『仮病』
それは、病気のようなフリをすること。

って…

そんなの使うのって…
小学生までだと思うんですけど?





病名は






さん、次はあちらをお願いできますか?」
「あ、はーい!分かりました」

弁慶さんの呼びかけに、顔だけ向けて返事をしたはいいけれど。
な…何これ!?
ものすごく忙しいんですが!?


さん、今日は僕の鍛錬に付き合っていただけませんか?』


って、今朝弁慶さんに誘われて。
もちろん、特にやることも無かったからOKしたんだけど。
鍛錬って言うからには、剣の修行とかそういうものだと思ってた。
でも…こういう意味だったんですね…。

片手には水の張ってある桶。
もう片手には白い布を持って。
居場所はただ今、五条大橋にある小さな小屋。

どうしてそんなところにいるかって言いますと。
五条大橋には、弁慶さんが開いてる診療所(?)みたいなものがあるのよね。
で、今日私は手伝いをしてるってわけ。

そして私は、弁慶さんに言われた通りに一人の男の人の前に行って。
膝をついて、笑顔で声をかけた。

「じゃあ、ちょっと失礼しますね。腕見せていただけますか?」
「え、でも…こんな見苦しいものを…」
「大丈夫ですよ。全然見苦しくなんて無いですし。早く治しましょうね」

桶の水に布を浸して、それを軽く絞る。
男の人の腕には、布で作られた包帯が巻かれているんだけど。
それは、薄汚れていて。
これじゃ、逆に腕の怪我が悪化してしまうような気がした。

「布取りますから、もしも痛かったら言って下さいね」

この様子じゃ、怪我自体にも布がくっついてしまってる可能性大ね。
そうなると…アレって取るとき、痛いのよね〜…。

「あの…」
「はい?」

私がゆっくりと、布を腕から取っていくと、突然男の人が声をかけてきた。
やっば…もしかして、痛かったかな?
って思ったんだけど、顔を見る限りそんな感じではない。

「気持ち悪く、ないんですか…?」
「え?何がです?」
「いや…刀傷なんて、普段縁のないものでしょうし…」

質問に対して、きょとんとする私に、男の人は申し訳なさそうな顔をしていて。
あぁ、そういうことか、とやっと理解した。

「刀傷に縁が無いように見えます?」
「え?」

にっこりと笑みを浮かべながら、ある方向を指差す。
一瞬、何が何だか分からないといった顔を男の人はしたけれど、視線は私の指差した方向へ。
その方向には、これまたにっこりと笑っている弁慶さん。

「あんな荒れくれ法師が側にいるんですよ?」
「…はぁ」

おや?
どうやら、この人は弁慶さんの本性を知らない感じですかね?
喋っちゃおっかなぁ。
実はあの人のお腹は真っ黒なんですよ、って。

「実はですね…」
さん」

ちょっと面白そうだから、バラしちゃおうかって思ったんだけど。
でも、後ろから突然遮られてしまった。
顔を向けなくたって分かるほどの、黒いオーラ。

「何ですか?」
「ここは僕が引き受けますから、水を汲んできていただけますか?」

顔を向ければ、後ろにはやっぱり怖い笑みを浮かべた弁慶さん。
ちなみに私の前の男の人は、呆然といった感じ。
自分でバラしちゃってどうするんですか、弁慶さん。

「…分かりました。行ってきます」

仕方が無いなと言わんばかりに、わざとらしくため息をついて。
隣にあった桶を抱えて。
ついでに汚れた布を桶に放り込む。
それから立ち上がって、小屋の入り口に向かったんだけど。


「いい女性ですね」
「あなたもそう思いますか?」
「あの方は弁慶殿の恋人ですか?」
「おや、そう見えますか?」
「ええ。違うのですか?」
「そうですね…、まぁ察してください」


なんて会話が、背後から聞こえてきた。
…弁慶さん、否定しましょうよ。
というか、その前に何を察しろって言うんですか。

「ちょっとそこのアナタ、弁慶殿はいらっしゃいます?」

盛大にため息をつきながら、外に一歩出たら突然声をかけられた。
見れば、綺麗なお姉さんが三人ほど。

「え、はい。いますけど…」

どこをどう見たって、ここの小屋に用があるようには見えない。
怪我をしてるわけでもなさそうだし。
病気っていうわけでもなさそう。
綺麗な着物を着て、いたって健康そうなんですが?

「呼んでいただけます?」

…。
あの、ちょっとムカッくるのは私だけでしょうかね?
何ていうか、…偉そう?
完璧に『アンタはお呼びじゃないのよ。早く弁慶さん出してよ』って言われてる気がしてならないんですが。

「弁慶さん、お客さんですよ!」

それでも、ここは我慢。
仕方がないから、言われた通りに小屋の中に向かって叫んだ。

「僕にですか?」

小屋の奥から、弁慶さんが顔を覗かせた。
と、同時に。

「弁慶殿…。申し訳ありません…私具合が悪くなってしまって…。診ていただけませんか…?」

一人が急変したかのごとく、具合が悪そうにして。
残りの二人が、本当に心配している素振りを見せる。

って…ちょっと待って。
ついさっきまでの元気は何処へ行ったのでしょう?
あんなに明らかに元気そうだったじゃない!?

