価値がどんなものなのか、私自身はよく分からないんだけどね。
この力を知っているのは、頼朝と政子様、九郎さん、弁慶さんの4人。
力が現れたばかりの頃は、制御ができなくて…屋敷にいた兵も知っていた。
だから兵たちは私を恐れ、避けた…。
確かに自分の記憶を覗かれるのだから、気持ちのいいものではないだろう。
それを理解していたから、彼らの冷たい視線にも耐えた。
だが、それでも今は彼らはいない。
その秘密を知っていた兵は…戦で皆死んでしまったから…。
だから知っているのはこの4人だけというわけ。
九郎さんと弁慶さんの二人は、力を制御して操れるように特訓してくれたのよね。
今でもすごく感謝してる。
「分かっています。大丈夫ですよ。むやみには使いません」
そう微笑んで見せたら、弁慶さんも笑ってくれた。
が、次の瞬間には額を軽く片手で押さえていた。
どうしたんだろうと思ったけれど…
彼の口からでた、二つ目の気をつけることというのは…予想外のものだった。
「それと、次の方が問題なのですが…。くれぐれもヒノエ…緋色の髪の少年には気をつけて下さいね?」
ヒノエ…?
それは一体誰なのだろう?と思ったけど、気をつけろと言われたのだから…気をつけるとしよう。
緋色の髪なんて珍しいから、すぐに分かるだろうし。
いざとなれば、近づかないっていう手もあるからね。
でも、気をつけろって…どういう意味…?
「ここから、五条の前を通って屋敷に向かいますね」
京に着いた私の目の前には、昔の京都そのままの光景が広がっていた。
そりゃ所々、細かいところは違っているけれど…。
碁盤の目状に整備された土地。
古い建物の数々。
そうだなぁ、大きな違いっていったら…
「これよね」
五条大橋一歩手前辺りを通りかかったとき、突然叫び声が聞こえた。
逃げ惑う人々の悲鳴…。
そしてそれに混じって、耳を劈くような声…。
―――オオオオンッ
怨霊の声だ…。
この世で死んだ人の魂を元に生まれる怨霊。
嘆きや悲しみが形となった怨霊は…この世界では珍しくない。
そして、今では平家が怨霊を作り出している始末…。
そう、言うなればこの世界には今、怨霊が溢れかえっているのだ。
「さん?」
突然馬を降りた私に、不思議そうな弁慶さんの声がかかる。
そうか…彼は知らないのよね。
「少しだけ、待っててください」
腰にある剣を引き抜くと、私はその怨霊へと歩を進めた。
鬼のようにも見える怨霊。
どう見ても異形のものにしか見えないのだが…
それでも…彼らにだって…。
「少し、痛い思いをさせるけど…我慢してね…?」
怨霊は人を襲う…。
それが怨霊の本能だから。
私が近づけば、当然襲い掛かってくるのだが…それでも私は歩を止めない。
その怨霊が腕を一振りした。
尖った鍵爪のような爪。
当たれば間違いなく、お陀仏だろう…。
だけれど、その攻撃が私に届くことはなかった。
その爪が届く刹那、私は怨霊の懐に飛び込み、そしてその腕を切り落としていた。
怨霊が苦しみの声をあげ、悶えている…。
その隙に私はその怨霊の頭へと手を当てた。
「あなたの記憶を…見せてもらうね」
私は目を閉じて意識を集中し、必死に探した…
この怨霊が…人から怨霊へと変わった瞬間の記憶を…。
まだ、誰にも知られていない私の…もう一つの能力…。
それは…
「見つけたっ…」
この人は…最近亡くなったばかりの人だ…。
戦で恋人を失って…悲しみのあまり自分で命を絶ってしまった女の人…。
でも、あなたは会いたかっただけでしょう?
自分を置いて先に逝ってしまった恋人に…。
だけれど…怨霊になってしまった…
会いたいという気持ちが…彼女を怨霊にしてしまった…。
「怨霊のままだと、いつまでも彼には会えないよ…?だから思い出して?怨霊になる前の自分を。私が手伝うから…」
その怨霊は泣いていた。
私の声に反応するかのように、ただジッと涙を流していた…。
思い出してきたんだね。
以前の自分の姿を…。
今なら…戻れるよね…?
「天に巡りし白き龍…地に響きし黒き龍…」
私は静かに言霊を口にした。
怨霊に初めて出会った日の夜、私の前に現れた応龍が私に教えた言霊…。
彼らは応龍としての力を失う前に…私にこれを伝えにきた。
「時空遡りて、これを無に帰せ…」
全てを唱え終わったとき、怨霊の姿は優しい女の人の姿へと戻って…そして消え去った…。
ただ、
「ありがとう」
の一言を残して…。
「まさか、さんが封印を行えたとは…」
驚きを隠せない弁慶さんの表情。
「黙っていてすみませんでした…」
別にわざと隠していたわけではないんですけど。
言う必要もないかなと…。
それに、これは少し封印とは違うから。
「詳しい説明は、皆さんと合流した後にします」
そう言って、とりあえずはその場を切り抜ける。
だって、話し始めたら弁慶さんの場合根掘り葉掘り聞いてくるから。
時間がかかってしょうがないし…。
だから立ち話もなんなので、屋敷で皆にも一緒に話したほうが効率がいいというものである。
「!」
屋敷に着けば、門のところには右往左往している九郎さんの姿。
どうやら待っていてくれたみたいだけど…失礼ながらその様子に、思わず笑いが込み上げてきた。
九郎さんは私達の姿を見つけると大きく名前を呼んだ。
って…そんなに大声で呼ばなくても聞こえるって。
「九郎さん!久しぶり!!」
だけれど、彼のそういうところは好きだし。
昔からそうなんだから気にしないけどね。
だから思わず、私も負けじと叫んでしまう。
思いっきりガバッと抱きついたら、案の定真っ赤になってしまった。
「相変わらず、照れるとすぐに真っ赤になるよね」
ってからかったら、再会早々拳骨をくらってしまったけれど。(いや、軽くだよ。軽く)
とりあえずは、神子様ご一行と合流できたから、よしとしましょうか。
異世界から来たという少女。
彼女は一体どういう人なのだろう?
それに八葉と呼ばれる人たちと、黒龍の神子…。
私は彼らに受け入れられるのか…
それとも拒絶されるのか。
私の中には期待と…
…不安が渦巻いていた―――…
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あとがき
修正後第2話でございます。
言霊…なんともリズムの悪い(汗)
しかも、原作のを元にしてるのバレバレですね(汗)
そのくせに…言いにくい・分かりにくい・長いの3拍子がそろっております。
さて…この連載…原作沿いにしようかどうか…実は迷い中。