「ええ、もちろん構いませんよ」

弁慶さんは、いつもの人当たりの良い笑みを浮かべて、女の人たちを招きいれた。
奥に4人が消えていくのを見て、外に一人呆然としたまま取り残される。
ああ、そういうこと…ね。
モテるだろうとは思ってはいたけど。
案の定ってやつですか。

「水、汲んでこよ…」














「私、ずっと最近体調が優れなくて…」

桶を抱えて戻ってこれば、小屋の中にはやっぱり甘い声がしていて。
入るなり聞こえてきた言葉に、思わず突っ込みを入れそうになった。

「生まれつき体は弱かったのですけど…。やはり、弁慶殿のような方が側にいてくださると安心ですわ」

生まれつき体が弱かったって事は、私が突っ込めることじゃないけど。
ホントにそうだったら、申し訳ないし?

「あー、もう!何かイライラするなぁ…」

聞こえてくる会話に、言葉通りイライラしていて。
ブツブツ文句を言いながら、順々に怪我人の手当てをして。
病気の人には、薬を飲ませてあげた。
で。

「あの、一応終わりましたよ?」

一通り終わったから、弁慶さんに声をかけてみたんだけど。
駄目だ。
全く聞いてないわ、この人。
軽くため息をついたら、女の人の一人と目が合って。
明らかに邪魔するなと言いたそうだった。

あー、はいはい。
分かりましたよ。
邪魔者は、大人しくしてますよー。

心の中で皮肉ってしまう。
大人しくしようって思ったのはいいんだけど、やること無いし。
弁慶さんたちの様子を見てるのも、気分悪くなりそうだし。

仕方ない。
外にいよっかな。
いつかこの女の人たちも帰るだろうしね。

「ったく…今日誘ったのはどっちだっての」

川原にしゃがんで川を見ながら、思いっきりぼやいて。
正面切って、言ってやれたらいいんだけど。
言いたい相手が弁慶さんなのか、それともあの女の人たちになのか分からないから、どうしようもなくて。

っていうか、大体なんでこんなにムカムカするのか分からないし。
弁慶さんがモテようと、女の人たちに囲まれていようと、私には関係ないし。
でもこうやって、放っておかれるのもつまらない…
というか、何か寂しい。
寂しい?
いや、別にそういう訳じゃないけど、寂しくないわけでもなくて…。
自分でも何言ってるか分からないや…。

「で?何の用でしょう?」

背後に立つ気配が三つ。
ついでに、向けられてる敵意も同じ数だけ。
振り向いて笑みを浮かべれば、気に入らないといった顔の女の人たちがいた。

「あなた、何でここにいるんですの?」
「何でって言われても、手伝って欲しいって弁慶さんに頼まれたからですよ」
「まぁ、図々しい。弁慶殿が迷惑そうなのに気づいていないのかしら」

あの、話聞いてました?
手伝ってほしいって弁慶さんが頼んだのであって。
決して、私が無理やりくっついてるわけじゃないんですけど。

「あの方にとって、あなたは何でもないのに側にいるなんて…。ご自分では何とも思いませんの?」
「ええ、全く思いませんけど?」

弁慶さんにとって、私は別に恋人だとかそういう関係じゃないから。
何でもないっていうのは否定できないし。
間違って無いけど。
だからって側にいることが悪い事だと思わないし。

「私から言わせれば、仮病使って弁慶さんの手を煩わせるほうが問題だと思いますけど?」

ついさっきまで、健康そのものだったのに。
突然、具合が悪いフリして…弁慶さんを放さなかったのは何処の誰よ。
ムッとして、そう言ったのはいいけれど。

「な、なんですって!?」

言い過ぎた…っ。
何て大人気ないのかしら、私!
って、見るからに向こうの方が私より年上だろうけど。

「やるの?」

振り上げられた手に、笑みを浮かべながら挑発する辺り…
ある意味いい性格してるわ…と内心苦笑してみたり。
3対1とは言っても、これでも一応戦場に出てる身ですし。
勝てるとでも思ったら、大間違いですよ、お姉さん方?

「そこまでにして下さいね」
「べ、弁慶殿!?でも…」

突然現れたのは、女の人の台詞からも分かるように弁慶さん。
いつもの笑みは浮かべてるけど、雰囲気が笑ってませんよ?
怖いんですが…。

さん、具合はどうですか?」
「は?」

突然、わけの分からない質問を投げかけられて、思わず素っ頓狂な声をだしてしまう。
具合って…、誰の?
って、私のだよね…?
名指しされた、し…?

「診ると約束していたのに、後回しになってしまってすみません」
「あ、え、いえ…??」

って…どうしよう。
話を合わせようにも、何を考えてるか分からないから合わせられない(汗)
でも、そんな私の様子を気にも留めた風もなくて。
弁慶さんは、私の腕をとるとさっさと小屋に戻ろうとする。

「弁慶殿!」

女の人たちの呼び止める声にも
ただ一言

「失礼しますね」

とだけ返して。
ほぼズルズル引きずられるように小屋に戻された私。

「あの…」
「何ですか?」
「いや、何ですかじゃなくてですね…」

一体何がしたかったのか?とか。
あの人たちに、あんな態度をとってよかったのか?とか。
聞きたいことは山ほどあるけど。

「ふふ、納得いかないといった顔ですね」
「そりゃもう、納得なんていくわけないじゃないですか」

当然でしょう?
と私が眉を寄せたら、おかしそうに弁慶さんは笑った。

「それで、具合はどうなんですか?さん」

再度、同じ質問が投げかけられた。
だからですね…

「私はどこも病んでなんていませんよ。具合が悪いわけないじゃないですか」

そんなこと、貴方がよく知ってるでしょうに。
一体何が言いたいと言うのか。

さん、病には色々あるんですよ?」
「そんなこと、私だって知ってますって」

風邪とか、結構身近な病気もあるけど。
治療法が皆無の病気だってある。
そんなのは様々だから。

でも、私の言葉に、弁慶さんは笑みを崩さなくて。
いつ弁慶さんの言葉の意味に気づくか、って面白がってるのがアリアリと分かる。

「恋も病の一つですよ。お嬢さん」

突然、笑いながら言ったのは、私が腕を手当てしてあげた男の人で。
ずっと不安そうな顔をしていたから、笑ってくれたのは嬉しいんだけど…。

「恋の病…?」

言われた言葉を繰り返して。
固まる事数秒。

…。
……。
………。

「え、ってな、何言ってるんですか!?」

誰が、恋の病ですって!?
そんな、別に私は誰にも恋なんてしてないし!

「べ、別に弁慶さんのことは…」

顔が完全に赤くなる前に、何とか落ち着こうとして。
急いで否定しようとしたんだけど。

「おや、別に相手が僕だと断定した覚えはありませんが?」

思いっきり揚げ足を取られた。
コノヤロウ…っ。

「きみの恋わずらいの相手が、僕とは嬉しいですね」

やられた。
その一言で十分だろう。
悔しいというか何というか。
でも、否定したって無駄だろうし、否定する言葉すら浮かばない。

相手が弁慶さんだってことは、私が弁慶さんを好きなんだってことで。
それは、当たってるとは言えないけど。
間違ってるって否定できるわけでもない辺りが、とてつもなく悔しい。
この際、否定してしまおうか?
でも、否定しても無駄なような気がしないでもない。

「私が恋の病なら、さしずめ弁慶さんは頭の病ですね」

自分でもかなり可愛くないと思う。
っていうか、自分が男だったら、間違いなく引く。

さんのことばかり考えてる辺り、そうでしょうね」
「否定しましょうよ…」
「否定して欲しかったですか?」
「…そういうわけじゃないですけど」

第一、さらっと恥ずかしいこと口にしないで欲しいんですが…っ。
よくよく考えれば、って考えなくてもだけど…
ここは狭い小屋の中。
それでも周りには患者さんが結構いて、全員が会話を聞いてたり。

「それなら、お嬢さんの病を治すのは、薬師である弁慶殿の役目ですね」
「ええ、そうですね。もちろん薬師でなくても、僕の役目ですが」

周りから、笑い声が上がって。
って…ちょっと!

「か、勝手なことばっかり言ってないでくださいよ!」














「あ、どうだった?弁慶さんと鍛錬しに行ったんでしょ?」
「望美…」
「どうしたの?すごく疲れてるみたいだけど…。そんなに体力的に辛い内容だった?」
「ううん…違うよ」

私の反応に、ハテナを飛ばしている望美。
暫く、望美の顔をジーっと見ていて。
思いっきりため息をついた。

「なんていうか…精神的に、ある意味いい鍛錬になったよ…」

もう二度と、こんな鍛錬はいらないと思うけど。
でも…これから、あの人といるときは…
常に精神の鍛錬になりそうな予感がするから、本当に困った――…。













あとがき
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前回はヒノエでヤキモチやくヒロインを書いたので。
今回は弁慶でやってみました。
何やらシリーズ化しそうな勢いですが。
っていうか、一番書きやすい(笑)
意味不明なことこの上ない作品ですが(苦笑)

読んでくださってありがとうございました!